ふぁいぶ・わんわんわん
恋愛的な意味で佐藤さんが好きだと気付かされたその日。山葵田さんが帰ってからというもの、僕はグルグルとまた考え込んでしまっていた。
そもそも男同士というマイノリティに加えて、佐藤さんが幾つなのかは知らないがきっと年齢差もあるだろう。
こんなちんちくりんを相手にしなくても、佐藤さんは何も障壁がない良い人が出来てもおかしくはない。だってすごく素敵な人なんだもの。
だからこの思いは墓場まで持っていく。あとはちょうどこの間誕生日が来て十八才にもなったから、佐藤さんに恩を返してから素早くさりげなく家を出て行くことにしよう。
そうでもしないと、僕は佐藤さんに対して何をしてしまうか分からないから。何かの弾みで告白でもしようものなら嫌われてしまうだろう。それだけは避けたい。
佐藤さんには僕は『サキちゃん』でいる記憶だけ持っていて欲しい。
それなら今、僕が出来ることといえば。小説の続き……
「ああ、そうか。」
話のラストがどうにも決まらなかったが、そうか、その叶わない願いを盛り込んでしまおうか。
まるで元々あったパズルのピースがようやくカチリと嵌ったようなスッキリ感。
そうか、この話は元々そういう流れになるつもりだったのか。作者も分からなかったことが最初から決まっていただなんて、やっぱり創作は面白い。
叶わない恋心の昇華方法を見つけ、早速執筆に取り掛かるのだった。
…………
それからというもの、僕は時間が許す限り、とにかく文字を紡いでいった。佐藤さんに『大丈夫か』と聞かれるくらい、切羽詰まっていたのかもしれない。
それでも早くこの話のラストを書き上げたくて、僕の気持ち全てを話の中に置いていきたくて、ご飯を食べることも忘れて書き進めた。
佐藤さんと話す時はなるべく好意が伝わらないようにしながら。いつも通りを装えるようにしながら。
そうして出来た原稿を送り、手直しもしつつようやく形になった。
…………
佐藤さんは今日も今日とて仕事へと向かった。その後の一人の時間を使って、僕は町の本屋さんに来ていた。
本屋さんに並ぶ本の数々。それの中に紛れるように並ぶ僕の本には、デカデカと犬っころが表紙に彩られている
『愛を知る』
もう、題名のセンスの無さは見逃して欲しい。最後の最後まで悩んでマシなやつを付けたつもりなんだけど、まあ、うん。
担当さんからは『ポメガバースという珍しい事象について、世に広まる機会になるだろう』と言われた。
まさか僕の実体験です、とはその時に言えず、愛想笑いで誤魔化したのは記憶に新しい。
さて、これが発売されているところも見届けたし、そろそろ学校にも行かないとな。自立するためにも、卒業はしておきたいし。
ゆったりとした歩みで、学校へと向かう。勿論、行けると電話済みだ。
──楓真side
俺がとある用事を済ませるために出かけた日から、サキちゃんは人が変わったように紙を睨め付けるようになった。
何をしているのか、とか聞きたいことはたくさんあったが、サキちゃんから話してくれるまでは黙って見守ろうと決めた。だって聞かれたくないことかもしれないから。
きっとサキちゃんなら言いたいことは言ってくれるはず。そう希望を持って日を過ごす。
さて、話は変わるが、あの日サキちゃんに黙って行った俺の用事というのは、勿論サキちゃん関連のことだった。
サキちゃんの親戚と名乗る人物らのことを調べたりしようと思ったのだ。サキちゃんにこれ以上危害を加えるようなら、それを跳ね除ける力が欲しくて。
こう、然るべきところに情報をリークするとかそっち系の。
だが、それは調べるまでもなかった。まず最初に、一度行ったサキちゃんの家に向かってみたところ、その家の中から怒鳴り声が聞こえてきたのだ。
「もう金を使い果たしたのか! それどころじゃない、借金まで!」
「仕方ないじゃない! 欲しい宝石があったんですもの!」
「兄の遺産でしばらく優雅に暮らすつもりだったのに、お前ときたら! せっかく厄介者の排除も出来たというのに……!」
やれ借金の取り立てだ、金の当てはあるのか、どこから調達する、などなど、聞くに耐えない言葉たちがその家には満ち満ちていた。
声が大きいのか、窓を開けたまま喧嘩しているのかは分からないが、つくづく爪が甘い。近所の人たちにも聞こえるし、通報でもされたら一発アウトだろうに。
こんなどうしようもない人間のせいでサキちゃんは辛い思いをしたのか、と憤ってしまうのも当然のことだっだ。
これなら俺が手を出すまでもなくすぐ自滅してくれるだろう。それならこんなのに構うよりサキちゃんを構いたい。
ただ、愚か者はこちらの予想しない行動を取る場合がある。だからこの人たちの罪を明るみにする証拠を集めることはしようと思う。
そう決めて、その日のところは退散したのだった。
…………
あれからしばらくして。あの親戚らを追い詰められる証拠が揃いつつあった。
これならあれ以上サキちゃんに危害を加えようとした時にも対処できるだろう。サキちゃんが安心して暮らせるならそれに越したことはない。
何とかなりそうだ。そう安堵し、ふと目線を上げるとそこには本屋さんがあった。
特に読書家でもないから、素通りも出来た。だが、何故か無意識のうちにそこに吸い込まれていた。
それがまさに運命だったのだと気付かされることになるとは、この時は思いもよらなかった。
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