44 真相
龍之介は群衆とカメラに向かって、綺麗な一礼をした。
よそ行きの笑顔――アルカイックスマイルを浮かべて、話し始める。
「みなさん、温かい応援と投げ銭、ありがとうございました。さっきからそこの危なそうな人が憶測で好き勝手に発言してちょっと驚いているんですが、いい機会なので誤解を解いておこうと思います」
パシャパシャッというフラッシュの光が向けられる。え、嫌なんだけど。そりゃ配信で全世界に配信されていたんだろうけど、あの時と今とは状況も違うじゃん。
「りゅ、龍之介……っ」
完全に呑まれてしまった俺は、龍之介にしがみついてカメラから顔を背けた。何これ、怖いよ。逆にどうして龍之介はケロッとしていられるんだ? あ、でもこいつって試合とか本番に強い奴だった。
「まず大前提として、僕たちがダンジョンに入ってしまったそもそもの原因は僕にあります。亘は僕に巻き込まれた形なんです」
「……?」
これはスティーブさんも言っていたことだ。俺には結局よく分からなかったけど――ようやく知ることができる?
「だから、亘が足を引っ張ったとか言っているのは、そもそも前提が間違ってます。それに亘の魔法攻撃は物凄い威力で、ないとここまで辿り着けなかったし、亘の人懐っこさがなければアメリカの二人とここまで良好な関係を築いて最後まで共闘は無理でした」
「龍之介……」
龍之介は、いつだって手放しで俺を褒めて、認めてくれる。たとえ全世界の前でも、臆することなく。
龍之介が穏やかな眼差しで俺に笑いかける。
「――これのどこが足が引っ張っているのか、僕には分かりません。むしろ僕が助けてもらってばかりだったのに」
龍之介は俺の肩を抱いて支えたまま、カメラに向かってにっこり笑った。
すると、例の彼女が顔を歪ませながら卑屈そうに笑う。
「龍くん優しーい! 役立たずな亘ちゃんをダンジョンでもずーっと庇って大変だったのにい」
「……うーん、言葉だけじゃ伝わりにくいか」
龍之介はボソリと呟くと、何の前触れもなく俺の顎と人差し指と親指で摘み、クイッと上に向かせた。はい?
龍之介は、固まっている俺に蕩けるような笑顔を惜しげもなく見せると、これまた唐突に――俺の唇を奪った。
「――ッ!?」
きゃー! という黄色い声と、例の彼女の「はあ!? 何やってんの、キモ! キモ! キモ!」という悪態が聞こえてきていた。あの子、龍之介が推しだったんじゃないのか? キモって酷くね?
ていうか、え、ええっ!? 龍之介が、男の俺にキスしてるんだけどおおおっっ!?
目を白黒させていると、開いた唇の隙間から舌まで入り込んできた。深くて甘くて長すぎる濃厚なキスに、龍之介しか経験のない俺は、膝から崩れ落ちそうになる。
――ヤバい、溶けそう……。
「ふえ……っ」
頭がぽやんとして、もう何も考えられなくなっていた。龍之介は最後に俺の唇をペロリと舐めると、ご馳走様と言わんばかりに舌舐めずりをする。雄味が半端ない。いつものおかんはどこに行った。
「亘、赤くなっちゃって可愛い」
駄目押しみたいに瞼に触れるだけのキスを落とされてしまった俺は、くたりと龍之介の身体にもたれかかった。もう限界だった。
龍之介は俺をしっかり抱き止めると、再び群衆とカメラに向き直る。
「見てお分かりいただけたかと思いますが、ダンジョンのペアに選ばれる条件は、男側が女性化してしまった側のことが元々好きで仕方ない、ということです」
――は? いや待て、初耳なんだけど。でも確かに言われてみれば、スティーブさんは一緒に働いている時からジャンさんが大好きだったみたいだし、ドメニコもマリオラブだったな! マリオの父親に「十八までは手を出すな」って釘を刺されるくらいにはな!
龍之介が、時折俺の頭頂にチュ、とキスを落としつつ、続ける。
「相手が男でも構わない、好きで好きで仕方なかった僕らに対し、女性化した方は信頼関係にはあっても恋愛感情は一切持っていない――そういった二人のジレジレやもだもだが、神龍の欲する萌え成分だったんです」
「萌え成分」
なるほど……そういうことだったのか。――て、そこ!? あんのアホドラゴン、人を散々悩ませておいて成分扱いするなよ! とんでもないな!
