この世で待ってる

@nagisa604

全文

私の名前? それは、いつの名前を聞いているのかい。

 現在のであれば、一応は平野(ひらの)公正(きみまさ)と名乗っている。以前の名前か。これまで、どれだけの名前を用いてきたか、もう正確には分からないな。

 君は七十年前の私の写真を見たと言うが、そのときの私は正親町(おおぎまち)行光(ゆきみつ)と名乗っていた。本当だとも。調べてみるがいい。大仰な名前だろう? 旧華族のふりをしていたんだ。占領軍と取り引きするのに便利だったからね。七十年前の私と今の私が、全く変わらないのに驚いてきたんだろう。

 もっともそれだけでないこともわかっている。

 ……では、どこから話をするとしようか。最初からがいいだろうか。……ああ、隣の部屋の音が気になるかい。まあ、BGMとでも思って、慣れてくれ。この洋館にお客を迎え入れるのは、初めてでね。片付いてないし、ばたばたしていて申し訳ない。おそらく、とても長い話になるから、くつろいで聞いてくれたまえ。

 最初の名前は、坂上夕狩(さかのうえのゆうかり)と言った。

 わたしは、その当時、桓武天皇に仕える官人の息子だった。帯刀(たてわきの)舎人(とねり)として、護衛の仕事に就くのを嫌がっていてね。生来、夢見がちでいつもぼんやりしていた。愛していた母は早くに亡くなって、後ろ盾もなく、父と義母からは疎まれて育ったよ。まあ、あまり幸せではなかったね。

 二十一歳の時に、瀬戸内の海賊討伐の軍に組み込まれた。厄介払いというやつかね。

そのときに出会った現地の豪族の娘が、咲(さく)夜(や)といった。咲夜は夫に死に別れて実家に戻ってきていた同い年の女性で、淑(しと)やかな人だった。すでに亡くなった母親似の美貌で、噂になっていた。

野の菜を摘んでいるところで出会った。私は彼女の美しさに、ろくに口も聞けなかったが、都から来たというと色々と話をしてきてね。お付きのものがいるのも構わず、好奇心旺盛で無邪気な女性だと思ったよ。

 それで、私たちはもちろん恋に落ちた。

身分も立場も違いすぎたが、ね。彼女がどうして私に好意を寄せてくれたかは、分からない。ただ、私のぼんやりして夢見がちなところが、好きだと言ってくれた。死に別れた夫は、ひどく乱暴で領民を苛める男だったらしくてね。

運命という言葉がその時あれば、私たちはそれを強く感じたろう。咲夜はなにもかも捨てても構わないと言ってくれた。例え、生まれ変わっても千年先まで一緒にいると言ってくれたんだ。

琴を弾くのがとても上手くてね。すばらしい演奏をしてくれたよ。

 だが、咲夜の父が、海賊と内通していたことが判明してね。重罪だよ。死刑は免れない。咲夜にも追捕の旨が下って、私たちは二人で逃げたさ。

あてもなくね。

四国の、現代でいう今治の辺りに、空から降ってきたと言われる御神体を祭る洞窟があった。土地の伝説で、人の侵入が堅く禁じられていたから、それ幸いと二人でそこに潜んだ。追っ手をやり過ごそうとしたんだ。洞窟は暗くてね。その奥に不思議に松明の火を反射する石が、飾られていた。きらきらと輝いていた。

咲夜はひどく怯えていたよ。

無謀な私は、他に売り飛ばせば路銀が稼げるかもしれないと考えて手に取ったが、結晶化したような部分に触れて、あやまって手を切ってしまってね。あわてて、床に落とした。しばらく血が流れて、不吉なものを感じ、それを取るのはあきらめたよ。何か、触れてはいけないものに触れたという気持ちがしていた。

九州までたどり着いたら二人で、山の奥で暮らそうと話していてね。先のことを話すときだけ、二人で笑えた。

 それから、西へ西へ逃げたが、宇和島のあたりで小船の上にいるところを、騎馬の一軍に見つかってね。その騎馬を率いていたのが、私と仲が悪かった清原(きよはらの)時(とき)丸(まる)という男でね。咲夜の美貌に目をつけて、狙っていたらしいんだ。私が彼女を連れて逃げたことを知って、烈火のように怒っていたのだろう。

右手で左手の指を数える変な癖のある男でね。手下の後ろから指をいじりながら、薄気味悪い瞳でこちらを見据えていたのを覚えている。

海の上まで追うことかなわぬと見たのか、岬からさんざんに矢を射られた。

咲夜はね、体中を貫かれて死んでしまったよ。駆け寄った私も、胸と喉を射られてしまった。

せめて二人で海の底で暮らそうと、残された力を込めて小舟を転覆させたところで、意識が尽きた。

 気づいたとき、私は九州の浜辺に流されていた。

 手には、咲夜が身に着けていた、彼女の母の形見だという翡翠の勾玉を握りしめていた。

体に刺さった矢は、抜かれていた。倒れていたところを、地元の漁師に助けられてね。狂ったようにあたりを探したが、咲夜の姿はもちろんなかった。そこでしばらく世話になってから、宇和島にもどることにしたよ。

咲夜の亡骸(なきがら)を弔おうと。だが、もちろん、影も形もなくて悲嘆にくれたまま、ふらふらと東へ向かった。咲夜が嫁ぎ先に残してきたという娘の噂を聞いた。咲夜がずいぶん、その子のことを気にかけていたから、その無事を見届けて死のうと思っていたんだ。

そして、旅するうちに次第に気づいたんだ。自分が怪我をしてもすぐに治る体質になっていることをね。試しに指を切ってみたが、みるみるうちに治るんだ。不気味だったね。特に力が強くなったということもないが、とにかく傷が治る。痛みは変わらず、感じていたけれどもね。途中、備前あたりの山の中で、マムシ二匹にふくらはぎの辺りを噛まれて、大変な思いをしたが一日もたたないうちに解毒した。不思議だったが、あんなに急所を射られたのに自分が生き残った理由がわかった。

 宇和島から瀬戸内の咲夜の父親のもとへたどり着いた。咲夜の父や兄弟は、海賊と共に都に送られて処刑されたそうだよ。

 娘は、咲夜にそっくりだった。

 幸い、咲夜のかつての嫁ぎ先は有力な豪族で、咲夜の娘まではおとがめはなしになっていた。まだ六歳というのに、ほんとになんというか、母娘だからという言葉を飛び越えてそっくりなんだ。それを見て、この娘が育つまで見守りたいという気持ちになってしまってね。だって、死んだ咲夜が生まれ変わったように思えたんだ。たまらない気持ちになったよ。

上手く身を誤魔化して、そのあたりで暮らした。遠くからその娘を、見守っていたよ。人づてに咲夜が身に着けていた翡翠の勾玉を、娘に渡すことができてね。母の形見だとそれを身に着ける娘を、物陰から見つめて心が苦しくなった。

そのうち、自分が不思議と年をとらないことに気づきはじめた。十年経っても何もかも変わらないんだ。まあ十年で見た目が変化しない人も多いが、まったくといっていいほど瀬戸内に落ちたあの時から体が変わらないんだ。あのとき、左腕にできていた傷痕はそのままだけど、それ以降、できた傷はきれいに治ってしまう。そんな治癒能力の高まりとあわせて、自分の体が恐ろしくなった。

 年齢を重ねない。

怪我をしても直る。

食べなくても死なないが、動けなくなる。

そういうことが分かってきた。原理はわからなかったけどね。訳が分からなかった。この体になったことを武器に、自分と咲夜を殺した奴らに復讐しようと思ったこともある。だが彼らもお役目だったのだから恨むのは無意味だし、それよりも大切な使命が自分にあった。

 咲夜の娘、煕(ひろ)の生い先を見届けることにしたんだ。

 煕は美しく育った。

 しかし、私はだんだんと彼女が恐ろしくなった。自分の体質以上にね。彼女の容姿、振る舞い、ちょっとした仕草がすべて母親の咲夜そっくりなんだ。身震いするほど、私と出会った頃の昨夜に、成長と共に似ていくんだ。

私が彼女の前に姿を現したことがあるが、まったく反応しなかったので記憶なんかは受け継いでないようだった。彼女が侍女たちと若菜摘みに出掛けてね、私が旅人の姿で、ぶらりとその前を通り過ぎた。侍女たちはひどく警戒していたが、煕はにこにこ笑って、

「どこにいくの」

 と聞いてきた。もちろん、当時の言葉でね。私は、咲夜と初めて会ったときのことを思い出してその場に崩れ落ちそうになったよ。どうしても本人としか思えないほど、声音までそっくりでね。

 煕は都の豪族に見初められて、その側室となった。もちろん、私は影のようについて行ったよ。彼女に降りかかる火の粉や災いの芽を、陰ながら摘んでいってね。そういう話は長くなるから省いたほうがいいね。けれども、彼女が暮らした都は当時、盗賊が多くてね。よく美しい女が、右京あたりから攫われたものだ。

 邸宅に賊が、押し入ってきたこともある。二度もあった。もちろん、私は、武芸は今ひとつの腕前だけど、これでも武官だったし懸命に刃と矢を防げば体は無敵だからね、長期戦になって、相手は気味悪がって去っていった。

煕を守るたびに、名乗りもせずに私は去った。

彼女も、何度目かに不思議に思ったのか、私に話しかけてくれたこともある。その声音と表情は、まさしく私が出会ったときに咲夜と同一だった。でも、こんな体で、そして彼女の母親を連れ出して守りきれなかった私がどうして名乗ったり関わったりできようか。

