転移と転送の夜想曲(ノクターン)

おもち

第1話 洗礼の日


 その日、星が降った。


 

 「おーい。星が落ちてくるぞ」

 施設の中に響く声を聞いて、わたしは走り出した。


 板張りの床を走って、垂直にのびた梯子を登る。そして、小さな丸い天窓を開けると、空には本当に星が流れていた。


 それは、数え切れないほど沢山で。


 深海のように底が見えない夜空の中を、綺麗な帯を引いて駆け抜ける。


 星達は何かを目指しているようで。

 怖くて。美しくて。


 わたしは両手をあげて、夢中で星を追いかけた。


 

 

 「イヴ……、イヴ」


 わたしは、お母さん(施設長)さんの声で目覚めた。今日もあの夢をみた。星が一斉に降ってきた日の夢。



 星が降ってきた日、世界は変わった。

 あの日、世界中に、見たこともないような服をきて、聞いたこともないような言葉を話す人達が現れたのだ。


 彼ら(彼女ら)は、様々だった。


 見たこともないような力で、わたしたちアヴェルラークの民を捕まえ、奴隷や玩具のように扱う者。交戦的で彼ら同士で殺し合いを始める者。ついには、わたしたちが畏怖してきた神や悪魔を斬殺したと豪語する者まで出てくる始末だった。


 一部を除き、大半は野蛮で凶暴な人々だった。やがて、わたしたちは、畏怖と嫌悪を込めて、彼らをこう呼ぶようになった。



 落星の民と。


 


 ……って、実は、わたしも人から聞いた話なんだけどね。


 ここは、アヴェルラーク大陸の東、ルンデン王国のそのまた右端にあるロコ村。片田舎の小さな村だ。だから、落星の民に会ったこともないし、たぶん、今後、会うこともない。


 まぁ、会ったこともない人達のことよりも、わたしには今日の晩ごはん……いや、今日はゴハンよりも、もっと大切なことがある。

 


 それは、洗礼だ。



 ここ、アヴェルラークでは、子供は14歳になると成人の儀式である洗礼をうける。そして、神(あるいは悪魔)によって、スキル適性の審判をうけるのだ。


 まず、スキル適性の有無が判断され、何かしら有った場合には、その種類が判断される。


 スキルには、派手でカッコいいものから生活無双なものまで色々あるのだけれど、自分では選べない。中には親から引き継がれる場合もあるみたいだけれど、わたしには親がいないからなぁ。そもそも、両親がスキル持ちだったかすら知らないし。


 それに、スキル適性自体が無い場合も少なくない。だから、何かしらの適性があるだけでオメデトウだし、好みのスキルを持てる人なんて、よっぽどのラッキーさんなのだ。

 

 でも、やっぱり期待しちゃう。


 ちなみに、我が国のスキル審判は、レイア教の技能判定のスキルを持った神官さんが行う。この村には、そんな神官さんはいないから、一年に数回、王都から神官さんが派遣されてきた時に、洗礼をしてもらう。


 そんなわけで、14歳の私も、列に並んで待っている。


 どんな検査をするのだろう。

 痛かったらイヤだなぁ。


 なまじ暇だと、不吉な妄想が止まらない。


 順番になると、テントの中に呼ばれて審判をうけるのだけれど、さっきの子なんて、外まで泣き声が聞こえてきたし。


 私の2人前の子は涙を流して出てきたし、私の前の子は鼻水を垂らしていた。この流れだと、わたしも泣くことになる気がする。


 「イヴリン……、イヴリン•ダージリンさん。どうぞ」


 わたしはテントに招かれた。


 中には小さなテーブルと神官様。テーブルには、握り拳ほどの水晶のようなものが飾られていた。それに、何人かの見届け人みたいな人もいて、わたしのことをジッと見ている。

 

