私は明日を想う
『続きまして、昨夜夕方頃─────市にて、発砲事件が発生しました。警察当局は現場に残された銃弾より、暴力団組員による犯行と見なし捜査を始め─────』
なんてニュースが報道されていたのを知ったのは、あれから数日後のことだった。
あの日の小糠雨の夕方で私がやったことは、大事になってしまった。
コノトちゃんの未来テクノロジー的な裏工作のおかげで、私達に足はつかないようにしてくれたみたい。その影響というか、世界の帳尻を合わせる為に、見知らぬ反社会的勢力に矛先が向けられたようだ。
私個人的な感想としては、この街にもそういうのいたんだ……こわ、という気持ちと、まぁ反社なら別にいいか、仕方ないか、そういう目に逢うのも覚悟の上で反社してるもんね、あの人達はという気持ちと、でも反社と言えど自分達のやったわけじゃない罪状を名目に家宅捜査を踏み切られるのは普通に可哀想というか、申し訳ないなあという気持ちがあり、結論から言えば微妙な気分だった。
その後の私とコノトちゃんはというと、さりげなく、滞りなく日常へと戻った。普通に次の日に登校して、授業受けて、昼食して、また授業受けて、一緒に帰って、という身も蓋もない、山も谷も無い日を送った。
あの日の延長上。私とコノトちゃんの距離は、なんだか近づいた気がして、流石の鈍感主人公を暗示する私ですらも、そこらへんの繊細な違いに、どうにも神経質になってしまい、ぎくしゃくとしながら、でも私は『いつも通り』という言葉が好きな保守派なもんだから、そういう風に過ごそうと、放課後にまた寄り道をした。
手を繋ぎながら。
「ねぇ、良子ちゃん」
その日のコノトちゃんは、私にこう訊いた。
「土曜日、空いてる?」
「うん、特に予定はないね。私が交友関係に恵まれているとかだったら別なんだろうけどね、カレンダーは真っ白だよ」
「ふふ!恵まれてるよ!だって、良子ちゃんには私がいるんだもん!じゃあ土曜日は、私の色で塗っておいてね!」
「コノトちゃんの色ぉ~?えー?何色だろう。時々、頭の中お花畑に感じることもあるから、ピンク色とか?」
「えー!?ひどいよその言い草!あ、でも私、ピンク色自体は好きだから、その色でいいよ!ハートの色だもん!」
「許可制であったか、うん、分かったよ。それで、土曜日に何するの?」
「お出かけデート!今度は、ちょっと遠出しようよ!」
「遠出、ね。あまり遠すぎると私のお財布がギャン泣きするから、程々のところでお願いしたいところだけど、行きたい場所、もう決めてある?」
「大丈夫!好きな人がいるなら、お財布事情も把握してこそが鉄則だもん!だから、ちゃんとそこも配慮した上でのプランにしてあるよ!」
「そりゃありがたいね。私は恋愛だとかそういうのに疎いものだから、鉄則とか初耳なんだけど、兎も角頼れるや。どこに行くの?」
「ふふふ、それはね~~~~」
ぴょいんと、私の手前に飛び、くるりと回って私の方を向くコノトちゃん。ふわりと、ウェーブがかったブラウンのロングヘアと、スカートがひらりと軽く舞う。
「ナーイショ♪ 当日のお楽しみってことで!」
なんて言って、悪戯っぽい顔で、唇の前に人差し指なんか立てて、前屈みになるのだった。
天使の、小悪魔的仕草。
「サプライズか、生意気なヤツめ。それなら存分に、当日までソワソワさせてもらおっかな。場所を教えてくれないってことは、リードしてくれちゃうことを期待しちゃっても、いいんだね?」
お返しに、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべてみる。
「う、うう!そういうプレッシャーは禁止!」
「わはは!分かったよ、ごめんね。とにかく、楽しみにしてるよ、土曜日」
「うん!私も、土曜日が楽しみ!」
そうして私の人生が一つ増えた。伏せられたカードには、何があるのか、気になって気になって私は以降、夜も値付けなくはなくはなかった。
当日の前夜にメッセージが送られ、集合場所と時間が提示された。ぎりぎりまで引っ張るものだから、少し心配が顔を出した。この心配というのは、遠出するにあたって色々持っていくものがあるはずだろうし、TPOってものもあるわけで、服装もそれなりに決めておかないといけないんだけど、そういう事前通達も無いし、どうしよう、どういうのが来るんだろう……どこへ行くんだろう、という準備に関する心配事だった。大したものじゃない。
それでもって、捲られたカードは、水族館だった。
天地を引っくり返すものでもなく、お出かけスポットとしてはやや特別さを演出させることのできる定番のロケーション。
場所も、確かに電車で少し揺られた先にある都内の、ちょっとした大きめなところで、テレビで特集なんかもされたことがあったような、そんな気がする場所だった。有名なのは、イルカのショーと、巨大水槽を泳ぐ熱帯に生息する魚の群れと、クラゲのプラネタリウムと、あと館内の洒落たカフェだとか、そんな感じだった気がする。詳細まで引き出せるほど、私の頭脳は記憶能力が高いわけではないので、悪しからず。
水族館となれば、中はそこそこ暗いわけで、服装もさほど気を遣わなくても良いので、良かった、安堵した。や、そもそも別に……『恋人』同士ってわけじゃないんだから、フランクな感じで、全然いいはずなわけでありまして、意識なんてする必要、ないですね。
……にしても明日、コノトちゃんとデート、か。
デート、ね。
放課後デートくらいなら、全然何回もしてるし、この街は短い間ながらも、かなり二人で歩き尽くしたと思う。
なんか、デートっていうよりも、自分の街の探検隊みたいな?