 心が千切られるような思いで、自分も盗賊で、仲間割れしているのだというふりをして、立ち去ったよ。

 そのうち、煕は流行り病で死んでしまった。あっさりとね。

一人娘を残して。

 そして、その娘は愛らしさゆえに父親に愛されて、その屋敷で育っていく。名を菜(な)月(つき)といってね。

 もう、わかるだろう。

 菜月もまた、咲夜そっくりだったんだ。もう、なんというか、本人そのままというほどにね。私はわけのわからない恐怖と、渇くような欲望に駆られて菜月のすがたをむさぼるように見つめていたよ。

 菜月は、同い年の侍女の奈津(なつ)という娘と仲良く育って、成長した。私はその奈津からいろいろ情報を得るため、出入りの干魚売りとしてその家によく顔を出し、馬鹿話をしたものだよ。

菜月は、清原家の妻となった。誰だか、わかるかい。

 清原時丸だよ。私と咲夜を殺した、あの男の孫さ。季高(すえたか)と言った。二人は、そんな因縁は知らずにいたがね。季高というのは、ひどく好色な青年でね。菜月の美貌に目をつけて、早々と妻の一人にしてしまった。私の気持ちがわかるかな。しかし、私がそれに関わったり邪魔したりすることは、躊躇(ためら)われた。咲夜が死んでからすでに、三十年以上が経過しようとしていたな。つまり、私はただの妖怪だよ。咲夜の娘、いや子孫たちが危難に遭うときに助けることはしても、彼女たちの人世の縁に関わってはいけないと思ったんだ。

私はただ、咲夜の面影を追いかけて見届けたかっただけなんだ。

 菜月は娘を産んだ。

母親にそっくりの美しい娘だった。

 私も、だんだんと自分の体を理解できてね。試したわけではないが、流石に私も首を切り落とされたり胴を両断されたり、あるいは頭を潰されたりすれば再生しないということが感覚としてわかってきた。

紅葉狩りに出かけた清原の一行が政敵の手先に狙われてね。私が間に入って、逃したことがある。菜月と季高の二人をね。侍女の奈津もいて、現れた私の姿を見て目を丸くしいたね。どうも、奈津は私に好意を持っていてくれたようなんだ。私は奈津に、応援を呼びに行くように命じて、夫婦を取り囲もうとする連中にめちゃくちゃに刀を振り回した。

川沿いに逃げたところで、彼女が母親から譲り受けた翡翠の勾玉を落として、拾おうとした。そこに盗賊が殺到したから、私は慌てて手を伸ばしてその翡翠を拾った。その時に菜月と目が合った。しびれるような感覚がしたよ。

次の瞬間、相手の杖使いに膝を叩き割られて崖から落ちた。

そして、身体中の骨が折れるとともに、ひどく頭蓋を砕いてね。治癒するまで、数ヶ月かかった。記憶も飛んでいた。

そして、わかったんだ。感覚としてだけど、ああ、俺は完全に頭を砕かれたら元に戻らないなって。それは、正直、救いでもあった。死のうと思えば死ねるんだって。

季高は心を入れ替えたのか、ひどく菜月を愛してね。彼女を正室として、一人娘が生まれたよ。倫子(のりこ)といった。のちに藤原家の惣領の、正室にまで登った娘だ。

 菜月は、〈見も知らぬ義人〉である私に感謝をして、栗の木を植えてね。この栗の実が採れ続ける限り、恩に報いるよう子孫に伝えよと、奈津に命じたそうだ。翡翠の勾玉を持ってきてくれる者が現れたら、必ず報いよ、と歴代の当主のみに語り継ぐようにとね。

 それからは、同じことの繰り返しさ。

 運命はいつも決まっていた。

咲夜の血に連なるものは、恐ろしいほどの美貌をもち、娘を一人だけ産んで早世する。娘は信じがたいほど容姿も性格も、母親に、つまり咲夜に似ている。

そのころ、気づいた。遅まきながらね。

私が出会う前に亡くなったという咲夜の母親が、娘とうり二つだったという評判を。正確に言うと、咲夜が母親に似ていたのだがね。

 私は、自分の運命を呪った。

 そうだろう。

自分がもっとも愛した女性とそっくりの女が、他の男にもてあそばれたり、あるいは心の底からそれらと愛し合ったりする様を何百年も見続けることになったのだから。

傷つけられたり乱暴されたりするようなときは、私は身を挺して彼女〈たち〉を守った。そして、名も告げずに立ち去った。彼女〈たち〉にとって私は、通りすがりの不死者にしか過ぎない。彼女らの先祖の咲夜と愛し合った私が、しかもこんな体の私が、表立って彼女たちと関わることは許されないと感じていた。

私は自分に、三つの誓いを課した。

・咲夜の娘〈たち〉に自らを明かさない。

・咲夜の血統が途絶えた時に、自分も地上から姿を消す。

・暴力と災害からは守るが、色恋に関しては関わらない。

最後のひとつは、自分なりのけじめだよ。咲夜と同じ顔としぐさの女性が、無残な暴力や災いに晒されるのを見過ごすことはできない。しかし、彼女〈たち〉が誰を愛するかねあるいは愛されるかを決めるのは、運命と彼女たちの自由だ。私などが関わるべきではない、そう思ったんだ。

 特に思い出すこと?

 すべての瞬間が私にとっては特別だった。と言えば、格好をつけすぎていることになるだろうね。実際は、多くはぼんやりしている。忘却という、人間のもっとも有り難い機能を失わずにいられた私にとって、千年もの時間は長いようで短かったのかもしれない。鮮烈に記憶すべき場面も、じわじわと砂時計のように消えていくのが自分でも分かるんだ。

 いいだろう。忘れないためにも、そのうちのいくつかを君に話しておこう。

室室町時代、と今ではいうのかね。

結女(ゆめ)という娘がいた。もちろん、咲夜の血統だよ。刀鍛冶の一人娘でね。母親は既に早くに亡くなった。いつものことさ。結女は咲夜の娘たちの中でも、ちょっと体が弱い感じがしていた。たいてい、健康状態も同じようなんだけどね。彼女が生まれ育った時代は少し寒かったのだろう。透き通るほど白い肌をしていて、気弱に笑った。咲夜の血統は、どの娘たちも十二三才ぐらいまではまったく同じで、それからは環境によって少しずつ個性のようなものが備わっていく。南国の庶民として育てば、褐色の肌になるという風にね。

彼女は雪の精のように育った。

結女は父親にひどく愛されて、家から出されることはほとんどなかった。父親が愛してやまなかった母親が流行り病に倒れたから、用心していたのだと思う。母親は、ちなみに佐保といったよ。

私は、その職能集団の一人として身を潜めていたが、自分でも意外なことに才能があってね。

その刀鍛冶、つまり結女の父親に気に入られてしまった。弟(おとうと)弟子の四郎太という男が、それを妬んだ。私は淡々としていたつもりだったが、正直、あまりにも長く生きてきたせいで、技芸のようなもののコツがはやくにつかめるようになっていたから、それが幸いした、いや、災いしたのだろう。

結女の父親は、名前は行(ゆき)定(さだ)といった。私から見たら、はるか年下なのだが、えらそうにいろいろ講釈をしてくれたよ。

不思議なもので、人というのは変わらない目的があって、体が老化しないと、いつまでも気持ちが若いままなんだ。ぼんやりとした私の気質にもあっていたのかもしれないけど、心が老いない。だから、行定の若い弟子として不自然にふるまうということはなかったと思う。

そして、いつしか私を結女の婿に、という話になったんだ。直接に関わることはあまりなかったが、結女も嫌ではないようだということを侍女達からからかい交じりに知らされた。

私は姿を消すことにしたさ。こんな体で、しかも咲夜の子孫の彼女を愛せない。

誓いに背く。

それに弟弟子の四郎太が、かねてから結女に恋慕していてね。ひどく嫉妬して、わたしの素性が知れないということを言い立てた。都の方からやってきた官吏の中に、五十年前の私の知り合いがいてね、ひどく気味悪そうに私に話しかけてきたことがあった。私は知らないふりをしたが、相手は認めなかったね。その様子を四郎太が見ていたんだ。師匠の行定は最初は相手にしなかったようだが、私が鍛冶場に迷い込んだ子どもをかばって左腕に、灼けた鉄の掻き棒でひどい火傷を負ったのを見ていてね。その傷の治りが異常に速いのを、つまり次の日には治癒しているのを見て不気味に感じたらしい。

そういう不穏な気配も感じてね、私はやはり立ち去ることにした。

出立を告げると、行定は私に懐刀をくれたよ。素晴らしい刃紋がある、露(つゆ)切(きり)という名刀だ。彼は彼なりに、得体のしれない私の旅立ちに、ほっとしつつも哀惜の念を持っていてくれたようだね。

夕刻に立ち去るときに振り返ると、何かを察したのか、屋敷の戸が微かに開いて、結女と目があった。そのとき、体に走る電流のような切なさは今でも覚えている。色白の細思いの彼女が、うるんだ瞳でこちらを見つめていた。それを振り切るように私は走ったけど、自分の運命を呪ったよ。何万回も呪ってはいるけどね、あの時は特別なうちの一つだろう。戻って抱きしめたかったから。

二つ目の山を越えたあたりで、野宿してからまた備前の方へ戻った。二度と、彼女の前に姿を見せなかったが、その後も、注意深く見守り続けた。

結女は、四郎太の妻になった。

彼は行定の死後、その跡を継いだが遺作の刀を売りさばいては遊び歩き、結女のもとに帰らなくなった。結女は一人娘が生まれると同時に亡くなったよ。四郎太はその時も都の遊女たちと遊んでいて、戻らなかった。亡くなった結女のそばで、生まれたばかりの娘の白魚のような細い指が宙に遊んでいるのを、垣根の向こうから見ていた。