 神官様に挨拶をすると、小さなテーブルの前に座るように促された。私が座ると、神官様は何かを唱える。


 「豊穣の女神レイアよ。小さき身のこの者に、進むべき道を示し給え」


 わたしが水晶玉に手をかざすと、水晶玉が淡い青色に光った。


 なにこれ。


 もっと、文字でハッキリと結果が出るのかと思ってたよ。こんなフワッとした感じで、ホントに大丈夫なのかな。


 わたしの心配をよそに、神官様は頷いた。


 「見えました。ふむ……、スキル適性はありますな。むっ。これは、魔法の適性か。いや、これは神聖魔法だ」


 後見人の人達がざわめく。

 その中の1人が立ち上がり、声を出した。


 「して、その詳細は?」


 もしかして、すごいスキルなのかなぁ。

 わたし、すごくラッキーさんなのかも。


 神官様は眼鏡をかけなおして水晶玉を覗き込む。


 「ふーむ。これは、時操の奇跡かな」


 時操の奇跡。その言葉を聞いた途端に、皆のテンションが下がったのが分かった。


 ある後見人さんなんて、ため息をついてテントから出ていってしまった。テントの外で誰かと話しているのが聞こえる。


 「時操魔法だってよ。ってたく。貴重な神聖魔法枠なのに、無駄にすんなっつーの」


 そっか。

 わしの適性は、良くないやつなのか……。


 「はい。イヴリンさんの番は終わり。次の人〜」



 審判の前に、簡単な説明があって、スキル適性があった人は、帰らずに残るように言われた。


 だから、わたしはテントの横のスペースにあった椅子に座って待つことにした。


 すると、周りの子の話が聞こえてきた。

 どうやら、隣の子は、釣りのスキルらしい。漁師さんになるのなら、とても役に立つスキルなんだとか。


 わたしのスキル、神聖魔法だし。

 きっと、日常系スキルと同じくらいには扱ってもらえるよね……?


 それから30分ほどすると、さっきの神官様と後見人さんがやってきた。


 どうやら、後見人さん達は、それぞれのスキル系統ごとの管理者らしかった。魔法系の子は、あの人の所、狩猟系の子はあの人のところ、という感じで、皆が、どんどん席をたっていく。


 最後に、私と神官様だけが残った。


 神官様は聖職者だし、きっと私の担当さんは、神官様なのだろう。そんな風に思っていると、神官様は私に背中を向けて、どこかに行こうとした。


 あれ。私のこと忘れてるのかな。

 私は立ち上がって、手を上げた。


 「神官様。わたし、イヴリン•ダージリンといいます。あの。さっき、神聖魔法の適性があるって言われた……」


 すると、神官様はこっちを向いて、スタスタと歩いてきた。そして、私の前にたつと笑顔になった。


 私も笑顔になった。

 神官様は口を開いた。


 「あ、君。帰っていいから」


 どうやら、わたしのことは、お呼びじゃなかったみたいだ。

 


 あーあ。

 みんなに会わせる顔がないなぁ。


 わたしは家に帰ることにした。

 もう空は夕焼け色になっていて、足からのびる自分の影が細長く見える。それは、なんか弱っちくて、私の中身のまんまのように感じた。


 わたしが住んでいる施設は、教会だった建物を利用した場所で、お母さんも修道院にいたことがあるらしい。


 あっ、お母さんっていうのは、施設長のことだ。ここの子供は、みんな同じように、お母さんと呼んでいる。


 洗礼では、結局、何も教えてもらえなかったので、後でお母さんに聞いてみようかな。


 施設の入り口につくと、小さな子供達が、わたしに駆け寄ってくる。


 そして、口を大きくあけて、みんなで聞いてくる。


 「イヴちゃん!! どんなスキルもらえたの〜?」


 スキルをもらうどころか、誰にも相手にされなかったよ。……そうも言えないので、わたしは曖昧な感じで、みんなの頭をなでなでした。


 すると、その中で1番年下のリンちゃんが、背伸びをして頭をなでるような仕草をした。リンちゃんは小さいので、私が頭をさげると、ナデナデしてくれた。


 リンちゃんは心配そうな声を出した。


 「イヴちゃん。なんで泣いてるの?」


 「……あれ?」


 右手で頰を拭うと、涙で濡れた。

 わたしは泣いているらしい。


 みんなの顔が涙で歪む。

 わたしは……。


 本当は洗礼に期待していた。

 ずっとずっとわたしを育ててくれたお母さん。

 そして、施設のみんな。


 ようやく恩返しできると思ったのに。

 わたしは、ただの役立たずみたいだ。


 その日は、いつものように夕食をして、寝る前にお母さんに呼ばれた。椅子に腰掛けたお母さんは、わたしを見ると微笑んだ。

 

 「イヴリン。こっちにおいで」


 わたしは、お母さんに駆け寄ると、胸のあたりに抱きついた。


 「お母さん。わたし、ダメみたい。ごめんなさい」


 お母さんは優しく頭を撫でてくれる。

 すると、洗い立ての洗濯物のような匂いがして、暖炉のような温もりが伝わってきた。


 「イヴ。適性は、時操の奇跡だったそうだね」


 「うん。お母さん。何か知ってる? 神官様。何も教えてくれなくて」


 「この国で信じられている神様は、豊穣の女神レイア様だろ? でもね。時操の奇跡は、時と運命の女神ウルズ様に由来するんだ」


 「……わたしは、邪教の子ってこと?」


 「イヴが悪い訳じゃない。でも、女神様はやきもち焼きだからね。男神ならまだしも、他の女神は、少なくともこの国では、良く思われていないんだ。イヴ。あなたはどうしたい?」


