第26話:記憶に縋りし者共よ その脆弱たるを知れ

《ラスト姉さん……読み聞かせしてたんですか?》

「まあね。もうすっかり寝付いてしまっているみたいだが。」

緑髪の男児は意識を手放している。

《何だかおしっこが出るところがどうのこうのと言ってましたが……。》

「昔ここに布教に来た聖教会の人が残していった本でね、姦淫についての話の所を読んでいたのさ。ほら、性教育をしてやって欲しいって頼んでたじゃあないか。きっと本を見て驚いてしまったんだろうね。この子が感受性豊かな事は君も知るところだろう?」

《でもこの子……目が悪いですよね。こんな暗い中でそんな小さな挿絵が見えるんでしょうか。》

「……ラーヴァ君。」どったんどったんどったん ドンッ!

 ラストは急いでラーヴァの下に駆け寄ると彼を押し倒す。

「僕が……間違った事すると思うかい?」

《分かりません……きっとラスト姉さんは間違ってないと信じてます!でもあの子の助けてって声が聞こえてしまったんです!だから姉さんが潔白である所を見せてくださ》

 きゅっ

《えっ!?》

 ずも

《もごご!?》

 女は片腕でラーヴァの両腕を丸ごと抑え、口を塞ぐ。

「何だい、潔白である事の証明って……もう信じてないですと言っているようなものじゃあないか。……君はいいモノを持っているから最後のデザートにするつもりだったんだがね……。」

「どぼじでごんなごどを゙!」

「何故って……ラーヴァ君も十四、思春期なんだから分かるだろう?だって皆可愛いんだもの♡僕が食べてあげないと勿体ないじゃあないかあ♡この孤児院にある十九……いやカルマ君抜いて十八本♡色とりどりの十人十色♡みいんな僕のモノ!これ位の特権がなきゃあ誰もこんな慈善事業やるわけ無いだろう♡」 

《……!》

 本性を表した女はラーヴァのズボンを脱がすようなモーションを取る。

「うっは……凄……♡でも良いだろう?君も僕の事好きだって言ってくれてたじゃあないかあ♡純愛♡純愛♡これは純愛♡」

 女の乳房が変形していくのが分かる。ラーヴァに押し当てているのだ。彼にとってこの柔らかな快感が恐怖の象徴になったのは言うまでも無い。

 《あ……あ……あああああ゙!!》

 ラーヴァは腕を拘束されたまま前方豪炎噴を放つ。相手は自分より弱い少年ばかりを相手取ってきた素人、勝負は明白だった。女は一切防御を取ることが出来ず、そのまま火炙りにされた。

「ぐはあ!?まさか本当に炎を使うなんて!酷い……酷いよラーヴァぐん゙!!」

 《あっ……俺は何を……ごめんなさいごめんなさい今消します!》

口の詰め物を焼いたラーヴァは女の炎を払おうとする。しかし全身を焼く炎はその程度では止められない!

「何……?」 「眩しい……。」 「きゃあ!」

子供達も続々起きてくる!

「ぎいやああああ!!」

《ああ……どうしようどうしよう……。》

 女の知的できれいにまとまった顔は爛れ、体も内部に至るまで炎と煙に破壊された。他の子供達が台所に貯めてある水を女に被せ、何とか鎮火できた。

 《ごめんなさいごめんなさい死なないで死なないで……!》

「あ……愛してた……のにい……。」

 女はそれだけ言うと息絶えた。今のラーヴァには彼女の言う愛が彼の望んだものではないと言い切れるが当時のラーヴァにとっては彼女は先生に次ぐ大きな存在になっていた。彼は自責の念に駆られた。この戦いは彼にとって最も楽に決着したものであり、同時に最も苦しい結果をもたらしたものであった。

