第11話:機械の蟲は何を思う

「ん〜ん!ん〜ん!」

 じたばた じたばた……

 フリジットは符術学校の生徒達により暗がりヘ運ばれ、喋ることが出来ないよう口を塞がれていた。巨漢のフリジットといえど不意打ちで複数人に抑え込まれると中々振り払うのは困難であった。

「んがっ!ぷはぁ!……二人がこのままだと不味い!」

 がしっ

「行っちゃ駄目です!フリジットさんが殺されてしまいます!」

「止めないでくれ!まだ札が一枚残ってる!」

 フリジットは暗がりから飛び出す。

「くっ……守れなかった……!」

 しかし既に三人は何処かに行ってしまった後だった。

 (とはいえ、殺すと言っていたのに遺体が残っていないあたり、何か利用価値が生まれたから殺さないで運んだという可能性が高いか……。)

「フリジットさん!符術学校ヘ戻りましょう!こうなったら一度準備を万全にしてから行ったほうが良いですから!」

「……それもそうだな!符術学校ヘ戻らせてもらうぞ!」

 ――符術学校――

「まずは皆、さっきはありがとう!皆が助けてくれなければ恐らくおれは殺されていた!」

「いえいえ!」

「フリジットさんだけでも無事で良かったです!」

「ただ助けてもらった所悪いが、おれは今日中には学術都市アルパカを発とうと思っている!」

「そんな……。」

「とはいえもうおれには札がこの一枚しかない上、これも白札マスタータブレットで消費を抑えているが、後20分もすれば効力を失う!このまま行くのは自殺行為だ!だから……」

「この最後の一枚を参考に、皆に戦闘用氷型符術札を作製してほしい!もちろんおれが監督する!」

「おお〜!」

「パイオニアたるフリジットさんの監督下で作らせてもらえるなんて……!」

「是非ともお願いします!」

 最初の内は肯定的な意見が多く聞こえた。が、一人の学生の発言を皮切りに否定的な意見が増え、否定派が多数を取る事になる。

「いやです!私は反対します!」

「「「……え?」」」

「だってそれって、私達が札を作らなければ、フリジットさんはどこにもいかないって事ですよね!?」

「こんな状態でも私達よりずっと強いんでしょうけど……もうフリジットさんは両手を失ってるじゃないですか!」

「こんな偉大な人を、そしてこんなに怪我を負っている人を……やっと会えた私の憧れの人を嬉々として戦場に送り出すなんて、私には出来ません!」

「「「……!!」」」

「確かに……札がいくらあってもさっきの怪物に勝てるかどうかは……。」

「そうですよフリジットさん!前線に出て戦うだけが貴方の価値なんかじゃないんです!」

「ここは竜による直接の支配がない場所ですし、ここで安全に過ごした方が良いのではないでしょうか……。」

「み……皆?頼むぞ!改造人間に誘拐された……と思われる彼らはこの先の竜たちとの戦いの鍵を握るキーパーソンになる!おれの為じゃなくて、竜の支配から脱する為にも力を貸してくれ!」

「竜の支配からって……フリジットさん本気ですか!?」

「やっぱりフリジットさんはここで囲ってしまった方が良いよ!錯乱してる!」

「え……えっ?」

 どうやらフリジット達がジャニエルを討ったという話はこの山にまでは届いていないようだ。竜を倒すという趣旨の話をするフリジットに殆どのものは憐れみに近い眼差しを向ける。皆直接支配されていないため必死さがないというのもあり、フリジットの発言はかえって否定派の勢力を強めてしまった。

 (一人でやるしか無いか!?)

