第15話:落ちる者 堕ちた者

鳥男は足の爪をクイと動かす。すると後ろに引っ張られていたラーヴァの頭は今度は前方に引かれるような感覚を覚える。

「ゔああっ」

 ラーヴァは今までの前に進もうとするエネルギーを逆に利用され前方のガラス窓に勢い良く突っ込む。

 パリィィィン!

「ぎっ」

「わざわざ親切に……ありがとうありがとう!」

「お前……!」

 男は翼で口元を隠しクスクスと笑う。声は気さくながらも礼儀正しい老いた男性を思わせ、黒いその翼は日によってつややかな光沢を放ち鳥男の下衆な性格とは対照的に一種の神々しさを感じさせる。男は窓から落下しなかったラーヴァを今度はその異能で後ろに倒れるようにし、三つある内の二つの足でたっぷりと金銀財宝を掴みラーヴァの割った窓から脱出を図る。

「待て!俺は統率者ビーストマスターだ!お前の力が必要になる!」

「はて……?びぃすとますたぁ?ううんかれこれ生まれて一万年……すっかり記憶から抜け落ちてしまってますなあ。何のことやら……。」

「なら力ずくだ!前方豪炎噴!」

 ボヒュウウウ

 ギュイーン!

「くそっ 今度は横に!」

 どさっ

 ラーヴァは頭から横に倒れ込んでしまい前方豪炎噴は当たらない。

「直撃を避けてなおこの熱気……直撃したらさぞかし痛いでしょうねえ。」

 これ以上は部屋を無駄に破壊するだけだ。

「なら今度は!」

 足に炎を宿すラーヴァ。

「あ。使っちゃいます?それ。」

「は……?」

 ……ぐるんぐるんぐるんぐるん!

「はああああ!?」

 ラーヴァは頭を中心に床に体を擦り付けながら回り出す。単純な質量や重力による押さえつけなら炎の勢いで突破できると踏んだラーヴァだったがどうもそう単純なものでもないらしい。

「ではでは……。」

 バシュン!

「待てこら!」

「い……行かさないよ!」

「ササキさん!」

ササキがようやく部屋に到着した。窓から外へ出る鳥男めがけて矢を放つ!

 「サウザントアロー!」

 バシュ……ピシュシュシュシュシュシュシュシュ!

「あなた達が下で話している間に良いものを選りすぐる事が出来ましたよ!感謝しますね〜!」

「しなくていいよ!今そこで君は死ぬから!」

 ヒューン……スカスカスカッ

 ササキの矢はあと少しで鳥男を射抜くというところで向きが上へズレていってしまった。

「あれ?……風?イヤでも……まさか。」

 ヒュオオオ……!

 ササキは割れた窓から外を覗いてみる。上にズレていると思った矢は建物の屋根へ放物線を描いて向かう。

「円を描いて……ここに……落ちてきてる……?」

「ササキさん下へ降りましょう!早くしないと」

 ズドズドズドズドズドスド!!

 円運動をしていた矢が一斉に建物へ落ちてくる!ラーヴァは下への避難を勧めたがこれは正しくない判断だった!ササキの矢は天井から地下室まで貫くほどの威力を持っていたからだ!

「うわああああ!」

「ごめん!」ドシュ

「いだあああ!!」

 ドズドズドズ……

 矢の雨は止んだ。ラーヴァは胴に三本矢が落ちてきたが貫通することはなく内臓を傷めるだけで助かった。ササキは左手に刺さった矢を見て泣いている。しかし痛すぎて失神する事も叶わない様だ。下からフリジットとメグメグが上がってきた。二人は先程の術凍結・澄鏡を利用したのか無傷だ。

