私は屋上を二人占めした

 時はそこそこ飛んだ。チャイムが鳴る。

 この音は、お昼休みを告げるものだ。それまで授業によって集中という名の静寂に包まれていた教室は、緊迫の糸が解れたかのように、緩み始める。小さく生徒同士の会話なんかも聴こえてくる。


 さて、ここまでカットしたはいいものをですね、そんな簡単な道のりじゃあ無かったわけなんですよ。

 コノトちゃん。あの子はね、通学路をね、ずっと私の腕に抱き着いたままですね、歩いてきたわけなんですよ。

 もう、密着です。密です。隙間なんか無かったかもしれない。二人で一つみたいな、二人三脚どころか、スライムが2体集まってキングスライムになるみたいな(スライム2体でなったっけな……)。


 そんな調子で、私の『平凡』な日々は、絶賛瓦解を始めまくっているわけです。

 それまでクラスメイトDみたいな立場だった私が、急に敵意を向けられる人間にジョブチェンジしたわけなんですから、まぁきちいですよ。


 いや、マジで。


 こんな風に私は内心、飄々としているわけなんですけど、これはなんと言いましょうね。現実に起こっている事象に対し、逃避行動の一環で、冷笑的になっていると言いましょうか。

 こういう風に、ちょっと私達観してるな、くらいに思えないとやってらんないんですよ。

 学校という閉鎖空間の中、ちょっと廊下を歩くだけで嫉妬ファイヤーな睨みを向けられる学園生活をですね、想像してみてください。


 きちくないですか?

 私は超きちいです。『平凡』なので。あと善良なので。


 こんなの、漫画とかでしか見たことがないよ。本当にあるんだ……ヒソヒソと異分子扱いの眼差しを向けられるのって。

 ひょっとしたら、もう既にコノトちゃん親衛隊なるものが出来上がっているのかもしれない。

 そうなるとさぁ大変だ。校舎裏に呼び出されて、「私達のコトノ様に気安く近づかないでくれる!?」って脅されるんだ。善良で平凡な学徒である私からしたらもうガクブルものですよ。

 ……なんて、そこまでいくとリアリティが逆に無いというか、想像力豊かだねって感じだけど……。



 さて、パブロフの犬よろしく、時計の針がてっぺんを差し、頭に妙に残るチャイムの音を聴いたが為に、はらぺこあおむしモードがオンになった私ですけれども、普通ならそこそこ程度の付き合いのある子達のところに行って、一緒にお弁当を食べたりするわけなんだけど……。

 まぁ『あの日』を境目にね、そうはいかなくなってしまったわけなんです(あ、『あの日』っていうのは、あの子が転校してきた日のことです。一応ね、補足ね)。

 ほぉら、来ますよ。


「良子ちゃ~~~~~~~~ん!!」


 教室の後ろ側の引き戸ががらがらと、壊れない程度の速度の勢いで開かれる。

 ふわりと舞う、ウェーブがかった茶髪のロングヘア。そして、天使の微笑み。

 本校のマドンナ。文武両道・才色兼備・容姿端麗・完全美女。平々凡々な街に降り立ったエンジェル。50年に一度の逸材。過去最高の出来。50年以降最高の出来と言われた云年と同等の出来。……ボジョレーヌーボーじみてきたな。


 そんなわけで彼女は、周囲の見惚れている視線に度々ファンサのように、微笑みを返しながら私のところまでやって来るわけだ。

「お昼ご飯、一緒に食べよ!」

 転校して以来、ずっとこうして私にお誘いを申し出る為に千里を駆けてやってくるのだ。


 私視点ではまぁまぁの異常な人にしか見えないコノトちゃんだけど、先述の通り完璧超人なのである。

 授業で出された課題は総じて満点。ちょうど体力テストの日があり、学生のほとんどが嫌うであろう種目、シャトルランを、コノトちゃんは最後まで走っていた。どこまで走るんだと言わんばかりに走っていた。150とか……?数字が刻まれるたびにどんどん音楽が速くなっていって、3桁を越えるともう全力ダッシュをずっとキープしなくちゃいけない状態になるんだけど、コノトちゃんは楽しんでいるようだった。ファンサもしてた。私の方も見て、手なんか振ってた。化け物か?


 さて、話は戻して、お昼を誘われた私でありました。

「うん、いいけど」

 こういう返事しか、この場では許されないのだ。完璧美女のコノトちゃんのお誘いを断ってしまえば、どうなるか。親衛隊から「コノト様を悲しませるだなんて、許せない!」と弾劾を受けることになるんだろうか。いや、親衛隊なるグループがいればの話だけど……。