 フリジットは協力を得られないかと諦めそうになった時であった。

「お前らそれでもこの学校に通う生徒かぁ!?」

「「「!!」」」

「貴方は……ノノモフ先生!」

 フリジットの恩師、ノノモフ先生がやってきたのだ。

「未来の符術界を担うお前らが符術の力を信じなくてどうする!フリジットは最強の符術師!やるといったらやる男!こんなとこで止まってていい奴じゃねえだ!」

「でも先生……」

「でもじゃねえ!こいつがやると言ってんだからおらたちがやるべき事は一つだけだろうが!……お前らが協力しなくてもおらはやるだ。おいフリ……いや『オトノコ』。緑電鉱は持ってきた。おらは昔の産業用の氷型符術札までしか作ったことがねえ。おらに作り方を教えろ!」

「先生……!ありがとうございます!」

「や……やっぱり僕も手伝います!」

「お……俺も俺も!」

 金髪の少年を始めとした半数近くの生徒達はノノモフ先生の言葉を聞いて作業をする事にした。

「……。そうですか。じゃあ……。」

 最初に反対した学生を始めとする残り半数はバツが悪そうに大部屋を出ていった。

「あっ待ってよ!」

「止めんでええ。構わんでええ。手元に集中しろだ。粗悪品掴ませるわけにゃいかねえだろ!」

「は……はい!」

 カキカキカキカキ……

「皆、取り敢えず黒板に大まかなマニュアルは書いておいたぞ!分からなくなったらおれを呼んでくれ!」

 フリジットは足で黒板に文字を書く。

「フリジットさん足、器用ですね……。」

「いつかこうなるかもしれないと思っててな!足も鍛えておいた!」

「おれも口ばっかじゃなくて足を動かして作っていくぞ!」

「フリジットさんここの回路って……」

「ああ!そこはだな……!」

 製作チームは一丸となって氷型符術札を作製する。入学一年目の彼らにとってはかなり高難度な行為だが、フリジットの助けもあり、互いに助け合って少しずつそのペースを上げていく。

「仕上げにはほんの微量だが特殊微生物ドラゴンハートを不活性状態にしたものがいる!今は極小鋼型符術札を作るのに尽力してくれ!」

「そうだ微生物ドラゴンハートの事忘れてた!」

「でも鋼型作るだけでもこのままだと終わらないんじゃ……。」

 ガタン!

