第8話

 魚が獲れたのは嬉しかったがそれはそれ、俺は今日もギルドに居た。


 マニュアルの前文の歴史部分はとっくに読み終えたのでギルドの実務運営の章を読んでいる。そんなもの面白い訳もないだろうとタカをくくっていたが何気に面白い。


 例えば村長の選出だ、こうある。


『協力的な人物をこちらで指名するのは避けるべし。分裂の火種になること必至。村人が少なくとも選挙を行い、ギルドは公平であることを示す方が得策』


 そのあとこう続く


『村人が反抗的で協力が得られず選挙すらままならない場合は反抗運動の主導者を村長に指名すべし。時間を掛けてでもお互いの妥協点を見つけて協力を得ないことには命の保証は得られないと思え』


 なるほどなあ、ギルド員の活動最小単位は三人だそうだが、魔術や武術に長けた元兵士である彼らであっても数で押されたり寝首をかかれてはどうにもならないのだろうしな。


 昔の日本でも、村に派遣されてきた駐在さん(村住み込みの警察官)が村人に不都合なことをしないように酒を飲ませてぐでんぐでんになるまで酔わせ、海に落とし、自力ではあがれないように皆で棒で突くという歓迎会を催す風習があったとかなかったとか。


 げに恐ろしきは普通の人々ということか。

 含蓄があるなあ。


 もちろん恐い話ばかりじゃない。

 普通に感心する項目もある。


『国民には生水を飲まぬよう指導すべし。川の水はもちろん井戸水も沸かして飲む習慣を付けさせよ。必要なら魔術で清潔な水か、あるいは湯冷ましを用意し必要なだけ与えること』


 ウチの村もかなり透明度の高い川がある。断崖絶壁から吹き出しているだけに飲める水だと思うのだが、ちゃんと沸かしている。木がほとんど生えていない我が村では焚き木は大変貴重なのでギルド員が火魔術で沸かしている。

 不思議に思っていたのだがギルド全体の規則で決められていたとは。


 さらに関連して興味深いのはトイレだ。


『トイレはギルドが用意し、そこでしか用は足さないように指導すべし』


 と書いてある。

 その上でギルド員が責任を持って毎日便を燃やすことが義務付けられている。


 我が村のトイレは、深い穴を掘り、その上に簡易な小屋が置いてあるだけのものだが、毎日小屋をひょいと退け、穴にファイアボールを打ち込んで焼き切っている。


 トイレの設置場所も細かに書かれていて、


『海や川や井戸など水源から充分に離し、男女を別にし、男女のトイレは充分な距離(お互いが見えず、音も聞こえない距離)を置いて設置するように』


 と書かれている。

 

 疫病を防ぐためにこのような衛生管理の徹底した指導がなされているとはこの国はかなり進んでいるよな。

 女性に対する配慮もあるし。


 なんか、なろう系の世界ナーロッパのモデルであろう中世ヨーロッパって割と汚いイメージがあるんだけど、この世界ならキレイ好きな日本人でも快適に暮らせそうだ。



「バルドムさん、王都のトイレ事情ってどうなんですか?」

「なんだよ、藪から棒に。。。ああ、マニュアルのトイレの章を読んでるのか」


 バルドムは俺の手元を覗き込んでそう言った。


「結構酷いな。なあ?」

「そうですね、城の中や軍の施設はもちろんキチンとしてますけど、城下は酷いもんでしたね」


 カウンターに居たラムダが答えた。


「この村しか知らんお前には想像も付かんだろうが、この村千個ぶんも二千個ぶんもあろうって広い街に何千人何万人て人間が住んでるんだ。そいつら全員が毎日何回も用を足すんだぜ?」