「二人が叫んでくれてなかったら防御できてなかったぞ!ありがとう!」

「い……いいから助けて!」

「矢……ヌキヌキするね!」さわっ

「いだいいいい!!死ぬうう!!」

「でも抜かないと治療できないよ!」

「自分で……自分で抜くから待って……。」

 結局ササキが矢を抜くのに三十分かかり、二人の治療が終わる頃には一時間が経っていた。すっかり昼下がりだ。

「ササキさん。あの怪物をぜひ倒しに……」

「嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない死にたくない……。」

 ササキはすっかり憔悴してしまい、とても戦える状態ではない。

 (まあさっきのは精神的にもキツイよな……。見えない所から矢が降ってくるって凄い恐怖だし、自分の能力を逆利用された敗北でもあるし……。)

「無理に行かす事は出来ないぞ……。」

「しょうがない俺達三人で行こう!」

「正面から星守七聖獣と戦うのって初じゃない?ラーヴァ君の強化に繋がるし!ポ……ポジティブに行こ〜!」

「お〜!」 「おー……。」

 三人は町に戻った。三人が討伐作戦を行う旨を言うと先程襲撃があったにも関わらず多くの商人達が力を貸してくれる事となった。

「やっぱりアイツが狙ってるのは光りもんか!」

「はい。一応一部残ってたんですけど……。」

「金は全滅か。見事に良いもんだけってやがる……。」

「おい。あんちゃんら……そしてメグメグちゃん。あのAEA構成員こしぬけと自分らは違うんだよな?」

「ああ!俺達は絶対アイツに勝たなくちゃならない!」

「必ずここで仕留める覚悟だぞ!」

「何も得られず帰ってきたら石を投げてくれても構わないよ!」

「そうか……よしお前ら!ありったけの金を持って来い!それから『砂獣』もだ!」

「「「おう!」」」

「奴をおびき寄せるには必要だろ?使ってくれ!」

「すまないぞ!」

「ありがとね!『ヘンドラー』さん!」

「あんだけ一斉に言われて名前覚えてられるのかよ……本当最高だなメグメグちゃん!それから……オイ!そうお前だ!来い!出番だぞ!」

 坊主の男商人に呼ばれてきたのは先程叫んでいた黒髪三つ編みの女商人だ。

「ウチ、皆さんの役に立てるよう頑張ります!戦闘は出来ないですけど……!」

「コイツはあの怪物に襲われ敬愛する師匠を奪われ、それでもなお生き延びた奴で、トラウマは有るんだろうが自分らの為に名乗りをあげた。道中役に立つはずだ!連れて行ってやってくれ!」

「よろしく頼むぞ!」

「お願いします。」

「よろしくね!」

「はい……!」

「砂獣、持ってきたぜ!」 「オレらの分もぶん殴ってくれよ!」

「ああ!行ってくるぞ〜!」

「吉報を待っててね〜!」

「ガガッ グガガッ」

 四人は金の装飾品を身に着け、砂獣を連れてきてもらうと早速現地へ向かった。

「え、えっとまずは……符術生成!『磁鉄・指針トータルコンパス』!……って言ってもあらかじめ作ってある物ですけどね。」

「磁鉄?」

「産業用符術だな!今のは所謂いわゆる鋼型の一種だ!ただ磁鉄・指針トータルコンパスとなると……」

「ウチに説明させて下さい!これで方角が分かるようになります!それから……上下の運動を記録して実質的に歩いた歩数を、多少ブレるんですけど記録してくれるんです!白札マスタータブレットで電気信号を送ると確認できるんですよ!」

「凄い高性能だね!」

「んへへ……まあ師匠のお下がりなんですけどね。」

「お下がり!?師匠さんも君も凄く物持ちの良い人なんだな!磁鉄・指針トータルコンパスの寿命は長くて二年って話なのに!」

「はい!師匠は凄い人だったんです!物に対してとても真剣に向き合ってる人でした!」

 女商人は嬉しそうだ。

(分かるよ……尊敬してる人が評価されるのって自分が褒められる以上に嬉しいよな……。俺も先生が評価されてる所を見るのが幸せだったよ……。)