 ドアが勢いよく開き、人が入ってきた。先頭にいるのは先程の学生だ。後ろにいる人の数は明らかに先程部屋を出ていった人数よりも多い。

「私達一年生とノノモフ先生だけじゃ限界があるでしょ!だから連れてきたよ!先輩方と……先生たちを!」

「「「!!」」」

「ありがとう!」

「えへ……。」

「ド級のピンチみたいですねフリジットさん。」

 縦に髪の伸びた藍色髮の眼鏡をつけた男が部屋に入ってきた。

「おお!『ビル』!久しぶりだな!」

「ビル先生と呼びなさい!貴方と違って私は教授になっているんですからね!全く馴れ馴れしい……。」

「すまないな!ビル……先生も手伝ってくれるのか!?」

「手伝うどころか、貴方達が私を手伝うと言うべきですよ全く。私が微生物ドラゴンハート、それも私が研究で性能を向上させた物を用意してあげるんですからね!」

「うおお!本当か!ありがとうな〜!」

「だから馴れ馴れしいんですよもう!……臨床試験として貴方を利用するだけなんですから!」

「どんな理由でもありがたいぞ!よろしくなビル……先生!」

「はあ……両手が無くなってもその元気、一周回って尊敬しますよ、全く!」

「……回る前から尊敬してるくせに〜。」

「先生ツンデレだ〜……。」

「だまらっしゃい!さあもうどんどん再開しますよ!」

「「「おおー!」」」

 カチャカチャカチャカチャ……

 周りを山に囲まれている学術都市アルパカの夜は早い。フリジット達が十分な札の量を作る頃には外は真っ暗になっていた。

「出来たぞオトノコ!これで最後だ!」

「ノノモフ先生ありがとう!」

「あんだけあった緑電鉱使い切っちまった……。」

「今日一日で凄い成長した気がする〜!」

「皆ありがとう!皆のおかげで戦いに行けるだけの札が揃った!」

「思ったよりもダレませんでしたね皆さん。褒めてあげましょう。普段からその力を発揮してほしいものですが。」

「ビル先生一言余計です!」

「最後に市長に挨拶したら、おれは行く事にするよ!今日は本当にお世話になりました!」

「いやちょっと待ってくださいよ!」

 金髪の少年が止める。

「こんな夜中に行くなんて危険すぎますよ!それに疲れだって溜まってるでしょうし!」

「それはそうだ!だが炎型符術札を使えば明かり問題は解決できる!こうしている間にも二人がどこかで苦しんでいるかもしれない以上……」

「昼間札一枚で敵に突っ込もうとした時から成長してないぞオトノコ!」

 ノノモフ先生はフリジットを制止する。

「うぐっ」

「本当に私達に感謝の念を持っているなら今日一日位は泊まっていってください!私達貴方と話したい事が沢山あるんです!」

「……そうだな!生き急ぎ過ぎてたかもしれない!今日はここで夜を越すことにするぞ!」

「じゃあ早速質問良いですか!?結局あいつのせいでフリータイム無くなってましたし!」

「おう!どしどしきてくれ!」

 生徒達は符術界隈において生きる伝説となっているフリジットに質問の雨を降らす。内容は学術的なものから好きな食べ物に至るまで多種多様だ。すべての質問にフリジットが答える頃には生徒達が寮の門限破りで怒られる様な時間になっていた。次々と先生と生徒達が帰っていき、最後に部屋に二人の男が残った。

「フリジットさん。客人用の宿を予約しておきましたよ。」

「本当か!?ありがとうビル先生!」

「本当は自分でやることですからね、全く。この部屋ももう消灯しますよ。」

「ああ!すぐに宿へ行くぞ!」

「……どうでした?久しぶりの学び舎は。」

「楽しかったぞ!そういえばおれ達も放課後先生に質問しにいったな〜とか思い出して!ノノモフ先生の元気な姿も見られたし!今も昔もここは最高だ!」

「……良かったです。ではそろそろ……。」

「ちょっと待ってくれ!最後に一つ……」

「……?」

「ロックビンの仇、おれが討ったぞ!」

「……!そうですか。墓は建ててあるのですか?」

「ああ。骨は見つからなかったみたいだけどな!」

「それでも彼も少しは浮かばれるでしょうね。西方諸島ですよね?エナジー飲料でも持っていってあげますかね。」

「ロックビンお酒は絶対飲まないだろうしな!」

「お酒は体に悪いとか脳細胞が死ぬとか言う割にエナジー飲料は徹夜でいつも暴飲してましたからね……。」

「逆に言うとビルは成人してからすぐ飲み始めたよな!意外と興味あったのか?」

「あれはあのアル中に渡されて半強制的に飲まされただけですよ!」

「その口ぶりじゃお父さんとは和解できてない感じか?」

「いや和解してもアル中はアル中で……って!いつまで喋るつもりですか!私も貴方も暇人じゃ無いんですから!後!ビル せ・ん・せ・い ですからね!全く……。」

「すまないな!」

 フリジットは市長に明日出る旨を報告するとすぐに宿へ行った。フリジットは二人の事が気になっていたが、念じてどうこうなるものでもないので、くだらない事を考えてすぐに意識を手放した。

 ――東側からカーテンの隙間を通って、僅かな光が部屋に漏れ出す。早朝、フリジットは起床し、荷物をまとめると下山口へ向かった。既にそこには多くの市民、主に符術学校の生徒達が待ち構えていた。

「フリジットさん頑張ってください!」

「問題が落ち着いたら顔を出して下さいね!」

「皆〜!ありがとう〜!」

「まだ問題解決していないというのに、英雄みたいな雰囲気出さないでくださいよ、全く。」

「勿論だ!」

「いけ〜!我が最高の教え子、オトノコ〜!」

 ノノモフは重そうな旗を振って応援する。

 ぐきっ

「あ゙い゙だだだ!」

「先生!無理しないでください!」

「ノノモフ先生ありがとう!元気出たぞ〜!おれが吉報を持ってくるまで、元気でいてくれよな!」

「言われなくてもおらは後三十年は死なねぇだ!行って来い!」

「はい!」

 市民たちに見送られフリジットは下山を開始した。学術都市アルパカ付近は背の低い草ばかりだったが、山を下りていくと少しずつ木が見え始めてくた。たが既に異常が生じていた。

 ミシミシミシ……ドカァン!

「……倒木か!……何だこれ!?」

 木はすっかり生気を失い、灰色になっていた。

「……最後の一人……か?」

 ピクピクピク ワッシャアアアア!

