私はおトモダチと登校した

 「良子ちゃ~~~~~~~ん!!」


 その声は喩えるのであれば、人混みの中にあったとしてもすぐさま彼女の声だと分かるものだった。

 悪い意味などではなく、純度100%の良い意味だ。なんと言えばいいんだろうか、牧歌的とでも言えばいいんだろうか……。

 彼女の声は、ひょっとしたら超能力でも宿っているんじゃないかなって思う。だって、彼女の声を聴くだけで不思議と心が癒されてしまうのだ。

 これは決してね、私だけに起こる現象ではないんですよ。


 ほら見てくださいよ、通学路で朝の井戸端会議をおっ始めている近隣住民の皆さんを。

 私が通っただけではうんともすんとも反応していないのに、談笑にせっせと励んでいたというのに……。

 後方から、大きな声ではあるけど、遠めの、ここからだとまだ小さく聴こえる声が耳に届いた瞬間、三名のご年配の方々はまるで魔法にでも掛かったかのように、ハッとして彼女の方を見て微笑むのだ。

 お年寄りだけじゃないぞう。

 通学路を渡る、近くの小学校へ向かう途中の小学生達の群れも、一斉にだ、一人として欠かすことなく、彼女の方を見るのだ。注視……とまではいかないかもしれないが、とにかく視線を釘付けにされてしまうのだ。


 老若男女のハートを鶴の一声で鷲掴みにしてしまう、とんでもキャラクターの正体は、私のおトモダチです。

 名前は、実波美 来乃人みはみ このとちゃん。みんな彼女を「コノトちゃん」と呼んでいるので、私も回れ右の精神で「コノトちゃん」と呼んでいる。


 さて、勘のいいガ……読者はお気づきではなかろうか。


 そう、この光景は『異常』である。

 私は、至って『平凡』な女子高生なのである。コノトちゃんのような、物語の中心にいてもおかしくないようなとんでもガールと縁を持つなんてことは、まぁあり得ないのだ。確率は天文学的だと思うのだ、多分。


「おはよう~!良子ちゃんの背中が見えたから、つい走ってきちゃった!」


 走ってきたというのに、特に汗一つかいていないコノトちゃん氏。爽やかな、ウェーブがかった茶色のロングヘアが、今日もお美しい。

 いつもにこにこと無邪気な笑顔で、普通にアイドルかと勘違いしてしまうほどの美貌の持ち主だ。

 いつの間にか近くに来ている。運動神経がね、彼女は物凄く良いのだ。きっと駆けっこを今から始めたら、私はずっと鬼だ。地平線の彼方で小さくちょこんとなるコノトちゃんの背をゼーハー言いながら、嗚咽しながら私は走り続けることになるのだろう。走れ良子。鬼の所業か。


「おはようコノトちゃん。私の背中ってそんな個性豊かだったかな。私の勘違いじゃなければだけど、私の背中って他の皆々様方と大して変わらないような気がすると言うか、なんというか……」

「そんなことないよう!」


 すぐに否定が入った。しかも、食い気味にだ。顔まで近づけている。頬を膨らませているぞ。端的に言って可愛い。可愛いの暴力じゃないか。

「そんなことなくないというか……どう過大評価しても、疑心は拭えないというか。私としては特徴的な髪形をしている学友の背を見ても、すぐに名前を呼ぶ勇気、無いんだよね。ほら、偶然一緒の髪型をしている赤の他人ってケース、あるじゃん?実際私はさ、昔そういうのあってさ、そんな経験則もあって、よくもまぁすぐに私の声を大声で呼べるなぁと」

「あ~~~~!分かるよ良子ちゃん!」


 お手手をぎゅっと握ってきた。柔らかくてぬくい。

「私もこの前ね!街をお散歩してたら、磯部ちゃんに似てる髪型してる子を見かけてね!「あ、磯部ちゃんかな?」って思って話しかけたら全然違くって、顔が真っ赤になっちゃいそうだったことあるもんっ」