私は、すすき野を冷たい風が撫でる音が、自分の心にも響いているような寂寞とした無残な気持ちでいた。

二世代ほどあって、都の方から甲府のあたりに招かれたのが薬師依光(やくしよりみつ)という男だ。絹糸の生産技法の専門家でね。その妻が、明里(あけさと)という。咲夜から数えて、もう十五世代以上も離れているというのに、変わらずそっくりだったよ。依光が仕えたのが、武田(たけだ)晴(はる)信(のぶ)といって、現地では大変な名君として慕われていたよ。

 今で言うと、武田信玄といったほうが、通りがいいのかね。

 私は諸国牢人の軍師として、ふらりと立ち寄ったふりをして、同じく武田家に仕え、様子を伺った。山本と名乗っていた。

 信玄か。

 何度か呼ばれて話をしたが、不思議な男だったね。私の方が遥かに年上なのに、何か経験がこちらより豊富な感じを受けた。器は底知れなかったが、わりと権威好きだったな。とにかく、今まで会った人間の中でも、他に見ないタイプだったな。

 私が自らの経験してきたことを、あれこれ話すと喜んだ。

実際に耳目で見聞したことでも、余りに昔のことだと怪しまれるから、書籍で読んだり現地の人から聞いた話だと言って応仁の乱とかの話をしたけど、あいつはこっちをじっと見つめてね。私が本当に見聞きしたことと、それ以外のことを、ぱっと見分けていたようだった。真贋や本質を見抜く力を持っていたように思う。

備えのため、金(きん)を集めていて、それを山奥に埋蔵するという秘中の秘の仕事も命じられたことがある。下手に縁故の者より、私のように身寄りないが信頼に値するもののほうがいいと言われてね。大きな檜の根元や、滝の裏に隠したものさ。

 依光は、真面目で職人気質の男だった。桑畑の栽培から絹糸の織り方まで丁寧に指導して、現地に産業をもたらしたよ。数多く見てきた、咲夜の子孫たちの夫連中の中でも、もっとも篤実な男だったかもしれない。

 そのころ武田家の家人で、馬方を勤めていた工藤希兵衛(きへえ)という初老の男がいた。

 最初に見たときから、不気味な男だったね。動物と話せるという噂で、馬の飼育と調教が神懸かり的に上手かった。尾張の方で下級の武士をしていて、家族もいたが問題を起こして逃げてきたとも噂されていた。信玄は使える才能は使ったから、彼を用いていたが信用はしていないようだった。

希兵衛は、私を始めてみたとき、何か驚愕したようなすごい目つきをしていた。

 そのうち、依光が留守にしているうちに、希兵衛がよくその家に出入りするようになった。あれこれと用事を作っていたようだが、だんだんと厚かましくなって、家に上がるようになっていた。そう、狙いは明里だった。明里は武田家でも、美しい若嫁と評判だった。もちろん、身持ちの堅い明里は、希兵衛の届けた恋歌など見もせずに捨てていたがね。

 だが、依光が馬の買い付けに出かけた夜、とうとう希兵衛が夜這いをかけてきた。じっと見張っていた私は、垣根を越えようとする彼の背中にとうとう呼びかけたよ。

 やめておけ、とね。

 彼は最初、月明かりの中で私の姿を見て、目を剥いた。そして、私が武田家の軍師格として客分でいるにも関わらず、つまり目上の者であるにも関わらず、ひどく侮るような顔をしたんだ。それから、

「俺を覚えているか」

 と低い笑い声とともに言った。

 私は、首を振ったが、何か得体の知れない不安を感じていた。

 やがて、長尾家との戦闘が始まってね。

ああ、上杉謙信といったほうが通りはいいのかな。私も軍師としてかり出された。そのころ、私も重用され始めたのと、明里や依光から、たびたび顔を会わせることに疑念を抱かれていたようなので、いったん姿を消すことに決めていた。戦死のふりをしてね。

川中島で、深い霧の中で戦闘になって、敵に裏をかかれた形となった。それ幸いと、馬から降りて、戦死に見せかけて姿を眩ませようとしたときだった。

 熱い痛みが、背中から腹にかけて、通り抜けてね。

 振り返ると、希兵衛が不気味な顔でこちらを睨んでいた。

 後ろから刺されたんだ。

私は刀を腹に刺したまま、激痛をこらえて振り向きざま斬った。彼はよろけてね。そこにたまたま飛んできた流れ矢が、二本ほどぶすぶすっと彼を貫いたんだ。

 首筋と心臓をね。どっと倒れたよ。

 私は痛みを堪えながら、注意深く彼に近づいた。希兵衛は、ひーっひーっ、という低い呼吸をしながらこちらを見据えていた。長くは持たないな、と口から出ている血を見てすぐ分かったよ。

 彼は刀を抜いた私の腹から、血が出るのが徐々に止まっていくのを、見つめていた。

「やはり、不思議の力を得ていたか」

 と彼は言った。私は、それを死に際の世迷いごとかと思い、何か言い残すことがあるかというと、希兵衛は、次のような恐るべきことを苦しい息の下で語った。

 自分は、何度も生まれ変わりする者である。

はるか古代、天竺の方でその業を持った。思い出せる一番昔の名前は、ヴァンダルという。何度も生まれ変わり、そのたびに十歳前後で前世のことを鮮明に思い出すようになる。前世のまた前世、とさかのぼる度に記憶は怪しくなりぼんやりする。大陸の漢王朝にいたときに、盗みの罪で左手の指を全て切られた。それ以来、右手で左の指を触る癖が、何度生まれ変わっても消えない。

 そこまで聞いて、私は目を見開いたよ。思い出したんだ。

「清原時丸か」

 そう言うと、時丸と似ても似つかない顔立ちの彼は、にーっと笑った。私は足の裏の神経を逆撫でされたような、恐怖とも不快ともいえない感じがして青ざめた。

 彼は続けて言った。

「今世でお前を初めてみたときに、前世の記憶に写る姿のままだと混乱し恐れたが、どうやら不老の力でも得たようだな。言っておくが、お前なんかより私の方が、咲夜や明里の血族と古くからのなじみなんだよ。大昔、この国で、この美貌の血族を知ってから、私は何度生まれ変わっても、引き寄せられてしまうのさ。私たちは、お似合いだ思わないか。ふふ、実際に手に入れることができたことは、まだ一度もないがね。思う存分、何世代にも入れ替わりながら、味わい尽くしたい。そういう女だ。時丸と名乗っていたときは惜しかったな」

 私は、それまで感じたことがないような恐れと怒りを覚えたね。

 時丸は、死んだ。

「私は生まれ変わる。別の者として、また、明里の血族と結ばれにくるぞ。お前に気づかれないように、な」

 そう言ってね。

 死んでいったよ。

 私は腹を刺された血塗れの姿をわざと部下に見せて、姿を眩ませた。噂で、私が乱戦の中で死んだようだが死体が見つかっていないという武田家中の話を聞いて、上手くいったと思った。

 それで、僧侶となって、甲府の寺で勤行しながら、依光と明里を見守った。彼らはそんなこと望んでなかったろうが、そっと彼らの危難を救ったことも一度や二度でない。分かってるさ。依光から見れば、私は、自分の知らないところで愛妻につきまとい運命を操作する不快な存在だということはね。

 私は、時丸の出現で考えるようになった。

 自分もあいつと、変わらないんじゃないかとね。あの不気味な転生者と、執着という点では変わらないのではないかと。ストーカーというやつかね。

 でも、違うんだ。

 私は、咲夜がただ美しかったから、彼女の血統を見守り続けた訳じゃない。早くに母が亡くなり、だれからも疎まれて、ぼんやりしていた私を彼女だけは愛してくれた。何か誤解したわけでも寂しさを埋めるためでもなく、私という人間の本質を見て愛してくれたと自然に分かるんだ。

 だから、私は咲夜の娘たちを見守りたかった。余計なお世話でも、ね。

 私という人間を、認めてくれた女性のその遺伝子をそのままのように受け継ぐような人からどうして離れられるだろうか。身勝手だと思うかい。否定はしない。けれども、私という不老不死以外は凡庸な男を深く愛してくれる〈体質〉を生まれ持ってくれた女性たちを、ただ幸せにしたかったんだ。

 ところで、咲夜の子孫たちは皆、夭折、つまり若死にしてしまうことが次第にわかってきた。三十歳を超えたあたりで、みんな、病気や不慮の出来事で死んでしまう。母娘が共に時に過ごすことが、異様に少ないことに気づいた。

それは、自分よりも産んだ娘の方へ夫の愛情を向けさせて、血統を護ることを最優先しているかのようだった。いや、おそらく体質的に、あるいは運命的に、そうなっているのだろうと感じたものだ。実際、もっとも円熟した美しいときに亡くなった妻の面影を追い求めるように、夫〈たち〉は娘を護り溺愛することが多かった。そうでないこともあったけどね。

たった一つの例外があって、明里の娘にあたる美雪はその娘の結(ゆ)良(ら)と長く暮らした。美雪は尼僧となって五十歳まで生きたんだ。それは、おそらく、美雪が護らないといけない状況だったからだと思う。つまり、自分が死んで娘を溺愛し護るべき夫やそれにあたる人間がいなかったんだ。

美雪は尾張の国の下級武士に嫁いだ後、夫が戦死し、次に再嫁した武士も桶狭間の戦いで死んでしまった。その後、ちょっと身分が高い大石主馬という男に嫁いだが、娘の結良が生まれた後、これも戦死した。縁起が悪いと言うので、美貌ではあったがもらう相手がいなくなって、夫の残したわずかな財とともに娘の結良と二人で暮らした。

