(四)未来への一歩 (第1章)告白

天作はスーパーでの仕事を終え、駅に向かって歩いていた。最後の『お湯に浸かろう会』から、彼は何かが変わりつつあるような気がしていた。

天作は駅に着くと、いつものように改札をくぐった。ふと目の前を見ると、ホームへの階段を上る直美の姿が目に入った。以前の彼なら、そのまま見送っていたことだろう。

けど、その日の天作は、小走りに駆け寄り、「あの~、直美さん」と勇気を出して声をかけた。

「えっ?」と振り向いた直美は、「あっ、天作さん。ビックリした! お仕事帰りですか?」と笑顔で応えた。

「たまに見かけとったんやけど……やっと声がかけられましたわ。職場のスーパーが近くなんで。もし……あの、もし、時間があるんなら、その、ちょっとお茶でも、ど、どうですか?」

天作はしどろもどろになりながら、お茶に誘った。

「ええ、いいわよ。もう一度、駅の外に出ましょうか。確か、ちょっと行ったところに、コーヒー専門店があったわ」

彼女はオシャレなカフェでなく、落ち着いた昔風の喫茶店を選んだ。

「わいは、どこでもかまいまへん。直美さんについてきますわ」

「じゃあ、そこにしましょうか」と二人は、もう一度改札をくぐり、小さなコーヒー専門店まで並んで歩いた。

中に入ると、コーヒー特有の甘い香りが広がっていた。奥の席に落ち着き、天作はアメリカン、直美はカフェオレを注文した。

「銭湯以外で会うなんて、初めてよね。この前の話は、驚きを通り越して、SFの世界にでも迷い込んだような感じだったわ。天作さんは、理解できました?」

直美は、明るい調子で話しだした。

「とてもとても。理解なんて、できしまへんでしたわ。そうそう、あれから保奈美さんに、『ミズノくん』をプレゼントされましてなぁ」

「えっ? 水野くんって、ハムスターのですか?」

「まぁ、そうです。というても、人工アニマルの『ミズノくん』ですけどな。そのミズノくんと、漫才を勧められたんですわ。なんや、AIいうんですか。それが搭載されてて、人間の笑いのツボを押さえた会話ができるちゅう話でしたわ。わいとのかけあい漫才をしてみてはどうか?と、言われましてなぁ。そうや、ちょっと今も連れてるんで見ますか? 実は、スーパーの休み時間に、パートさんを前にして漫才の練習してるんですわ」

天作は、黒いショルダーバッグを開き、両手でそっと『ミズノくん』を取り出した。

その時、ちょうど飲み物を運んできたウェイトレスが、「キャ~、ネズミ!」と叫んだ。そして、慌てふためいて、トレーをひっくり返してしまった。

天作は急いでミズノくんを仕舞おうとしたが、遅かった。ウェイトレスがマスターを連れて来て、「このお客さんが、ネズミを放し飼いされてて、バッグから出したんです!」と説明した。

「お客さん、すみません。ウチはペット禁止なんですよ。それにネズミとは! 逃げだされでもしたら」とマスターは、困った顔をした。

「あぁ、驚かせてすんまへん。ミズノくんは、ネズミやのうてハムスターですねん。それに……本物やないんですわ」

その時、スイッチがオンになってしまったようで、ミズノくんは、いきなり「あ~、外は明るいでんな。そもそも、しゃべるハムスターなんて、いてますかいな。ちょっと、そこのお姉さん、そないかがんでると、パンツ見えますでぇ~」とまさに、しゃべり出してしまった。かがんで床のカップを片付けていたウェイトレスは、またしても、「キャ~、ネズミ、じゃなくて、ハムスターが……」と卒倒しそうだった。

「あ~、すんまへん、すんまへん。パンツ、見えてないですから安心してください。こら! ミズノくん、いきなり失礼やで。パンツは見えてても、レディの前では、そないなこと正直に言うたらあかん」

「花柄やったなぁ」と、ミズノくんがひと言。

ウェイトレスは「えっ? 見えてたということですか?」と顔を赤らめている。

「いえ、いえ。見えてないですわ。花柄ちゃいますもんな。あっ、いや、とにかく、ミズノくんは、ロボットといえばええんですかな。本物やないんで……」と、あたふたと説明する天作の様子を見て、直美は「ぷっ」と吹き出した。

マスターも「どうなってるんですか? 見ためは、本物のネ……いえ、ハムスターですけど……」と、あっけにとられている。

ミズノくんは「あまりウケしまへんなぁ。まだまだ修行が足りまへんわ」と首をすくめた。直美は「そこそこ面白かったわよ。けど、AI搭載というわりには……?って感じかしら。人工知能でも、修行するのねぇ」と、率直な意見を述べた。

「とりあえず、ミズノくんは仕舞いますわ。お騒がせしてすんまへん」

天作はミズノくんのスイッチを切った。

マスターとウェイトレスは「世の中も、AI時代に突入なんですね」と感心しながら、カウンターに戻っていった。

あらためてカフェオレが運ばれてくると、「でも、人工アニマルって、生きたペットを飼えない人にはいいわね。話し相手にもなってくれるし、癒されそう~。食べ物も必要ないんでしょう」と言いながら、直美はカップを手にした。

