『平凡』な少女の受難

私は集られる

 次の日。空は若干の曇り模様。さりとて、晴れの部類。

 平日。学生達は、時間通り送れないように、学び舎へと足を運ぶ。

 制服という、学校に所属する上で欠かすことのできない『記号』を身に纏いながら。


 予定調和。

 私はこれを好む。


 好んでいるん……だけどなぁあぁ~~。


 そうは許してくれないようでしてえ。

 本来ならね、ここはね、コノトちゃんとまた昨日と同じようにね、腕でも組みながら通学路を歩いているような光景が流れているはずだったんですよ。

 でもね、そうはならなかったんだよ。

 いやですね、なあ~~にが起きているのかと、言いますとお。


「あのさあ。ミハミ様に近づき過ぎじゃない?」

 この声の主はですね、他校の生徒さんです。

 私達の制服が黒っぽいとしたら、この人のは白っぽいです。

 異物でも見るような眼差し、酷い剣幕で私を見ています。それも、この人だけじゃなく、他にも白っぽい制服を身に纏う他の子達がわらわらと腕を組んで、数人くらい。

 複数の睥睨を、一気に私は浴びせられています。

 場所は、まさかのなんと、路地裏です。


 このシチュは、端的に説明するとですよ、「コノトちゃん親衛隊なる徒党を組んだ他校の生徒さん達が、私のあまりにも目に余る行為にとうとうトサカに来て、ちょっとお灸を据えてやるか」のアレです。少女漫画とかで、たびたび見るような感じの……アレです。

 いや、この時点で私はもう『非凡』に身を置かれ、頭がくらくらしてるわけなんですけど。

 シチュが『定番』よりちょっとズレているのがまた、クる。

 なんで、他校の生徒?なんで、校舎裏とかじゃなく、路地裏?

 この路地裏も、なんかヤ。埃っぽくて、まだ朝なのに建物同士で挟まれていることで、影の世界になってて地味に薄暗いし、あと室外機の稼働する、ごおお、という音もなんかこう、ヤ。

 路地裏なんて使うの、裏社会が舞台の作品とか、そういうのじゃないですか…………。

 あと……何よりもやっぱりね、やっぱり。触れないでおこうかなと、思ってはいたんですけど、無理ですね。

 ……親衛隊。そういう存在は、私はフィクションのものだと思ってましたよ……。まさか、実在するだなんて、思いますか……?

 とにかく今起きている状況の総てが、私にとってヤです。


「ねえ、聞いてるの?何その態度、何様?」

「あ……はい、すんません……。ちょっと、考え事を……みたいな……」

「はあ?ウチらを舐め過ぎじゃない?ムカつく。そういう態度がマジで癪に障るのよね。被害者面しておけば、この場で可哀想な人扱いされるとでも思ってるワケ?あーやだやだ、打算的!こんなのがミハミ様の近くにいるとか、ホント無理!」

「いや、その、全然そんなつもりは無いと言いましょうか……。はい、その、私が悪うございますため、今しがた最上に猛反省しておりますため、どうかこの包囲網をですね、ロックダウンをですね、解除いただければと思いまして……」

 こういう時は、とにかく平謝りに限る。


 や。こういう経験したこと無いから、全然わかんないというか、『適当』なんだけど……。

 でも、無理に反抗の意思を見せるのは、それはまぁちょっと違うよなあと。

 生意気に見られている現状で、さらに生意気な態度を取るのは、火に油を注ぎまくって、さらに火薬も一つまみといったような行動が気がしますのでえ……。

 とにかく私は、謝ります。

 非は、いや無いでしょうとは思うけど……。

 それはそうと、非を甘んじて受け入れることに対する抵抗は無いですし、ここで突っ張るほどの『プライド』だとか、そういうものも持ち合わせちゃいない、『平凡』な学生ですし、おすし。


「は?無理」

 あ。私の懇願書も、リジェクトを食らいました。

 嗚呼……。

「え、えっと」

 おろおろする私。マジで。

「それでしたら、何をすれば~……良いでしょうかね……?」

 ちらり、ちら。お顔のお色をお伺い奉る態度と仕草。全面的に、皆々様方にですね、敬服を持って、という所存で……。


 あ、詰めてる他校の子が腕を上げました。

 な、何を、するのでらっしゃろ……?


「えーっと……?」

 何をするのです?と遠回しに訊く私。

「ブつのよ」

「ブつ」

 思わず復唱してしまった。

 え、ええっ!?

 ブつって……拳で?叩く?あのことですよね?

 そんな暴力的な!そこまで!?そこまでの罪を私は背負ってしまっているのお!?

