ふぁいぶ・わん

 佐藤さんに首輪を付けてもらい、似合っているかと聞くようにポーズを取ってみる。しかし佐藤さんの反応は薄めだった。


 やっぱり精神的に人間の部分がある僕には不釣り合いだったのだろうか。


 これでも元人間として首輪を付けることに抵抗感は結構……いや、盛った。抵抗感はかなぁーーーりあったのだが、犬に転生したのだからと自分の中で踏ん切りをつけたというのに。これでは踏ん切り損ではないか。


 そんな感情が表に出ていたのだろうか、佐藤さんは急に慌て始めた。


「あ、いや、その、とても似合っているから、ええと、その、落ち込まないでくれ。」


 そんな取ってつけたようなことを言われても、と少し不貞腐れたようにプイッと顔を背けると佐藤さんは余計慌てだした。


「可愛……ゔゔん、違う、ええと、その、」


 川……? 今のやり取りに川なんて出てきただろうか……? 佐藤さんって偶によく分からないや。首を捻ってみてもその疑問が晴れることは無かった。


「ゔっ……!」


 呑気にそんなことを考えていると、急に胸を押さえて呻きだした。え、このタイミングで心臓発作!?


 蹲る佐藤さんの周りをどうしようどうしようとピョコピョコ走り回るが、犬である僕にできることなんて何も無くて。


 電話も掛けられない、介抱することも出来ない、もっと言えば僕のサイズ的にドアを開けることすらままならない。


 そんな自分の無力感に絶望しパニックを起こし、キューンキューンと泣き喚く。


 こんな僕を助けてくれた佐藤さんがいなくなってしまったら……! そんな最悪を考えてしまい、酷く泣きたくなった。


「……サキちゃん? どうしたんだ?」


 と、一人(一匹?)でパニックを起こしていると、佐藤さんは何もなかったように起き上がって僕を撫でてきた。あれ、心臓発作は……?


「すまない、サキちゃんのあまりにも可愛いサマに心臓を撃ち抜かれて……。今まで動物から嫌われ続けてきて、可愛いに対する耐性がゼロで……」


 しどろもどろ、言い訳をし始めた佐藤さんに、言いようのない怒りが沸き起こってしまうのも仕方あるまい。


 こっちは佐藤さんの命の心配をしていたっていうのに、自分の無力感に絶望していたというのに、可愛さに打ちのめされていただけって……!


 あまりにも納得できないそれに怒りは収まらず、僕の頭に向かって伸ばされた佐藤さんの手から逃げ出すように頭を背けた。


 そしてそのままテケテケとベッドの下に逃げ込んだ。間違っても怒りのまま佐藤さんに噛み付いたりしないように。





──楓真side


 ベッドの下に逃げてしまったサキちゃん。微妙に手が届かない場所故に、どうしたものかと考える。


「サキちゃーん、出ておいでー……」


 ベッドの下を覗きながらそう言葉を掛けるが、そっぽ向いたサキちゃんの可愛いお尻しか見えない。


 尻尾はピクリとも動かず垂れ下がり、更にはグルルル……と唸る声。それらはサキちゃんの機嫌の悪さを如実に表していた。


 さて、どうサキちゃんのご機嫌を取ろうかと頭を働かせる。が、良い案は出ない。


 何せまだ出会って二日程度ということもあり、サキちゃんが好きなもの、嫌いなものの把握が間に合っていないのだ。


 何をちらつかせれば出て来てくれるか、と少ないサキちゃん情報を頭の中で漁る。


 数秒考えた後、一つ思い当たるものがあったと立ち上がった。そして件のモノ、小手 咲羅の小説を手に取って元の位置に戻る。


 己の名前を指し示す時に、サキちゃんはこの小説の作家名を挙げた。ということは好きか嫌いかは分からないが何かしらの感情をこの名前に、または小説に持っていると見た。


 そうあたりをつけ、サキちゃんが興味を示したこの小説を朗読してみることにした。


「ええーと……『戻る先に幸せは有るか』小手 咲羅。『幸せとは何者か。言語化す』」


「ギャワォウキャワン!!!」


 するとサキちゃんは聞いたことが無いような声を上げて俺に突進して来た。


「うぐっ!」


 そしてその頭は俺の鳩尾に突き刺さるように当たり、思わず声が漏れた。


 俺の手が届かない場所からの救出は叶ったが、俺の鳩尾が犠牲になった。


 今度こそしばらくの間起き上がることが叶わなかった、と言えばその威力の一片が見えるだろうか。尊い犠牲ということにしておこう。


「グルルル……」


 サキちゃんはそんな俺に向かって威嚇し、その後俺の手にあった小手 咲羅の小説を口に咥え奪い取った。


 まだ鳩尾の衝撃で起き上がれない中、サキちゃんの可愛い挙動だけは見逃せない。と、かろうじて動かせる目で追うと、サキちゃんはトテトテと口に咥えた小説を先程までいたベッド下に隠してしまったようだった。


 一仕事終えたようにベッド下から堂々と出てきたサキちゃんはフンと一つ息を吐き、俺の近くに座った。


 これは撫でてもいいというお許しだろうか? と邪推した俺はサキちゃんの頭をぽふぽふと撫でると、満足げにされるがまま。これはそういうことだろう。


「許してくれてありがとうな。」


「ワウワウワウキャン!」


 仕方ないから許してやる、と言われたようで俺は嬉しくなった。ああ、もう既に親バカを通り越している自覚がある。


 サキちゃんになら何されてもいい。臍曲げて隠れられること以外なら、だが。

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