せぶん・わんわんわん

「そうか。……で、サキちゃん。俺に言うことはないか?」


「え……?」


 佐藤さんは真剣な表情でそう聞いてくる。そして僕の言葉を今か今かとジッと待っていた。


 あれ、何を言えば良いんだ? あ、黙っていたことを謝れば良いのか?


「サキちゃんが言わないなら、俺から言っても良いんだが。どうする?」


 抽象的な質問ばかりで、僕はいったい何のことやらと目を白黒させる。どうすれば、何を言えば、ええと、ええと……


「サキちゃん、好きだ。」


 混乱している僕の頭に追い打ちをかけるようにかけられた言葉。それはまるで僕が書いた小説の中の話のようで。あまりの衝撃に、数秒呼吸も止まった気がする。


「と言っても、この小説を読み終えてからそれを自覚したんだが。しかしだな、振り返って思えば、これは一目惚れだったんだと思う。」


 佐藤さんは、何を言っている? これは……夢? そうか、夢か。僕の都合の良いように現実を改変する類の……


「おーい、サキちゃん。聞いているか? ……好きだ、好きだ好きだ好きだ」


「わーっ!! 聞こえてますって!」


 聞こえていないと思ったらしい佐藤さんは僕の耳元で何度もそれを呟いてくる。気恥ずかしさを紛らわせるために頬をつねってみると少し痛みを感じた。


 これが夢ではなく現実……と自覚すると同時に、ボッと顔から火が噴き出るような感覚に襲われた。


「小説の中の『僕』は、ささきにそう伝えてくれていたわけだが。現実のサキちゃんは言ってくれないのか?」


 そんなシュンと落ち込んだような表情を見せられたら、僕も知らぬ存ぜぬを通せなくなるではないか。


 執筆中とは違う意味で腹を括らねばならないか、と一度大きく深呼吸し、佐藤さんに向き直る。ここまで来て誤魔化すことは出来ないし、それは佐藤さんにも失礼だ。だから……


「僕は……いや、僕も佐藤さんが好きです。」


 僕がそう言葉にすると、満面の笑み(当社比)と言えそうなくらいの微笑みを浮かべる佐藤さん。とても嬉しそうだ。


 それを見て僕の心臓はまたギュンと音を立てる。うっ、その笑顔は凶器になるって。それくらいキラキラしている。


 物理的に胸を押さえてその音を静めようと奮闘するが、あまり意味はなかった。





──楓真side


「僕も佐藤さんが好きです。」


 その言葉をしっかり聞いて、これが嘘ではないこと、そして夢ではないことを実感した。


 しみじみとその言葉を自分の中に染み渡らせていると、サキちゃんはボフッと顔を赤らめた。


 その顔もまた愛おしくて、そんな気持ちを込めて、りんごのように赤いサキちゃんの頬を恐る恐る手でソッと優しく包む。


 火照った頬に俺の手は随分冷たく感じたらしく、サキちゃんは手に擦り寄ってきた。


 それはポメサキちゃんの時と同じ仕草だというのに、ポメサキちゃんの時には感じなかった己の顔の火照りと早く鳴る鼓動が、『サキちゃんに対する恋愛の好き』を自覚したことを教えられるようだった。


…………


 それからしばらくの間サキちゃんの頬をモチモチと堪能していると、サキちゃんはハッと何かに気づいたような表情を浮かべた。


「サキちゃん、どうした?」


「いえ、その……」


 言いづらそうに言葉を濁したサキちゃん。その姿を見て何となく俺の直感が『聞き出さなければならない』と告げたため、俺は言葉を重ねていく。


「何かあったか? ……もしかして俺には言いにくいことか?」


「いえ、その……」


 二度三度目深呼吸をしてから、サキちゃんは重い口を開けた。



 曰く、今後俺に良い人こいびとが出来たら、それを見ていられなくなる


 曰く、だから目を背けるためにも家を出ていくつもりだった


 曰く、それなのに相思相愛になった今、出ていく理由が無くなって戸惑っている



 とのこと。まさかそんなことを考えていたとは思いもよらず、『聞き出さなければならない』と言った自分の直感に感謝した。


 ホッと胸を撫で下ろし、サキちゃんにいつまでも家にいれば良いと何度も言い募る。出ていくと決めていたサキちゃんの気が変わるように。


「わ、分かりましたから! ちょ、顔が近い!」

「うにゅ」


 真っ赤になったサキちゃんの可愛い顔を間近で眺めて堪能していたと言うのに、サキちゃんはグイッと俺の頬を押して遠ざけてしまう。


 それをしたのがサキちゃんと言えど、俺の幸せ時間を終わらせた対象に不満だとジト目を送る。


「っ……、そ、その……僕は、こういうのに慣れてないから、その……」


 ワタワタと慌てるサキちゃんの可愛い様子を見て溜飲は下がったが、俺としてはもう少し触れ合っていたいのだが。


 そう思って口に出そうとしたその時、ポフンと気の抜けるような音が響いた。


「……あれ、サキちゃん?」


「キャン!」


 目の前でポメラニアンに変わるサマを見るのは初めてで感慨深いが、いや、それ以上に今変化してしまったことに焦ってしまった。


「俺に触れられるの、ストレスだった……?」


 意図せず言葉が音になってしまい、ポメサキちゃんはハッと気がついたようにトテトテとどこかへ行ってしまった。


 自分の行いを猛省し、ストレスがかからないペースを絶対守るんだ、という誓いを立てたところでサキちゃんが何かを咥えて戻ってきた。

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