「つまり、巻き込んだのは僕の方。亘は僕に好かれたが為に、完全に巻き込まれた犠牲者なんです。お分かりいただけたでしょうか?」
でもじゃあ、龍之介は男の俺の時からずっと好きだったってこと? だったらどうして――。
掴んでいた龍之介の服を、キュ、と引っ張り俺に注意を向けさせた。
「ならどうして、ダンジョンの中で一度も好きだって言ってくれなかったんだよ……。言ってくれないから、俺はてっきり龍之介は女の俺が好きなのかなって思ってたのに!」
最早俺の中では、大勢の人に見られているという感覚がごっそり抜けてしまっていた。だって、まさか龍之介が元から俺のことが好きだったなんて、そんな奇跡みたいなことが起きる筈が――。
嬉しそうに目を細めた龍之介が、俺の瞳をじっと覗き込む。
「亘が男に戻った時に、ちゃんと伝えようと思ってたんだ。それに、僕も不安で一杯だったんだよ? 亘が女になってようやく僕を意識してくれるようになったのに、女になっちゃったから僕でいいと言っているだけなのか、それとも男に戻っても僕を選んでくれるかが分からなくて」
「龍之介……」
そっか、龍之介も俺と一緒だったのか。男に戻ったら俺の気持ちまで元に戻るんじゃないかって怖くなって、それで……。
龍之介が、愛おしそうに俺の頬を手のひらで包んだ。
「だから、はっきり言えなかった。不安にさせてごめん、亘」
……これ、夢じゃないよな? 龍之介は本当に、今のままの俺が好きって言ってるんだよな? 俺の勘違いじゃ――ないよな?
止まっていた涙がまたもや流れ出し、最早止める術を俺は知らない。
「お、俺、龍之介のこと、好きなままでいいのか……?」
喜色を浮かべた龍之介が、こくんと頷いた。
「当然でしょ。僕にとって亘は、小1の時にキスをした時から、ずっと一番大好きで大切な人なんだから」
「龍之介……!」
まさかそんな昔から俺のことが大好きだっただなんて、ちっとも気付きもしなかった。だけど、これは夢じゃないんだ。俺はこの先ずっと、龍之介の隣で大好きって言いながら笑っていていいんだ……!
「嬉しい……っ」
「うん、僕も……夢みたいだよ」
俺の目に涙が浮かんだ涙を唇で掬うと、龍之介は俺を抱き寄せて、顔だけ例の女の子に向ける。
それは、先ほどまで俺に向けられていた蕩けるような眼差しから一転、温度を一切感じさせない冷たい目線だった。
「――ということで、僕たちはものすごーく深い絆で結ばれている者同士だから、君みたいな部外者に勝手な憶測で好き勝手言われて非常に不愉快だった」
彼女は一瞬怯んだように見えたけど、歯を剥き出すと噛み付くように告げる。
「お、男同士なんてキモ! もう龍くんのファンやめちゃうよ!?」
「むしろ二度と関わらないでくれると嬉しいな。僕ね、君がコメント欄で亘に言った罵詈雑言の全て、一語一句忘れないからね。次に亘に何かしようとしたのを見つけたら、全力で潰しに行くから覚悟しておいてね」
「ひ……っ」
怖え。俺の龍之介が怖すぎる。笑顔が一切笑ってないし、言ってる内容も普通に怖いよ。
「……ふ、ふん!」
何も言い返せなくなったのか、女の子は膨れっ面でそっぽを向いた。
するとどこからともなく、パチパチ……という拍手の音が湧き起こり始める。
「よく言った! 頑張ったね!」
「さすが神竜に認められた二人だ!」
「応援するよ! お幸せに!」
え、何これ。理解が及ばずポカンとしている間にも、拍手はどんどん大きくなってくるじゃないか。
「りゅ、」
怖くなって龍之介の名前を呼ぼうとしたら、龍之介が先に俺の名を呼んだ。
「亘」
「お、おう」
切れ長の瞳が、少し潤んでダンジョン跡を照らすライトを眩く反射させている。
「ちゃんと言わせて。ずっとずっと、亘のことが好きだった。僕の最初で最後の恋人になって下さい」
「――うん、うん……!」
龍之介は心から嬉しそうな笑みを浮かべると、今度は重ねるだけのキスをしてきたのだった。
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