24 DAY3の始まり
泣きつかれて寝てしまったキューを寝かせたままにすると、俺たちはアイテムをポイント引き換えにして晩飯にした。
今日はとても疲れたので、腹に溜まる大盛り天丼だ。衣がサックサクで腹が立つほど美味い。龍之介はうな重を頼んでいた。美味いと感動していた。いいな、俺も次はうな重にしようかな。
先に風呂に入った俺は、龍之介が鼻歌を歌いながら入っている隙に、確認しようと思っていた例の『ノルマ証拠写真』を探すことにした。龍之介の奴にそれとなく話を振っても、全然話をそっちに持っていけなかったんだ。これは怪しいと俺が疑うのも、無理はないと思う。
だけど龍之介が触れないものを、目の前で堂々と見るのはさすがに
ちなみに、休憩所やセーフティゾーンにいる間は視聴者コメントが表示されないようになっている。理由は知らん。でもアンチコメントも中にはちらほら見受けられるから、身体を休めている時くらいは離れられてよかったのかもしれない。
「どこだ? ここか? あれ、違うな。じゃあここか?」
内部の階層は深くて細かい為、基本取説なんかも読まずにゴーしてしまう俺にはちょっとばかり面倒臭い。きっと俺のこの性格をよく知る龍之介は、相手にしなければその内俺が面倒がって諦めると踏んでいたのかもしれない。
「いやでもさ、すげー寝相とかだったら嫌じゃん……」
この写真を視聴者が見られるのかどうかまでは判明していないけど、そうだとしたらかなりプライベートな写真なので恥ずかしい。涎を垂らしてたりとかさ、嫌じゃん、普通にさ。
そしてようやく、奥の奥の階層に、『ノルマ達成写真集』なるフォルダを発見した。DAY1のところだけ黒文字になっている。タップして、写真を開いてみた。
「……ん? 龍之介、起きてるじゃん」
写真は、斜め上から俺と龍之介がベッドに寝そべる姿を撮影したものだった。俺は大股と大口を開いて寝ている。うん、寝相最悪だね!?
龍之介はというと――俺の方に横向きになって、俺のお腹に布団をかけている場面だった。おかんだ。おかんがいるよ。
「……お? 別アングルがあるぞ」
次の写真を見てみると、俺の口に入った髪の毛を指で掬っているところだった。わあ、本当に面倒かけます……。
そして次の写真は。
「――え?」
龍之介の唇が、俺のこめかみに当てられていたのだ。
「……どういうこと?」
俺はない頭を懸命に捻った。――そ、そうだ! これはあれだ! 照れ屋な龍之介が、この先にあるノルマの練習をしていたに違いない! だ、だって俺と龍之介は親友だし!? いくら距離が滅茶苦茶近くたって、男同士だし!?
そして、気付いてしまった。
「……スティーブさんたちも男同士じゃん」
え、ええ、え。いや、まさか龍之介だよ? 昔から距離感がバグってるから、だからだよな? だって、俺は男だし……あ、今は女じゃん。
「……え、マジ?」
気付いてしまったひとつの可能性に、俺はぐるぐる考えて――。
ぷす、と脳みそが悲鳴を上げた。
ばふ、と後ろに倒れ込み、大の字で天井を見上げる。
――確かにこれは、本人に聞くのは躊躇うな。
ジャンさんに「本人に聞いてみろ」なんて軽く言ってしまった自分を、叱りたい。
「ジャンさんごめん……!」
ここにはいないジャンさんに対する謝罪の言葉を口にすると、聞こえ漏れてくる龍之介の呑気な鼻歌をどこかソワソワしながら聞いたのだった。
◇
DAY2のノルマ「膝枕をして耳かきをする」については、龍之介が「亘にされると鼓膜を破られそうで怖いから」という理由で、俺がやってもらうことになった。
失敬な! でも確かにやりかねない自分が恐ろしい。