あ、私の街ってこういうスポットもあるんだ~!みたいな、そういうのを見つける、宝探しゲームみたいな、それに近い軽いお出かけだった。その結果はというと、何かしらの感銘を与えるものを幾つも見つけられただとか、思い出の一頁に残るものみたいなものだとか、そういうのは特に無くて、ただじゃれ合いながらも、二人の時間を過ごしていたなあと思う。
でも、なんだろう。
今回のは、ちょっと趣が変わっているからなのか……既に新鮮な気持ちになっている。
私がそもそもとして、活発に行動しまくる人間じゃないので、必要じゃない時は電車は使わないし、イマドキの若者達が集う渋谷だとか、そういうところに遊びに行くとかもしない。だから、コノトちゃんと違う街へお出かけか~って時点で、ちょっとした修学旅行気分になっている。子どもかよと冷笑的になろうとする私と、無様にも、とくとくと鳴る私の心臓があって、結果的に冷笑的な面も、急ピッチで粘土で作り上げた、いとも簡単に形状を変えられてしまうような、陳腐な産物へと成り果ててしまうのだった。
集合時間に寝不足気味だったら、ダサくて嫌なので、今夜は早寝することにした。
22時就寝。なんて健全な時間帯なんだ。
そして目を閉じる。
眠気は、習慣という悪魔が悪さをしてくるせいで、全く来る気配こそないが、ただ目を瞑り続ければいずれ眠たくなるだろうという希望的観測で以って、何も考えずに、ただひたすら私の脳みその稼働状況を徐々に低下させていこうと試みた。
……ついでに、羊なんか数えてみるか?
いや、やめておこう。
それで眠れた試しがない。まぁ理屈は分かるんだ、単調な繰り返し作業をやっていれば、脳が飽きてきてウトウトするみたいな、そんな感じのでしょう、それって。喩えるのなら、喋りのあまり上手くなければ、口調も単調で、おまけに内容はやや小難しい授業中に睡魔が襲ってくるあの現象と、多分同じ因果だと思う。
うーん、あのねぇ。
こんなことばっかり考えているんだから、頭が覚醒したまんまになるんですよ、全く。
無になっとけ、私。無に。
……やーだなあ、これ。
これじゃあ私、明日の水族館デート、めっちゃ楽しみにしているみたいじゃん。
楽しみ過ぎて興奮しちゃって、交感神経が制御できずにソワソワしちゃう子どものソレじゃん。
はーずーかーしーいー。
ぼふん。私の後ろ首を預ける枕を退かし、自分の顔に乗せて押し付ける。
あーーーーーーーーーーー。
早く寝てくれんかな、私。
そんなわけで、次の日。集合場所の駅前です。ここから目的地まで、電車に乗ってゆらゆらですよ。
「ふぁあぁぁ……」
今のうちに大あくびしとこ。できるだけたくさんの酸素をですね、脳に供給するんですよ。
ついでに道中、ブドウ糖なり、カフェンインなりとそれなりに摂取して、万全の体調(?)にしました。これで無敵だ。
スマホの画面に電源を入れる。時間を確認する為だ。時間より、15分前くらいにやってきたものだから、優秀優秀。
「あ!良子ちゃ~~~ん!」
遠くから声が聴こえる。既に行き交う人々の声が混ざり合ってプチ混沌と化すこの場が、一気に引き締まるような、天使の一声。
ちらりちらりと、休日を楽しむ、或いは休日出勤するリーマン様方々が、元気にぶんぶんと手を振るうコノトちゃんへと視線を向ける。相変わらずチャーミングは、現在進行形で発揮中だ。
それで私はというと、やべやべ!ってな感じで、欠伸で刺激された涙腺から零れる涙を、ぱしぱしと瞬きを何度もして奥へと引っ込めた後に、そっちの方を向く。控えめ気味に、手なんかも挙げながら。
「えへへ、早いね!ビックリしちゃった!待たせちゃったかな」
「ううん、今来たところだから、全然」
テンプレートなやり取り。漫画とかドラマとかで、よく見かけるやつ。
「ほんと?それなら良かったあ。あのね、今日が楽しみ過ぎて私、昨日あんまり眠れなかったの」
てへ、ぺろ、な感じで、その通りに照れ臭そうに、恥ずかしそうにしながら片目を閉じ、眉をきゅいっと曲げながら、舌をちろりとあざとく出したりなんかするコノトちゃん。
「本当は30分前に来たかったなあ。良子ちゃんはぐっすり眠れた?」