二番目の夫の時から仕えている、小平治という朴訥な若者がいてね、体の大きな野暮ったい風貌の無口な青年だったが、母娘によく仕えた。美雪に夜這いして来る村の若者を叩き出したり、薪割りや農作業などをしたり、よく働いてね。娘の結良も、兄のように慕っていたよ。

 私はその時、織田信長の配下の丹羽長秀の陪臣となっていた。鍛冶の職能集団を手配して、当時、流入していた鉄砲の試作品を作るようになってね。なかなかうまくいなかったが、織田信長が執心していて、その仕事にかかりきりなっていた。もちろん、咲夜の血統を見守るという私の生存の目的の為にしていることだが、人間と言うものは(私が人間と呼べるならだが)、仕事に夢中になる性質でもあるんだろうな。工夫して工夫して、試作品ができた時はうれしかったね。

 そのころ、ある男がよく丹羽家に出入りしていた。信長によく使われている小男でね、たいそうな知恵者だが、でたらめな女好きという。出世街道まっしぐらで、猿、猿と陰口を叩かれていた。

わかるだろう、羽柴藤吉郎、のちの豊臣秀吉だよ。羽柴、は丹羽長秀と柴田勝家という二人の織田家の重臣にあやかって名付けたと吹聴していた。そういうふうに取り入るのがうまい、油断のならない男だったね。

 色黒で、小男で、醜い容姿だったが、やたらと声が大きくて開けっ広げな話し方で人気があった。その底にある猜疑心と権勢欲を、相手にありのまま見せたり隠したりすることで、他人の信頼を得ることも巧みだったね。美しい女は、他人の妻女であっても構わず手を出すが、どういうわけか深く恨まれることないという点で不思議な人間だった。

 私は、彼と何度か目が合ったが、なんということもなかった。

 しかし、私ははっきりと、彼が家来と雑談している時に、右手で左手の指を一本一本触るのを見た。性質から見て、時丸、ヴァンダルの生まれ変わりだと疑っていたので、胸をつかれるような思いがしたよ。しかし、生まれ変わりだとすれば少し早すぎる。それどころか、希兵衛と重なってすらいる。それで、これは私の憶測だが、彼は希兵衛の息子だったんじゃないかな、と思う。それなら、私のことを思い出さなかったことも辻褄が合う。指を触る癖なんてものが遺伝するとは思えないが、それは時丸、ヴァンダルの系譜の強さの表れなのかもしれない。そう思った。

 そのころ、美雪にも友人がいてね。聡明と噂されていた美しい武家の若妻で、千代といった。溌剌とした素晴らしく豊満な女性で、気立ても良かった。藤吉郎は当然、目をつけてね。その夫を戦場に行かせている間に夜這いした。藤吉郎は、見た目は貧相な小男だったが、そちらの方にはやけに長けていたらしい。千代は貞女の誉れ高い美女だったが、よがり狂う声が夜通し聞こえていたそうだ。

そして、藤吉郎が千代の元へ何度か夜這いするうちに、千代の元を訪問して帰宅していく美雪を見かけた。私は物陰からそれを見ていて、藤吉郎が美雪の美貌に顔をゆがめるほど欲望を覚えていたのを、克明に見た。

藤吉郎は当然、美雪の元にも夜這いするだろうと私は予見した。そのころ、十四歳ですでに、娘の結良は富裕な商人の妻となって東の方へ移り住み、美雪は一人で暮らしていた。

 私は咲夜の子孫を見守るためにたてた誓いを振り返り、どうすべきかどうか悩んだ。美雪自身の人生に深く介入すべきではないが、ああいう好色漢に汚されたくはないと思うのも当然だろう。

 それで、美雪の家の近くに潜んで逡巡していたが、大きな物音と人の声がしたので、すばやく駆けつけた。月が辺り一面を冴え冴えと照らす夜でね。青草の夜露も輝くような、不思議な明るさだったよ。

 向こうから頭を押さえて走ってくる男を見て、すぐに藤吉郎だとわかった。藤吉郎は、もの凄い形相で私の脇をすり抜け、走り去っていったよ。それで、私は美雪の暮らす小さな屋敷へ駆けつけた。先ほどまでの物音とは打って変わって、しんと静かになっていたが、その底から話し声が聞こえる。部屋の中からは灯りが漏れていた。

 私は注意深く、蔀の隙間から中をのぞいた。

 わかるだろう。

そう。小平治と美雪が語らっていた。藤吉郎を叩き出したときに怪我をして小平治を、美雪が手当てしていて、ふたりは見つめあった。

 いつからか分からないが、自分に対して純粋な思慕をもって忠義を尽くし続けてきた小平治に美雪は心を動かしたのだろう。不思議なものだが、私が今までの咲夜〈たち〉の相手の中で、もっとも純粋な嫉妬、いやヤキモチといったほうがいいかな、それを焼いたのは小平治だったね。

美雪の娘の結良は、東国へ行った。美雪も健在だ。咲夜の血統を見守るのが目的であるならば、結良と共に行くのが自然だということはわかっていた。これまでも母と娘とが別れた時は娘の方を見守ってきたからね。しかし、どういうわけか、この時はそうしなかった。

 藤吉郎から逃れるために、小平治と美雪は二人して手を取り合って、伊勢の方へ移り住んだ。私も丹羽長秀の元から出奔して神主のふりをして、二人を見守った。多分、美雪は、咲夜の子孫のうち今までで最も満ち足りた顔をしていた。その表情をもっと見たかった。そういう彼女の顔は、私は今まで私と一緒の時にしか見たことが無かった。だから、小平治にヤキモチを焼いたんだろう。

小平治は病で亡くなり、美雪は尼になって五十まで生きた。

 戦国後半のころになると、関東の北条家へ咲夜の血筋は移っていた。結良は、夫の商人と死に別れた後、北条家の有力な家来の側室となっていたと聞いていた。

そのときに、あの猿めが軍隊を引き連れていった。秀吉だよ。小田原征伐さ。大量の軍隊を送り込んでいったと聞き、美雪の死を見届けた後、私は持てるだけの火縄銃と火薬を持って、結良がいるという川越へ疾駆したよ。

初期の激しい戦闘の中で、結良もその相方も皆殺しにされた。思い出したくもない激しい戦闘だった。私は秀吉の群の中にまぎれて突入し、殺戮の狂乱の中で、奪うように結良の乳飲み子を抱えて戦火の中を脱出したよ。

娘の名は、沙(さ)雪(ゆき)といった。死に別れることを覚悟していたのだろう。結良は、誰か娘を拾ってくれた人に見てもらおうとしたのか、名前を縫い付けた木綿でくるんでいた。

しばらくは旅を続けながら、私が育てたよ。

娘を育てるなんて、初めての経験だった。それも咲夜そっくりに育っていく娘をさ。物心がつき始めた、一番、愛らしい年齢のころだった。清水を手ですくって飲ませたときの、あえやかな顔つきが忘れられない。わたしのことを、父(とと)と呼んでくれたよ。

 私たちがたどり着いたのは、京の都さ。

応仁の乱や戦国の戦火にも負けずに、生き抜いてきたてくれたものがそこにあった。そのときでは、四条家と名乗っていたが、かつて、あの清原家のあったところさ。

 清原家は没落してしまったが、侍女の奈津がいいところへ嫁に行き、最後は取り壊されそうになったその一角を、夫に頼んで譲り受けてね。自分の子孫に、代々、あの遺訓を菜月の代わりに伝えていってくれていた、と後から調べて分かった。

 栗の木は立派な大木として残っていて、見たときは涙が止まらなかった。考えてみれば、檜や杉ではなく、毎年のように人に恵みを与えることで切られずにすんで百年以上も生きる栗の木を選択した菜月は、賢明だったのだと思い知らされた。

 ずっとずっと私が肌身離さず持っていた、形見である翡翠の勾玉を沙雪の首にかけた。そして、夜、寝ている間に家の前に、沙雪を布にくるんで置いたよ。

 朝、家人が見つけて、主人に報告した。

 びっくりしていたよ。百年も前から、家の主人のみが先代から言い伝えられる家訓、<翡翠の勾玉を持った者〉がとうとうあらわれたのだから。それも、愛らしい娘の姿でね。四条家は男の子続きだったこともあって、沙雪は養女にされてね。深く深く愛されたよ。

沙雪は目覚めたあと、私を探して、「父(とと)、父(とと)」と泣いていた。

その声を遠くで聞いて、体を震わせて私も泣いた。


その後、いろいろあって、江戸に移り住むようになった。

まさか徳川が天下を取るなんて思いもしなかったな。

 ちょうど元禄のころだ。

 私は江戸で簪(かんざし)職人をしていた。けっこう仕事は評判でね。利(り)三郎(さぶろう)と名乗っていたが、私の作った簪は、遊郭の太夫にも愛されたものだよ。銀のところに小さく名前を刻んでね、ちょっと誇らしかったものさ。

 咲夜の子孫、志津(しづ)はある藩の勘定方の青年のご新造となっていてね。江戸にいた。

 夫は滝田(たきた)左内(さない)といって、気さくな、おっちょこちょいの男だったよ。私とは将棋仲間でね。よく縁側で打っていろいろな話をしたものさ。まあ、身分違いの友人というところさ。咲夜の血統と結ばれた男連中のなかで、私とそういう関係になったのは左内一人だよ。江戸時代という、平和で多少、開明的な世の中になったことも関係していたかな。私の心も穏やかでね。