 なんて言いながら、コノトちゃんは眉をハの字にさせ、照れ笑いしている。思い出して再び羞恥に襲われているのだろうか、耳が若干赤い。

 あ、ちなみに磯部ちゃんというのは、私達の友達だ。そして補足をしておくと、彼女の名前はここだけにしか出てこない。いや、ね。そんな私、仲良くはないんだ。顔見知りくらいの……そういう感じ。

「いやそんなことがあったなら学習をしてさ、次からは早とちりをしないように気を引き締めてさ、私らしき『平凡』な背中を見かけても、まずは横辺りまで近づいて確認してから声を掛けるとかさ」

「?」

 私がそんなことを伝えると、こてん、とコノトちゃんは小首を傾げたのだ。目もぱちぱちさせている。


「あの、その顔の……その心は?」

「へ?」

「え?」


 なになになに?

 今の一瞬で、ディスコミュニケーションが生じたの?

 いや、一体どこに?教えて、お願い。私全然わかんないや。


「良子ちゃんったら、可笑しいよ」

 くすくすと笑い始めたコノトちゃん。鈴の音のようだ。笑い声はいくらでも聴けてしまうかもしれない。

「全然繋がってないんだもん」


 ……繋がる?やっぱり分かんない。


「どゆことでしょうか……?」

 どうか無知なる私めに、ご叡智を分け与えくだされ、容姿端麗・才色兼備の美しき女神様よ……。

「だって、良子ちゃんと磯部ちゃんのケースをまるで一緒みたいに言うんだもん」

「……一緒、じゃない?」

「じゃないよ~」


 なんて言いながら、コノトちゃんは一歩前にステップを踏む。そして踵を返して、ターン。ひらりと、スカートの裾が舞う。

 そして私の方を見る。微笑みながら。


「私が良子ちゃんを間違えるわけないじゃん!」


 そう彼女は、自信たっぷりに、いや、正確には……「当然でしょ?」みたいなノリの、常識を説くみたいな感じで私に言った。

 リンゴは落としたら地球に向かって落ちていくでしょ?重力があるんだから、そうなって然るべきでしょ?みたいな……。


「……」


 私はツッコミをここで入れるべきだったのだ。「それはどうかな!」とか、とか。

 だが、今の私は、コノトちゃんに『圧倒』されてしまっていた。


 なんというか、この子が「太陽は西からも登るんだよ!」と自信たっぷりに言うとすれば、私は「そんなわけないじゃん」とすぐに返せないのだ。

 これは、私だけじゃない。他のみんなもそうだ。

 彼女の舌には、きっと独裁者の才覚が宿されているんじゃなかろうか。

 コノトちゃんが断言するものは、たとえ常識や直感に反していようが「……もしかして、そうかも……?」と思えてしまうものがある。

 少しメルヘンな言い方をすれば、『魔法』が込められているような、そんな気がするのだ。


 そして、『平凡』の二文字を背負う私は、そんな魔性に抗えることもなく。


「コノトちゃんがそう言うのなら……そう、なのかな……?」


 折れてしまうのである。情けない。


「えへへ~!」

 でも彼女は、屈託のない笑顔で笑ってみせるのだ。心から嬉しそうな感じで。赤ちゃんの笑い声とかに似てるかも。あれも、生の声を聴くとすごいね、癒されるんだけど、それと同等くらいのパワーがあって、いやぁ、耳が癒される。

「良子ちゃん大好き!」

 そう言ってコノトちゃんは私の腕に抱き着いて来る。

 うーむ、こうなるとですね、私は実に反応に困る。「も~、ひっつくなよぅ~!」みたいな、JKみたいな返しというか、そういうじゃれつきでもやればいいものを、私はJKらしく振る舞う才能をどうやら持っていない。タピオカブームも当然のようにスルーした。平凡な学生らしく、眉を少し顰めながら、でも拒むこともせず、という微妙な感じになってしまう。