 『平凡』な私は、空気を読む為に生きているのだ。「けど」の部分はまぁちょっとした、ささやかな抵抗みたいなものだけど。

「やった!」

 コノトちゃんは大喜びだった。


 そうして私はキャトルミューティレーションされていった。

 お手手を繋がれながら、屋上へと繋がる階段を登っていく。

 本校は珍しく、屋上が開放されている。

 このご時世、屋上利用は飛び降り事故の危険性が孕んでいる為、禁止にしているところが多いというのに、本校は実にそこらへんが緩いなと思う。


 錆びついた蝶番の、きいとした音と共に、そこそこ分厚めの扉が開かれる。

 吹かれる屋上の風。本日は快晴なり、雲一つ無し。

 遠くで、こおお、という音が聴こえる。真上を見上げれば飛行機がミニチュアサイズとなり、空の海を泳いでいるのが見える。


「ん~~~!すっごくいい天気!お昼ご飯日和だね!良子ちゃん!」

 伸びをうーんとしていた。その後、両腕を広げてみせる。まるで『世界』総てを受け止めているかのように。

 そんなコノトちゃんの横顔を、横姿を見ていると、私としては。

「だね、あはは。いやぁしっかし、相変わらず絵になるねぇ、コノトちゃんは」

 思ったことをそのまま口にせざるを得ない。

 なびく、緩やかな巻きのある茶髪と、規定の制服がひらひらとする様は、ちょっとしたこの世の奇跡に近いのかもしれない。

「何それ。そんなことないよう、もう」

 ほっぺを膨らませるコノトちゃん。あざと可愛い。


 ちなみにこの屋上だが、コノトちゃんが来る前は、他の生徒達も利用したりなんかしていた。

 目に映る、空いたまま置かれた幾つもあるベンチには、前来た時は上級生達が座って談笑していたような気がする。

 そんな光景も、過去のもの。

 今は、がらり。

 コノトちゃんと私の貸し切り状態だ。

 どうしてかって?

 そりゃあ……。


 コノトちゃんをじっと見る私。はい、この子の影響ですよ。

 みんなみんな、コノトちゃんに屋上を譲ったという、そういうシンプルで単純で簡単な経緯が理由だ。


「……ね、ねぇ~!何か言ってよお。そんなに見つめられると、照れちゃうよ」

「ごめんごめん、見惚れすぎてた。あと、ちょっとした考え事をしてた」

「み、見惚れ!?もうっ!またそんなこと言って~……じゃあじゃあ、何について考えてたの?」

「うーーん」

 考える私。



「ユートピアと『平凡』って、近いようで全然違うよね。みたいな?」



 そんなわけで、私達の昼食タイムは始まった。リミットは1時間きっかり。

 とは言っても、何か特筆すべきことがあったわけじゃない。角度を変えれば、JKらしいやり取りでもしていたんだと思う。

 たとえば……。


「良子ちゃん、ほーら、あーんして!あーーん」

 可愛らしいピンクの箸に摘ままれた、コノトちゃんお手製のタコさんウィンナー。

 ウィンナーなんて焼いたら適当に弁同箱に入れればいいものを、わざわざタコさんの形にするだなんて。

 訊けばこのお弁当、コノトちゃんが朝早くから起きて、自分で作っているらしい。

 つまり、このタコさんは完全に見映え為に作られている。

 対象は?はい、私です。

「あーーん」

 私はそんな小さな努力の目を摘まんで投げ飛ばす勇敢さも、無神経さも無いので、諦観の気持ちでお口を開ける。

 運ばれるコトノちゃんウィンナー。

 広がるウィンナーの味。肉。

「どお?」

 円らな目で見つめてくる。

「めっちゃ美味しい」

「ほんと!?えへへ、やった~!嬉しい!」

 るんるんとしているコノトちゃん。

 いや、実際マジで美味しい。

 こんな美味しいウィンナーが存在するんかいとなるくらい美味いのだ。

 試しに訊いてみるんだけど。

「ねぇコノトちゃん、このウィンナーって、お高いやつ?」

「ううん?違うよ~、スーパーで買ったの」

 スーパーで売ってるやつを使ってこれかあ。

 するとなると、ひょっとしたら私が無知なだけかもしれない。情報に疎いのかもしれない。

 企業努力の末に、市民の舌を唸らせるウィンナーが販売されているのかもしれない。

「そうなんだ?なんてやつ?」


 コノトちゃんが答えたのは、私の知ってるやつだった。

 ……あのウィンナーって、こんな味だったっけ。


「何かひと手間とか、加えてたりする?」

 気になって私はそう訊くと。

 彼女は、コノトちゃんは顔を赤らめながら、こう言う。


「……え、えへへ。愛情、たっぷりと」



 ─────と、こんな風なやり取りが屋上であったわけです。

 バカップルか。

 傍から見ればそうとしか言いようがない。

 別に、私達は付き合っているとか、そういうわけじゃないのに。

 まぁ私は、女同士だから付き合うのはあり得ないとか、そういう時代錯誤的なことを言いたいわけじゃない。

 このご時世、そういうのが許容されている土壌がちょっとずつ作られているのは、私も知っている。

 けど、それはそれ、これはこれ、私の性欲は女の子には向けられない。

 それだけの話なのだ。


 まぁでも、これも一つの青春のカタチ……なんだろうか。

 きっと、そうだよね。

 『平凡』かどうかで言えば、私はハッキリと言える。

 『異常』だと。


 それはそうと、楽しかったのは事実であった。

 不思議なものだ。

 私の主義に反することだっていうのに。

 私にとっての、よく分からないことを、コノトちゃんは与えてくるのだ。

 それも、とても『自然』風な形で。

 ひょっとしたら、これが一種の、彼女の才能なのかもしれない。



 コノトちゃんは、真に不思議な女の子なのである。



 これが、私達の学園生活の一部始終。

 こういうことをよくやる。

 それが私、『平凡』を願う良子と、才色兼備ガール・コノトちゃんの日常だ。



 ……しかし、どうやって市販のウィンナーをあれほど、超絶美味しく調理することができるんだろうか。


 恐るべし、コノトちゃん。

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