21 苦戦
ダンジョンの地図には方角が示されている上に、形は綺麗な正方形だ。
龍之介とジャンさんはお互いの現在地をざっくり伝え合うと、とりあえず中心に向かって進むことに決まった。
ちなみに、俺達は南の中心の入口、ジャンさんたちは北西の入口からのスタートだ。道がどう曲がっているかも分からない以上、定期的に互いの位置を確認しつつ進んでいくしかない。
「よし、行こうか!」
「だな!」
睡眠は十分に取れている。俺たちの足取りは軽く、警戒しつつも意気揚々とダンジョンの奥へと足を踏み出した。
最初にエンカウントしたのは、燃え盛る炎を体内に保有する巨大スライムだった。相変わらず目玉はリアルだ。
鑑定の結果、水魔法と氷魔法に滅茶苦茶弱かった。お陰で、MPを殆ど食わないLv1の消火器みたいな水魔法で簡単に倒すことができた。
「凄いよ亘!」
「だろー!? お前もそろそろひとつくらい覚えた方がいいんじゃないか?」
「そうする! これからは属性付きのモンスターも増えそうだしね!」
体力に全振りしていた龍之介にふんぞり返ってみせるくらいには、天狗になっていた。
なお、Lv1の水魔法は、説明を読んでみたら「頑固な汚れを落とすことができます。こびりついた沼臭もこれで一発!」と書いてあった。火魔法のLv1、炙り焼きに最適情報よりは、食欲減退の状態異常をなくすことができる分若干マシに思えた。
俺もちょっとは大人になったんじゃね? なんて、得意満面になっていたんだ。
とあるモンスターとエンカウントするまでは。
「嫌だああああっ、気持ち悪いいいいいっ!」
「亘! 危ないから目を逸らさないで!」
「ぎゃああああっ!」
俺は半ばパニックになりながら逃げ惑っていた。
「亘、大丈夫だから! 僕がついてるから落ち着いて!」
「だって絵面が! 絵面があああ!」
「激しく同意だけども!」
炎のスライムと連続エンカウントしていたし、昨日は沼色のスライムしかいなかった。だからてっきり、ひとつの階に一種類のモンスターしか現れないと思っていたんだ。
でもそれは大きな間違いだった。
「虫いやだあああ! エグい! 裏側がエグいよおおお!」
「よく分かるけども!」
現在俺たちの前に立ちはだかっているのは、巨大ムカデだった。いやさ、ゲームでもあるよ!? だけどさ、こんなにリアルじゃないじゃん!?
キシャーッ! と
そして目玉! 例のリアルな目玉が牙のすぐ近くにあって、ぎょろりと俺を見ているんだよ! 無理! 俺を見るな! どうしてくれんだよ、この全身鳥肌!
「とにかく俺の背に隠れて! 『鑑定』!」
龍之介のスマホがピカッと光った。
「ひいいいっ! 逃げようよ龍之介! 俺虫無理!」
「一本道だったでしょ! 下がっても他に道はないよ!」
「やだああああ!」
龍之介の背中からしがみついて、後ろに引っ張ってみた。だけどバスケで鍛え上げられた体幹は、俺程度じゃびくともしない。
「ほら、鑑定結果が出たよ! ムカデに牙はないし目は退化してるから、あれはムカデじゃないって! ムカデもどきって名前らしいよ! ついでに虫は足が六本だから虫でもない!」
「そんな情報どうでもいい!」
「でもムカデに似てるから、弱点は冷やすことだって! 十度以下になると活動を停止するんだって!」
「……てそれ、やっぱり俺しか倒せないじゃん! ええと、どうしよう、どうすればいい……!?」
たったさっき、新たに氷魔法を覚えたばかりだった。炎のスライムに向けて攻撃してみたら、電動かき氷機の噴射みたいなやつだったので調べた。
「かき氷として食すことができます。ふわふわとシャリシャリ、どちらが好み?」と書いてあって、龍之介と視聴者が止めなければ、拳を地面に叩きつけていたと思う。
勿論、即座にLv2を習得した。Lv1はマジでお話にならない。熱い時はちょっと出しちゃおっかな、と思わなくはないけど、今はその時ではない。
とにかく、魔法をちっとも覚えていない龍之介では倒せないのははっきりしている。
こうなったら、視聴者に聞いてみよう――!