 ラーヴァは一人で共感している。

「怪物の巣穴って大体場所分かってるの?」

「はい!ここから大体……二日かかります!」

「え!?長!?飛んでいったほうがいいのでは……?」

「それだとラーヴァ君の負担がでかすぎるぞ!」

「それも……そうですね……。」

「でもこの砂漠のデカさを考えたら全然近い方だよね……。」

「そうですね。食糧や寝床はウチと砂獣の『ザント』ちゃんが大部分を持ってるのでご安心を!皆さんは少しでも楽してください!」

「ガガッ グガガッ」

「何から何まで助かるよ!」

「ザント君可愛いな!目がツヤツヤだ!」

「ガガッ グギョッ」

 砂獣は常に目が潤っている為たとえ砂嵐でも問題なく目を開けていられる生物だ。体高は1.9メートル程で長いまつ毛も可愛らしい。我々の知っているラクダと大きく違う点が二つある様だ。

 ――夜になり砂漠はすっかり冷え込んだ。食事の最中、早速ラーヴァが砂獣について知識をお披露目する。

「そういえば砂獣で思い出したんですけど、砂獣の原種は毛が黒かったらしいですよ!」

「確かに言われてみればそうだったなあ〜!でもザント君は赤っぽいね。何でだろ?」

(そうだった!?この子何年生きてるの!?ウチよりちょっと若い位なのに!)

「黒は夜の砂漠に紛れる為の色だったとされているんです!でも今赤なのは人に飼われるようになってどんな時でも色別できる方が良くなったから何だそうです!」

「本当だ!ザント君目立つな!」

「ところであの頭の毛の白メッシュは?」

「それは仲間内でどの人の子かを色別するための物ですね!白だから……ザント君は『セールス』さんの子ですね!」

「仲間内で……そういうのも有るんですね!」

「寧ろここの人じゃないのにラーヴァさんは良くそんな知ってましたね!驚きました!」

「まあ先生の受け売りなんですけどね。えへへ……。」

「じ、じゃあこれは知ってますか?砂獣の体皮には苔が生えているんですよ!」

「コケ!?それは知らなかったです。」

「苔の葉は空気中の水分を吸収できるんです!砂獣はその苔を食べて水分補給する事も有るんですよ。」

「苔側に利点はないのか?」

「勿論あります!砂獣が移動する事で苔も移動し、別の地域に、或いは別の砂獣に胞子をばら撒きより繁殖する事が出来るんです!それに苔はとても生命力に優れる生き物ですから……流石にこの流砂の中では無理ですが、もし砂獣が口から苔をこぼした先が乾燥しているけれど地面が安定している所謂いわゆる岩砂漠ならそこで上手く繁殖できる事も有るんです!」

「共生ってやつだね!」

「はい!」

「皆頭使って生きてるんだな……。いやでも苔に自由意思はないか……。」

「遺伝子が持つ大いなる意思ってわけだな!」

「皆さんご飯は食べ終わりましたか?皆さんの寝床を準備しておきますね!夜間砂嵐に襲われるかもしれませんが当たっても即死するわけではありませんから、とにかく埋もれないように砂を掻いておけば大丈夫です!」

「は〜い!」 「分かったぞ!」 「分かりました。」

 四人はその日は何事も無く就寝した。澄み渡った夜空に星と三日月がキラキラと輝いていた。そして遠征を始めてから三回目の朝日が出て来た。……四日目の朝だ。

「朝だ〜!歩いていくぞ〜!」

「……先輩。ちょっと待ってください。初日から二日で着くはずですから、もう昨日の時点で付いてないとおかしいですよね。今日は歩かず、少々作戦会議をしませんか?」

「……確かにそうだな……。分かったぞ。」

 四人は寝床から出て現状の確認をする。

「う〜また左足の靴にだけ砂が入ってる〜……。」

「砂の粒子って凄い細かいんだな。靴の繊維を貫通してるのか……俺も今日も左足が砂まみれだ。」

「……やっぱりトータルコンパスに異常はないのか?」

「は、はい。向きは合ってますし、歩数的にはもう到達している筈です。二日なんて言いましたけど、皆若くて健康なのでハッキリ言って二日目の夜頃に着いててもおかしくないぐらいです。それに何より……」