「……人殺し。」

《あ……ああ……。》

「どうしてラス姉を……。」 「さいてい!」 「犯罪者!悪党!恩知らず!!」

《うわああああ!》

ラーヴァは子供達から物を投げつけられ、その場から逃げ出した。

「本当に……最悪の記憶だ……。でもようやく終わる……。」

「何言ってるのさ。君はこれより効いた過去がまだ有るみたいだよ?まだ現実の君は気絶してる。まだまだ見せてもらうからね。」

 わざと低くした様な子供の声が聞こえてくる。

「!どこだてめえ!誰に成り代わってやがる!」

 声は返ってこない。

「もう……やめてくれ……頼む!許してくれ……!」

 ぐにゃあ

 無慈悲なる場面転換。ラーヴァは彼の言うより効いた過去という物を自覚していた。

――秋。それはラーヴァが村の孤児院からも逃げ出し一人で暮らし始めてから半年が経っていた。浜辺にこっそり建てた彼の家に一つの封筒が送られてきた。

《うげっ 少年自警団にバレたか……?》

そこにはこう書いてあった。

《あいたいです。あしたのひるかわにきてください。――グラス》

たどたどしい字、そしてこの名前はあの緑髪の男児のものである。

《グラス……俺を捕まえに来たのか……?》

 ラーヴァは次の日、川へ向かった。

 ざっ ざっ……

《足音……殺さなきゃな……。そういえば孤児院どうなってるんだろう……俺とカルマの最年長十四歳組が抜けちゃったから……今は十三歳の『ポルルン』が仕切ってるのかな……?》

「オイ!悪夢の主!どこにいる!?頼む!もういいだろ!?」

がや……がや……

《この騒音は……やっぱり少年自警団にたれこまれてるのか……結構仲良くしてるつもりだったんだけどな……。いや……俺も恩を仇で返されて当然の人間か……。》

「嫌だっ見たくない見たくない!!」

 がさがさ…… ばっ!

「ゔおっ 気持ちいい……気持ちいいよぉ……!」 「はあっ はあっ」 「もっと……もっと欲しいよぉ!」

ラーヴァの目の前に広がる光景は地獄そのものであった。

「ひゅっ ひゅっ ひゅあっ」

 《何だよ……これ……。》

 そこに居たのは孤児院の子供達だった。彼らは刹那の快楽に身を投じていた。森からそれを覗くラーヴァからは直接は見えなかったが彼らが何をしているかは察するに余りある事だった。