「何だ!?灰色の……虫!?」

 灰色の何かは木に擬態していたようでその形を分解すると軍隊蜂の様に突っ込んでくる!

「符術解放!『冷却・放射クーリングショット』!」

 フリジットは裸足になり足首に巻いておいた札の一枚を取るとそれを発動し、液体になるまで冷却した空気を灰色の物体に放出する。灰色の物体は容易に凍結した。

「……機械か?」

「オ見事デス。」

「!」

 ビュイイイイイイ ボヒュッ!

 黒髪長髪の青年が右腕を向けながら木から落下する。攻撃を警戒したフリジットは青年の右手のひらの射線上から逃れる。彼の警戒は正しい行為だったようで、新たに射線上に入った木は青年が木から落ちるまでの間に火が付いてしまった。

 「ドウモコンニチワ。私ハ廻下魔改三ノ一人、改造人間一号デス。」

「こんにちわ。こっちはフリジットだ。今の流れから見るに、君もおれ達の命を狙っているでいいのか?」

「ソウイウ事ニナリマスネ。デハ始メマショウカ。行キナサイ、『灰色の泥グレイ・グー』。」

 ゾワワワワッ

 一号は灰色の物体をけしかける。本人も右腕をいじってまた先程の見えない光線を撃つつもりのようだ。

灰色の泥グレイ・グーは恐らく極小の機械群……!冷気による攻撃も有効だがいちいち潰すのは最適解じゃない……!」

 フリジットは灰色の泥グレイ・グーを走り回って引き寄せる。一号はフリジットと近づき過ぎないように距離を取る。灰色の泥グレイ・グー達は最初一列になって追いかけていたが埒が明かないと判断すると広がっていきフリジットを囲う形を取った。

「残念デシタネ。サヨウナラ。」

「いや寧ろいい!符術生成!冷却・半円ポーラードーム!」

 ヒュアアアア…… バキッ バキッ バキッ !

 フリジットは小さな氷の半円を生成しその身を守る。彼を囲う灰色の泥グレイ・グーは氷の円に勢いよく突っ込み、その多くは破壊された。

「フム、誘イ込ンデ一気ニカウンター……面白イデスネ。スグニソコカラ出ルコトニナルデショウガ。」

「『赤外線照射セキガイセンショウシャ』。」

 一号は右手のひらの中心に空いた黒点から見えない光を照射する。すると氷の壁は急速に温められ融け始め、穴が空いてしまった。

「まずっ」

 ズザザザザッ!

「ぐあっ」

 溶けた氷の隙間から灰色の泥グレイ・グーが列をなして侵入してくる。勢いよく突っ込んできた灰色の泥グレイ・グーはフリジットの右の骨盤付近を射抜く。フリジットは氷の半円を直ぐに解除し反対側から逃げ出した。

(傷口が広がっていく感覚……!これは不味い!)

「符術生成!『冷却・短刀クライオナイフ』!」

 フリジットは敢えて左と違い氷の義手を生やしていなかった右手から氷の刃を生やし傷口を凍結、切除した。刃についた灰色の泥グレイ・グーも残さず振り払う。切除された肉片は地面につく前に灰色の泥グレイ・グーに変えられてしまった。

「私ノ灰色の泥グレイ・グーガアナタノ有機的栄養ヲ分解シ自己増殖ヲシテイタヨウデスガ、止メラレテシマイマシタカ。」

「木に擬態していたわけじゃなく……そのまま木と取って代わってたってわけか……!」

 灰色の泥グレイ・グーは再び一直線になりフリジットを追尾する。フリジットは走り回る。木を探しているようだ。

 ワッシャアアアア!

「くっ」

 木に擬態していた灰色の泥グレイ・グーを上手く躱してもどんどんとついて行く量は増えていく。

「動イタ分ダケ不利ニナリマスヨ?『紫外線照射シガイセンショウシャ』。」

 ピュイイイイ!

