私は休日を謳歌する

 次の日、土曜日。休日。

 空は一面灰色混じりの白。曇り模様。

 太陽の光が遮られているからこそ、外にずっと出ていても暑さで草臥れない、割と一番過ごしやすいまであるかもしれない天候。


 私は、アウトドアかインドアかと問われれば、後者、な気がする。

 じゃあいつも引きこもりっぱなしかと言われれば、それも違う。

 実に答えにくいが、敢えて説明するなら、やはり『平凡』。

 徒然なるままに、外に出たい時は外に出るし、家でのんびりしたい時は、のんびりとする。


 賽の目を振って決めているも同然なような気がする。

 今日の出目は、4マス進め。止まったマスは、振り出しへ戻る、ではない。


 そんなわけで、私は外に出ることになった。

 目的も、当も無い。さながら私は、風の標に従い、のらりくらりと街を彷徨う流浪人だ。

 ……なーんて、カッコよさげな言葉で着飾っても、要は私はただの『暇人』。

 そもそも、カッコよさそうな言葉自体、私にとっては異物感がある。サイズの合わない靴を履いてるような感じ。

 私に似合う、履き心地の良い靴は、やっぱり『平凡』。

 地に足が着くって感じがする。


 休日の街というのは、どこか新鮮な感じがする。

 平日の時は、ただの風景でしかないような店の看板の数々も、今この瞬間だけは訪れる『自由』と時間があるわけで、一気にオープンワールドになったような感じがある。

 ……まぁ、学生にとっての『自由』は、財布の紐の上限がちょこっとキツいわけだから、そんなにあるわけじゃないけど。

 でもそこが私にとっては、むしろ良いんだなあ。際限無しにお金を使えてしまうと、それはね、『平凡』じゃなくなるから。

 社会人になっても、私は憧れをただの憧れとして眺める側で居たい。

 ショーケースに並ぶ貴金属のネックレスに、色の着いた小さな石がちょこんとある指輪を、ただ羨ましがる側でいたい。

 手にする時は、そうだなあ……なるべくバージョンアップした時の私で居てほしい。

 私にとっての『平凡』が変わった時の、私。

 今の私は、社会人になった私にも、『平凡』であってほしいけど、社会人の私にとっての『平凡』は、今の私と異なる尺度なのだろう。

 その時の、私次第かな、という感じだ。



 ふらふらと歩く私、どうしようかな、何処へ行こうか。

 とりあえずこの街で一番大きめなモールにでも行っておけば、そこそこ時間を潰せるのは分かっている。

 あとは、駅前辺りの、まだ覗いたことのないお店巡りとか。

 あるいは、思い切って遠出?歩けるところまで、歩いてみようか、みたいな。私の街探検。


 ……あ。


 ふと、私は思い至った。



 私の、学校用の鞄の中に眠る、『銃』。



 私を『非凡』へと誘う、悪魔の道具。あり得ざる存在。この世非ざる存在。


 得体の知れなさも、底が割れれば、何てことなくなる。

 神様の落とし物。


 ひょっとしたら、神様が戻ってきて、どこに落としたのだろうかと探し回っているのかもしれない。


 それなら、肩を叩こう。とんとん、と。

 あなたの落とし物、私がお預かりしておりますよ。

 ご案内いたしましょうか?神様。

 ……とね。



 私は歩を進めた。行先は、川辺。

 お年寄りがスポーツウェアを着ながら、ウォーキングしてたり、ご近所に住んでいるであろうおばあさんがわんちゃんのお散歩をしているのを時たま見かける場所。

 アスファルトとコンクリートの街並みからすれば、ちょっとだけ目を引くような、でもすぐにどうでも良くなるような緑が広がっていて、そこそこ程度の川幅のある淡水の通り道に掛かる橋で向こう側へと渡れるような、そういう場所。

 そこへ、私は向かった。

 通学路に通るところでも無ければ、何かの買い物を頼まれた際に通るところでも無い。

 ちょっとした、興が乗らないと行かないところに、私は行く。




 誰かが言った、神はそこにいた、と。




 コノトちゃんだ。


 ひょっとして、先回りでもされた?

 コノトちゃんのことだから、あり得る。

 ……いや、でも違うっぽい。


 叢がそこそこ茂っている、流れる川の傍あたりで、彼女は座り込んでいた。

 私からの視点だと、背を見せていて、表情も見えない。何をしているのかも、さっぱり。


「……?何をしているんだろう」


 よっこらせと、斜面をゆっくり降り、足を滑らせないよう草地をしっかり踏みながら、コノトちゃんの元へと向かう。

 何やら、集中モードのよう。

 せっせと、しきりにあちらこちらと前方を見渡しながら、手元を動かしている。

 草むしり、とか?


「コノトちゃ~ん?何してるのー?」

「ひゃいっ!?!」

 私はがそう訊くや否や、ぴいんと、コノトちゃんは直立した。

 見事に綺麗な背筋だった。

「なななななな!なんでもないよう!何もしてないよう!!」

 慌てふためきながらこちらを振り返る。勢いよく。

 こんな狼狽っぷりのコノトちゃんは、あんまり見かけないものだから、ビックリだ。

 のときと言い、ちょっとトクしちゃった気分。


 それにしても、振り返った彼女の手は、土で汚れていた。

 何もしてない、なんてことは、どこからどう見ても言えないような、そんな感じだった。

 訊かないのは不自然なので、訊く。

「その反応と、その手の汚れ、どう考えたって何かしてたやつの『定番』じゃん」

 くすりと私は笑いながら、続ける。

「ボランティア活動でも、自ら進んでやってたの?草むしりとか」

「! そ、そうそう!それ~!えへへへっ!善因善果って、よく言うでしょう?」

 訊いておきながら、話題を誤魔化す為に用意した私の助け舟にすたこらたったと乗ったようだ。

 そんな様子が愛らしくて、頬の筋肉が緩んでしまう。にまにま。

 ふっふっふ、今のコノトちゃんは、私の掌の上同然……。

 普段はね、コノトちゃんに振り回されっぱなしみたいなところ、あるし。

 今日はちょっとした、お返し、みたいな、的な?

