38 DAY9のノルマ
必殺技【ラブラブパワー】による氷魔法攻撃は、とんでもない威力だった。
巨大な雪崩が大蛇の大群に襲いかかり、舞っていたスノーダストが消えて視界が晴れた頃には、地面に大量の目玉と宝箱が落ちていた。これまでは四人でもそこそこ時間を食っていたモンスターの大群を一撃で駆逐できるなんて、必殺技とつくだけのことはある。
だけど。
「この目玉がなあ……」
ぼやきながら目玉を拾っていく。持った瞬間、指にぬちゃっと張り付く感触は、いつまで経っても慣れない。
こちらも実に不快げな表情の龍之介が、溜息を吐きながら頷いた。
「同意しかない……」
「龍之介はマジで目玉苦手だもんな」
「うん。毎回泣きそう」
本当に涙目になっているところが、憐憫を誘う。
「頑張れ……」
「うん……」
宝箱も拾って開けてみると、中にはやっぱりフロア転移陣が入っていた。これで俺たちは明日、十四階に転移できるようになったってことだ。
ほ、と心が安堵で満たされていった。だって、最初はどうなることかと思ったけど、まだ女体化解除が手に届く範囲にあるんだよ? 俺たちさ、かなり頑張った方じゃね?
すると、龍之介がじっとフロア転移陣を見つめながら呟く。
「……明日、どうする?」
「え? どうするって何を? これを使って十四階に行くんじゃないのか?」
龍之介の質問の意図が分からなくて聞き返すと、龍之介は目線を上げないまま答えた。
「明日はこれを使用しないで、十三階でフロア転移陣を探すという手も残されてるから」
「え? でももうこれ以上は必要ないじゃん」
と、龍之介が眉を八の字にして微笑む。なんだか浮かない顔だ。
「うん、そうだね。だけどもし十三階のフロア転移陣を手に入れたら、僕たちの勝利は確実になるよ?」
ここまで説明されて、ようやく俺は龍之介が言っている意味を理解した。ジャンさんたちが十三階でフロア転移陣を入手できなければ、翌日は十四階に行くしかなくなる。その間に俺たちは十五階のボス戦に挑める――てことか。フロア転移陣をひとつ余らせた状態で。
「要は、あの二人がフロア転移陣を入手することを妨害するってことか?」
「うん。そういうことになるね」
こちらを見ないまま頷く龍之介。……どこか無理している表情に見えるのは、俺の勘違いか?
――いや、俺と龍之介との仲だ。勘違いなんかじゃ、きっとない。龍之介は本当は、二人を邪魔する為だけにフロア転移陣を手に入れるなんていう卑怯な真似はしたくないんだ。
だけど龍之介は律儀だから、きちんと俺の前に可能性を提示した。もしかしたら俺には女のままでいてもらいたい気持ちが強いかもしれないのに、俺が男に戻れる可能性が高い方法を教えてくれたんだ。
それに、気のいい大人なあの二人なら、俺たちがその行動を取っても「やられたよ」と笑って許してくれるかもしれない。だけど俺は、それはこれまで仲間として切磋琢磨してきた相手に取る態度じゃない気がした。
だから。
「龍之介」
「うん?」
「俺は最後まで正々堂々といきたい。勿論、龍之介が賛成するならだけど」
龍之介が、ゆっくり顔を上げる。
「……男に戻れる可能性は下がるよ」
「それでもだよ。そんな方法で男に戻っても、きっとずっと後悔すると思うから」
「亘……」
龍之介は脱力すると、今度はちゃんとした笑顔になった。
「うん、それでこそ亘だよね。ありがとう、僕を卑怯者にさせないでくれて」
「なんだよありがとうって……照れるようなこと言うなよな!」
「ううん、本当に。――亘が亘で、よかった」
龍之介が、あまりにも穏やかに言うものだから。
「……んだよ。龍之介の方こそ、ありがとな」
俺に選ぶ権利を与えてくれた龍之介の優しさに、心から感謝した。
◇
その後はジャンさんたちとすれ違うこともなく、無事に十三階へ続く階段を見つける。
必殺技【ラブラブパワー】を発動したせいで、投げ銭はごそっと減ってしまった。だけど【通行人A】さんの声がけで投げ銭が元のレベルまで復活したことから、今日はもう休憩所に戻ることにしたのだ。
食事を済ませ、風呂も入ったところで、「あー疲れた」と、どピンクなベッドに顔面からダイブする。撮影中は仕事に徹しているキューが「キューッ!」と飛んできて、俺の頬にぐりぐり身体を押し付けてきた。うん、可愛いなお前!