「うあっ」

 強烈な紫外線を浴びた右腕は赤く腫れ上がる。長く日光に当たっていた時のようにヒリヒリする。そうして苦しめられながらも走っているとついにフリジットはまだ生きている気を見つけた。フリジットはその木を蹴り上げ宙に舞う。

「落チタラ最後、全身機械化デスネ。」

 「符術生成!『冷却・平板アイスボード』!」

 フリジットは空中でまた札を一枚足首から切り離し発動すると氷の板を作る。そして無数の灰色の泥グレイ・グーの上に氷の板で乗った。

「……マサカ。」

「ようやく近接戦だな!」

 シャッ ギャリリリリ!

 フリジットは一列になった灰色の泥グレイ・グーの上を滑り急速に一号に接近する!

「コノッ!」

 襲い掛かる巨大な腕の様になった灰色の泥グレイ・グー

「よいしょお!」

 だが彼はサーフィンで波に乗るかのように寧ろそれを利用し、より高度を得た!そして空中から一号に急接近する!

「ワ、私ヲ守リナサイ!」

 彼は自身の周りを彼が見えなくなるほどに灰色の泥グレイ・グーで覆い防御するが勢いを得たフリジットの右腕の刃に切り裂かれ防御壁は破壊された!

「あっあああああ!」

「オラァ!」

 ド ッ ゴ ォ ン !

「グハッ!」

 フリジットの氷の左手が一号の胸元に届き、殴り飛ばす!

 ガァン!

「ギッ!」

 本来吹き飛ばされ空気抵抗によりダメージ低減が期待できたにも関わらず、周りを灰色の泥グレイ・グーで覆っていた為に一号は直ぐにその壁に激突し、大ダメージを負う!

「か……かあ……」

 呼吸も出来ないほど苦しいようで彼は灰色の泥グレイ・グーの操作力を失い灰色の泥グレイ・グー達は重力に従いボドボドと落ちていった。しかしこれにより自然に壁が取っ払われたので彼はそのまま最小限の力で山肌を転がるようにその場から逃れられた。

「待てっ!」

 氷のボードで山を滑りながらフリジットも彼を追う。

 ゴロゴロゴロゴロ……ドンッ!

「かはっ」

 一号は山の中腹、川の流れる近くで木の根にぶつかり停止した。

シャアアアア……

 フリジットが降りてくる。

「見えてきたぞ!一号!」

「マダマダ!」

 ズゾゾ……ザッ!

 一号は今度は灰色の泥グレイ・グーを用いてフリジットと自分の前にトゲ付きの壁を作る。破ることも可能だが今回は後ろ側に盾がない。わざわざダメージを負ってまで正面突破するメリットは薄いだろう。

「うおおっ!」

 フリジットは壁を飛び越え後ろから攻撃しようとする。しかし後ろを見たことで気付いた。

「ま……まだ灰色の泥グレイ・グー達が……!」

 ズゾゾゾゾ!

「ふ、フフ。サッキ決メ切レナカッタノガ効イテマスネ!」

 一号はあの場に残っていた灰色の泥グレイ・グーの操作力を取り戻し彼に追尾させていた。フリジットはユーターンして一号を叩く事は出来ずそのまま川に突っ込んでいった。灰色の泥グレイ・グー達もそこに続く。

「私ノ灰色の泥グレイ・グーハ防水加工済ミデスヨ!」

 ザッパァーン!

「それならこうする!『凍結・放射コントラクトブリザード』!!」

ヒュゴオオオ! パッキーン……

「グウウッ!」

 フリジットは左足首に付けていた札三枚を同時に使い、川に圧縮した吹雪を放ち一瞬で凍結させる。川の中にいた灰色の泥グレイ・グーが一号の下に戻って来る事は無いだろう。フリジットは凍結した川の表面に立つ。

「うっ 足が冷たい……。」

「クウ……コウナッタラ……。『紫外線照射シガイセンショウシャ』!」

 ピュイイイイ!

「!」

 フリジットは右手のひらの射線上から逃れ、一号の下へ走り出す。

 ジュウウウ……

「うぐっ!?」

 にもかかわらず全身を先程の焼けるような痛みが襲う。

 ピカッ

「あ゙っ!」

 目に強い紫外線が入り、思わずフリジットは目を閉じてしまった!

 (不味い!氷が紫外線を反射してしまっているのか!)