 志津はお宮参りの時などで見かけた人々から、すばらしい美貌を喧伝されて、当時の江戸の三大美人の一人とも町奴たちが噂したもんさ。私が左内に簪を贈呈してね。それを付けてくれたと聞いて、何か満たされたような気持ちになったよ。私の名前が刻まれた簪だから。

 志津は、豪商の木材屋、藤七(とうしち)という老人に目をつけられた。好色な金持ちでね。吉原でも金にあかせて非道な遊びをして江戸の人々の不興を買っていたよ。

 藤七の手管は、巧妙だった。

 滝田左内の仕える藩主は、小さい藩なのに吉原に通い詰める仕方がない殿様でね。そこで太夫に入れ込んで借金を作って、藩で賄うと家老たちが五月蠅(うるさ)いからと思案しているところ、藤七がすっと横から金貸しを申し出てね。田舎の大名だから、殿様どうぞ、と言われて、苦しくないと借りまくった。

馬鹿殿だね。

 百両二百両じゃ、おさまらない金額だった。そして、ある日、藤七は、

「うちの台所も苦しいから耳をそろえて返してほしい」

と江戸の藩邸に押しかけたわけだ。一と月の期限を越えれば、奉行所に訴え出るとね。若い藩主は憤ったが、無礼者と切り捨てるわけにはいかない。藤七はあちらこちらの大名に金を都合していて、幕臣にもちょっとした後ろ盾があったからね。それにこんな醜聞が幕府に知られると、それを虎視眈々と狙っている大老あたりから、奇貨置くべし、とお家お取りつぶしにもなりかねない。

 若い藩主が困り果てていると、藤七は滝田左内の話を出してきた。

藤七がね。

 志津を妾として差し出せば、金も返さずに済ませ一件を外に漏らすこともない、とそう来たわけだ。藤七はほかにも、こんな手を使ってきたようで、ずいぶんと泣かした夫婦がいたことだろう。

 ぼんくら藩主は、もちろん、その話に乗ったわけさ。家老からその話を伝えられた滝田左内は、志津と泣き明かしてね。謹厳な家老も、苦しそうな顔でそれを伝えていたよ。二人は本当に仲がよい夫婦だったから。家中でも評判でね。

 だが、なにしろ、お家の一大事だ。

 断ればお取りつぶしさ。夫婦は行き詰まってね。

心中する恐れがあるということで、志津は家老の家に幽閉されてね。心中は当時、江戸で流行っていた。期限の一と月が来るまで、そこに預けられた。憔悴しきって川のほとりで刀を握りしめていた左内から、すべての話を聞いたのはその時さ。左内は藤七の邸宅に切り込むか自害するか考えていた。号泣しながら、彼が私に全てを告白したのはどうであれ死ぬつもりだったからだろう。誰かに言わずにいられなかったのだろうさ。私は彼に当てがあるから、とにかく十日ほど時間をくれと言った。

 それで、すぐに旅に出た。

 関所をうまくくぐり抜けて、信濃(しなの)の方へ向かった。山の奥へ向かったよ。

 それから、八日後。

期限と定められた、一つ月のちょっと前。

ぼんくら藩主は借りた金を上回る額を、藤七に突きつけた。もっていけとね。正確には、家老が全て取り仕切ったがな。藤七は眼を白黒させていた。

 志津に固執する藤七はあきらめず、この話をぶちまけるとも息巻いたが、家老は抜け目なく吉原のなじみの全てにも金を撒いていたから、逆に悪事が明るみに出されそうになって、藤七は引き下がったよ。

 金はどうしたかって。

すべて私が用立てて、左内から家老に渡したよ。

 思い出したんだ。いや、正確にはいつかこういう日が来ると思っていたのさ。武田信玄から頼まれて埋蔵した金(きん)だよ。ほとんどはすでに用いられたり盗掘されていたりしたがね。滝の裏に隠していた場所は、私と信玄しか知らなかったから、信玄が不意に死んだという知らせを聞いたとき、いつか役立つこともあるかもしれない、と心に刻んでいたのさ。

 さすがに地形が変わっていたが、少し埋もれたところにある金を見つけたとき、体が震えたよ。

金を、当時の貨幣にするのは勘定方の左内の得意技だったから、都合がよかったね。結局、家老がきつく藩主を監視するようになって、左内と志津は参勤交代で陸奥(みちのく)の方の藩へ戻ることになった。二人は私に感謝しつつ、私がどうやって金を作ったかを不審に思ってはいたね。それもあって、一旦は別れて、少し後から彼らを追いかけて、陰から見守ることにした。血統を見失うわけには行かない。

ごらん、この櫛はお礼にと左内を通じて志津がくれたものだ。

立派なおおぶりの櫛だろう。柘植でできている。左内や志津は、江戸の庶民である私とは永遠のお別れだと思っていただろう。左内の惜別の涙を見て、ちょっと罪悪感がしたものさ。後からそっと追いかけるつもりだったからね。

 彼らが去って、ふた月頃かな。

 私の住む長屋に、尋ね人が来た。のこのこ、ついていくと、何人もの男たちに手と足を縛られた。暗い蔵の中に転がされたね。数刻もして、灯火の中に浮かんだ顔は、しわだらけの老人でね。

 藤七さ。

 君なら、何が起こったか、もう全てわかるだろう。え、わからない?

 藤七は、こう言ったんだ。片手でもう片方の手の指を、一本一本さわりながら。

「また、邪魔してくれたな。今の名前は、利三郎だったか。そうさ、俺だよ。希兵衛とか時丸と名乗れば思い出すかい。街中で噂になっていたから、お宮参りする志津を物陰から見て、すぐにぴんときたぜ。前世に恋いこがれた、あの女だってな。それがどうだい。今世でこそ、抱きまくってやるつもりが、頓挫しちまって調べたらお前さんが浮かび上がった。お前を盗み見たとき、体が震えたぜ。前世からの因縁だろうな。え。どうだい。俺も年だ。この世で志津を手に入れるのはあきらめざるを得ない。次の生まれ変わりでは、若いときに無理矢理にでも探して当ててモノにしてやる。お前さんにそのときまで邪魔されちゃかなわねえから、いじめてから、きっちり頭を砕いて始末させてもらうぜ」

 そう言ったね。

 まあ、藤七に関して、最初から、まさか時丸の生まれ変わりなんてことあるまいな、と思っていたが最悪の予想が当たったと言うところだね。

 ただ、藤七からの意趣返しはお見通しさ。伊達に長生きしてないからね。江戸にとどまった家老に、左内からお願いしてもらっていた。私の姿が長屋から消えたら、藤七を探ってくれとね。まあ、翌朝、口にいえないほどの拷問をされていたときに、家老から話を聞いた奉行所の連中が踏み込んでくれて助かったよ。

 藤七は、私のほかにも悪事を言い立てる人が大勢いたお陰もあって、お縄ちょうだいってところだ。家財も全て、没収されたよ。島流しになったというが、その後のことはしらない。

その後、あと何度、時丸に出会うことになるのかを考えて、慄然としたよ。私の方が不利なのだと言うことに気づいてね。彼は生まれ変われるが、私は頭を潰されたらおしまいだから。


 明治時代は楽しかったよ。

 人の世の楽しみなんて、考える暇のない時を多く過ごしてきた私もね。そのころ、律(りつ)という名の咲夜の子孫は、海軍の中尉の娘でね。母の喜多はもう亡くなっていた。

 私は、そこの書生と同じ大学に通っていた。もちろん、モグリの学生さ。大学というところはよかったね。ほんとに。学食で飯を食べて、講義を聴いて、たまに書生につきあって海軍中尉の家におじゃまして、お律を盗み見た毎日だったよ。

長く長く生きているが、学ぶ喜びはすばらしいものだった。本当に、世界がぱっと啓(ひら)けていくのが感じられたんだ。学籍がないことがばれないようにスルタメ、事務方や教授陣には近寄れなかったけどね。

 中尉の家の書生は、名前を佐野(さの)哲(てつ)治(はる)といった。

 そうさ。

 後に、海外の著名な生物学賞を全て受賞した、あの伝説の遺伝子学者だよ。

 まだそのころは、いがぐり頭の気弱な青年で、お律に人知れず恋慕していたけどね。同じく海軍中尉の家に居た、女中の和子さんという女性に、よく二人してからかわれていたよ。和子さんは九州生まれの、がさつだが気のいい女性だった。

佐野君とは友人になったが、彼はいつも、自分は全て打ち明けているのに君は本当の意味で胸襟を開いて、全てを話してくれていないと言っていた。まあ、当たっていたということになる。

 そのときはね。

 私は生物学と歴史学に夢中になった。もちろん、近代化に躍起になっていたこの国にとって、あまり重視されていなかった学問だがね。歴史学は自分が体感してきた時代やその背景と、その時期に私の知らないところで起こっていた事実を知ることに異様に興奮した。

 生物学はもちろん、私の体と咲夜の体について調査するためさ。だが、遺伝学をはじめとする生物に関する研究を調べれば調べるほど、わけがわからなくなった。時間ができたときに、咲夜と隠れた瀬戸内の洞窟に行ってみた。私が手を怪我したところだ。洞窟は崩れて、跡形もなくなっていた。いろいろ手を尽くしてみたが、よく分からない。ただ、地元に残っていた伝承を調べてみると、二つの興味深い話が残っていた。空から石が降ってきて何人も亡くなったという話と、巨大な怪魚が出現して捕られたが、正体は異常に大きな鯛で煮られてから皆に食われたという話がね。