「あっ ラーヴァさんじゃん!」

 ポルルンは至って楽しげだ。

《ポ……ポルルン!何だよこれ!》

「何ってラーヴァさんも知ってるでしょう!?ラス姉が教えてくれた……」

《何をしてるかは分かってる!何でこんな事してるんだって聞いているんだ!》

「あんっ 何って……気持ちいい゙っ!からですよ……。ふにゃあっ」

「まあそういう事です。俺らのラス姉ぶっ殺した事は絶許ですけど。ラーヴァさんもアレが忘れられないんじゃないですか?」

《ポルルン……赤ちゃんが出来ちゃう可能性とか考えないのか!?お前ら育てられるのか!?》

「え?ああ大丈夫でしょ。川の水で洗い流してますし。」

《何がどう大丈夫なんだポルルン!》

「川の水は貯めた水と違って流れが有るから中の液を効率的に洗い流す効果があるんですよ!」

 《川の水にそんな避妊効果は無いぞポルルン!習わなかったのか!?》

「うっさ……。やる前からあり得ないって否定すんの冷静とは違いますからねラーヴァさん。てか村じゃ通説ですよこれ。寧ろ何であんた知らないんですか?」

「俺が……教えていれば……身勝手な自責の念に駆られなければ……!」

《ふざけてる……!あ!そういえばグラスはどこに……。》

「グラス……?ああ、下流の森の方に行きましたよ。途中で会いませんでした?」

《分かったありがとう!》

 ラーヴァは森の中を再度探索する。道中一人の少年に呼び止められた。

「ラーヴァさん!グラスをお探しですか!?」

 《ああ!そうだ!》

「ラーヴァさんその表情……川でのアレを見ちゃった感じですか?」

 《ああ……酷い事になっていた。もし俺もあのまま抵抗していなかったらと思うと……。》

「ラーヴァさんは未経験なんですね……!?」

 《うん。皆を助けられなかったのに一人だけ清いままで申し訳無く思ってるよ……。》

「……そうですか。グラスの下へ案内しますよ!こちらにいますよついてきて下さい!」

 《ありがとう!》

 森の中の少し開けた場所に出た。

「〜んっ!〜んっ!」

グラスは複数人に取り押さえられている。このパーティーに呼ぶ為に手紙を送った訳ではなさそうだ。

《そんな……ここの人達も……もうやめようぜこんな事!》

「皆!ラーヴァさんもキレイだって!」  

「本当か!?さいしょはグー!じゃんけんポン!」

 四人でじゃんけんをしている者達がいる。 

「やった……!俺の勝ちだああ!」 「あ……ああ……。」 「頼むよ私の方が重症だから……!」 「死にたくない死にたくない……!」

たかがじゃんけんに子供達は今後の人生が懸っているかのように必死になっている。 

「お願いします私とえっちしてください!ラーヴァさんだって最初は女の子が良いですよね!?私ラーヴァさんとえっちできないときっと死んじゃいます!」

 小さな女の子は彼の服を両手で握り、上目遣いでラーヴァに媚を売っている。

「こら抜け駆けすんな!お前じゃんけん負けただろうがああ!!」

 じゃんけんに勝った男の子は女の子を強引に払いのける。

《話が……繋がらない……。》

「おらお前らはラーヴァさん抑えてろ!俺のが優先だ!」

《まさか……俺達に病気か何か移そうとしてるんじゃないよな……?》

「……はいそうです!ラガーンが初めての人としたら症状が治まったって言ってたんです!ここまで騙して連れてきてすみません……!でも僕達ずっと大事なとこが痒くって……ビョーキ治るまで来んなってポルルンからも爪弾きにされちゃって……ラーヴァさんもよそで未経験の人に移せば治りますから!お願いします!!」

《移せば……治る……?原理的にありえないだろ……!》

「ラス姉の事後悔してるならケツ貸せよな!」

「ん〜ん!ん〜ん!」

「ラーヴァさんも連れてくるなんてお手柄だったぞグラス!」

《う……うわあああああ!!》

 ラーヴァは子供達をその鍛えた体で引き離しグラスを抱えて逃げ出した。

「クズが……!」 「逃げるな〜!」 「待って下さい〜!」 「行かないでええ!」

 ラーヴァを案内した男の子がラーヴァの衣服に爪を立てその足にすがる!

 《うっ ううっ》

「僕達の事見捨てないで下さい!」

《ごめん……本当にごめん……!》

 ズズズズ ぺきょっ……

「あああああ……。」

 ラーヴァは男の子を引きずりながら走り続け彼の爪が剥がれたことで難を逃れた。 

 がさがさ……

「はぁ……はぁ……うっ……うう……。も……止められなかった……!」

 現在のラーヴァは休んでは吐いてを繰り返している。精神体なので吐き出す量に限りはない。

《無事かグラス……!》

「う……うん……お兄ちゃんのおかげでなんとか……。ごめんなさい!僕のせいで……!」

《良いんだよ……。君が無事ならそれで。あの村は、俺達が生まれ育ったあの村はもう駄目だ。俺の住所を知ってるのは君だけかな?》

「うん……。」

《それなら当分俺の建てた掘っ立て小屋にいよう。ほとぼりが冷めたら隣の大きな村で身を隠すんだよ。》

「でもあそこ……カルマお兄ちゃんがよく巡回してるところだよ……?」

 《皆がいる時は眼鏡を外して……》

「……おい。お前か犯人は。」

 現在のラーヴァが緑髪の男児を指差す。

「グラスはな……何でか知らんがカルマの事おじさんって呼ぶんだよ……!お前は攻撃可能なのか?おらっ!」ボヒュッ

「いや、喰らわないよ。」 

ぐにゃあ

 夢の空間は崩れだす。

「とはいえ夢見てる本人に偽物だとバレたら一旦停止になっちゃうけどね。あーあーずっと気絶してるからこのまま一番奥深い記憶まで丸々見えるかな〜とか思ってたんだけどな〜……。」

「お前……俺の精神を破壊するのが目的か?人の暗い過去を……。」

「それは副作用だよ。まあ記憶が全部無くなったら気楽に生きてけるんだから、そんな怖い顔しないで。」

「お前あのヘビか!心底性根が腐ってるなお前は……!」

「……そうだ最後に。別に君の過去が楽しむのが目的じゃないからいいんだけどさ〜……。」

「なんか君の悲しき過去、弱くない?」

「……は?」

「いやだってさ、僕様てっきりあのまま君もグラス君も色々されちゃうもんだとばかし思ってたからさ〜……。死人も自分に歯向かってきたあの女だけだし、正直言って拍子抜け。まあ次がメインディッシュだから良いけどね。」