「ゼンインゼンカは、ちょっと聞き馴染みが無いけども」

「仏教用語だよ!良いことすれば、必ず良いことが返ってくるよって!」

「因果応報の良いバージョンね」

「うん!そうそう!」


 ……まぁ、しかし、『銃』を拾ったこの場所で、『銃』を落っことした神様でもいないかな、と思ったけど、まさか女神様がいただなんてね。

 これ以上、コノトちゃんにここで何をしていたのかを詮索したら、カウンターパンチを貰っちゃいそうだから、ここまでにしておこう。

 良子ちゃんはここに何しに来たの?なーんて訊かれたら、私は嘘を吐かなければならない。

 嘘というのは、とてもカロリーを要する。

 だから、あんまり私は好きじゃない。実行案としては、下策に位置させておいてる。

 あと、なるべく、正直者で生きていきたいからね。なるべく、ね。


「それよりも良子ちゃん!偶然だね!まるで赤い糸で引かれ合って、ここで出会う運命みたいだっただね!引力だよ、引力!だからさ!せっかくだからさっ、このままデートしたい!ね?この辺りをちょっと、二人っきりでお散歩、したいなっ!どーお?」


 ベストタイミングで、別の話題のフックが降りてきたので、私はちゃんと引っ掛かる。


「うん、いいね」

「!!!!!!!!!」

 コノトちゃん、とてもハッピーなお顔をしている。そんなに嬉しいか。

 まぁ、でも。

「その前に、さ。それ」


 指差す。コノトちゃんのお手手。


「手、洗おっか」


 どうせ、手を繋ぎたいんだろうからね。




 そんなわけで私とコノトちゃんの休日デートが始まるのでした。


 場所は、見晴らしの良い高台にある公園。

 コノトちゃんの提案だ。

 ここは、あまり近隣住民も訪れるのことがなく、ひと気が無い。それでいて、先程よりも、より豊かで濃い自然の色が広がっていた。

 公園、と言っても、遊具があるというわけでもなく、あるのは休憩用のベンチと、街を一望できる景色だけ。あとは、小鳥の鳴き声がちょろちょろと。

 小学生達がピクニックで来る機会があるかもくらいで、中学生以降でここに来ることは、まず無い。

 デートスポットとしても、やや退屈と言わざるを得ない。何か目につくような植物が生えているわけでもなく、ユニークな石造が置いてあるわけでもない。

 歴史的な言い伝えがあるわけでもなく、文化的な社があるわけでもない。そんな場所。


「デートと言ったら、若者は街をぶらぶらなんじゃないのかな」

 私は普通に気になったので、そう訊いた。ここを選んだ理由は、果たしてなんだろうか?

「うん!でも、街はいつでも寄れるから、今日はちょこっとだけ、奇を衒ったの!それに、私にとってはこの街自体、来たばっかりだからさ、こういう場所も、私には新鮮で、たまらないの」

「ふうん、なるほど、そういうものか」

 彼女は街を前に、大きく息を吸い、吐いている。気持ちよさそうだ。

 まぁ確かに、言われてみれば、この場所は私にとっては『平凡』極まりないところだけど、でもコノトちゃんにとっては違う。

 ピクニックで登ることもないんだから、猶更だ。

 自然に触れる機会っていうのは、年を取っていくごとに減っていく。

 いつしか、コンクリートの街で生きることが『当たり前』になっていく。いや、もうなっている。

 人によって、何が『平凡』で、何がそうじゃないかは、そりゃ違うに決まってる、か。


「それで、どうかな?訪れてみた感想は」

「うん!とっても素敵!来て良かった!ほら見て良子ちゃん!あそことか、私達の学校でしょ?」

 コノトちゃんは楽しそうな、無邪気な笑顔で、遠くを指差した。私も、そちらへと目を向ける。

「そうだね。こうして俯瞰して見ると、我らが学校も、立派な校舎に見えるもんだ」

「ふふ、確かに。下から見るのと、上から見るのとでは、全然違うもんね。ひょっとしたら、良子ちゃんの見方も、角度によって新鮮な味を楽しめるのかも!」

「なんじゃいそりゃ。それはつまりは、私を上から見てみたいっていうリクエスト?」

「うん!見ーして!」

「じゃあ、だーめ。頭が高い」

「ええーっ!?なにそれ!けちんぼう!減るものじゃないでしょー!?」


 と、こんなやり取りをしながらも、やっぱりこの何もない公園だとやることなくない?って話になって、私とコノトちゃんは街に降りることになった。

 まぁ、でせうねとは、私は思った。口には出さなかったけど。

 その後は適当にウィンドウショッピングしたり、ノリで話題になってる映画でも観に行ったりしながら、そんなイチャラブな休日を過ごしたのだ。

 何の変哲も無い、おトモダチとの遊びの時間。


 ……とても、楽しかった。




 それにしても、やはり、思う。


 やはり、気になる。


 何故だろう。


 あの川辺に、コノトちゃんがいた意味。


 あの時、私に、何かを隠していた。



 ……何だろう。




 くだらない理由だと、いいな。

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