「ソコデス!奥義!『ロケットアーム』!!」

 ボシュウン!

 紫外線を照射し終わった右腕を一号は勢いよく発射する!

 ガシッ! ジュウウウ……

「うっ うおおおっ……!」

 間一髪の所で左の氷の手で飛んでくる右腕から頭を守ったフリジット。

 ギュオオオオッ!

「なにっ!?」

 しかし飛んできた右腕は氷の手を掴んだまま空高く登っていき、氷の手はどんどんと融けていく!

「アナタハマイクロ波ナルモノヲ知ッテイマスカ?分子ヲ運動サセ、ソノ摩擦を利用シテ物を急激ニ温メル波デス。コレガ私ノ必殺『マイクロ波照射マイクロハショウシャ』!当タレバ最後、アナタノ頭ハグズグズニ溶カサレテシマウデショウネ!」

 (左手を欠損していたのは不幸中の幸いだ!氷の手が無ければ一発で死んでいた!)

ヒュオオオオ……  ジュアアアア……!

「アナタノ頭ヲ狙ウ右腕ヲ仮ニ上手ク避ケラレタトシテモ、ソノ位置デハ落下死ハ避ケラレマセンネ!」

 ロケットアームに左手を持ち上げられ空中で宙ぶらりんになっているフリジットの頭にポタポタと熱水が落ちてくる!じきに氷の手は突破されてしまうだろう!

「う……ウオオオオオオオ!!ウガアアアアアアアア!!」

 ジュアッ……

 氷が融けきる音。そして

 ド  ジ  ュ  ン  !

硬いものが勢い良くぶつかる音。

「コレデ……終ワリデス!」

「……まだ……死んでないぞ!」

「……は!?」

 フリジットは死んでいなかった。……それどころか一号の右腕を自身の右腕の断面に装着していたのだ!あの音は恐らく接着音だろう!フリジットは新たに手に入れた右腕の指を自由自在に動かし符術を発動する!

「符術生成!『冷却・寝床スノーベッド』!」

 ぼすっ ぼすっ ぼすっ ぼすっ ストォンッ

 フリジットは雪の層を幾つも生み出すとそれに衝撃を吸収させ安全に着地した。

「私ノ腕ヲ……ドウヤッテ!?」

「君達の機械の回路とおれ達の符術の回路……似ている部分が有ると思ってな!右腕の氷の刃でピッキングして、おれと接続できるようにいじってみたんだ!」

「な……この土壇場で!?イかれてる……!」

「もうこれで飛び道具は使えないな!」

「ク!舐メナイデクダサイ!『体内ナノマシン』!肉体疲労ノ回復ヲ命ジマス!」

 ズヌヌヌ……

 一号の体の中に黒い物が蠢く。彼は立ち上がり殴り合いの準備を始める。

「肉弾戦もこなせるのか!?」

「勿論デス。私ハコノナノマシンニ再生ヤ硬化ヲ命じる事ガデキマス。他二人ニハ悪イデスガコウイウノハプロトタイプデアル一号ガ最モ金ガカケラレ強イ物デスカラネ!ワタシハ遠近中全テニ対応デキマス!」

(ぶっちゃけ体内ナノマシンによる硬化が無ければあの一撃で勝負がついてましたけどね……。)

「そうか!なら最後は一撃拳の勝負だな!」

 「望ムトコロデス……!」

 だっ!

 フリジットは反時計回りに、一号は時計回りに回転し、残った腕に全力の力を込める!

 「体内ナノマシン!左腕ノ硬化ヲ要求シマス!」

「指を閉じて……と!万力グーパンだ!」

 グルグルグルグル! グルグルグルグル!!

「オウラアアアアアアアア!!」

「ハアアアアアアアアアア!!」

 男の男の拳、彼らの頭上で今ぶつかり合う!

 ド  ゴ  オ  オ  オ  オ  ン  !!

