えいと・わんわんわんわん
佐藤さんの傷はまだ癒えていないが、それでもこの家に僕と佐藤さんがいるという日常は戻りつつある。
そのことがどれだけ幸せなのか、ここしばらくの『佐藤さんがいない生活』と『自分の精神状態』を思い出してそうしみじみと感じ入る。
お風呂も上がりソファーに隣同士座り、二人で今日一日を振り返ってあーだこーだお喋りする。このなんてことない時間がとても大切なんだよな。
「それにしても、サキちゃんがあんなに俺のことを心配してくれているだなんて思わなかったな。」
「む、そりゃあ心配しますよ。……だ、大事な人なんだから……」
恋人、とまでは恥ずかしくて言えず、そう言葉を濁す。しかし佐藤さんにはちゃんとその意味が伝わったらしい──もしかしたら僕の恥ずかしくて濁した心理すら見通していたのかもしれないが──。フッと笑った音が隣から聞こえた。
「そこはしっかり恋人と言って欲しいな。」
「むむ……」
「だってこれで立ち止まっていたら、恋人らしい触れ合いなんて夢のまた夢だろう?」
「むむむ……」
そう言って佐藤さんは俺の左手を優しく握る。指を絡ませるような、その、こここ、恋人繋ぎ、とかいう、その、あれだ。
そう頭が理解した瞬間心臓はさっきの何倍もドキドキと五月蝿く鳴り、顔は火が出るのではと心配になる程熱くなり、繋いだ手の汗が気になって仕方がなくなる。
とにかくいっぱいいっぱいになり、『あぁ』だとか『うぅ』だとか言葉にならない音だけが口から漏れ出る。
さすが佐藤さん。大人の余裕ってやつだ。僕も今すぐそれが欲しいや。だなんて違うことを考えて自分の気を逸らそうと頑張ってみたりする。
しかしそれ自体が大人の余裕からかけ離れていることに、この時の僕は気が付けなかった。
「あと、この際だから言っておく。俺のことは是非とも名前で呼んでほしい。」
「ふぁっ!」
次から次へと打ち込まれる爆弾に、僕の頭はショート寸前だ。
「き、急に、ど、どどど」
どうされたんですか? と聞くと、佐藤さ……ふ、楓真さんはいい笑顔で言い切った。
「サキちゃ……咲羅から引っ付いてきてくれているこの絶好の機会を逃す手はないと思ったからな。あと、入院していた時間が長すぎて切実に咲羅不足で死にそうだから、手っ取り早く大量に摂取したい。」
僕不足ってどういう意味だろう、だなんて考える余裕もなく、ただただ佐藤s……楓真さんが発する僕の名前にドキッと心臓が五月蝿く鳴った。
「ひぃぃ~!」
さっきですらいっぱいいっぱいだったのに、これ以上は……!
と、自分でも理解しているキャパを越した時、ポフンと間抜けな音がした。
「キャン!?」
またか!? せっかくさっき人間に戻れたのに! そう嘆いても現実は変わらない。
「サキちゃんはこの姿になってもやっぱり可愛いな。」
そう言って、楓真さんは──
──楓真side
俺の言葉で、態度で、行動で、サキちゃん……咲羅に愛を伝える。入院していた時に一度も会えなかった反動故のような気もするが、まあ、今咲羅成分を補給すれば何も問題はなし。
握ったままの手はお互いの体温が溶け合い一緒になっていく感覚になり、初めて呼んだ名前は甘美な響きを持っていて、とても満ち足りた気分になる。
まあ、これでも顔に出ていないだけで心臓の音は咲羅に聞こえるかもしれないくらい大きく響いているのだが。取り繕えているようで何よりだ。
そんな時、ポフンと可愛らしい音が響いた。俺も何度か聞いたあの音。
ポメラニアンに変化したサキちゃんは『何故今!?』と言わんばかりに一つ鳴いていたのだが、そんなに俺との触れ合いでドキドキしてくれていたのかと安堵すら感じてしまったのは俺が悪い彼氏だからだろうか?
でも、ああ、本当に、
「サキちゃんはこの姿になってもやっぱり可愛いな。」
自分で言ってて自分が一番驚いている。今までにないくらいゲロ甘な声が出てしまったことに。
そして俺は己の衝動を抑えきれず、サキちゃんを膝に乗せ顔を近づけ、その濡れた小さな鼻に唇をつけた。
さっきまでですらいっぱいいっぱいでポメ化してしまったサキちゃんを更に追い込むようなことを無意識のうちにしてしまった。すまない、溢れ出る愛おしさが抑えきれなかったんだ。
「きゅう……」
そのあまりの衝撃に目を回したサキちゃんを見て、いつになったらこれに慣れてくれるだろう、と苦笑してしまったのだった。道のりは果てしなく長い。
……さて、気持ちを切り替えて、今日の分のブラッシングをしてあげましょうか!
end
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