「島民達の記憶を奪ってたのも……!」

「ああ今更?うん。でもこんなくだらない過去が僕様の一万年に釣り合うとは思えないな〜やっぱりメグメグは僕様についてくべきだね、うん。」

「……メグメグって奴がが、覚えておけ!俺は必ずお前を殺す!!お前はそいつ会えることは絶対無い!!」

 ラーヴァの発言を聞いてカーツァラッテは肩をすくめて笑う。

「……やっぱり釣り合ってないね。それじゃあ。」

 フッ

 ――現実―― 

「うう……。はっ!」 

「ラーヴァ君起きたよ!」

 最初に目に入ったのは見知らぬ女の姿だ。狐の様な耳を生やした不思議な女は大きな声を出し周りの人間を呼ぶ。

「「「!」」」ぞろぞろ

知らない男が二人、知らない女が一人、そしてフリジットがやって来た。

「先輩!良かった生きてたんですね!」

「ラーヴァ君こそ良く無事だったぞ!」

「皆心配だったんだよ〜!ラーヴァ君ずっとうなされてて……。」

「ああ……はい。も俺の事心配なさってくれてたんですね。すみませんご心配かけて……。」

「え」 「ンマ〜オレの事も忘れてんのかよ!?」

「あいうえ恐らくお前は最初に忘れられていたと思う。」 「フリジットさんの事は覚えてんのに……まじかよ。」

「何かの冗談だよね……?ほら、私!メグメグだよ?覚えてない?」

「……すみません。覚えてません。嘘かと思われるかもしれませんがカーツァラッテと呼ばれる巨大な蛇の妙な術によって記憶が抜かれてしまってるんです。」

「……あはは……。」がびーん……

「元はどういう関係だったか教えてもらってもよろしいですか?」

「えっとね……生まれた時からの幼馴染で五歳の時結婚する約束をしてて世界を救う為にラーヴァ君とフリジットさんと旅をしてるあなたの最愛の恋人メグメグだよ!」

「こら!嘘吹き込むなメグ子ぉ!」 「今ならメグメグちゃん貰えねえかな……?」

「多分僕の方がまだチャンスあるよ。あいうえお前好感度マイナスだし。」「ンマ〜さっきから厳しいなオイ!」 「サラッと最愛とか感情まで吹き込むのはどうなんだ……?」

「……先輩。この人について教えてください。」

「私の話完全スルー!?」

「おれ達と共に旅をしている戦友のメグメグさんだぞ!いつも場のムードを盛り上げてくれて、そして誰よりも細かな変化に気づく人でこの間服のほつれも直してもらったぞ!とても優しい人だ!彼女がいなければこの旅はままならないぞ!」

