ないん・わんわんわん
山葵田さんには色々話を聞いてもらったりしていたから、きちんと伝えるべきだろうと両思い宣言をした。
その山葵田さんはまるで自分のことのように喜んでくれて、何ならもっとエピソードをくれ、とも言っていた。僕達の話を聞いて楽しいのだろうか?
五十音表でしか会話ができないから随分進みは遅いが、一つ一つ、さっきの出来事を言葉にしていく。何せ佐藤さんは混乱しているのかワタワタと慌てふためいているから、冷静な僕が話をせざるを得ないのだ。
山葵田さんもその様子を見て、僕の方がすんなり教えてくれそうだと笑った。嫌な顔を一つも見せず聞いてくれる山葵田さんには頭が下がる思いだな。
…………
「え、楓真ってそんなキャラだったん!? ブファハハハ!」
一通り話し終えると、山葵田さんは笑い転げた。主に、佐藤さんの甘苦い言動に対して。あれ、そんなに笑う話だっただろうか……?
「あのロボット楓真が、溺愛キャラって……ブァハハハ!!! どんな天変地異が起きたらこうなるブファッ!」
ヒーヒー過呼吸気味に笑い転げ涙を流す山葵田さん。呼吸、大丈夫かな。結構心配になる程だ。だんだん引き攣ってきた様子すらも見える。
ちなみに佐藤さんはそんな山葵田さんを見て、慌てふためいていたのも忘れてドン引きしている。
……あ、平静を保とうと僕を抱き上げて撫で回し始めた。佐藤さんのその手は魔性で、僕はその心地よさにたちまちテロンと溶けてしまった。このカオスな状況にも関わらず。
「ブフッ、フフッ、で、でもさ、ふんっ、元々その気質は持っていたけど、ブフッ、それを向ける対象がいなかっただけなのかもね……ブファッ!」
言っていることは良いことのような気もするけれども、その爆笑が全てを台無しにしている。
「俺が大事にしたいのはサキちゃんだけだ。」
「ブァッハ!!」
佐藤さんの言葉に、少し収まってきていた爆笑の波がまた押し寄せたらしい。
『ちょ、楓真はもう喋んな!ブハッ』と制止する声も聞こえたような気がしたが、笑い声にかき消されて聞こえてないったら聞こえてない。
佐藤さん、この反応はさすがに怒るんじゃないかな、と見上げてみれば、ニィッと悪戯を思いついたような笑みを浮かべていた。何か嫌な予感が……
「サキちゃん大好き大好き大好き」
「ブファッ」
佐藤さんは僕を持ち上げて目線を同じくし、真剣な表情でそんなことを言い始めた。
ひ、人が見ている前でそんなこと言って……! カッと顔が熱く赤くなり──毛皮で第三者からは赤くなったのは見えないだろうが──、さらに僕の羞恥心にもクリティカルヒットした気分だ。
分かった、分かったから、と言うように前足で佐藤さんの顔を押しやるが、佐藤さんに困った様子は見られなかった。
「可愛いサキちゃん。俺のサキちゃん。」
今までも
と同時に、ズブズブと愛という名の沼に引きずり込まれるような気持ちにもなった。
──楓真side
山葵田は今までの俺を知っているからこそ、今の俺を笑う。いや、悪い意味ではなく、だ。
確かに『ロボット』という名称は俺に相応しい名前のような気がする。それくらい、何にも興味もなく無感情なまま生きてきた自覚もある。
だからこそ、今の人間らしい俺を見て安堵すらしているのかもしれない。長い付き合いだからこそ分かるそれは、きっと正解に限りなく近いだろう。
まあ、その背景を知っているとしても、笑われ続けるのは癪だ。だからこそ反撃という名の惚気を披露しているわけなのだが。
サキちゃんにも一日でも早くこの愛に慣れてもらうため、という意味合いもあったりする。
今まで誰にも、何にも向けられず燻っていた愛情が全てサキちゃんに向かっているような気にすらなる。そしてそれが心地よい、とも。
「可愛いサキちゃん、俺のサキちゃん。」
俺の大きな愛がしっかり伝わるように、何度も何度も言葉にしていく。
…………
『いやあ、それにしても楓真はサキちゃんを逃したらもう誰も愛せなくて孤独死まっしぐらだと思ってたから、二人が無事にくっついて良かったよ~。』
そう言い残して山葵田は帰って行った。なんだ、こいつは前から俺の気持ちが分かっていたとでも言うのだろうか? と不思議な気持ちになったが、まあ、深く考えなくても良いだろう。山葵田のことだし。
それにしても、山葵田は何の用事があって我が家に来たのだろうか。そう疑問が湧いたが、山葵田が帰った今、それを聞く術はない。……メールや電話は面倒くさいからナシということにしておく。
「さてサキちゃん、おやつでも食べるか?」
「キャン!」
せっかくの休日だしどこかに出かけるのも良いが、今日は二人でずっとくっついていたいからな。自覚したばかりの恋情愛情を持て余している、とも言えるかもしれないが。
…………
さて、話は変わるが今日のおやつは桃だ。つい先日、スーパーで美味しそうなそれを見つけて即買いしてしまったのだ。
自分の分とサキちゃん用に小さくカットしたものとを用意し、後者の一口を手に持ちサキちゃんの目の前に差し出す。
フンフンと匂いを嗅ぎ、ハクリとそれを食べるサキちゃん。するとその瞬間、サキちゃんはカッと目を見開いた。
なんだ、もしかして苦手なものだったか? と手を引っ込めようとすると、バタバタとサキちゃんは急に暴れ出した。
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