「それ!やっぱり反応してるよね!」

 メグメグは女商人が持っている先端が円になっている棒を指す。

「は、はい。ウチの磁鉄・宝探ドリームセンサーが地面にも反応しています。近くに金属がある筈なんです。」

「私達の装備に反応してる……なら昨日の夕方四手に分かれた時反応しなかったはずか……。」

「そ、そうなんです。ウチは金属製の物全て外してたんで。……ああ、そういえばあの時もこんな感じでした……。」

 女商人は震えだす。幼老狐がそっと右手側に寄り添ってやる。

「大丈夫だよ、私達がついてるから!……辛いと思うけど昔の事、話せる?」

「は、はい!……あの時もいつまで経っても目的の場所に着かなくて、備蓄が底をついて皆弱ってた時に怪物に襲われたんです。あの……黒い大烏に……。それで……師匠は……私を庇って……。」

「……なるほどね。話してくれてありがとう!……えと、気休めにもならないかもだけど……えいっ!」

 メグメグは震える女商人を抱きしめる。

「わっ あったかい……。」

「絶対仇は取るからね。それも完勝で……犠牲は出さずに皆で生きて帰ろうね!」

「……はい……!」

 (案外女にも優しいんだなメグメグ……。てっきりヤれる男にだけ優しいもんかと思ってたけど……。)

 少しメグメグを見直したラーヴァ。

「でもある意味怪物君がこの辺りにいる証拠にはなったな!勝負は今日だ!」

 フリジットが明るく一行を盛り上げた。

「相手は備蓄が尽きるまでこの謎の術を使ってくるつもりなら……もう体力がどうとか言ってられないですね。俺が空を飛んで、怪しい巣穴がないか確認してみます。」

 ボヒュウウウ……

 ラーヴァは上から広大な砂漠を見下ろす。

「……ない。何もない!ただただ砂が広がってる……。」

「どう〜?」

「全然駄目だ!ちょっと横に飛んで操作範囲を広げてみる!」

 ラーヴァは水平飛行をする。

「……〜!……〜!」

 すると何やらフリジットが下から叫んでいるのが聞こえた。

「……?何ですか?先輩!」

「ラーヴァ君!君は真っ直ぐ飛ぼうとしているで良いんだよな!?」

「はい、そうですよ!」

「ラーヴァ君、何か段々斜めに移動していってるぞ!」

「……え?」

 虚を突かれたラーヴァ。

「……ラーヴァ君!ちょっと痛いかもしれないけど地面に接しながら真っ直ぐ進んでくれないか!?」

「はい!」

 ラーヴァはフリジットの指示に従い、右手を砂にこすりつけながら移動する。

 ズザザザザ……

 (真っ直ぐ……真っ直ぐ……。)

 「ラーヴァ君!やっぱりズレてるよ!」

「ええ!?」

ボヒュッ  チラッ

「なっ」

 ラーヴァは自分の描いた軌跡を上から見てみた。すると確かに段々と左側にズレていっているのに気がついた。ここまで一気に動いてようやく気づく程度なのでもし普通に歩いているだけだったら一生気付くことは出来なかっただろう。

「何で……?俺は確かに真っ直ぐ進む意識でした!」

「……そうか!おれ達はずっとこの大きな円を回り続けていたのか!」

「た、確かにこのズレの大きさから考えられる円の大きさと足跡が埋まる砂漠の特性を考えれば有り得ますね……!」

「カラスの怪物君の術も分かったぞ。恐らく彼の能力は重心移動だ!」

「重心……移動……?」

「重心っていうのは万有引力の合力の作用点だ!物の運動は重心を中心に行うものでそれが良くない位置にあると上手く歩けなくなる。重いリュックを持ってると後ろに倒れそうになってしまうみたいにな!通常有り得ない事ではあるが……もしおれ達の重心が本来の位置より少し左前方にあれば自然と体の向きがそちら側にズレていくはずだ!」