 何より私がこんな反応を示しているのはだ、何も恥ずかしいからとか、照れてしまうだとか、それだけじゃない。


 嗚呼……ほら。分かるかな。

 周囲からの、鋭い視線。突き刺してくるような……。カッターの先で、つんつんと生の背を突っつかれているかのような感覚。

 これね、『みんな』のです。

 ええとですね、つまりですね、コノトちゃんはとっても人気者なわけでして、そんな彼女からこうして私は寵愛を受けているわけなのですが……。

 それが面白くない!って方々が、大勢いるわけでして。学校だけじゃなく、街にもそういった勢力がいるわけなのでして。

 その結果が、幾つもの恐ろしき獰猛な眼光なのである。

 私は決してそちらの方を見ません。

 あくまで、気がついていないフリです。そう、私は鈍感主人公なのである。鈍感!今だけそういう感じにさせて!


「すんすん」

 さて突拍子もなくコノトちゃんは、私の制服を嗅ぐ。直で。

「いい匂い~♪」

 猫撫で声。そして頬擦りを始めるのだ。

 これで私が男ならもう、どうにかなってしまいそうだっただろう。

 まぁ惚れていただろう。ラブコメの定石なんてかなぐり捨てて、私は交際を申し出て、そのままの勢いで結婚なんかしていたかもしれない。

 それほどにまで罪深きガールなのだが。



 まぁ、私、女だしね。



 同性相手に欲情するとかはない。

 可愛いものに対し「可愛いなあ」って思ったりすることはある。

 しかしそれはあくまで、「可愛い」という範疇に収まるもの。

 それを跳び越すことは、決してない。

 私の好きはLIKEであり、LOVEではない。


 分かっておくれ。私はそういう人間なんだ!

 そう思っていても、世界は無常だ。そんなの関係ねえ!寵愛向けられやがって!と言わんばかりの双眸が痛い。

 睨みがどんどんエスカレートしていっているような気がしてならないのだ。せ、背中に汗が……。


「あ、しょっぱい匂い!良子ちゃん、お水飲む?」


 なんで分かるんだよ。

 あと「しょっぱい匂い」って、な、なに?

 塩は嗅いだことあるけど、あれ無臭じゃん。

 汗のことだしても、かいたばかりの汗って、ただの水みたいで匂いはそんなしないらしいし。

 本格的に臭いが出始めるのって、暫くしてからで……。

 そんな時間は、経過していないはずなんだけどなあ。


「えーっと」


 ここでYESと答えると、コノトちゃんは水筒を出してくるのだ。

 そして私に差し出してくる。次に言う言葉も想像つく。コノトちゃんなら、きっと─────。

「えへへっ、間接キスで良ければだけど」

 ぽっ。と顔を赤らめるコノトちゃん。

 ……私が想像の彼女に喋らせる前に、彼女が言っちゃいました。なので、私は。


「私はどちらかというと、『平凡』が欲しい……かなっ」

「?」

 私がそんな風に返す。

 するとまた、コノトちゃんはきょとんとするのでした。



 はい。これが私の、最近の日常です。

 あくまで、『最近』です。

 こんなべったりなこの子ですけど、別に私達は幼馴染だとか、そういう関係ではございません。

 だって、コノトちゃん……。




 まだウチの学校に転校してきたばかりですから。




 はい。

 転校してきたばかりで、いきなり学校のマドンナとなり、そしていきなり私にベッタリ、というわけです。


 なんか……すごいよね。


 や。なんで自分のことなのに、そんな達観しているんだって話なんですけども。

 マジで、何がどうしてどうなって、こうなっているのやら……。

 私でも、よく分かっていないんですよ。

 分からないんだから、仕方ないじゃないですか。『平凡』なんですから。



 ……あと転校してきたばかりで学校どころか街をも魅了してるの、どゆこと?

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