せぶん・わんわん

 さて、結論から言おう。あの後実際に僕の元家に二人で向かったのだが、門前払いを受けた。


 というよりいつものように罵倒されている僕を慮った佐藤さんが正論を繰り広げて親戚を怒らせた、とも言う。いや、本当、肝が冷えた。


 言っていることは佐藤さんの方が正しいのだが、なにぶん常識が通じない相手しんせきなもので。結局怒らせるだけ怒らせて他に何もできずに退散したのだ。


「サキちゃん……すまない。カッとなって……」


 赤信号になった途端車のハンドルに額を押し当て、見るからに落ち込んでいますという雰囲気を醸し出す佐藤さん。


 その姿を見て、僕はやはり心が救われていく気配を感じた。


「いえ、佐藤さんの言うことは正しいです。が、それは非常識人あのひとたちには理解できないのでしょう。諦めた方が楽ですよ。」


 助手席に座って目を閉じ、佐藤さんが言い返してくれた言葉の一端に思いを馳せる。


『あなた方は、自分たちが良ければそれで良いんですか? 咲羅くんのことを考える人は一人もいないんですか? 両親を亡くしたばかりの咲羅くんを慮る人はいないんですか?』


 僕のことを考えて、気遣ってくれて。そんな人が一人いるだけで僕はもう救われている。だからもう良いのだ。


「佐藤さんがいてくれる。そう思えば、あんなの屁でもありませんよ。」


「サキちゃん……」


「それより、家に帰る道とは違う方に向かっているように感じるのですが……?」


「ああ、それはサキちゃんの服なりなんなりを揃えようかと思ってね。着の身着のまま放り出されたって言ってたし。だから買い物だよ。」


「ひえっ」


 そんな、恐れ多い。家に置いてもらえるだけでもまだ申し訳ない気持ちでいっぱいなのに。そんな思いが声に乗ってしまったらしい。佐藤さんはチラッと横目でこちらを見て『決定事項だから』と一刀両断された。


 それなら、僕に出来ることで何か恩返しができたのなら。そう前向きに考えられるようになったのも、佐藤さんのおかげだろう。






──楓真side


 サキちゃんの境遇はそれはそれは悲惨なものだったらしい。その一端が垣間見えた今回の訪問だった。


 これは俺だけでは対処できないと悟り一旦引き下がったが、いつかは絶対報復してやろうと心の中で決め、過去のことより未来について考えることにした。


 まずはサキちゃん(人間)の生活用品を揃えなければ。服なんてサキちゃんが最初から着ていた学ランしかないし、流石に犬用のブラシを使うわけにもいかないから人間用の櫛も欲しいし、何と言っても食料だ。一人分増えたから、買う量も変わってくる。


 ということで、やってきましたショッピングモール。ここならなんでも揃うだろうからな。


 サキちゃんはといえば、初めて来たと言わんばかりの新鮮な反応を見せていた。


 キョロキョロとあっちを見てこっちを見て、あれは何だこれは何だと質問してくる。そのサマが、散歩の時のサキちゃん(犬)とそっくりで、思わず頬が緩む。


…………


「サキちゃん! これも、このマグカップも買うぞ!」


 黒のポメラニアンが印刷されているマグカップ。それを見た瞬間、運命を感じてしまった。雷に打たれたよう、という表現がまさに当てはまる。これは絶対欲しい。


「佐藤さん、そう言ってさっきもぽめらにあん?柄のTシャツとキーホルダーを買いましたよね? このままだとその犬のグッズで溢れてしまいますよ。」


「愛犬と同じ犬種のグッズ。それを買い揃える為に今まで働いてきたと言っても過言ではない。だから良いんだ。」


 迎えた子と同じ種類のグッズを揃える。これもやってみたかったんだよな。そのために動物柄のグッズとかも今まで手を出してこなかったし、動物の動画を見るだけに留めていたんだっけ。


「愛犬って……確かに犬っころになれるけど、それでも僕は一応人間なんだけどなあ……」


「それはそれ、これはこれ。」


「……」


 サキちゃんの拗ねたような、照れたような顔がまた可愛くて。無意識のうちにサキちゃんの頭を撫でていた。


「っ……!」


 それにしても、生まれてから考えて、今が一番楽しい気がする。サキちゃんに出会えたし、ポメラニアン柄のグッズを惜しみなく揃えられるし、何なら人間の姿に戻ればサキちゃんとお話もできる。


 そうか、この幸せを得る為に今まで動物から嫌われる体質だったのではなかろうか。サキちゃんと出会う為に。


 それなら今までの味気ない生活も報われるというものだ。うむうむ、そういうことか。完全に理解した。


「佐藤さんっ!」


「どうした?」


「あの、その……頭……」


 もふもふと頭を撫でていた俺の手をサキちゃんにむんずと掴まれ、上目遣いで『恥ずかしいからやめてほしい』と頼まれた。


 その反応を見た俺の心臓はギュンッと大きく鳴る。こんな音、初めてだな。サキちゃんが可愛いからか? やっぱり過度な働きを見せる心臓が心配になってくる。


 ピリリリリ……


 と、そんな思考を断ち切るように一本の電話が入った。名残惜しい気持ちからサキちゃんの頭をもう一度ポンと撫で、その後ポケットに入っていたスマホを手に取る。休みの日に掛けてくるなんて、一体誰だ? しょうもない要件だったら許さんぞ。


『山葵田』


 ……あ、あー、そういえば昨日、サキちゃんをモフる権利をウンヌンカンヌンだったな。その件だろう。すまない、色々あって忘れてた。しょうもない要件じゃあないわな。


 無視することなく電話に出ると開口一番、呆れの声が聞こえてきた。


「あ、やっと繋がった~。楓真、昨日のアレ、忘れてないよね?」


「……ああ。」


「ってことで今から行ってもいい? てかもうすぐ楓真の家に着くんだけど。」


 そういうのはもっと早く言ってくれ。こちらにも準備があるんだぞ。


 そう言い残してから電話をぶっちぎった。必需品の買い物は大体終わらせていたので──時間があったから俺用のポメラニアングッズを選んでいたとも言う──、急いで家に帰ることにするとしよう。


 山葵田にはお世話になったからな。

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