「そりゃもちろん。私は何事にも動じない水の如き心を最上としているからね」
「わっ、すごーい!緊張に強いってことなのかな?それって!あ、でも……私だけってことも、あるのか」
「……」
言うのを迷う私だが、言わないと喉に魚の骨が引っかかった気分のまま、魚を見る羽目になるので、憂いは取り除いておくことにした。
「ごめん、嘘。普通に私もソワソワしまくってた。眠れなかった。さっきも大あくびなんかしたし、ここに来るまでに糖分とコーヒーを摂取して準備万端にしようとしてた」
「えっ!?」
コノトちゃんはビックリした顔をする。やがて、可笑しそうに頬を緩めるんだ。
「……えへへ、それ、嬉しいかも」
「……なんでさ」
「なーんでも」
すっかりご機嫌の、にこにこスマイルになった彼女は、そのまま私の手を握って、駅構内へと導く。
「行こ!」
「ん」
まぁ、とりあえず。
……言って、良かった。スッキリしたし。
そして、水族館。
はゃ~。さすがは都内の、しかもテレビで特集されたことのあるところだ。大きいし、広いし、人の数も多いわ、圧倒されちゃうね。
列に並んで、チケットを購入して、神秘の海を演出しているのだろうか、照明の落とされた薄暗い中で、ゆらゆらと青色の淡い光が地面に照らされる。また、館内ではピアノとハープだけで奏でられる、ゆったりとしたテンポの、響かせることのない優しいメロディが流れていた。不思議なもので、こういう視覚と聴覚の情報だけで、すっかり私は空間に飲み込まれ、小魚の群れの一匹にでもなったように、大人しく、この世界を慈しむようになった。周囲にいる人達も、自然とその空間に入り込んだ影響か、雑踏も気にならない程度に小さく、大人しく、控えめになっていく。
「あ、見てみて、良子ちゃん」
小声で私に話しかけるコノトちゃん。くいくいと、服の裾を摘ままれて、軽く引っ張られる。
「ん?」
「テッポウウオ」
「ンゥッ……!?」
や。
確かに、彼女の指差した先には、透き通った青の世界を我が物顔で居座ってらっしゃる魚がいまして、水槽の隣に置いてある解説を一瞥すると、確かにテッポウウオと書いてあった。
初めて見たよ、テッポウウオ。生で。
でも、テッポウウオって。
『銃』にちょっとした縁のあった私と、コノトちゃんだったので、私は不意を突かれた気分だった。
周りにいたお客さんはというと、突然小さな奇声を上げた私に対し、不審の一瞥を向けた後に過ぎ去っていくもんだから、身の置き場に困ることとなる。
「……な、なんで、いきなり」
「えへへ、だって、テッポウウオだってさ、テッポウウオ」
ニコニコしながら訳になってない訳を説明する。
はぁ……。
でも、楽しそうだから……いいや。
その後は、熱帯魚のコーナーを見たし、イルカショーも偶然、来た時間と開催時間が被ってたので、観に行くことができた。すごかった。
クラゲのプラネタリウムなるものも眺めた。カラーフィルターの通された光を当てられたクラゲ達が、ピンクだったり、ブルーだったり、イエローだったり、様々な色に変化している風に演出され、空を泳ぎ疑似宇宙を創り出していた。そんな世界をぼーっと眺めるものだった。これも、すごかった。綺麗だった。
そうして、カフェで寛ぐ私とコノトちゃん。
魚をモチーフにしたケーキなんかが売られていたので、それを注文して、のんびりとしている。
「楽しかったね!」
正面に座り、ご満悦な笑顔を向けてくるコノトちゃん。
「うん。かなり凄かったね、イルカショーなんかすごかったよ。高く飛び上がって、回転しながら水槽にぼちゃーんって落ちるんだから。あのダイナミックさには、異なる生命に対するリスペクトを感じざるを得ないね。ていうか、観たの、いつ振りだろう……幼稚園依頼じゃないかな……?」
「あ、そっか!良子ちゃんは見たことがあるんだね!私は、生まれが生まれだから」
なんて言いながら、苦笑いをするコノトちゃん。
「ジョークだとしたら、笑えないね」
「ご、ごめんってばあ!あと私、生まれに対するコンプレックスとか、そういうのを訊いて欲しかったわけじゃないから!というか、無いし!私はただ、見たことないものを色々見ることができて、すっごく感動したって伝えたかったの!」