背中に隠れながら画面とキューを交互に見つつ、尋ねた。
「み、みんな! 何かこう、怖いものが怖くなくなる方法とか知らない!?」
【名無し】ワタルちゃん虫嫌いなんだ。可愛い!
【名無し娘】やっぱりあざといじゃん草
【男バス元女マネさっちー】昨日からこいつなに!? なら他の配信者の所に行けばいいじゃん
【男バス女マネ雪】アンチってやつか。まあうちらの亘先輩、驚きの可愛さだからな
【通行人A】視聴者同士での争いはやめておこう。大事なコメントが見え辛くなるよ
【男バス元女マネさっちー】名無し娘が喧嘩売らなければいいんですよ!
【名無し】嫉妬だって。こういうアラシはスルーが一番だよ(スレ有識者談)
……ヒントが何もねえ! でもさっちーと雪ちゃん、マジでありがと!
「困ったな……、物理攻撃は動きを止めた後じゃないと危険ってあるんだよな……」
ブツブツと、俺に聞こえるか聞こえないかギリギリの声で龍之介が呟く。
その言葉を聞いて、ハッとした。そうだ、今朝、俺はあんなに偉そうに対等に扱えと龍之介に言ったばかりじゃないか……!
【男バス元女マネさっちー】よし、谷口! ここは秘技薄目でいこう!
【男バス女マネ雪】さっちー先輩、それナイス
【名無し】ある意味正解
【通行人A】やってみる価値はあるな
みんな真面目に言ってる!?
でも、ここで龍ノ介の背中に隠れていたって事態が好転しないのは明白だ。
俺は拳を握り締めると、震えそうになる声を絞り出しながら龍之介の影から出た。
勿論、薄目で。
「りゅ、龍之介」
「どうしたの!? 出てきちゃったら駄目だよ!」
薄目だけだと、どうしても恐怖心が先立つ。そこで俺はひらめいたんだ。いつも龍之介が俺にしていること。それは――。
「お、俺を煽てて……!」
「……」
何か言えよ。
龍之介はスーッと息を吸い込むと、大声でまくしたて始めた。
「亘は世界一!」
「もっと!」
「亘は明るくて笑顔が可愛いし、僕の癒やしです!」
「それ煽ててるか?」
「えっ? じゃあええと、亘ならできる! 亘は強い、可愛い、やればできる子、そして可愛い、頼り甲斐がある!」
可愛いがやたらと出てきた気がするけど、言われている内に、「そうだよな、俺ってやればできる子だし!」と思い始めてくるから不思議だ。できるも二回言われた気がするけど、気にしないのが俺の美点!
龍之介が手を叩き始める。
「それワ・タ・ル! ワ・タ・ル!」
「――よし、俺はやればできる子だ!」
バッとサイドステップを踏むと、目を見開きスマホ画面をタップして、氷魔法Lv2を選択する。手に氷が入った玉が出現したと同時に、思い切り振り被ってシャカシャカ言っているムカデもどきに向かって投げつけた!
「キシャアアアッ!」
ムカデもどきが、一瞬で白く凍りつく。
テカテカの表面が見えなくなったら、気味悪さは一気に半減した。
「や、やった……!」
「とどめは僕が刺す!」
「よろしく!」
龍之介は長剣を振り被りムカデもどきを斬りつける。次の瞬間、ムカデもどきは粉雪となって消えていった。
――ぎょろりとした目玉ふたつを残して。
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