「皆左側を下に寝てたのも寝返りを打つうちにそっちに向かってたからって事!?」

「そうだな!重心は下にある方が安定するから自然とそうなる!」

「ササキさんの家の矢も……。」

「もし重心を家の上のところで固定出来たなら、矢の運動はその重心を中心とした円になるから、怪物君に向かっていた矢も回転させられる!」 「なるほど……。」

「それから怪物君の能力にも射程距離があるはずだ!重心移動が解除される点を三つ割り出せればそれを外接点とする円とその中心……つまり怪物君の位置が割り出せるはずだ!」

「俺が調べてみます!」

「後で私が元気補充するからね!」

「おう!」

 ラーヴァは若干体を右向きに動かし、補正をかけて真に真っ直ぐ進める様にした。そうして体の向きが変わる点を見つけていき一度見つけた点にはそれぞれ女商人、メグメグ、砂獣ザントについてもらった。フリジットは上空からそれを見て中心の位置を割り出し、そっと印をつけておいた。

「これでよし!」

「お疲れ様!回復回復〜!」

 ポワァァァ……

「ありがとうメグメグ。」

「ギィーッ ギッ!」すりすり

「うおっ ザントもありがとな。」

「み、皆さん。ウチはザントちゃんとここで待ってますね。あの……でも……。」

「何ですか?」

「もし……ガラス玉の指輪があったら……それを回収してきて欲しいんです。ガラス玉の指輪は師匠が肌身離さず持っていた物なんです。どうかお願いします。」

 女商人は頭を下げる。勿論断る者はいない。

「せっかくの印が消えたら嫌なんで……そろそろ行きましょう!先輩!」

「おう!」

「フリジットさんはいつもの氷の靴が使えない分厳しい戦いになるね……。空気中の水分も少ないし……。」

「空気を冷やすのは効果的じゃないから攻撃する時は近接になるだろうな!なるたけラーヴァ君のサポートに回りたいぞ!」

「はい!よろしくお願いしますねっ先輩!さてと、最初の一撃何ですけど……。」

「卑怯とか言ってられないね!上から一気にズドンでいこう!」

「そうだな!」

二人をあらかじめ中心付近に待機させ、ラーヴァは上空から一気に炎の推進力を加えながら落下する。

(この一撃で殺しきりたい……!)

「うおおおお!!」

 ヒューン…… ズドオン! ドズ!

「何かに刺さった!」

 ラーヴァは地面を貫きそのまま地下を掘り進む。すると砂ではない物に当たった。

「ぬぐああああ!?」

 ザザ……ザザザザ…… ド ッ パ ァ ン !

 砂が一気に盛り上がると、なんとそこから足が三本ある巨大な烏が出て来た!

「痛いなあ……!ふぅーんお見事お!」

 “星守七聖獣 天地烏あまつちからす ギボー”


「人様の言葉くっちゃべってんじゃないぞ……!殺人カラスが!」

 ラーヴァの剣は右翼を貫通しており、ラーヴァ自身は烏がその身を震わせてもなお流砂に巻き込まれないように両手で剣を力強く握っている。ギボーは流砂が止んだ後も隙さえあれば重心移動でラーヴァを落とそうとしてくる。

(頭が後ろから引っ張られる感覚……!クソ……片手で煌牙竜殺爆炎掌する余裕はないか……!)