「口説き文句かよオイ……。」 「あれを素でやるのが人類最高戦力だ……。」 「ちょっとはメンタル回復したか?メグ子?」 「うん……。」

「先輩がそこまで言うなんて……凄く……大切な人だったんですね……。」

 ラーヴァは身震いする。

「……怖い。皆忘れてしまう……。きっとメグメグさんだけじゃない……次……もし次寝たらきっと先生と先輩の事も忘れてしまう……!」

「もうその二人以外思い出せないの?」

「ああ……。」

「親友のカルマ君は!?」

「……ごめんなさい。後覚えてるのは敵のカーツァラッテ位です……。」

「あいうえ思った以上に深刻だな。」

「いや……でもこれからやる修行の上ではかえっていいかも知れねえな。脳みそに余分な情報ねえ方が色々詰め込める。」

「え〜と取りあえず!ラーヴァ君も起きた事だしさっきの戦闘の大部分を忘れちゃってる皆に情報共有します!」

「頼むぞメグメグさん!」

 メグメグはカーツァラッテの能力についての話を全員に説明した。

「俺達が操られてたのは病加贋思ヤマカガシか。改めて冷静になると前後の記憶と矛盾ありまくりだが……あ〜クソ脳みそにこびりついてやがる!」

志路磨堕乱シロマダラか……!恐ろしい術だな……!後おれの背中に文字を刻んでくれたのはサムソーさんだよな?ありがとうな!」

「……だぢづでどうしまして。」

「でも遠距離攻撃は持ってない感じか。出来ることなら遠距離戦で一方的にやりてえな。ンマ〜熱探知さえなければねえ……。」

「カーツァラッテ君と更にその後に控えてる小鳥遊さんとの戦いの為に特訓が必要になるって事だね。よしじゃあさっき言った通り二つに分かれよう!」 

「たちつてというわけでお前はこっちだ。ざ呪術師として育ててやる。たちついてこい。」

「メグメグちゃん待っててくれよ〜!」

 サムソーとギャンブは別の場所へ行った。

「これからラーヴァ君とフリジットさんそしてフェルちゃんの三人で特訓をして貰うんだけど……。私の方からラーヴァ君に一つ言いたいことがあるの!」

「何でしょうか。」

「初対面に感じる人にこんな事言われたら腹立つかもしれないけどさ……ラーヴァ君ってさ、フリジットさんがいる時譲っちゃってない?」

「……それはそうかも知れないです。でも先輩は俺の最も尊敬出来る人の一人で……それに俺の炎が邪魔になっちゃうかも知れないですし……。」

「確かに気持ちは分かるけど……今回のカーツァラッテ君との戦いでラーヴァ君が顔の前に炎を出さず最初から脳を直接攻撃してたら……志路磨堕乱シロマダラが来るタイミングが早くなっただけかも知れないけど速攻で倒せる可能性があったんだよ!自分が攻めれそうなら攻めてかないと!」

「そういえばギボーさんとの戦いでもおれが攻めてる時はサポートに専念してくれてたな……。あの時は助かったけど……。」

「ラーヴァ君は強い能力があって!やる時はできる子なんだから!もっと自分のエゴを押し出して!」

「……。」

「そして何より、お前らがこれからやる特訓は相手のサポートだとか、後ろから支えてやるなんて心持ちじゃ絶対に成功しねえ。」

「……!……分かりました!俺のエゴを押し出す……先輩の後ろでなく先輩の横で……!」

「よしじゃあ説明するぞ。お前らの新必殺『氷炎大爆発』についてな。」

「「!!」」

「原理は簡単だ。炎の力と氷の力を相手の同じ部位に当てる!そうすると相手の肉体には高熱により激しく振動しようとする部分と低温によりその場で停止しようとする部分が現れる!そして動こうとする部分とそうでない部分に齟齬が生じた結果、分子同士の結合が強制的に引き裂かれる!そして他の分子から独立した高温分子がそのまま爆発四散するというわけだ!」  

「凄いな……!考えた事もなかったぞ!」

「本当か!?戦闘用の氷系符術のパイオニアであるフリジットさんに評価されるとはなかなか嬉しいぜ!」

「流石先輩名が通ってる……!」  

「さて……原理は説明したが問題はこっからだ。実は俺も理論は完成させてんだが一度も成功させた事はねぇ。というのも発動が極めて困難だからだ。」

「本題ですね……!」

 インフェルノは右手の指を三本立ててみせる。

「課題は三つ。①:極めて高い温度差が無いといけない。まあこれは凍結級とお前のその炎なら余程遠くから撃たない限り問題にならないだろう。②:炎の力と氷の力は同じでないとならない!どちらか一方が強すぎると高速振動分子と停止分子の割合が一方に傾き上手く爆発を起こせない!最終的にはより弱かった方が消され強かった方が弱体化するだけだ!」

「あれ?炎の符術にも氷と同格の技が有るはずですよね?」

「ああ、有るぜ。ただそれは必ずしもイコールじゃない。というのも高温と低温では周りに伝わる……即ち威力が減衰していくスピードがまるで違うからだ。高温は伝わるのが早くその分相手にダメージを与えるのも速いが……空気中での弱体化も著しい。熱々のコーヒーも部屋に放置しときゃすぐ冷めんだろ?」

「ああ〜……。」

「そして最後に③:発動タイミングは氷の力がほんの僅かに先に着弾しないといけない。これは対竜の時に重要だな。先に炎の力が着弾すると微生物ドラゴンハートに熱を吸われて微妙に合わなくなる可能性が高い。先に氷で微生物ドラゴンハートを不活性にした上で発動させるのがキモなんだ。とはいえズレすぎると今度は相手の体内に氷の力が多量に伝搬されちまって発動が困難になるんだけどな。」

「話はここまで!長話で寝ちまったら一巻の終わりだからな!とにかくやるしかねえ!もうお前には煌牙竜殺爆炎掌も遠隔の炎も無くなっちまった!最初からあった前方豪炎噴しか残されてねえ!これしかねえんだ死ぬ気で成功させろよ!ラーヴァ!!」

