私は『銃』を思う

 夜。

 夕飯も、お風呂も、明日の準備も色々と終えて、残りタスクは就寝くらいとなった頃合。

 やることが無くなり、あとは植物のように眠ればいいというこの時間は、肩が軽く感じる。

 こんな時間が、私は好きだった。


 過去形。

 今は、そんな気分じゃない。

 理由は、単純明快。

 拾ってはならないものを、拾ってしまったからだ。


 お待たせしました。

 ずっと放置されっぱなしの存在。

 鞄の奥底に、当たり前のように腰を据えてる『銃』。

 黒光りはしていない。なんとなしに、そこそこ使われているような、そんな歴を感じる。


「はああ~~」


 胃がきりきりとする。

 実は今日一日、そんな感じだった。

 表面上はいつもの、『平凡』な私でやってたわけだけど、それは全部私という歴史があるから、そうすることができるもの。

 私は私を常に俯瞰して生きていた。『平凡』であれというのは、そういう感じの意識から生じたものなんだ。

 仮面を引っ剥がせば、中に眠っているのは等身大の人間。

 『平凡』の下には、やっぱり『平凡』な女が眠っているわけだ。

 ビックリ箱なら、もう少し中にサプライズを隠してもいいんじゃないかなって思うんだけどね。

 漫画とかなら、『平凡』な少女の仮面の下は、実は凄腕のエージェントみたいなね、裏組織の、なんかそういうやつの。


 進路のこと、『銃』のこと、『平凡』を阻害する事象総てのこと。

 それら全部が、私の安らかな就寝を妨げようとしているのだ。


 さて、こういう時は楽しいことを考えたりするのが吉だったりするので、そうしてみる。

 今日は帰り道ね、コノトちゃんと買い食いをしたんですよ。

 なので、それを振り返ろうと思います。




 何の変哲もないこの街でも、駅前はそれなりに賑やかだった。

 観光を売りにしているわけじゃないので、お世辞にも見映えは良いとは言い難い。

 黴か何かの汚れで看板がくすんでる、昔からある老舗があったり、バナナスムージーの今風な、お洒落でちょっぴり異国風な、所謂『映え』を意識してそうな店もあったりと、カオスな場所。統一性が無いものだから、逆に印象に残らない。

 夕日は沈み、空は紫色が広がっていた。雲一つ無し。

 その奥で、燦然とした星々の煌めきが、ちらちらと現れているのが分かる。


「買い食いしちゃったね、良子ちゃん」

 某有名なファーストフード店のハンバーガーを両手に、くすぐったそうな、可笑しそうな、朗らかな笑顔で私の方を向く。

 学生が寄り道して、買い食いという選択を実行にするにはこれ以上と無いくらいのお手頃なスポットだ。お財布に優しい。

 私達は、ちょっとした商店街を歩いている。街灯もつき始めたようで、行き交う人々の姿の中にもスーツ姿が見える。お勤め帰りのリーマン様でしょう。

「しちゃったね。なんだか、生娘に火遊びのやり方でも教えているような、そんな気分で、罪悪感と共にあまりよろしくない気持ちも込み上げてくるよ。いやはや良くないね、たはは」

「何それっ。良子ちゃんだって、キムスメの部類でしょう?」

 生娘。処女。うぶな娘。まだ子供めいた純真な娘。

 これらの意味を考えるなら、どうだろう。

「前者なら正解、かな」

「前者?」

「こっちの話」

 そう言って私も、袋から半分だけ顔を出すバーガーを頬張ってみせる。

 ジャンクな味。濃い味付け。それ故にとでも言えばいいんだろう、美味い!

「ねぇねぇ、良子ちゃん」

「んー?」

「食べさせ合いっこ、しよーよ!」

 こういう提案しているのも、私とコノトちゃんの頼んだバーガーの種類が違うからだ。

 私のはてりやきで、コノトちゃんにはパティの上の卵が乗せられ、バンズに挟まれているやつだ。

「うん、いいよ」

 私はそういう、お互いの味を確かめ合う行為に対して特に抵抗はない。

 潔癖症でも持っている人にとっては、うげえってなるのかもしれないだろうけど。

 はい、どーぞ。と、私のてりやきを差し出す。

「わぁい!」

 無邪気な喜び方をしながら頬張るコノトちゃん。とても幸せそうに堪能をしている。

 てりやきソースがほっぺについているのを見ながら、可笑しくて、くすりと笑ってしまう。

「美味しいね、これ!それに、良子ちゃんの味も染みてて、もっと美味しい!」

 わ、私の味……すか……!?

「なんかその感想は……ヘンタイみたい……」

「ええっ!?そ、そんなあ!?」

 コノトちゃんはショックな反応を示した。目なんかも見開いて、眉もへし曲げちゃっている。

 ……い、いやあ。そんな、まるで私が衝撃的な発言をしたみたいなリアクションをしなくても。

「や。だって、私の味って……何さ?私の味?どういう味?どうなんだろう、鶏ささみみたいな味なの?私は私を食べたことが無いからさ、分かんないんだけど……。でも私って、『平凡』なわけじゃない。だからさぞかし、お味も『平凡』なんじゃないかなって思うんだけど、いかが?」

「う~~ん」

 コノトちゃんは斜め上を向きながら、思索するように黙り込む。

 ほんの数秒だけ考え込んで、やがて口を開く。

「良子ちゃんの味は、良子ちゃんの味!」

 そう言って、彼女はまたにっこりと、総ての罪を滅ぼしかねないような笑顔を向けるのだ。

 わ、わからん。

「ほら!それより、良子ちゃんも私の食べて食べて!あ、もちろん『愛情』もこの間にたっぷりと注ぎ込んだから!えへん!」

 『それより』で済ませていいような話題だったかどうかは審議が必要な気がするのと、あと『愛情』とやらはそんなコンパクトに、手早く込められるものなのだろうかという疑問が浮かび上がって仕方がない。

 そんなことを考えている内にも、コノトちゃんは「はーやーく!」と、バーガーを押し付けてくるのだ。ぐいぐいと。

「わかった!わかったから待って!私のペースで食べさせて!!」




 とまぁ、こんな感じのやり取りをしながら、私達は帰宅したわけです。

 では、気は紛れたか?