「ふう……僕の位置を割り出した事は素直に称賛するよ!そしてこの傷は慢心の結果として受け取っておくね!」

「お出ましだな!」

「星守七聖獣でありながら散々暴挙を働いてた事……反省して貰うよ!ギボー君!」

「一万年人の子のオスを食い散らかしていた姉さんには言われたくないですけどねえ。」

「な……!」

 メグメグとギボーは二人そっちのけで討論を始める。

「いや、私は殺してないもん!ちゃんと皆添い遂げたもん!」

「僕はね、偶々人を殺さなくて済んだだけで一万年の暇潰しに好き放題してたのはおんなじだって言いたいんだよ、姉さん。」

「うぐう……でも私はただ閉じ込めたわけじゃないし!皆気持ちよくしてあげたもん!好き放題とは違うもん!相手の為に我慢してあげた部分とかもあるもん!」

 (こいつらいつまでお喋りする気だ……?しかもギボーは喋ってる最中も俺への重心操作攻撃は欠かしてないがメグメグは突っ立ってるだけ……。)

「その我慢も含めて自分が欲しかったもの……尽くしてやっているという感覚だったのでしょう?内心的にはやはり僕の財宝集めとそう変わらないよ。」

「……!内心がどうであれ人を殺して不幸にしてるギボーの方が悪いでしょ!」

「何でそこで張り合うのだか……僕も姉さんも悪いにしておけばいいのに……。姉さんは考えた事無かったんですか?自分が手籠めにした方々の家族や親友達の事を。」

「……!」

 メグメグは口をつぐむ。しかしすぐに勝ち誇ったような笑みでギボーを見つめる!

「ふふん!残念でした〜!家族も手籠めにしてます〜!」

 ……シーン……

 辺りが静まり返る。

「え、まじかよ……。おえ 女にも優しかったのって……うわぁ 見直して損した〜!」

「ええ……姉さん節操なさ過ぎて素直に気持ち悪いよ……。」

「あれ?それだけ?新しい反論は?……よし!私が勝った!」

「いや勝ってないよ!?舌戦してやるだけの価値が無いと判断されただけだよ!?てか何なら罪状増えたまであるからね!?仲間すらドン引きしてるし!」

「あれ?話す価値無しって言う割には凄い食いつくね?それって負け惜しみ……「もうどっちも糞だろ!姉弟喧嘩は後にしろ!メグメグ!」

「……?違うよラーヴァ君!これも作戦の一つだよ?」

「「え?」」

 がしっ!

「くう!?」

 ギボーの意識がメグメグにあるうちにフリジットは左翼に飛び移っていた。彼は機械の右手で力強くその羽根を掴む。

「符術解放!『凍結・爆弾フリーズアンドドミネーション』!」

 フリジットは符術の爆弾を左翼に付着させる。

 グイーン!

「うああっ」

「落ちちゃいましたね。ってアレ?」

 ピ シ ピ シ ピ シ ピ シ ……

 フリジット本人は重心移動で振り落とされたが札は完全に付着しており左翼は瞬く間に凍りついた。

(!これは……ただ表面が凍っているわけではない!冷気が表面から刺すようにジクジクと体を侵食して……芯まで伝わってくる!腕の骨まで到達したら最後そのまま全身氷漬けにされてしまう!)

 バサッ!

「うおっ」

 ギボーは右翼を左翼の爆弾設置部分まで持ってくる。

 ズバア!

 そして右翼で左翼を切断し凍傷の進行を止めた。

「むう……!」

「やりましたね先輩!」

「ああ!符術生成!『冷却・寝床スノーベッド』!」

 コファ〜……シーン……

「くっ やっぱり駄目か!」

オアシス付近にあったササキの家とはわけが違う。やはり空気中の水分から氷や雪を作る技は使えないようだ。落下するフリジットをメグメグが下から受け止めにいく。

「フリジットさん!私の下へ!」

「助かるぞ!」

 ぴと

(よし!キャッチ成功……)

 メキメキメキ!

「へ」

 ドッスン! ヒュウウウ…… ゴ  シ  ャ  ア  ! !