「……はい!」

「一般的な凍結・放射コントラクトブリザードの冷却能力、そして空気中に熱が分散していく速さについては資料があるしお前の炎の強さが分かればどの距離からが一番成功率が高いかは弾き出せる!計算は俺に任せな!」

「フェルちゃんめっちゃ頭いいじゃん!」

「……当たり前だ符術師だぞこらぁ!炎と氷の合体技ってロマンだろ?一人で研究してたんだよ!」

「ありがたいんですけど……それなら大丈夫なんですか?俺と先輩でやっちゃって……。」

「クソヘビと小鳥遊ボコるまでは味方だがそっから先は俺らが味方か分かんねえだろ?それに……ああもうこういう話も無駄なんだ!はよやれ!」

「……でももう私フェルちゃんが敵になる絵面想像つかないな〜。」

「そうかよ!お前はサポーターだ!あいつらが疲れたら回復してやれ!」

「はいは〜い!」

「それじゃあいくか!ラーヴァ君!」 「はい!」

 かくして二人の特訓が始まった!まずはラーヴァは前方豪炎噴がどれだけ使えるかを確認する。

「以前はどうやって炎を出してたっけ……。」

 ラーヴァは手のひらから炎を放つ。自分でも分かるほどに威力や勢いがブレブレだ。

「……あ〜お前指の動き統一しろ。今横で見てたけどお前指の開き具合で炎の分散スピード全然違うから。」

「!はい!一点に向けて炎を放つわけですからやっぱり指は合わせたほうが良いですよね……?」

「まあそうだな。」

「こうして……えいっ!」ボヒュウウウ……

「かなり良くなりましたかね……?」

「そうだな。たがまだブレがある。主に距離でだ。これを見ろ。」

 彼女はラーヴァの炎の飛距離を地面に刻んでいた。

「あれ……?同じ力でやったつもりなんだけどな……。」

「どこが違ったと思う?」

「……あ!手首……!?」

「良くわかったな。そういう細かな違いも着弾する時にはこれだけの大きな違いになる。威力は取りあえず置いておいて間違いなくこの構えは忘れない!この角度は固定しやすい!ってやつを探してみろ。」

「はい!」

「記憶を抜かれたのがかえって疎かになっていた基礎を鍛え上げるチャンスになってるね!」

 ラーヴァは試行錯誤を繰り返す。一方フリジットは符術札の点検を行っていた。

「フリジットさんそれは?」

「この符術札は学術都市の皆に作ってもらった物なんだが実は符術札は作った人によって若干の違いが出るんだ。手作業の部分が多いからな。今威力に関わる所をチェックして符術札毎の個体差を減らして均一にしているんだ!」

「お〜なるほどね!……素人だと全然違いわかんないや。なんか皆同じに見える〜……。」

「おれも最初はそうだったぞ!」

「最初は……そういえばフリジットさんって何歳位に符術の勉強をするようになったの?」

「興味を持ったのは四歳の時だな!七歳位からは学校のお勉強が終わったら毎日家で産業用の符術札をいじって遊んでたぞ!」

「おお!ナチュラルボーン符術師だね……!」

「思えばその頃からおれは兄さんに迷惑かけっぱなしだったな……騒音出しちゃった事もあったし……符術学校で学ぶ為のお金も援助して貰ったし……。」

「家族の理解もあったんだね!」

「ああ!本当に、ここまで沢山の人に支えられておれはようやく符術師になったんだ!」

「感謝の気持ちを忘れてなくて偉いな〜……。」

 カーンカーンカーン!

 鐘の音が鳴り響く。フリジットは今作業している物にかたをつけると労働所へ向かう。

「えっ 行っちゃうの!?フリジットさん!」

「ああ!かなり衰弱している人が居てな、おれが代わりにならないと多分持たない……!ノルマを守れないとペナルティがあるらしいから穴を開けるわけにもいかないしな!」

「……フリジットさんって本当、真っ直ぐで優しいよね。なんだか一緒にいて眩しく感じちゃう位。」

「そうか?ありがとうな!」

 フリジットは目を細めて大きな笑顔を作る。

「……。」

「あれ?今のはもしかして褒めてなかったのか?」

「ああいやそうじゃなくて!褒めてるよすっごく!ただフリジットさん凄く嬉しそうだな〜と思って!」

 (フリジットさんは甘々全肯定に弱いのかな?ラーヴァ君と違ってフリジットさん良くも悪くも全然最初から態度変わらないからなぁ……これは意外な弱点かも!)