 答えは、『どちらとも言えない』だ。YES or NOだけの質問を受け付けて、考えているキャラクターを当てるランプの魔人の姿が私の頭を去来する。それはどうでもいいとして。

 コノトちゃんとの放課後デートは、正直言って『楽しかった』。

 なんか、全然悪くないどころか、良かったよ。

 街を魅了する彼女の影響でね、そりゃ睨みつけてくるような目線は幾多か感じたけど、それらを差っ引いても、とても楽しかった。

 しかし、それはそれ、これはこれ。

 『銃』という存在は、あまりにも大きい。

 『不安』『不穏』をそこに帯びている。こびりついているかのように、擦っても擦っても拭えることがない。


 これを拾ってしまった場所は、この街の、あまり人通りの多くない川辺の草むら。

 その中で私はこれを見つけた。

 はじめは、よく分からず、なんか黒いのがあるなあと思って、そしてその時の気分で、もっと近くで見てみようと思って、好奇心のままに、そんな感じで手に取ってみたら、『銃』だったわけで、あとはもう慌てて、隠して仕舞っちゃって、今に至るわけだ。

 私の『平凡』な胸の内を、この『銃』は発砲せずに破壊したと言える。

 さすがは、武器だ。

 ただそこにあるだけで、プレッシャーを与える。

 銃口があり、引き金があり、そして『人を殺せる』という実績があるだけで、たったそれだけで『圧』がある。

 もし私が原人だったら、こんな金属の塊を見たところで、ずっと首を傾げっ放しだ。

 そこに『恐怖』を抱くことは、決してない。

 私は、『情報』に対し怯えているんだろうと思う。

 知能が発達した人間だからこそ感じる、独特な恐怖。


 人は、分からないこと、不明点があれば、それを分かろうと行動を起こす生き物だと思う。

 たとえば、雷の仕組みが分からなかった大昔の人々も、その原因を神様の仕業として、不安な心を紛らしていた。

 『理由』があれば、それだけで『安心』できる。

 そこに『真実』が眠っている必要性は、何一つとしてない。

 『それっぽい』。たったそれだけでいい。

 チープなものだとなおよし。

 だから私も、どうしてあの川辺に『銃』が落ちていたのかを考えてしまう。

 何か、自分を納得させられる『妄想』を作り出そうとする。

 ビバ・正常性バイアス。

 なるべく、自分を苦しめないものがいいな。


 さて、まず私はこの『銃』を偽物だと思い込もうとする。

 しかし、『本物』の可能性も眠っている。

 その可能性が、やはり不安を引き立ててくる。

 それを解消するには、『トリガー』を実際に引いてみるしかない。


「……引いて、みるか?」


 ばくばくと、心臓が激しく脈動を始めた。

 手の内でも、発汗を始める。

 こ、こええ!!!


 というわけで、『引く』のは、やめた。

 もし、仮に、万が一『本物』だとして、実銃が出たら、轟音が響くだろう。

 家族がその音に気がついて、ばたばたと部屋に入り込んでくるのは想像つく。

 ブツが見られたら、もう言い訳しようがない。

 そこで私の『平凡』は終わり。ジ・エンド。ご愛読ありがとうございました。


 だから、トリガーには触らない。

 あと、この『銃』を『本物』だと、最悪のケースを想定する。

 その方がいい。

 これでこの『銃』が偽物だと判明した際には、心置きなく安心できるのだ。

 だから、最悪を据え置く。リスクヘッジってやつ。


 じゃあ次、どう『安心』をしてやろうか。私は企み始める。

 『最悪』を想定しよう、最も悪い出来事……。



 神様の落とし物とか?



 先生に、宗教的だなと言われそうだと、我ながら思った。

 でも、これが恐ろしい出来事な気がする。

 私にとって、現実的な理由なんかよりも、こういう非現実的な理由の方が、よっぽど恐ろしいからだ。

 私は、『神』を恐れる。

 実際に見たことも、触れたこともない存在。指で突っつけば、祟りでも発生しそうな存在。


 私は、『非凡』を恐れる。


 私は、『異常』を恐れる。


 私は、『劇的』を恐れる。



 だからこそ、それ故に、そうあれかしと。

 私は、思い込むことにした。

 この『銃』は、神様が今もなお探し求め続けているであろう、落とし物。


 …………だと、すれば。

 どこかのタイミングで、ちゃんと返さないとね。

 どこかの、ね。

 落とし物は、しっかり元の場所に還らないといけないんだ。常識として、『普通』としてね。

 この『銃』が無くて、神様はきっと、困っているだろうから。

 ひょっとしたら、困っていないかもだけど。困っていることにする。



 私は、夏休みの宿題を「明日やろう。明日頑張る」で延ばすタイプの、『普通』の人間だ。


 私なりに、背景も、そして動機も作ることができた。



 今日は、安眠できそうかも。

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