 日露戦争が始まって、時代は動いた。

 父親の中尉は戦死して、律は伊豆の親戚の家に預けられた。佐野哲治は大学の助手として残ることになって、私は田舎に帰ると言った。飲み明かして別れたさ。お互いに別離の和歌を読み交わして。当時は流行っていたんだ。泣いたね。まさか、あんな気分になるなんてな。もう千年以上も生きているのに不思議なものだ。

次の日、佐野君に黙って、私は伊豆に向かったね。その後、佐野君は女中の和子さんと結婚したことを聞いたよ。

 第二次世界大戦はひどかった。

大空襲の時に、私は雪子という咲夜の子孫を見守っていたが、はぐれてしまってね。そのとき、雪子の父方の従姉妹と結婚した、若い新聞記者の坂村という青年がいて、私のことを不審に思ったらしい。

君と同じように、いくつかの過去の写真に私が写り込んでいたのを見つけ、また、雪子の家の近くで私を見かけた。数十年もたっているのに、外見が少しも変わらない人間がいる、とね。私も気を付けているつもりだったが、写真という新しいテクノロジーが影のように私につきまとい、こちらの姿を残してしまうようになるなんて数百年前は思いもしなかったから、少し油断していたのかもしれない。

その、坂村という青年に尾行されて、詰問されて逃げたこともあったよ。

 そのとき私は、陸軍諜報機関の手先のような仕事をしていた。体制の内側にいた方が、いろいろと都合がよかった。ひしひしと戦況の悪化が実感されていたから、時代の危機をいち早く察知して、咲夜の血統を守るために行動する必要があった。危ない目にもあったね。ソ連のスパイから銃撃されて、結女の父親から譲り受けた懐刀の露切を胸の内側に入れていたんだけど、それに当たって助かったこともある。いくら私でも心臓を銃撃されれば、傷の大きさ次第では助からない。代わりに露切は折れてしまったよ。拵えが立派だから、ある人の手を通して博物館に寄贈したがね。今は修復されて国立博物館に展示されている。

 記者の坂村君はね、私が得体の知れない怪人だと言うことで好奇心と警戒感をむきだしに問うてきた。下手に邪険にしてもより疑われるだけだし、当然、事実を語るつもりもなく、信じられるとも思えないから往生したよ。

母の静夏(しずか)を亡くして、子爵の家で義理の母親と冷たい家庭で生育する雪子を見ていると胸が苦しくなった。どうにかしてあげたいと思ったが、坂村君の追及から逃れるために一時的に東京から離れて、伊豆の方の旅館で働いた。温泉でね。それはそれで楽しかったよ。

ただ、その間に戦況が悪化して、東京大空襲の知らせが伊豆にも届いてね。雪子の邸宅がある辺りも焦土のようになったという話を聞いて、飛び出して東京へ向かった。

 買い出しの人たちが詰めかける埃と汗の臭いに充ちた車内で、蒸気の音を遠くの山びこのように聞きながら、雪子に何かあって咲夜の血が途絶えたら自分も地上から姿を消そうと、ひどく冷たい心で一念にそう考えていたことを思い出す。

 邸宅の周辺はひどいもので、更地のようになっていた。生き残りの近所の人の話では、空襲が起こる直前に、縁戚に当たる金沢の豪農の家へ疎開したという話もあったから、それだけを頼みにさがしに行った。でも手がかりもつかめずにふらふらしている間に終戦を迎えてね。それからは、ずっと捜索し続けたさ。雪子の父親は出征してマニラで亡くなっていたが、一応は子爵だから華族制度の廃止とともにその跡目や銀行にある家財の始末などが物議に上がるだろう。そこから、遺族が手を挙げたり居場所が調べられたりすることで、手がかりが分かるかもしれない。

そういう思いから、戦後、混沌とした東京へまた戻ってきた。

 闇市のあたりに身を潜めて、そのころに占領軍と交渉してね、財を成したよ。君が見たという私の写真はそのころに撮られたものだろう。表舞台には出ないように慎重に気を使っていたが上野界隈では、私は知る人ぞ知る存在になっていた。

 占領軍の連中は、だいたいが気さくで明るい田舎者という感じだった。しっかりした考えの紳士も多くて、感心もしたよ。マッカーサーとも、言葉を交わしたことがある。ひどく不遜な印象を受けたね。

 そんな米兵の中でも、ジーパンやガムなどを横流ししてくれたイライジャという男は、ちょっと変だった。ひどい人種差別主義を持っていた。細毛の髪で鳶色の瞳をしていた。黄色人種がいかに劣っているかを懇々と私に語るんだ。どうとも思わなかったが、なぶるような口調が気にくわなかった。イライジャは、闇物資を用いて小金を稼ぎ、日本のそのころの成り上がりの連中と組んで、いろいろと悪さをしていた。

 私は華族の落胤の振りをして、ところどころに顔を出して、国内の文化財を米国に売ったり米国の軍需物資の薬品などを仕入れて売ったりした。国賊と呼ばれもしたよ。その珍品の中には、かつての刀鍛冶の師匠の作品もあって、ひどく複雑な気持ちになったね。咲夜の子孫を見失って、心が黒ずんでいたことも関係していたと思う。

 ただ、自分より弱い者を利用するようなことだけはしなかったし、私の流した物資で助かった人々も少なくなかったという事実だけは言っておきたい。

 悪い噂が、聞こえていた。

 イライジャが困窮した華族の婦人を毒牙にかけているとね。色々と立場を利用していたらしい。日本人をひどく軽侮した割に、彼は好色だった。そのうちの一人に、白鳥(しらとり)幾代(いくよ)という女性が居た。男爵の家柄でね。実は、雪子の学友だった娘さんだが、両親を戦災でなくして叔父に引き取られていた。この叔父が強欲でね、幾代さんの若い美貌と家柄を使って、いろいろ儲けようとしていた。そして、イライジャが愛人をさがしているという話を知ったらしい。

私はその叔父のもとに出入りしていたから、そのことを知ってね。イライジャは赤坂辺りの土地にまつわる利権を紹介するのと引き替えに、幾代さんを身請けしようと郊外に一軒家まで用意していた。叔父もそれに乗って、嫌がる幾代さんを脅しつけていたよ。

 私は自分が果たすべきこと以外に、心を奪われないようにしてきた。咲夜の娘たちを守り続けるという自分の立てた使命。しかし、そのときは不安だった。子孫を見失い、自分がこの世にいていいかどうかということも考えていてね。そういう気持ちがあったからだろう。柄にもあわず、幾代さんに手紙を渡して示し合わせた。深夜に抜け出した彼女と、品川駅で待ち合わせた。

伊豆の方へ逃げたよ。

 汽車の中で、彼女は不安そうに私を見つめていたね。どうしてこんなことをしてくれるのか、聞かれてね。雪子さんの家でかつて書生として世話になっていて貴方のことを知っていたから、苦境を見るに忍びなかった、と嘘を言った。

穏和な顔つきの彼女はそれを聞いて、静かに泣いていたよ。音も立てず、はらはらと涙だけ流していた。ああいう美しい涙を流す女性は、この国にはいなくなったな。

 伊豆には、かつて世話になった温泉宿があって、戦後に少し援助をしてやったことでつながりができていた。私はその旅館の女将に大変に感謝されて、ただで宿泊してもいいと言われてもいたんだよ。そこに幾代さんを預けた。大金とともにね。

 何度か折衝のために訪問して、その土地の、地方新聞を出していた会社の株主の養女にしてもらうところまでいった。間違いのない人物だったので、後はいいところへ嫁に出してもらえばいい。そういって、東京に帰ろうとしたら、幾代さんは泣いていた。そして、私をじっと見たよ。

 私も木石じゃない。

 困ったことになったと思った。本当に困ったよ。

私は、咲夜以外の女性に心動かしたことがないし、好かれたこともあまりなかったからね。変な気持ちだった。幾代さんの美しい涙に心が変に乱れたが、もちろんそのまま引き上げたさ。ずっと後から聞いた話では、幾代さんは土地の勤め人と見合いして結婚したが、結核で亡くなってしまったらしい。

 悲しかった。

 東京に戻った私は、また闇市の仕事を始めたが、占領軍が引き揚げることになって、イライジャに呼ばれた。彼は品川のホテル一室にいてね、日本に残ってアメリカとの間を取り持つフィクサーのような存在になろうともしていたらしい。

 イライジャは暗い部屋の中で、私と向かい合った。胸から上は、闇の中に隠れて表情が見えなかった。

 だが、手元ははっきり見えたよ。

 右手で左手の指を一本ずつ、触っていた。

 異国の人間にも生まれ変わるのか。私はあまりの驚きに、がたがた震えた。彼は、私のその様子を見て、大きな体をゆすって、低い声で笑ったよ。

そして、言った。

 日本語でね。彼が日本語で話すのは初めてだったが、恐ろしく流暢だったよ。

「幾代を逃がしたのは、貴様だという話を聞いたよ。調べたんだ。どこまでも邪魔をしてくれるな。お前は」

 私は机の上のペーパーナイフを見つめながら、彼と次のように会話した。

「時丸。幾代さんは明里の血統ではないぞ」

「わかっているさ」

「ならば」

「数年前、華族の娘たちの集合写真が、ある雑誌に載った。来日して、その雑誌をたまたま、見かけてね。前世の記憶と重なったよ。明里が、あの顔のまま、その中にいたのさ。その娘は、名前も書かれてなかったがな。それで、華族の娘の年頃の女を片っ端から手に入れることにした。味見ついでにね」