「嬉しいなら私どんどん言っちゃうね!フリジットさんはとっても素敵だよ!体も大っきくてかっこいいし、今見せてくれた笑顔だって男の人らしいのに、少年らしい輝きを失ってないし!」

 (さあどうだ!) 

「なんか急にベタ褒めだな!でもありがとな!嬉しいぞ!おれが褒められるとおれの大切な人が褒められた気持ちになってな!」

「え」

「おれは誰かにしてもらった事を他の誰かにしてあげてるに過ぎないからな、おれの事を優しく感じてくれたならそれはおれの周りが優しかったからなんだ!おれの体が大きいのも両親がいっぱい食わしてくれて、いっぱい運動させてくれたからだしな!笑顔も兄さんや町の皆、符術学校の仲間達がいっぱい笑かしてくれたから出来るんだ!」

「あう……」

「それにしてもメグメグさんは人のいい所を見つけるのが本当に上手いな!一緒にいて元気が湧いてくるぞ!ありがとう!」

(あ、これ無理だ……一生かかってもこの人を手中に収めるのは無理だ……。真っ直ぐすぎる……。特定の個人に対して依存するとか自分の物にしたいとかそういう発想が欠片もない……!)

「……元気注入!いっぱい頑張ってね!はいもう行ってらっしゃい!」がばっ

 メグメグはフリジットの胴を掴み物理的に元気を注いだ。

「あれ!?なんか怒ってる!?まあとにかく行ってくるぞ!」

「……私も頑張らなくちゃ!二人に出遅れないためにも……!……そうだ!」

 その後八時間が過ぎた。彼らはなおも各々の努力を重ねる。もはや一睡も許されない。船員達が寝静まる時間となってもメグメグから生命力を分けてもらい精力的に活動を続けた。

「飛距離差は……グレートだ!十回やって最大引く最小レンジは八センチ!良い感じにコントロール出来てるぜ!まさか指の向きを逆にするとはな!」

 ラーヴァは左手を右腕に添え、その右手を指を下に向け手首を前に押すようにする事でその角度の固定に成功した。

「もう同じ事何回もやってたので……出力調整も大分上達してきました!」

「八センチがどの位かも感覚で分かるか?」

「はい!凄く便利ですねメートル法!」

「そうか。まさか特訓で単位の話をする事になるとは思わなかったが……覚えたんならそれでいい!」

(フリジットさん曰く地球人への恨みがある間は頑なに覚えようとしなかったらしいが……これも記憶喪失の恩恵だな。)

「こっちもフリジットさんから貰った資料も含めての計算を完了した!氷炎大爆発が起こせる距離と威力の相関を概算だが割り出したぜ!」

「先輩からの資料?」

「ああ。何でもフリジットさんの今の札は符術学校でも評判のビル先生謹製の物が入ってるらしくてな。通常より威力と効率が高かったらしい!だがそれも含めて計算したから安心しろ!」

「本当何から何まで……ありがとうございます!!」

「ボケ!やめろ。それは成功した瞬間に言うんだよ。フリジットさんの方はもう先に仕上がってるみたいだ!早速臨床試験……」

「ンマ〜呪力レーダー反応!何やらデカくて強え奴が近づいてるぜ〜オイ!」

「「「!!」」」

「お前ら集まれ!……ラーヴァいいか!?『20メートル』だ!それが今お前が最も撃ちやすい距離……!覚えておけよ!」

「はい!」

 ざっざっざっ

「先輩!俺は強くなりましたよ!」

「おう!」

「フリジットさんも私と回復と筋トレの繰り返しでパワーレベリングしたからね!とっても強くなってるよ!」

「無意味だよそんなの。僕様の一万年に敵いっこない。」

  暗闇の中から声がする。それは間違いなくカーツァラッテのものだ。

「カーツァラッテ君!」

「ぬかせジジイ。テメーと俺達じゃ時間の密度がちげーんだよ!」

「そっちの君は黙っててよ。……明日って言ったのに全然来ないから来ちゃったよメグメグ。今ここでその子張っ倒して記憶見るからね。」

「そうはさせないぞ!」

「かかってこいカーツァラッテ!今ここで焼き殺してやる!」

「ばびぶっつけ本番……だな。」

 ばっ!   ズジャジャジャジャッ!

 両者相手の声へ向かって走り出す!戦いは始まった! 

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