「な、なるべく……日本人らしく、平和的に……交渉のテーブルにでも座って、話し合いで解決とかー……?」

「そういうことじゃないのよね」

「……そういうことじゃない、とは?」


 他校の生徒の皆々様方は、嫌な笑みを浮かべる。嗜虐的な、獰猛な。

「私達は、ミハミ様を崇拝している。私達は、ミナミ様の親衛隊。親衛隊たるもの、崇拝せし神は、その神秘性を保たせる為に囲い、護義務があるの。ここまでがワンセンテンスよ、よろしいかしら?」

「あ、はい」

 よろしくはないですね。

 よろしくはないけど、よろしくないですと答えるとロクでもないことが起きるのは明白なので、「はい」と答えることにしました。

「故に私達は、浄化の為に手を汚す使命も、同時に発生するわけ。聖なるマリア様の像に蠅が集ってたら、追っ払うのが敬虔な信徒の行動でしょう?追っ払った後は、その蠅をどこか教会の外れで潰す必要があると、私達は考えているのよ。そうじゃないと、また聖なる像に寄ってくる可能性があるわけでしょう?そんなこと、赦されないわ」

「は、はい。えーと、じゃあ私はもうここから、どれほど命乞いをしても叩き潰される蠅となる運命からは逃れられない、と……」

「そういうことよ。あともう一つ、大きな理由があるわ」

 うへえ。もう聞きたくないよ。

 聞きたくないけど、反抗的になるわけにはいかないのでえ……。

「……もう一つの理由は、なんでしょう?」

 訊くわけです。


「私達がムカつくから」


 さっきの宗教的な理由よりも、ずっと私にとっては解像度の高く、納得のある理由だった。

 感情的な理由かあ……。

 それなら、まぁ、仕方ない……よね。

 感情は、合理を塗り潰すくらいの大きな原動力になり得る。

 そのくらい、強い存在。

 感情的な理由で、人々は地球が回っているという事実を認めず、赦さなかったほどだもん。


 そうして、拳は私の右の頬へと迫った。

 せめて、パーがいいなあと思いました。

 グーって……中々じゃないすか。グーって。

 主はこう仰られた。誰かに右の頬を叩かれたら、左の頬も差し出しなさいと。

 …………。

 ……わ、私には、無理かなあ!!


 私は咄嗟に、目を瞑った。全身の筋肉を強張らせた。

 やがて来る衝撃に備えようという、防衛反応だ。




 ─────しかし、鈍痛はやってこなかった。




「……?」

 こう来るだろうというものが、私の予期していたよりも遅く、感覚のバグが生じた為、恐る恐ると瞼を開く。


 ぼんやりと、薄暗い路地裏の光景の中、天からのっそりと差し込まれる日の光が、眼前に落ちる。

 その光芒は、実に神々しいものだった。

 そこに立つ、ウェーブがかった茶髪のロングヘアの背も。


 ある者は、こう言うだろう。



 神はそこにいた、と。



「良子ちゃんに何するの」



 コノトちゃんだ。

 そして、おこな状態のコノトちゃんだった。

 いつもの朗らかで、人懐っこくて、笑顔が眩しくて目が潰れてしまいそうな彼女の姿とは、どこか遠い。

 尤も、こちらからは後姿しか見えないから、どんな表情をしているのかは、分からないけど。


 分かるのは、今まで聴いたことのないような、低い声だった。


「っ……!?ミ、ミハミ様……!?こ、これは、違くて……!!!」


 親衛隊の皆々様方も狼狽している。

 彼女達の崇拝の対象が君臨なされたのだ、当然の反応だろう。

 この反応の理由は、それだけではないのだが。


 先頭へ立っていた親衛隊の手は、腕は、わなわなと震えていた。

 力が入っていないご様子で。

 そこの空間に、練り固められているかのように。


 彼女の拳は、向かったのだ。



 コノトちゃんの頬に。



「痛いよ、すごく。あなた達は、こんな痛みを良子ちゃんに与えるつもりだったの?」


 沸々と煮え滾っている声調だった。

 噴火する直前の活火山のように。

 空気ごと痺れを与え、圧を与え、この場を密閉空間にするかのように。


「そ、それは……!」


 勇気ある親衛隊が、口を開く。

 他は恐れ戦き、顔を真っ青にさせることしかできていないというのに、実に勇敢だった。


「ミハミ様の……!癌となる存在をですね!我々は……!排除をしようと……!そうでなくては、そうしなくては、ミハミ様が、穢れて─────」


「でも、あなた達はたった今、私に危害を加えた」


「っ……!!」


 緊張が迸る。もう、誰も声は出せなかった。


「あなた達の言葉で状況を説明するなら、私は『穢された』訳だけど─────どーするの?」





 ─────コノトちゃんは、非暴力・不服従で以って、親衛隊を解体した。

 神に仇なすは、信徒に非ず。

 崇拝する資格を簒奪された彼女達は、魂も失い、亡霊と化した。

 もはや、彼女達は不幽霊だ。

 救いも、蜘蛛の糸も失い、『光』を恐れ、一斉に去っていった。


 『非凡』な空間に取り残され、ぽかんと口を半開きにし、呆然とする私に、コノトちゃんは振り返った。


 ひらりと、ウェーブがかった茶髪のロングヘアと、スカートが舞う。


「良子ちゃあんっ!!」


 コノトちゃんは泣きじゃくりながら、私の方へ飛びついた。


「大丈夫だった!?ごめんねっ!ごめんね!!駆けつけるのが遅くなって!」

 と心配と謝罪の言葉を口にし並べながら、私を強く、強く抱き締めていた。


 ……実際のところ、私は困っていたわけで、怖かったわけで。


 助かった。



「……ありがとう、コノトちゃん」


 そも、この状況を作り出したのは、他の誰でもない、彼女の存在があるからこそであり、元凶であるとも言えそうなものなのだが……。

 しかし、そうなると彼女が生まれたことが間違いだという結論に辿り着き兼ねなくなる。


 私は、決して審判者ではない。


 『平凡』だ。



 だから、助けられたら、伝えるべき当たり前な言葉を贈るのだ。


「大丈夫だよ」

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