「エ゙」

「なっ」

「……ふふっ」

 フリジットは身長190を超える巨漢だ。メグメグはその重い体を受け止める際のダメージを覚悟していた。しかしその落下の勢いは彼女の想像を絶するものだった。まず彼らがいた砂がその圧に耐えきれなくなり落ちていき、下の空間へと彼らは落ちた。その後彼女の肉体と砂の間に挟まれた尻尾は余りの重圧に破裂して潰れた。彼女の体もまた胸元から下腹部までがぺちゃんこになり口からかつて臓器を形作っていた血肉が出て来た。彼らを受け止めた砂の下に広がる岩の空間にすらクレーターが出来ていた。

 ツジャアアアアアアア!!

 蛇口を全開にしても聞こえない様な悍ましい水の音。

「すまないぞ!」

 フリジットはすぐに彼女の上から降りる。メグメグは肺が潰れ喉には血肉が詰まり呼吸することも話すことも叶わない。

「くっ……おれのせいで……。」

 彼も無傷ではない。一部機械の腕で受け身を取ったが機械を通じて全身に衝撃が伝わってきている。

 ぴくぴく……

「!」

しかし息絶えたかに思えたメグメグもまた怪物の内の一つ。胴体を殆ど失うこの大惨事でもなお死亡せず、体に残った生命力で再生を始めていた。地上には勝ち誇ったと言わんばかりにカアカアと鳴くギボーと愕然としたラーヴァが残っていた。

「な……何だよ今の……!」 

「モーメント力だよ。『力』(この場合体重にかかる重力)掛ける『力の作用点までの距離』で表される。本来彼の体の中だけで終始するだけの回転運動ですが重心を体外に出すとこういう事も出来るのさ。」

「……?ハッ!」

 (そうか……重心は万有引力の合力の作用点……それを実際に重さがある先輩の体から大きくズラせばその分だけ『力の作用点までの距離』が増え先輩が落下する際の回転運動の威力が上がるのか!)

「さて。姉さんは化け物だから助かったけど……今ので分かってもらえたかな?」

 ばさっ

「君が一度でも、ほんの少しの距離でも落下したら死ぬ他ないという事を。」

「……!」

「頑張ってしがみついてみてね〜!僕に!」

 グ  ル  ン  グ ル ン グルングルングルングルングルン!

 ギボーは反時計回りに回転する!

「うおああああ!ひ、引き剥がされる!」

 ズ……ズ……

「剣が抜けてしまう!」

 ラーヴァは足の炎で回転と同じ方向に進み何とか剣が抜けないようにする!

「やるねえ!なら今度は……!」

 ギボーはゆっくり減速し今度は時計回りに回転する!

 ベチン!

「……?そっち方向だと寧ろ深く刺さるぞ?」

「慣性力って知っているか〜い?」

「……あ」

 今度はラーヴァが丁度下に来たところで急停止するギボー!慣性力が働きラーヴァと剣は抵抗虚しくすっぽ抜け、勢い良く落下していく!

「くそっ くそおっ ならせめて……うおおっ!」ブゥンッ!

 ラーヴァはギボーの尾に目掛けて剣を投げつける。それはギボーの尾に当たった!

「よしっ!」

 ぽろっ

 ……が、剣は尾を一切傷つけることが出来ずに落ちてしまった。

「ん?気づいてないのかい?回転運動の威力を威力を上げることも出来るけど下げることも出来るんだよ?剣の先端に重心を移せば威力は殆どゼロに等しくなるからね。」

「まあ尾が切れた所で君の死も僕の勝利も変わんないんだけどね!」

「うるさい!黙れ!」

(くそっまだ重心が移動してないのか!全身の回転で足の向きが変わるから上手く足の炎で勢いを殺せない!)