「非道な」

「お前も結構なことをしていると思うがな」

「一緒にするな」

「まあ幾代のことは、もうどうでもいい。俺は一時、アメリカに帰るぞ。米軍の中で睨まれてしまったからな。また、やってきて明里の子孫を探すがね」

「わたしをどうする」

「手下に、手榴弾でふっとばさせようとも思ったが、やめておくよ」

「どうしてだ」

「今は騒ぎを起こしたくないし、それにな、前世が思い出される度に、変な気持ちになる。お前がこの世に居て、お前にばれずにあの女の心に忍び込んで愛人となり、もてあそぶのが最高の快楽だと思い始めたのさ」

 それを聞いて、私はすぐにイライジャを殺そうと思ったが、彼はピストルをもっていた。私の頭も吹っ飛ばせそうな、大きな口径のね。それで、彼の冷笑を聞きながら、部屋を後にしたが、すさまじい憎悪の気持ちにとりつかれていたよ。その後、イライジャはアメリカで軍法会議にかけられたという話は聞いた。日本には再来しなかったところを見ると、重罪だったようだね。

その後、税務署なんかがちょっと私の身辺を調べてきているという情報があったから、煩わしくなって渋谷の、駅から離れたところに知人の名前を借りて家を買って、そこに住み着くようになった。手を尽くしたが、雪子の行方は杳として知らず、その義母も戦災で亡くなったという話を聞いた。じっとしていると地上から姿を消すことばかりを考えてしまうので、心がすさんでいたね。

 そのころ、佐野哲治と再会した。

 偶然ではない。私の体のことを確かめたくて、彼のもとを訪ねたんだ。彼は国立の博物館の館長という名誉職に就いていた。満ち足りた晩年だったと思う。もう七十を越えていたかな。

 私の姿を見たときの彼の顔は、忘れられないね。昔、別れの時に交わした和歌を詠むと、涙をはらはら流していたよ。彼女のご令室の和子さんも健在でね。私のことを覚えていてくれた。彼女はなぜか、すっきりと私のことを理解してくれてね。実は最初は、私のことが好きだったといって、佐野君を大いに妬かせたものだ。

 さっき、懐刀の露切を博物館に収めたと言ったが、それは佐野君に頼んだんだよ。ところで、博物館には、いろいろ懐かしいモノがあってね。江戸時代に、利三郎という名前で私が作った簪が名品として展示されていたよ。東北に行った志津の子孫に伝わって、明治維新の後に華族から寄付されたと但し書きに書いてあった。それと、伝承不明という、翡翠の勾玉も展示されていたね。震えたよ。

 私の体のことを理解してもらうまで、いろいろ実験につきあわされた。だが、しまいには、佐野君は全ての私の願いに応えてくれた。秘密を保持したまま、調べてくれると。私と咲夜のことをね。研究者としては一線は退いているから、使える機器は多くないと言っていたけどね。

 色々、できる範囲のことで調べてくれた彼は、次のような仮説を立てた。

ウイルスじゃないかとね。

 君も知ってのとおり、細菌とウイルスは違う。ウイルスは細菌の五十分の一の大きさで、生命体かどうかも議論が分かれている、不思議な自己増殖物体だ。そして、隕石に付着して、宇宙から飛来したという学説もある。佐野君は、私はそういったウイルスに感染しているのではないかと言うんだ。宿主の肉体を保持するために、老化機能を喪わせ再生機能を高めるウイルス。

覚えているかい。

明治期、私があの洞窟の近くで採取した伝説を。隕石が落ちた話と、巨大な鯛の話さ。魚類は年をとればとるほど基本的には大きくなる。伝承に残る巨大魚も私と同じウイルスで冒され、再生機能のために長生きし、さんざん大きくなってから食われたんじゃないかってね。不死者がほかに見あたらないことを考えると、感染力は低いウイルスなんだろう。もちろん、他の病院や研究室に行って調べようとは思わなかった。もしそんな珍しい体質なら、生きた国家機密として、拘束されるのがオチだからな。

 一方で、咲夜は死んだ母親と瓜二つだったというから、隕石はそもそも関係ないことになる。佐野君の咲夜に関する仮説は、私の場合よりももっと不思議だった。

 遺伝子進化の一種、と言うんだ。

 君も知っているだろうが、利己的遺伝子という説がある。それを一般に伝えたことで有名なのがドーキンス博士だが、彼は別に、遺伝子そのものにエゴイスティックな意志があるといいたかった訳じゃない。遺伝子の振る舞い一般は、群としての種を残すと言うよりは、個体を残す傾向があるということだ。つまり、猿という種を残すために犠牲になる行動はとらず、個としての遺伝子を残す傾向があるのではないかということだろうね。

 咲夜は、美しい。人類史の多くの時代と場所で、美しい女性は庇護を受けやすいという点でサバイバル能力が高い。つまり、咲夜は自分とそっくりの美しい娘を産み、自分は死ぬことで男の愛を娘に集中させ、そしてまたそっくりの美しい娘を産ませるという、きわめて独自に進化した戦略的な利己的遺伝子を継承し続けているのではないか、そういう奇跡的な変形遺伝をする血族なのではないか、と佐野君は言うんだ。

いつから、そうなったかはわかないという。ただおそらくは、美しい女性が尊重される程度の文化や社会を人間が備えてからではないだろうか、とね。

 彼は、私や咲夜は科学者としては受け入れがたい存在だと、言っていたよ。まあ、私もそう思うけどさ。

 私は納得できたような、できないような感じだったね。そうこうしているうちに、佐野哲治は、流行風邪で肺炎をおこし亡くなってしまったよ。

 ところで、こんな悲劇的なカップルはいるかね。

永遠に生き続ける男と、別の個体として見目と性質のみ受け継いで生まれてくる女性〈たち〉。彼女たちが咲夜にほぼ近い遺伝子を持っているならば、かつて私たちが心の底から深く愛し合ったように、私を深く愛してくれる〈資質〉をもった女性だと思うと、愛さずにはいられない。これは私だけが分かることを許された、不死の地獄と引き替えの悦びなのだろう。

 あのとき、船から落ちる前に咲夜は言った。

「何度生まれ変わっても千年の先まで愛します」

 とね。

 そうやって考えてみると、咲夜の血統に関わってきた男たちとは哀れなものだ。自分の遺伝子をまったく残せずに、ただ咲夜の血を補助するためだけにいるのだから。あれほどの美貌の女性と関われただけでも、幸せというべきなのかね。

ウイルスに冒された私だけが、特別な男だと言うことになるかな。あるときは、わたしほど咲夜の遺伝子にふさわしい男はいるだろうか。そう思ったが、むしろ逆だろうな。自分の娘を愛するなどと言う禁忌を、私には犯せない。そうなると、私ほど咲夜を愛する地獄を味わう男は、ほかにいないことになるな。いつの時代でも、彼女はほかの男に愛され、ほかの男を愛して子供を産んで、若死にしていくのだから。それをずっと見続けなければならないのだから。


 しかし、今から、二十六年前。

 私の〈人生〉にとって、もっとも衝撃的なことの一つが起こった。この英語的な言い回し、もっとも何何なもののうちのひとつ、というのは不死者の私にとってひどくお気に入りの表現だがね。

東京都町田市で、一人の女の子が産まれた。玉のように美しい娘でね。母親の名前は、初音(はつね)という。

そう、君の義理のお母さんだよ。そして、生まれたというのが、もうわかるね。

君の義理のお姉さんだ。 

 付けられた名前が咲夜。

 私が君のご両親に何か示唆したわけではない。全くの偶然なんだ。わたしは、住所不定の探偵として、ここ数十年ほどさすらいながら咲夜の血統を探し続けてきた。私のことを追いかけていた、あのジャーナリストの坂村君は癌で亡くなってしまったけど、臨終の際に会いに行ってね。そして、すべてを彼に語った。彼はひどく衝撃を受けた表情をしながらも、静かに事実として受け入れていた。そして、教えてくれたんだ。咲夜の血統が続いているということをね。彼は彼で、私が見守っていた雪子のその後を調べていたらしい。

 咲夜、君の義理のお姉さんは、またもや美しく育った。私は君の生まれる前からお姉さんを見守っていたのだよ。そんなに眉をひそめることはない。もちろん、ご両親や君のプライバシーに立ち入るようなことはしていないさ。

君のお姉さんが、子どもの頃にトラックにぶつかりそうになって、助けられたことがあったと聞いたことがあるだろう。見ず知らずの人が飛び込んで助けたことも。

そう、それは私だ。

 君のお母さん、初音さんはずいぶん心配してくれた。私はしたたかにぶつかって、かなりのダメージを負っていたから。後で調べたら、足の骨と肋骨が折れていて、頬の肉もはぎとられていた。警察や病院に連絡されたら面倒だから、すぐに立ち去ったけど、回復するまでは山奥で一ヶ月くらいじっと痛みに耐えていたね。私は、不死とは言っても痛みは感じるから。

 君のお母さんの初音さんは、私にとって、幼少期から成人にかけての姿を見ていない咲夜の子孫だ。出会ったときにはもう三十歳だったから、なんというか、咲夜に対する慕わしさのようなものがあまり感じられない数少ない子孫の一人だね。生育するに従って環境によって変化が起こるのはいつものことだが、その変化の過程を見届けることができなかったから、咲夜と異なる部分ばかりが未知のものとして感じられ、すこし縁遠い感じなんだ。君のお父さんと役場で知り合って、そのまま結婚したらしいね。

父親の連れ子だった君にとっても、二人は不思議な人たちだったろう。なにもかもそっくりな美しい母娘。ちなみに、咲夜の本当の父親、つまり初音さんの前夫は学生結婚した男性で、交通事故で亡くなったよ。