「そうでんなぁ。動物アレルギーの人や、世話のできん人、それに寂しい人にもええんちゃいますか。実際、わいも癒されとります。保奈美さんからは、リハビリ施設で、漫才をしてほしいと頼まれてましてな。笑ういうのは、大事みたいですなぁ。脳に刺激を与えるちゅう話でしたわ。わいの漫才……いうても、ミズノくんに助けられてやけど、できることはやってみよう思うてます。まぁ、でも……正直、ミズノくんも修行中なんで、そないオモロない時もあるんですけどな」

天作も、アメリカンコーヒーに口をつけた。

「確かに、そこそこかもね。でも、素敵だと思うわ。だって、芸人さんとしてのキャリアを活かせるんだもの。病院や色んな施設を訪問してもいいんじゃないかしら。あと、動画で漫才を披露したら、出かけられない人や、多くの人に見てもらえていいわね。ちょっと普通とは違う、夢の叶え方っていうことでしょ。それにAIペット、色々と活用されていくと思うけどな。目覚まし時計のように、決まった時間に起こしてくれたり、スケジュール管理してくれたり。お年寄りなら、薬を飲む時間を知らせてくれるなんてことも。日常のサポートまでしてくれると助かりそうよね。私もその内、『AIキャット』を作ってもらいたいわ。ウチのマンション、ペット禁止なの。進化した未来が、現実のことになっていくのね」

「それは面白い案やなぁ。直美さんも保育士の経験を、なんや活かしていけるんやないですか」

「あぁ、実は、私もね……今の保育園の保育士を続けながらでいいから、リハビリ施設の子供のケアを頼まれたのよ。だけど、私には荷が重いって断わったの。だって、普通の子供達の世話だって大変なのに……。そんな人工チップを埋め込んだり、外したりする繊細な子供のサポートって、専門的な知識も必要だし、今の私には無理だわ。でも、いずれは今の保育園を辞めて、専属になれたらいいなと思ってるの。少しずつ勉強を始めたのよ。それこそ、AIアンドロイド保育士との共同ケアね。負けちゃいられないわ」

「そうでっか。直美さんも頑張りますなぁ。負けちゃいられない。ほんまですな。わいもミズノくんに頼ってばかりではあかん思います。あっ、そういやぁ、直美さんに伝えたいことがあったんですわ」

天作は、少し畏まった表情をした。

「えっ、私に? 何かしら?」

「それがですなぁ。この前の会合の帰り、里穂さんから『直美さんに、ちゃんと自分の気持ちを伝えなさいよ』と言われましてな。わいみたいな男が、この先、誰かに思いを伝えるなんて、考えもせえへんかったんやけど。里穂さん、真剣な顔をして『幸せになろうと自分で覚悟しなきゃ、幸せになんてなれないんだから』と怒ったように言うんですわ。実は、前から直美さんのこと……可愛らしい人やなぁと思うてました。それが、里穂さんにバレてたんですなぁ」

「そう、里穂さんが、そんなことを……。それで、天作さん、今から私に愛の告白をしてくれるの?」

直美は、手にしていたカップをテーブルに置いた。

「まぁ、ええなぁ思うてたんは、ほんまのことやさかい。けど、それは、テレビを通して見るアイドルみたいなもんやないかと思うんですわ。そっと遠くから見てるんが嬉しいみたいな……。たぶん、直美さんは、わいに告白されても困るいうことも分かってます。ほんでも告白ちゅう、気恥ずかしいこと、してみてもええかという気にもなって。大阪から戻ってきて、わいは、なんや自分を誤魔化しながら生きてきたように思うんですわ。婚活もしてみたんやけど、どうせわいなんてみたいな気持ちやったから、相手さんに失礼ですわな。今は自分にもできることがあるかもしれんいう、少しだけ希望がみつかって、生きることが楽しいなってきました。そやから、一度、告白させてもらってもええですか? そして、振ってください。振られて、そんで、もう一度、幸せになる覚悟を決めますわ」

天作は、空になったコーヒーカップを弄びながら、直美の顔をまじまじと見た。

「なんだか、私の方が振られている気がしないでもないわねぇ。分かったわ。思いっきり振ってあげる。だから、本当に、天作さんのことを大切に思ってくれてる人のことに気づいて。じゃあ、はい、告白して。どうぞ」

「はい、どうぞ、言われましても。心の準備が……」と天作が戸惑っていると……。突然、ショルダーバッグの中から、ミズノくんの声が……。

「惚れてます。できれば、天作はんの相棒やのうて、直美さんのペットになって、その胸に抱かれたかったですわ」

「え~、なんで、ミズノくんが告白してんねん? いつのまに、スイッチが入ったんや?」

慌ててショルダーバッグの中をゴソゴソしている天作を見て、直美は「告白は、本当に好きな人の時まで、とっときなさいということじゃないのかしら」と優しく微笑んだ。その笑顔につられて、天作も「そうかもしれまへんなぁ」と、照れくさそうに笑った。

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