「トイレは各家に?」

「大半の家にトイレはない。公衆トイレはブロック毎に用意されてるが、とてもじゃないけどまかないきれない」

「ええ、、、?」

「結局、そこいらの裏路地や空き地ですることになる」

「もう想像もしたくないですね」

「だろ? しかし放置すると疫病が発生するし王都のイメージが悪くなるからギルドの衛生局が担当して、ひとつひとつ拾って歩いている」

「大変じゃないですか!」

「自分の生まれた村を捨てて王都へやって来た仕事のない連中を雇ってやらせてるんだが、まあ結果は推して知るべしさ」

「王都には絶対行きたくないですね」

「ああ、それがいいよ」


 バルドムは自分の書き物が終わったのかノートを閉じた。


「しかしな、王都の地下に網の目みたいに水路を張り巡らして川の水を引き込み糞便をまとめて流す計画が動いているそうだ」


 ほう、水洗トイレか。


「そんなの可能なんですかね?」


 ラムダが懐疑的な声をあげる。


「王都の地下には元々、地下墓地(カタコンペ)があちこちにあるからそれをつなぎ合わせれば可能だとかなんとか」

「墓はどうするんです?」

「俺が知るかよ、どうせ何世代も前の連中の墓なんだから墓所にまとめるんじゃないか?」

「墓所?」

「うむ、昔は人が死ぬとひとりひとり棺桶に入れて埋葬してたんだが戦争や疫病なんかで大量に死人が出ると、どうにもならんだろ? だから遺骨だけをまとめて墓所に収めることにしたんだ」

「なるほど」


 ラムダは立ち上がり身体をこちらに向け、カウンターに腰を掛けた。


「てか、話は戻りますけど大量に集めた糞便はやっぱ川に流すんですかね?」

「いや、流石にそれはないだろ。下流の村々を見捨てる訳がない。あの流域が王都を支えてるんだ」

「じゃあ、ひたすら焼くんですかね?」

「今はそうだ。以前から公衆便所の汚物焼却の臭いと煙の行先で揉めてるだろ?」

「ですよねえ、ではその地下の水路はどこに向かうんですか?」

「あくまで噂だがな、海まで続く地下道を掘るんだとか」

「え! いくらなんでも無理でしょう?」


 ラムダは大袈裟にのけぞった。


「距離、どれくらいあるんですか?」

「そうさなあ、城壁から30ミルくらいかなあ。城壁の上からは見えてはいるんだが、、、」


 この世界の単位はヤード・ポンド法に近いから大まかに見て15キロってところか。


「さらに、海の中まで通路を伸ばして10ミル沖から放流するとか」

「ああ、海が汚染されては漁師も黙ってはおれんでしょう、、、けどなあ」

「無理ですか?」

「何十年もかければ、そりゃいつかは掘れるだうさ。でも予算は凄いことになるな」


 二人とも顎に拳を当て、考え込んでしまった。

 そんな予算があるならウチらにまわせと考えているのだろう。


「しかし評議会も思い切った決断をしましたね」

「ほら、あれだよ。最近現れた転生者」

「ほう、転生者?」

「突然どっかからやってきて、知恵を授けるなんつって王族に取り入ろうとするヘンな連中のことさ」

「え、結構いるんですか?」

「年に2〜3人は来るな」

「そんなに?」

「言葉が通じるのがな、噂によると全く未知の言語を喋る連中もいるんだが、そいつらも転生者なんだそうだ。だが言葉が通じないんじゃ知恵もへったくれもない」

「そちらも数にいれると?」

「全国のギルドが発見する数でいうなら年12〜13人だな」


 なんとまあ、結構メジャーな存在じゃないか。

 俺みたいに王都から離れて転生するのも居るだろう。

 この世界は転生者だらけじゃないか。


「なんだ、オミ。お前も転生者だとか言い出すのか?」

「いえ、そんなまさか、、、」

「そうだろうよ。お前はよくできた子だ。あんなのとは違うさ」

「そんなヘンな連中なんですか?」

「まあ、俺が思うにアレは心の病気だな」

「病気?」

「ああ、戦争とかで辛い思いをして心が病んでよ、人が変わっちまう連中がいるんだが、俺はそっちだと思うね」

「ええ、戦場を知ると誰しも人が変わるって言いますからね」


 ふたりは揃って深く頷いた。


「お、オミ。日が落ちるぞ」

「あっ、じゃあまた明日来ます」

「おう、またな」


 俺はギルドを飛び出した。

 はっきり言えばガッカリした。


 せっかく異世界転生したのに、珍しくもなく病人扱い。

 正直言えば俺だって『オレ強ええ!』な展開を期待してなかった訳じゃないし、少なくとも上手く立ち回りたいとは思ってた。

 獣族の娘とニャンニャンワンワンしたり、ローブ姿の娘とダンジョンに潜ったり、エルフの森を救ったり、戦争で頭角を現して英雄になったり!!


 それが一歩間違えば、心の病気と思われ憐まれてしまうとは。


 やっぱ入院かな?

 下手すりゃ牢獄だよな?


 明日詳しく聞こう、そう思って俺は家路を急いだ。

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