 ヒュウウウ……

ラーヴァは回転しながらフリジット達が落ちていった砂のドームの穴に落ちていく。 

「……!」

 一瞬見えたメグメグの体はもうとても人の形を保っているとは言い難い状態だ。胴体は殆ど潰れ頭と四肢だけが浮いているという表現が出来る程だ。ラーヴァは未来の自分を見たかのようでゾッとした。

「俺……このまま……し、死ん」

「符術生成!『冷却・寝床スノーベッド』ぉ!!」

ふわあああん……

(赤いベッド……これは!)

「本当にすまないぞ……!メグメグさん!」

 フリジットは大量にあったメグメグの血で柔らかな雪のベッドを幾重にも重ねて作る。

 ぼすっ ぼすっ ぼすっ ぼすっ

 勢いが低減されていく。それでもなお止めることは出来ない!

「そんなんじゃ止まらないよー!」

 雪のベッドはラーヴァの落下を止めることは出来なかったが体の回転を和らげた。

(このままいけば俺は頭側から落ちる……!なら!)

 ラーヴァは足の炎を消す。これ以上は落下の勢いを強めるだけだからだ。

「前方豪炎噴!」

 ボ ッ ヒ ュ ウ ウ ウ ……

 ラーヴァは腕を下に向け、掌から炎を出す勢いを利用して落下の勢いを殺していく。

(決して……上に行こうとする力が上回ってはいけない!ギリギリだ……地面ギリギリの所で上に向かう力と下に向かう力を相殺させきり、安全に着地するんだ!)

ボヒュウウウ……

 (まだ落ちる力が強い……とはいえこのペースだと上に行く力が過剰すぎる!相殺する場所をもっと下ろさなくては……。)

「まさか本当に!?させないよ!?」

「こちらもさせないぞ!符術生成!『凍結・放射コントラクトブリザード』!」

 ラーヴァの着地を邪魔しようとするギボーの行く手をフリジットが阻む!

 クルッ

「うっ!?停止!」

「その札を反転させるくらい造作もないよ!」

 (やはり近接戦する他ないか……!)

「符術解放!『冷却・短刀クライオナイフ』!」

 フリジットは左腕から氷のナイフを生やし、ギボーに立ち向かう!

ウウウ……

(先輩ありがとうございます!後ちょっと……後ちょっと……。)

 ウウウ…… ピ タ ……

 (ここだ!)

 シュウッ

 ラーヴァを前方豪炎噴を解除する。

 ピ  ト

 ズウン!

「がっ!」

 ラーヴァに本来のウン百或いはウン千倍の落下ダメージが入る。

「うっ……ううっ……はぁ……はぁ……」

 ……それでも、ラーヴァは衝撃を殺すのに成功したといえる。指が付いた瞬間全身に痛みが生じたがその身を突き破る程ではない。そのまま丁寧に足も下ろしラーヴァは生きて再び地に足つけたのだ。

「やっ……やった……!」

 ズバッ!

「ぐうううう!」

フリジットはギボーと交戦している。どんな攻撃が来ても跳んで回避する事ができない為その体は傷だらけだ。

「はあ……はあ……」グイーン!

「う!うおお!!」ぷるぷる……

 フリジットを頭が後ろに引かれる感覚が襲う。勿論地上1.9メートルから岩に落下したら最後、彼の頭は粉々に弾け飛ぶだろう。

「凄い体幹だね!」 

「先輩!」

 ラーヴァはフリジットの隣に移動する。ピチャリとメグメグの血を踏み抜く。

「な!?本当に生存したのかい……。」

 ギボーはラーヴァに気づく。

「でも……どうするのかな?君達もう自由には動けないよね〜!タハハ。」

(跳べるチャンスは一度だけ……おれが攻める場合それで仕留めきれなかったら死亡確定だ!ラーヴァ君は前方豪炎噴で攻撃できる……ラーヴァを守る方向で動くべきだな!)

ラーヴァはフリジットをちらりと見て相手に聞こえないようにほんの小さな声で話した。

(俺が時間を稼ぎます!先輩はメグメグの血で一番攻撃力を出せる物を作ってください!)

(……!?)

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