 私は、自分が抑えられなくなった。

 あまりにも、咲夜に似た咲夜を見てね。

私は財を用いて、絵画教室を始めた。君のお姉さん、咲夜は絵が好きなことを知ったから。ちなみに、私は手慰みにいろいろな技芸を身につけてきたから、絵も教えられる。十五歳の時、彼女は絵画教室に来た。私が強引に誘ったわけじゃない。

ただ、期待はしていた。

 そして、彼女はわたしに好意を示してくれた。嬉しかったね。

 わたしは彼女の好意に応える態度を示したあと、翌日に引っ越した。跡形も残らず、彼女の前から姿を消した。どうしてか分かるだろう。長い時を経て再び現れ、私が姿形を変えないことを示すことで、私の信じがたい不死の事実と、彼女の遺伝子と私の千年の因縁を受け入れてもらえるかもしれないと考えたんだ。必死だった。ひどいと思うかい。もちろん、その間に彼女が誰かを愛して結ばれるなら身を引こうと思っていたよ。

そうさ。私はとうとう自分のことを告白し、そして彼女とまた愛し合いたいと思ったんだ。迷いつつもね。

それから、十五年。私は彼女を見守りながら、じっと時を待った。

 咲夜は、その後もほんとうに咲夜そっくりに育った。ふつうは環境の中で変化するところがあるが、それがなかった。短大に進み、保育士になった。お見合いの話も多く、何度かしたこともあったようだが、まとまらなかった。中には、彼女の美貌を見初めた財閥の御曹司がいたことは、義弟の君も知っているだろう。咲夜があまりにも断り続けるので、家族の君たちも色々と詮索したようだね。

 あれは、ちょうど、昭和最後の年だったね。多くの時代の切り替わりに立ち会ってきたけど、明治時代以前は、そんなこと感じることはなかったな。時代、というまとまった空間自体がなかったような感覚だった。

 君のお義姉さん、つまり咲夜が病を得たのは知っているね。

 珍しい婦人病だった。咲夜は、子どもを授かれない体になった。子どもが好きで、保育系の短大に行って保育士になった彼女にとって、それがどういう衝撃だったか。

 どうして知っているかって。咲夜が君のお母さん、つまり初音さんに打ち明けたのを聞いたのさ。公園でね。聞き耳をたてるつもりはなかったが、婦人科に行ってひどく落ち込んでいるのを見て、心配だった。私にとっても、どれほどの衝撃だったことか。

 千年以上も見守り続けた、咲夜の血脈がとうとう途絶えることになる。

それは私が、この地上にとうとうお別れをすることを意味もしている。私は苦悩したよ。千年の間で、もっとも苦悩したと言ってもいい。

 佐野君の仮説が頭の中をぐるぐる回って、これまで見届けてきた咲夜の子女たちの顔と思い出が、浮かんでは消えていく。気づいたときには、渋谷の家を出ていたね。

 初雪が降っていた。十二月六日だったね。

 仕事帰りの咲夜を家路の途中で、待った。私はシャツ姿で上着も着ていなかった。寒そうに雪がちらつく中を歩いてきた彼女は、私を見て、そしてゆっくりと目を見開いた。

 その顔が、昔の咲夜と完全に重なったんだ。

 私がかつての絵画教室の主だったことを、鮮明に覚えていてくれた。そして、そのときのままの姿でいることの衝撃とともにね。年齢を重ねても若い人というのは確かにいる。しかし、それとは本質的に異なるものを彼女は感じたのだろう。

 お姉さんは、……我ながら気恥ずかしい言い方だが、〈初恋の相手〉である私がそのときのまま十五年ぶりに現れたことに驚愕していた。その驚きのまま、私の言葉を受け入れてくれた。もちろん、腕を深く切ってそれが治癒する様子を見てもらったり、私が写る過去の様々な時代の写真を見てもらったりしたけど。

そして、私たちは結ばれた。彼女が見合いを断り続けたのは、私との再会を信じていたからだそうでね。ちなみにさんざん生きてきたが、私が愛し合った女性は二人の咲夜のみなんだよ。

 咲夜は私と生きる覚悟をしてくれた。私は彼女が老いて死ねば、そのまま自分も地上から姿を消すつもりだったさ。

 でも、そのうち、時が流れていくうちに、気づいたんだ。

 咲夜も、まったく老けていかないことにね。

 慄然としたよ。私の体質が隕石に付着していたウイルスのせいだとしたら、そして、感染力が極端に低いウイルスでも、愛の行為によってのみ感染するのだとしたら。そう、咲夜もまた、私と同じ体質になったんだ。彼女を無限の業苦に引き込んだ罪の意識から、私は半狂乱になったが、彼女はむしろ喜んでそれを受け入れてくれた。

私たちはとうとう、千年を越えて愛し合う二人になったんだ。

 ところで、君は、義理の姉である彼女を愛してしまっていたのだろう。共感さえ抱くね。だから、私のような訳の分からない男と消えたお姉さんを、ずっと探し続けていたのもわかるさ。私の過去の経歴や写真も、随分調べたてきたらしいね。

 四十年もの間、ね。

 この前、街中で、君に見つけられてしまったのは全くの偶然だった。かつて姉と消えた男、しかも年齢を経ていない私に、君が感じた恐怖は、むしろ正常だよ。よくこの家まで、探し当てたね。

 聞こえるだろう。さっきから聞こえる隣の部屋の音。

琴の音さ。

かつて平安時代に、咲夜が巧みな演奏をしてくれたというと、今の咲夜もまた自分もそれをマスターして私に聞かせたいと言ってくれて練習しているのさ。まだまだ未熟だが、私たちには時間は無限にあるからね。

 そう、隣の部屋に君のお義姉さんがいるのだよ。君が今日、来ることはまだ伝えていない。

 私はね、ここまで彼女を一途に探し続けた君にだけは、会わせてもいいと思う。奇妙な友情すら感じるよ。

どうした。震えているのかい。二十代のままの咲夜を見ることに、渇くような欲望と無限の恐ろしさを感じているのだろう。よく、わかるさ。わかるとも。でも、かつて可愛がっていた弟の君を見たら、咲夜は喜ぶさ。

 ……ふふ、そうだね。ひょっとしたら私の話なんか全てでたらめで、君をからかっているのかもしれないな。隣にはラジオでもあるのかもしれない。

 では、確かめてみるがいい。

 さあ。ドアを開けてごらん。


 まあいいさ。ちょっと、お茶を入れてくる。ゆっくりしててくれたまえよ。

 

 おや、どうした。

 どうして、そんな顔をしているんだい。何か不満なことでもあったのかな。さあ、お茶を飲んでくれたまえ。

 なぜ、そんな警戒している。毒でも入っているか、疑っているのかい。

 そうだね。半分は当たっているかな。毒は入ってないさ。代わりに意識を失う薬がたっぷり入っているよ。殺すつもりはなかったけどね。

 隣の部屋を盗み見ていたね。私が席を外している間に。

 ふふ、この櫛、これはほんとに形見の品だがね。中に仕込んでいるモノがあるのさ。ピンホールカメラだよ。文明の利器の発展とは恐ろしいねぇ。私ほどそれを実感してきた者もいないと思うんだ。私がわざとあちらの部屋で、食器の音を立ててお茶を入れているのを聞いて、安心したようだね。この、私のポケットに入れてあったスマートフォンで君の動きは全て中継されていたよ。

 隣の部屋のパソコンを、見たかい。全てが嘘という訳じゃないんだぜ。スピーカーから流れていたのは、ホントに咲夜が練習していた琴の音さ。

 咲夜かい。

 ふふ、言うわけがないだろう。

 遠いところで私を待っているとだけ、言っておくさ。

 君には、この土地から、わたしと咲夜が姿を消すまで、意識を失い病院にでもいてもらうつもりだったのさ。もう二度と君に見つけられないように、今度は海外にでも行こうかな。ああ、君は海外に生まれ変わることもあるんだったね。

 時丸。イライジャでもいいかね。

 私は君が、ホントに単なる咲夜の義弟だったら、本気で咲夜に会わせてもいいと思っていたんだがね。だから、全てを話したのさ。

 ところで、誰かが時丸の生まれ変わりかどうかを、いつだって私は確認する習慣がついてしまっていた。君がここに来たいと申し出てから、この一週間、陰から見させてもらったよ。君も十分に警戒していたのだろうが、年老いてしまったせいかな。

 つい、癖が出てしまったね。右手で左の指を確かめていたのを、はっきりと見たよ。まさか、君が咲夜の義弟として生まれ変わるなんてね。やはり、何かの因業でわれわれは引きつけられる運命なのかもしれないな。

 それでも半信半疑だったから、私は話をしながら、ずっと君の反応を見つめていた。用心深かったね、君は。けれども、このカメラに写った君の動きではっきりわかったよ。残念ながら、ね。六十過ぎであそこまで機敏に動けるのは、感心したけど。

 いつからだい。前世を思い出したのは。

 そう、咲夜が私と消える直前か。それはたまらない気持ちになっただろうなぁ。今世こそ絶好のチャンスだったのにね。同情する気は、まったくないけどね。どうしてだろう。君が憎くてたまらないけれども、不思議と奇妙な友情のようなものすら感じるよ。咲夜の血統にとりつかれた男としての、ね。

 さあ。どうするかね。

 私はここで、身を守る準備はすでにしてあるぜ。いろいろさ。君がナイフとスタンガンを、懐に入れてきていることも知っているしね。

 試して見るかい。ふふ、そうか。やめておくか。今度生まれ変わるときにしてやるって?

 そういうと思ったよ。

 この世で、咲夜と待ってるぜ。

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