「キューもお疲れな?」
「キュッ」
頭を撫でてやると、キューは気持ちよさそうに瞼を閉じた。
と、ギシ、と俺の背中側のベッドが軋んで沈む。横向きになっていた俺の顔が翳った。そろりと横目で見上げてみると、何とも言えない表情で俺の顔を覗き込んでいる龍之介の姿があるじゃないか。
「なに? どうしたんだよ。まだ腹減ってる?」
先日の龍之介と同じことを言っている自分に気付いて、龍之介にちょっとキレたことを反省する。確かに言っちゃうな、これ。
龍之介は「あー」とか「うー」とか言いながら視線を彷徨わせていたけど、決意したように口を真一文字に結ぶと、俺の顔の横に両手を突いた。
「その今日のノルマなんだけど」
「……あ、うん……っ」
そうだった。それがあったんだった。完全に頭から抜け落ちていた。
馬鹿なことに、俺は言われる直前まで「ゴールまであとちょっと! 頑張った俺!」なんてちょっと浮かれて忘れてた。我ながら単細胞すぎるかもしれない。
逆光になった龍之介が、目元を赤らめながらボソボソ続ける。
「その、お願いがあって」
「お、お願い?」
「うん……その、僕からしていい……かな」
「ブッ」
こいつは突然何を言い出したんだよ!? いやまあさ、目を開けておいた方がいいのかとか色々考えてしまった俺にとっては、その方がありがたくはあるけども!
龍之介は潤んだ瞳をして、懇願してきた。
「お願い、亘。ずっとこの日を夢見てたんだ」
「はい?」
ずっと? ずっとっていつから? だって龍之介が俺を恋愛的に好きになったのは女体化してからだろうし――あ! 最初にノルマを見た時か!? その時に想像しちゃったのね? オーケーオーケー、ってオーケーじゃないけど多分理解!
「僕の理想のキスなんだけど……亘に目を閉じてもらって、僕のキスを待っていてほしい……!」
「お、おう……?」
なにやら龍之介には、キスに対する拘りがあるらしい。
「ファ、ファーストキスは小1の時に亘とふざけ合ってた時にしちゃってるけど、そうじゃなくてちゃんとしたのは事故じゃなくて、亘がちゃんと待ってくれてるってやつにしたくてっ」
「は? 俺とファーストキス?」
なんだそりゃ。俺の記憶には全くないぞ。そもそも小1の記憶もうっすらではあるけど。
と、龍之介が「ガーン」という効果音が聞こえてきそうなくらいショックを受けた顔になった。
「お、覚えてないの……?」
「わりい。全く」
てへ、と舌を出すと、何故か龍之介がキュンとした表情に変わる。
こほん、と小さく咳払いすると、俺の目を真っ直ぐ覗き込んできた。
「わ、分かった。ちょっと……いや大分ショックはショックだったけど、改めてこれが僕たちのファーストキスだとすれば、うん、大丈夫」
なにが大丈夫なんだよ。
すると龍之介が、ハッとする。さっきから忙しいな。こっちの心臓はもうバックバクだっていうのに、まだ何かあるのか。
「まさか……っ、亘は僕以外の人間とキスしてないよね!?」
「お前さ、俺のモテなさ具合知っていてそういうこと言う?」
「よかった……っ」
ほっとするな。なんかムカつくぞ。
だから、半眼で睨みつつ逆襲してみた。
「そういうお前はどうなんだよ? モテまくる癖に女に免疫ないじゃん? まさか小1の時の事故以来一度もないなんて――」
「ないよ」
龍之介が、被せ気味に答える。……え、まじで?
真剣な眼差しに変わった龍之介が、訴えた。
「ある筈がない。他の人なんて興味ない。僕は、僕は……」
「りゅ……龍之介……?」
逃げ出したいような雰囲気になってしまって、思わず目を逸らしてしまう。だ、だって、龍之介がなんかマジで怖いっていうか、その……!
「亘」
「お、おう」
「正面を向いて、瞼を閉じて」
「お、おう……」
有無を言わさぬ口調に、俺は素直に指示に従うしかなかった。だっておかんが真剣モードになった時は逆らっちゃいけないって、俺の遺伝子に刻み込まれてるもん。
「そのまま待っていて」
「う……うん……」
目を瞑っても、すぐそこに龍之介の顔があることは気配で分かった。
頭の横に突いていた龍之介の手に、体重がかけられて更に沈む。
「そうだ、これを言わないとだ。おやすみ、亘」
「おう、おやす――」
すると次の瞬間、ふにゅ、とやけに柔らかい感触が唇に触れた。
「わ、」
咄嗟に瞼を開けると、すぐ目の前に龍之介の潤んだ瞳が見えて。
「りゅ、ん……っ」
今度は押し付けるようにして重ねられた唇は、長いこと離れることはなかった。
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