第2話 羊と牛とキッチンの番人
「よー!マルセロ。一緒に食堂に行こうぜ!な!」
マルセロが部屋から出るタイミングを見計らった様に、巨体がパタパタと外階段から降りてきた。12人の戦士は、空間内の集合住宅で寝泊まりしている。6階建てで部屋数も多いので各自好きな部屋を使っている。
「おはよう、イーサン。いいよ…。行こう。」
朝から元気なイーサンは、牡牛座の戦士として喚ばれたアメリカの大学生。12人の中で2番目の長身。中途半端に伸びた前髪をかきあげたヘアスタイルが気に入らないらしく、最近はよく前髪をいじっている。一思いに切ってしまえばいいのに。マルセロは、イーサンの前髪いじりを観る度にそう思うのだ。
「なぁ?あのあと何時に寝たんだ?」
「あのあと即抜けたから、23時には寝た。」
「って事はジュンは…。」
「あのあとも、ずーっとゲームしていたみたいだ。ギリギリまで寝るってメッセージが入ってた。」
「ジュンの奴ヤバ過ぎだよな。いくらムキになったからって!夜ふかしするなんてな。また叱られるって!ヤッバ!でも、まさかギリシャ神話の神々とゲームをする事になるなんて!」
「おれも思ってもみなかった。まさかの展開だ。」
「オレもオレも!」と、はしゃぎながらイーサンは続ける。
「軍神アレス¹があんなにゲーム好きだったなんて!意外だったな!」
神々に実体は無いが、端末を通して意思表示を図ってくる。ある時はAI自動音声機能で。またある時はチャット形式でメッセージを飛ばして絡む。ゲーム好きな神はサーバ内に入り込みプレイし、指示厨の神もいてチャット内でうるさく喚く。昨日は軍神アレスが「自身が勝つまで辞めるな」と要求し、それに付き合ったメンバーは寝不足に陥った。
昨日の犠牲者はジュン。乙女座の戦士として喚ばれた台湾出身の大学生。
ゲーム好きなジュンはアレスにまんまと乗せられてしまった様だ。
ほどほどにしないとなー等と、のんびり話をしながら歩くイーサンとは対照的にマルセロの足はどんどん足早になっていく。
いつもより10分の遅れに気づいたからだ。
各自の部屋がある集合住宅と食堂のある別館は渡り廊下で繋がっている。別館は赤煉瓦3階建ての建物。
2階にある食堂は、彫刻が施された木の扉が特徴。マルセロ達が着いた頃には人影は無く、20人がけの長テーブルには食事のみが並んでいた。
「おはよう。マルセロ、イーサン。君達で最後だよ。」
眉間に皺を寄せた男が穏やかな口調で話し掛けてくる。
「おはようアレックス!食事の用意ありがとな!お疲れ!」
「…相変わらず調子が良いね。イーサンは。さぁ!早く食べちゃって!早く片付けたいからね!9時には会場を閉めるのが今日の目標なんだ!それはそうと…マルセロ。ジュンはまだかい?」
昨日の残りのスープを温め直すアレックスに威圧感を感じたマルセロは、手伝う素振りをみせながら慎重に言葉を選ぶ。
「ジュンは調子が良くないみたいだ。朝食は要らないみたい…。」
「かばう必要は無いよマルセロ。夜ふかしで起きれないのは何度目だい?」
ため息混じりに「またゲームか…。」と言いながらも飲み物の準備までしてくれるアレックスは、オーストリア出身の山羊座の戦士。
12人の中で1番年上。キッチンの管理を申し出たキッチンの番人。アレックスのお陰でタオラロスにてキッチンを粗末に扱う者はいない。
(キッチンの番人と呼ばれているのは、本人にまだ気づかれていない様だ。)
料理好きなので職業は調理師かと思いきや食品メーカー勤めの食品衛生士。普段朝食の用意は各々で行うルールだが、今日は見兼ねて用意してくれていた。
その親切心が有り難くて怖いマルセロは、全力でアレックスの方を見ない様に目線を外し続けた。
そんなマルセロの気持ちを知ってか知らずか、イーサンは呑気にもう食べ始めている。
「少しは手伝えよ!」気疲れしたマルセロの突っ込みは声にならず、広間にはイーサンの咀嚼音だけが響いた。
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1 軍神アレスとはギリシャ神話に登場する戦や厄災を司る神。その性格は極めて「好戦的」とされている。
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