 「どういう意味? わたしはココから追い出されちゃうの?」


 お母さんは、わたしの頭を撫でてくれた。

 

 「ううん。どんなスキルでも、貴女は私の大切な娘。居たいならずっとここに居たらいい。あなたのことは私が守るよ。でも、もし、あなたの奇跡について深く知りたいなら……」


 わたしはお母さんの言葉を遮った。


 「わたし、ここにずっと居たい。ずっとみんなと居たい」


 「……そうかい。なら、ずっとここにいなさい」


 その日は、お母さんのベッドに潜り込んで、一緒に眠った。次の日、起きると、誰も洗礼のことは話さなかった。なにも無かったかのように優しくしてくれる。


 「はぁ」


 思わず、ため息が出てしまう。


 お母さんはここに居ていいと言ってくれたけれど、本当にいいのかな。この施設もきっとギリギリで余裕があるとは思えないし。 


 何か仕事を探さないと……。


 洗礼でスキルが発現した子は、そのスキルに応じた就職先に斡旋される。でも、そうじゃない子は、自分で仕事を探さねばならない。



 何をしようかな。


 ……メイドさん?

 うーん。


 わ、わたし。美少女だからなぁ。

 みんな可愛いって言ってくれるし。


 だから、変態なご主人様のメイドになったら。

 きっと、あんなことやこんなことされちゃうかも。


 夜のご奉仕とかさせられて……。


 こほん……。

 興味がないわけじゃないけれど、やめておこう。


 

 わたしは、家を出て、あてもなく村の中を歩いた。当てはなくとも、働き口は見つけないといけない。


 すると、噴水の前で女性がウロウロしていた。

 あれは、食堂で働いているナルさんだ。

 

 あれ。

 ノルンちゃんは一緒じゃないのかな。


 ノルンちゃんはナルさんの娘で、わたしも何度か遊んだことがある。


 ナルさんは、顔面が真っ白で視線が定まっていないように見えた。


 「ナルさん。どうしたの?」


 「あぁ。イヴちゃん。実は娘がいなくなってしまって」


 「ノルンちゃん?」


 「そう。ノルンを見なかった?」


 うーん。

 あ、そういえば。


 「施設の子が、ノルンちゃんが森の方に行くのを見たって言ってたよ」


 「森? あんな危ない所に。何をしにいったの……ノルン。わたしのノルン」


 ナルさんは、その場で泣き崩れてしまった。


 村の西には森があって、そこには魔物が出る。

 ノルンちゃんくらいの女の子が1人で入って、無事で居られる場所ではない。


 この村は小さな村だ。

 だから、ギルドもないし、冒険者に依頼を出すこともできない。

 

 ……助けに行きたい。

 でも、わたしなんかが行ってどうするの?


 まともに戦ったことなどない、ただの小娘だ。

 行ったって、魔物の餌になるだけで、何もできるハズがない。


 せめて、洗礼で強いスキルが見つかっていたら……。


 ナルさんは、助けを求め、道行く人に縋り付いている。だけれど、みんな手と首を横に振るだけで、相手にしてくれない。



 もしかしたら、運良く魔物に遭わなければ、ノルンちゃんを見つけられるかもしれない。


 うん。

 きっと大丈夫。


 まだ見ぬウルズ様のご加護もあるかも知れないし。


 「ナルさん。わたしが……」


 すると、ガッと後ろから誰かに抱きつかれた。

 視界に艶のある黒髪がたなびく。


 そして、黒髪の後を追って、お香のような良い匂いがした。


 背後から、粒の揃った女の子の声がした。


 「困ってるなら、わたしが助けてあげよーか?」


 振り返ると、黒髪の女の子がいた。

 年は私より少し上くらいかな。まつ毛が長くて大人びて見える。黒い瞳も黒水晶のように綺麗だ。


 絵本に出てくる東国の着物のような黒と赤の服をきて、綺麗な黒髪を紫色のリボンで結っている。


 少女は続けた。


 「ん。困ってるんでしょ? わたしはアカリ。助けてあげるよ」


 わたしは、本能的に分かった。


 ……この子は、落星の民だ。

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