わんわんわんわん(四章)

わん・わんわんわんわん

 次の日になれば、犬からちゃんと人間に戻ることが出来た。


 そのことにまずは安堵し、しかしそれは佐藤さんからの甘苦い言動に包まれるという、ある意味大変な日々が始まる、という意味も持ち合わせていて。


 あれから一週間は経つが、やっぱりまだそれには慣れる気配がない。


 毎度毎度愛を乞われるたびに顔が真っ赤になって、頭を撫でられたり手を握られたりと態度で愛を囁かれると主に心臓が驚きで跳ねる。


 まあ、犬にならないだけ成長したとも言えそうだが、しかし犬化することである意味逃避できていたと気がついてからは複雑な気持ちになったのも事実。


 心臓が今までにないくらい過剰に稼働しているような気がして少し心配になったりもした。あ、いや、全然嫌なわけじゃないんだよ。


…………


「次の休みは出かけないか?」


 佐藤さんにそう提案され、特に断る理由もなかったので首を縦に振る。すると佐藤さんはとても嬉しそうに『良かった』と笑った。


「良かった、とは……?」


「いや、その……」


 しどろもどろになりながらその後話してくれた事には、どうやら僕の誕生日プレゼントなるものを一緒に選びたかったとのこと。


「あれ、僕誕生日過ぎたって佐藤さんに言いましたっけ?」


「いいや。だが俺のまだ見ぬ恋人を思って家を出ていくと言った時に『ついこの間十八になったから一人でどうにかできる』とも言っていただろう?」


 ……そうだっけ? あの時は色々混乱していて自分が何を言ったかなんて覚えてはいない。


「だから誕生日を過ぎてしまったのだろうな、と。」


「ま、まあ誕生日は過ぎましたけど……それがどうしたんですか?」


「日は過ぎてしまったが、遅れてもお祝いはしたいなと思っただけだ。」


「お祝い、ですか……」


「ああ。」


 誕生日にお祝い、その二つがイコールで繋がれることにあまりピンとは来ないが、嫌な感じはしない。何たってお祝い、だからね!


「誕生日にお祝い……ちなみに佐藤さんの誕生日はいつですか?」


「俺は八月十二日だ。」


「もうすぐですね!」


 今日は八月五日。それなら僕だって佐藤さんの誕生日を祝う準備を始めなければならないじゃあないか。準備する時間も幾分かあるし、と俄然気合が入る。


「ちなみにサキちゃんはいつ誕生日だったんだ?」


「僕は七月四日です。何も『無い』僕にピッタリの『無し』の日ですよ。」


 息を吐くようにそう自虐してしまってから、ハッと空気を悪くしてしまったことに気がついた。が、口に出した言葉を無かったことになんてできない。どう取り繕おうかとワタワタ焦る。


「梨……早いものなら、出始めている……か?」


 しかし佐藤さんは違う意味で捉えたらしい。もう彼の意識は梨の方に向いていて、どこで調達するかをぶつぶつと思案している。


 空気を悪くしてしまったと思っていたから、少し救われた気になった。バレないようにホッと胸を撫で下ろす。


「まあ、通りがけに売っていたら買ってみる、という事にしようか。……それで、サキちゃん。」


「は、はい。」


「サキちゃんは自分に何もないと思っているのかもしれないが、その中に俺はいないのか?」


「っ……!」


 その言葉を聞いて、ビクリと肩が震えた。全然取り繕えて無かった、と。


「そ、そんなこと無かったです! 何もなくなかったです!! すみませんっ!」


 ビシッと背を伸ばし、そう言い切る。その様子を見て佐藤さんはムッとした顔から深いため息が漏れ出た。


「……仮に今まで何も無かったとしても、これからは違うからな。取り敢えず誕生日をお祝いすることから始めよう。そして来年こそは当日にお祝いしような。」


 佐藤さんのその言葉を聞いて、間違いを指摘された気まずさよりも『来年も当然のように一緒にいられるんだ』という嬉しい気持ちで満たされた。


「はい!」






──楓真side


 日が経つのは早い。次の休みまで指折り数えていたというのもあり、余計そう感じた。


 そしてそれはサキちゃんも同じだったらしく。昨日の夜なんてずっとソワソワしっぱなしだったっけ。明日のお出かけデートを楽しみにしてくれているのかとこちらまで嬉しくなった。


 まあ、デートだと思っているのは俺だけみたいだが。何せあのサキちゃんだ。そういう知識は皆無らしくてな。


 未だに好きだと言うだけで顔を真っ赤にして慌てふためいている。そのサマを見て、これ以上の接触を図ったらどうなるのだろうと悪戯心に駆られたりもしたが、またポメ化してしまう気がして攻めあぐねている。


 ポメラニアンの姿も勿論愛でたいが、恋人としての触れ合いをもっと重ねていきたいからな。なるべく小出しにするように努めている。これでも。


「さあ、サキちゃん出かけようか。今日は一日デートだ。」


「っ……! ふ、ふぁい! 行きます! 行きましょう!」


 サキちゃんは俺が発した『デート』という言葉に動揺したようだった。顔は真っ赤だ。可愛い。


 お互い少しめかし込んだ姿で家を出る。どこかで待ち合わせをするのも良いと思ったが、まあ、それはまたの機会に取っておくことにする。


…………


 隣町まで、それもその中でも一番栄えている場所まで車で向かう。そこからは車を置いてプラプラ歩き回ってショッピングをするつもりだ。


 まあ、有り体に言ってしまえばノープランとも言う。


「佐藤さん、あっちのお店、見てみても良いですか?」


 すると控えめに裾を引かれ、あっちあっちとサキちゃんが指を指す方向にあったお店といえば。ご想像通りだっただろうか、八百屋だった。


 ……魂胆は見え見えだ。そのキラキラした目を見れば一目瞭然、桃が目的ですよね?


「……まあ、良いか。」


 一番最初に買ったら荷物になるだとかなんとか考えたが、やった、と嬉しそうなその顔を見てしまえばそんなこと些細なことのような気がした。


 フフ、と笑みをこぼしながら二人で八百屋へと向かう。

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