 ……  シ  ュ  ウ  ウ  ウ  ウ  ……

「はぁっ……はぁっ……。」

 立っていたのはフリジットだった。勢い良く振り上げた拳の勢いで一号を殴り飛ばす事に成功したのだ。一号はもう立てないようで河原で倒れ込んでいる。……決着はついたようだ。フリジットは彼の頭の下まで移動し腰を下ろす。

「……殺さないのですか……?あなたを殺そうとした相手ですよ……?」

「うん。殺さずに君を倒せたからな!もう殺さないぞ!」

「敵に情けをかけないで下さい。かけられた側は腹が立ちます。良いですか、私に残っているのは空虚な忠誠心だけ。私が操っていた灰色の泥グレイ・グーと私はそう変わりありません。マスターの役に立てなかった以上存在価値は皆無。もはや殺すのが情けなんですよ。」

「……そうか。」

「分かってくれましたか?殺してくれますか?」

「そういう理由なら尚更おれは君を殺せない!」

「……はあ?」

「おれの目標は地球人に虐げられている人を解放する事だからだ!おれは君がマスターの部下になった理由を知りたいしマスター抜きでも生きていける様にしたい!」

「……はぁ。うざったいですね。上から目線も甚だしいです。」

「君の言う通りだ!でも君はよりにもよっておれと戦い生き延びてしまった!言う事は聞いてもらうぞ!」

「……分かりましたよ。マスターの事は忘れて生きていきますよ。……これで良いですか?」

「何をモチベーションに!?」

「貴方ノ命令ニ従ウ機械デアル事ヲモチベーションニ生キテイキマス。」 

「う〜んそれじゃなんか嫌だ!」

「どうやったら……そうだ!ものは試しだ!」どんっ

 フリジットが持ってきたのは明らかに性的興奮を掻き立てる事が目的と思われる本だ。

「一緒にこれを読もう!」

「……は?読みませんよ馬鹿じゃないですか?」

「タイトル『えちえちたぬきとらぶらぶちゅっちゅっ!!』!」

「問答無用すぎませんか?」

 二人はその本を読み始めた。

 ――中央大陸某所――

「……う?ここは……?」

 ラーヴァは目を覚ました。まずは自分の体を確認する。幸い、怪我や痛みはあるが五体満足だ。

「……先輩は!?幼老狐は!?」

 無機質な白い空間をラーヴァは歩き回る。ラーヴァはすぐに幼老狐と、話し合っている三人組の男女を発見した。

「まみむめもうあの子のことは諦めて行った方がいい。かきくけこうしている間にもチャンスはどんどん減っている。」

「非情なようだけれど、わかって欲しいな。」

「……気持ちは分かるがいつまでも駄々こねてんじゃねぇぜ。」

「だ〜か〜ら!ラーヴァ君は死んでないってば!たとえチャンスを逃すとしても、私はラーヴァ君が起きるまでここにいるから!」

「幼老狐……お前……。」

 ラーヴァの声が微かに聞こえるとメグメグはすぐにそちらの方を振り向き、意識を取り戻した彼に笑みを見せる。

「ラーヴァ君!起きたんだね!ホラ〜!生きてたでしょ〜!」

「まみむう。ぼびぶべ僕たちが間違っていたみたいだな。」

体のサイズに合わないほどのフードに身を包んでいる刀持ちの男は答えた。

「まっ 生きてたならそれで良いだろ。どんどん行こうぜ!」

 赤髪の斧持ち女が答えた。よく見るとインナーカラーは青になっている様だ。

「あぁ、その前に自己紹介しないとね!僕は『ムソウ・チヅル』!起きたらこの空間に閉じ込められてたんだ!」

 銀髪長身の優男が言った。

「俺はラーヴァだ。恐らく改造人間二号という奴に誘拐されここに来た。幼老狐、お前も挨拶しろ。」

「私はもうしたよ!」

「後俺とたぬ男だけか。俺の名前は『インフェルノ・グレイトバーン』!『劫火の符術師こうかのふじゅつし 』でも構わねえ!宜しくな!」

「最後は僕か。ばびぶべ僕は『サムソー・タヌキソン』。かきくけここだけの関係だろうがよろしく。」

(なんだその喋り方!?)

「えーと……その人の喋り方はちょっと気になるけど……三人共宜しく!脱出に向けて力を合わせよう!」

「そうだねっ!」「……。」「あいよっ!」

 五人は脱出に向け動き出した。

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