「なるほどね。あー、でもそうか……?コノトちゃんって、小さい頃から、それこそ幼稚園生くらいの頃から、特殊な施設にいたの?」
「うん、養成所にいたんだ。そこで身体検査に、訓練、肉体改造とか、色々なことをやってたけど、『窓』が無くて、『外』がどんな世界なのか、全然分かんなかったんだ」
やべえ。未来の倫理観、やべ~~。
「ふうん、こうしてJKになるまで、何も?」
「うーーん。適性を認められて、任務を請け負うようになってからは『外』にも行けるようになったけど、でも自由行動は出来なかったし、お仕事が終わればまた施設に戻るからー……そうだね?」
「うわあ……」
ドン引く。
「じゃあ……なんだ。あれだね。良かったね、水族館なる、人の娯楽に対する欲求を解消する為だけに造られたレジャー施設に訪れることができて」
「うんっ!すっごーーーく良かった!楽しかった!それにそれに」
「それに?」
「良子ちゃんと、ああいう不思議な世界に居られたっていうのも……何だろう、言葉で伝えにくいんだけども、ドキドキして、ああ……良かったなあって、心の底から思えて……充足するような、そんな気分になれて……」
「……分かるなあ。私もなんかね、なんとなしにそんな気分だったよ」
こればかりは、どう言葉で飾れば良いのかが分からない。
ただ、いつも違う……私にとっての『非凡』な場所で、それでも隣にはいつも居てくれる存在がいて。
初めて経験する物事に対するキャッチも、隣にコノトちゃんがいてくれるからこそ、安心して出来るみたいな。
そして、受け取ったものをお互いに確かめ合って、共通の認識を作って、共感して……。
ときたま、違う感性が見えて、そこが逆に、コノトちゃんの一面を見ることができて、おトクな気持ちになれて、それでいて、前の私とは違う、『今』の私の認識として、コノトちゃん像をアップデートをすることができて、私にとってもまさしく……充足した日だった、と言える。
「ねえねえ、良子ちゃん」
「んー?」
「今度はさ、ここ!行ってみない?」
「ほーう?どれどれ」
こんな平然としたやりとりをしている私なんですが、実はなんですが、コノトちゃんがこう話しかけて、スマホの画面を見せに寄ってきてくれているわけなんですけれども……。
香る、コノトちゃんの付けた香水の匂い。感じる熱。近くにある柔らかな頬に、長い睫毛。しゅっとした鼻に、桜色のような小さな唇。それら総てが誘惑として私に襲いかかってしているわけでして。
ちょっと、顔が熱さを感じてます。
……同性相手だというのに、この『平凡』代表たる私をドキドキさせるとは、やりおる。
だが、私はまだまだ負けないぞう!……なんて、くだらない、子どもじみた抵抗を内心でするのだった。
私達は、まだこの世界を味わいきれていない。食べきれていない。
だから、全部全部制覇してやるんだ。
一人じゃなく、私達でね。
次は、どこへ行こうか。
どんなものが見ることができるんだろうか。
私は、『未来』を馳せた。
いつしか、『決断』をする日が来るだろう。
私の『未来』の姿。
それは、テロ活動だとかそういうやつの話じゃない。コノトちゃんの『愛』に対する、答えだ。
まだ私は、『禁断の恋』に対する答案用紙を提出していない。
私は、コノトちゃんに折れてもらっているに過ぎない。こうして、『トモダチ』同士で過ごし続けているんだから。
それがどれほど、コノトちゃんの心の奥を蝕んでいるか、定かではない。私は恋愛経験なんて豊富じゃないし、そういった類の心理も分からないんだから。
だからこそ、考えるし、放棄は決してしない。
私は、コノトちゃんの隣に居続ける。私が、居たいから。
私の『平凡』は、私が決める。
そこに、不意打ちは要らない。鉛玉は要らない。
私と、彼女の『普通』の日々は、続く。
銃を拾ってしまった平凡な少女 黒胡椒 @kurokosho3228
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます