第6話

 とりあえず魔術のことは置いといて、この村のことだ。


 この村はひとことでいうと陸の孤島だ。

 船でないと近寄れない。それも遠浅と暗礁のせいで小さな船でないと無理だ。

 浜の真ん中に小川の流れ込みがあり、周囲は遠浅の浜。南側にある岩場の辺りは満潮時にはかなりの深さはあるが、水面下に岩が隠れて大型船を寄せるのは危険極まりない。


 背後は断崖絶壁が屹立し村全体を取り囲んでいる。

 村と言えるのは海と断崖絶壁のあいだのわずかな土地である。

 そこに外から土を持ち込んで作った小さな畑と我々の集落がある。


 村人は総勢50名ほど、10の家庭とその子供たちで構成されている。

 ギルド員を除く村人の年齢は30歳が最年長。その事からも分かる通り、村人は他所から連れてこられた計画移民である。

 貧しい農村から若いカップルを十組募り、移り住んで十数年。燻製し塩蔵した魚を軍に収めることで村人は生計を立てている。


 軍艦の寄港地として重要なのか、あるいは戦略的にこの地に国民がいる事が重要なのか、ともかく国の意向で俺たちはここに住んでいる。


 村の暮らしはこうだ。

 男たちは空が明るくなると、陽が昇る前から海に立つ。遠浅の海には海藻が繁り小魚たちの住処になっている。その小魚を狙う大きい魚を銛で突くのだ。

 女たちは畑に行き、豆や芋や季節の野菜をを育てる。土が痩せているせいか、あるいは風が運んでくる塩のせいか麦は育たないらしい。


 昼になると漁も畑仕事も終いにし、獲れた魚の処理を総出で行う。魚はワタを出し、三枚に下ろして小骨を抜き、細切りにすると海水に一晩さらして血抜きをすると同時に塩分を含ませる。

 前日に同じようにした細切りの魚を柱に張った縄に掛けてぶら下げて干す。乾燥した魚は燻小屋に移して煙で燻す。こうして出来上がった魚の燻製を塩と共に樽に詰めていく。これが軍艦に納める村の商品である。

 これを作りながら同時に魚の油をとる。

 魚の頭などのアラを大鍋で煮ると油が浮いてくる。これを掬うと明かりに使う油になり、油を掬ったあとはこれが皆の食事になる。子供たちが拾ってきた貝類や、畑で収穫した芋を入れて一緒に煮れば、海の旨味たっぷりの潮煮である。


「ああ美味い。夏のシチューは最高だな!」


 夏のシチューは貝とトマトが多く入り、トマトの酸味が汗をかいた身体に染み渡る。


 もっとも、冬は魚に脂が乗りスープ自体がこってりとして美味い。そして平たく潰して乾燥させた干し芋がスープを吸ってふやけて溶けて、よりスープを濃いものにする。これがまた美味いのだ。


「冬のシチューも美味いけどな!」


 なのでこの返しが入るのがお決まりの会話である。俺たちはいつも同じ会話をしてる。


「王都の外れでは芋の端っこの取り合いで血を見るらしいぞ。俺たちは皆でたっぷりの魚を分け合えて幸せさ」

「もっとも肉はねえけどな」

「ワインもエールもねえな」

「それを言ったらパンもないさ」

「香水も化粧もないね」

「ダンスパーティーもないしね」

「ダンスならアタシが見せてやるよ!」


 こうして火と食事を囲み、笑顔で一日が終わる。シチューの残りは各家庭で晩飯と翌日の朝食用に分けられ、ギルド員にも差し入れされる。

 新入りのギルド員は、始めはシチューに入ったナマコを嫌がるが、すぐに慣れてモチモチして美味いなどと言い出す。

 今まで何人ものギルド員が着任しては去っていったが、みな名残惜しんで去っていった。ここほど幸せな村はないと口を揃えて言うのだ。豊かではないが戦火が遠く、飢えることもないと。


 腹がくちくなると陽が暮れる前に鍋や漁具を片付けて各家に帰る。

 西側が断崖絶壁になっているせいで、陽が傾くと村全体が陰に入ってしまう。暗くなるのが早いのだ。

 家は石壁だが床は木張り、屋根は茅葺の小屋である。明かり取りの窓はあるがガラスは入っていない。木の鎧戸を押し上げるのみだ。家の中心には囲炉裏があり、そこを囲むように眠る。囲炉裏に松の葉を焚べて寝ると煙が立って虫に悩まされない。国から支給された毛皮を床に敷いて冬場は毛布を被って寝る。


 月に数回、子供たちは順繰りに各家庭にお泊まり会をする。俺は最近までそれは子供たちの楽しみの為だと思っていたが、前世の知識を得た今は分かる。それは『大人の』楽しみの為だったのだ。


 今日はシオンとその妹が泊まりに来ることになっているのだが、その衝撃の事実を彼に伝えるかどうか、悩ましいところだ。

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