ということで始まった、膝枕の耳かき。最初は剥き出しの硬い腿から香るボディソープの香りにドキドキして「おい俺! なにドキドキしちゃってんの!?」とセルフツッコミをしていたけど、いざ耳かきが始まると瞬殺された。
龍之介は、テクニシャンだったのだ。
「極楽……これから毎日やって、龍之介え……」
時折涎を啜りながら、でろでろに溶けた俺は龍之介にねだった。
「え、いいの? 喜んで! えへ」
おかんな龍之介は、面倒だとか思わないらしい。嬉しそうに答えると、念入りに反対側もやってくれた。ああ、幸せ……。
俺は多幸感に包まれながら、龍之介の膝の上で眠りに落ちていった。
そして。
『おっはよー! DAY3の始まりだよ!』
「……わああっ!?」
今朝もアホドラゴンの馬鹿声で起こされた。折角人がいい気分で寝ていたのに、くそう。
飛び起きた俺の隣で、龍之介はぼーっと宙を見つめている。滅茶苦茶眠そうだ。
『実は今日は、残念なお知らせがあります!』
「残念?」
訝しげに顔を顰めた。一瞬、昨日の血痕の映像が脳裏一杯に広がる。ゾクッとして、自分の二の腕を抱き締めた。
『香港から参戦してくれていたペアの内、女体化していたマットくんが負傷の為香港ペアは泣く泣くリタイア! また次のペアが決まるまで、香港はモンスター対策で大変になるよ! みんな、お祈りしておこう!』
「てめえがやってんだろうが」
「シッ」
いつの間に目が覚めたのか、上半身を起こした龍之介が俺の肩を抱き寄せる。
『これにより、第一陣のペアが全員通過した地下一階及び二階には、新たにフロア転移陣が設置されるよ! 後からきているから安心と思っていたら出し抜かれるかもだから、みんな気を抜いちゃ駄目だよ!』
「……やっぱり二階のフロア転移陣は誰かが取ったみたいだね」
「だな」
『だけど……悲しいことがひとつあったんだ』
それまで明るすぎるくらい明るかったドラゴンの声のトーンが、一気に下がった。
『僕はどこのペアか知っているけど、今はあえて言わない。だけど、ひとつのペアによって僕の可愛い使い魔が殺されちゃいました。香港ペアについていた子で、優しい可愛い子でした』
「キュウ……」
悲しげにキュウが小さく鳴く。思い当たる節があった。
「あ、キュウが昨日泣いていたのって、まさか……!」
「キュ」
「……そっか。仲間の死を感じたんだな」
「キュー……」
キューを抱き寄せ、膝の上に乗せてやった。キューは瞼を閉じると、甘えるように俺の腹に顔を押し付ける。
「わっ、こら!」
「龍之介、うるせえ」
「ぐ……っ! こ、今回だけだからな!」
何故かやたらとキューに張り合う龍之介が、捨て台詞を吐いた。……いやまさか、そんな。なあ?
『えー、繰り返すけど、死んだら生き返れません。それは使い魔も君たちも一緒だよ! 命を粗末にしちゃ駄目だからね? 次からは気をつけようね!』
ドラゴンは使い魔の死にダメージを受けているのか、普段よりも元気がなかった。
『暗い話はここまで! じゃあ昨日と同様、一時間後にダンジョン探索を開始してね! 今日も成分をたっぷり見せてくれることを楽しみにしてるよ! じゃあね!』
ブッと通信が切れ、辺りを静寂が包む。
「……昨日の血痕、香港ペアのものだったんだね」
ぽつりと呟くと、龍之介が俺を抱き寄せ優しく包み込んだ。
「ん……使い魔も可哀想だったね」
「なんだってそんなことを……!」
段々、ムカムカと腹が立ってくる。自分たちの勝利の為なら、何をしてもいいのかよ。
「龍之介。俺、そいつらが許せねえ」
「亘……分かるけど、無茶だけはしないで」
お願い、亘。
抱き寄せられた耳元で苦しそうに囁かれても、俺は素直にうんと言ってあげることができなかった。
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