お湯に浸かって明日のことを考えよう
桜♡RIE
(壱)ブログの世界 ( 第1章) おっさん犬ロン、ブログを始める
「ほんま、早よせ~や。そんなんでは時代に乗り遅れるで」
「そんなこと言われても……。パソコンっていうか、こういうの苦手なんだよ。で、タイトルは何にするんだい?」
僕、佐々木正治は、ノートパソコンを開いて、初めてのブログ作成に奮闘していた。
「そやな、『ラブリーロンちゃん、愛を探して果てしなき旅』ちゅうのはどうや?」
ロンは、したり顔で言った。
ラブリーロンねぇ。で、プロフィールは、どうしたもんか?
ロンは僕の相棒である。ヘンな関西弁をしゃべる外国人というわけではない。話せば長くなるのだが、いや、話したところで信じてもらえるわけでもないけど。
ロンというのは、ヘンな関西弁をしゃべる犬なのである。まっ、実際にしゃべっているわけではないのだが……。会話は、ほとんどテレパシーである。やましいことを考えていると、すぐにロンに伝わってしまうので気をつけなければいけない。
もっと詳しく説明すると、ロンは「前世が人間だった犬」で、しかも、前世というのが、ちょっとやさぐれた関西のおっさんだったらしいのだ。まぁ、犬になっても、その雰囲気や姿は引き継がれているわけで。
したがって、僕はロンの飼い主で、こいつは僕の飼い犬ということになる。おっと、やさぐれたなんて思ってると、文句を言われてしまう。
「何をブツクサ思うてるんや。口に出さんかて、わいには伝わるで。わいのことを、どうブログで説明しようか、悩んどるんか? そない正直に書かんでも、ブログちゅうのは芝居がかったウソでもかまへんらしいで。パパさんが、わいになり代わって書いたらええやないか。そんでもって、『べっぴんさんの犬と出会いたいわん。可愛いワンちゃんを飼っている人、大歓迎』そう書いといたらええんや。そもそも、わいが犬の姿をした宇宙からの使者で、カッコイイスーパーヒーローなんて書いたかて、誰も信じいへんで」
そうなのだ。ロンは自称、「地球の進化をサポートする為にやってきた、宇宙からの使者」らしいのだ。あくまで自称だけど……。
「確かに、カッコイイスーパーヒーローとは、誰も信じない風貌だわな。それにしても、なんでブログを始めようと思ったんだい?」
「それは、あれやがな。地球の進化に貢献することと、悩める人の幸せへの手伝いやないか。グローバルな世界で、使命を全うしよう思うてな。まぁ、そのついでちゅうわけやないけど、わいの愛するパートナーを探そう思うたわけや。自ら動かな、愛は手に入らんでぇ。わいは、ついに立ち上がる決心をしたんや!」
な~んだ、こいつ表向きは、「地球の進化がどうとか……」と言いつつ、本気でパートナー探しをするつもりだな。やれやれ、ホントに使命を果たす気かねぇ。
確かに今までも、僕の周りの人間が進化していったり、その人なりの幸せをみつけていったり、なんてことがあった。しかし、それが果たしてロンのおかげなのかは定かではない……。
「また、何をブツブツ思うてるんや。パパさんとも長い付き合いになるさかいにな。考えてることは、よう伝わるわ。せっかく使命を果たす為の相棒に任命したんやから、頑張ってや」
「あぁ、頑張ってるじゃないか。ロン、おまえが最初にしゃべった時はホント驚いたよ。ただの老犬だと思ってたのが、いきなり、『地球の進化の時なんや』とか、『愛やで~愛』って、ヘンな関西弁で話しだすんだから。まっ、実際にはテレパシーで伝えてきたんだけど。でもって、高い餌を要求され、さんざん食べ、あっけなく三日で天国に行っちゃうんだもんな。そうかと思えば、二年後には隣の家の犬として生まれ変わり、なんやかんやで、今はまたウチの犬。人に話しても信じてもらえないのが辛いとこだよ。しかも、宇宙からの使者だなんてさ」
だけど、時に文句を言いつつも、宇宙の使者だろうが、なんだろうが、僕にとってロンのいない生活、いや、人生は考えられなくなっている。
息子の博は嫁さんを連れて大阪に転勤、娘の美穂は婿の仕事について行きパリに住んでいる。僕達夫婦にとって、ロンは家族なのだ。半年ほど前に、一緒に飼っていたナナというメス犬が天国に旅立ち、もらってきた子猫も先月、娘のところへ行ってしまった。
そんなこんなで、ロンも寂しいのかもしれない。何はともあれ、大切な家族の一員であり、表向きは僕が飼い主だ。まぁ、ロンからすると、僕のことを飼い主どころか、弟子とでも思っているようだけど。
「そりゃあ、普通の人で信じる方が、ビックリやで。パパさんとは何度も巡り合う運命ちゅうか、それくらい縁が深いんやろうなぁ。最近は、すっかりテレパシーにも慣れて、ええ相棒になってきたしな。パパさんには、息子に娘、愛するママさんかているやないか。ここらで、わいもパートナーと、いちゃいちゃしたい思うてな。そやさかい、早うブログを完成させてぇな。多くの女性に、わいの魅力を知ってもらわないかんのや。いや、多くのメス犬やったな。時々、犬なのを忘れそうになるわ。ネットのことも美穂ちゃんに、ちゃんと教えてもらっといてぇな。メールのやりとりや、写真を拡大で見る為にパソコンを買うたんやろ」
ったく、口の減らない奴だ。何が多くのメス犬だよ。地球貢献なら、全人類じゃないのか?
確かにスマホでは写真が小さいので、ノートパソコンを購入したのだが、どうも使い方が分からず、娘にもあきれられている。会社では、オンラインで仕事をする可能性も出てきているが、この先、使いこなすことができるのか、正直不安でもある……。けど、ロンの嫁探しの為に、ひと肌脱ぐしかない。僕は、必死でブログの完成を目指した。
「あのさ、僕の意見なんだけど……本来の目的は、宇宙の使者として地球貢献したいってことだろ? それで、ラブリーロンちゃんでは、ちょっと怪しいというか、軽薄そうじゃないか。そもそも、まともな人間なら引くと思うけどなぁ。しいては、可愛いメス犬との縁も遠のくのでは? ここは、ちょっと気を許したくなるような、ゆる~いタイトルの方が目を惹くんじゃないか?」
「そうか。なら、どんなんがええんや。ラブリーロンちゃん、気に入っとったんやけどな」
「ラブリーとは、ほど遠いから、ウソにも限界があるっていうものだよ。ここは、正統派で『癒し?のおっさん犬ロン』というのはどうだ?」
「う~ん、おっさん犬というのは、少々、わいには似つかわしくない気もするんやけど。でも、まぁ、言われてみれば、『カッコイイレスキュー犬』では、近寄りがたいイメージやな。ここはひとつ、気を許してもらう為には、ウソも方便ちゅうことか」
「おっさん犬、そのままだぞ! まぁ、しょせん、僕も人間のおっさんなのだから、なり代わりの心苦しさも軽減されるというもんだ。それにしても、レスキュー犬って、僕の前世のことじゃないか」
そうなのだ。僕の前世は、カッコよく人助けをしたレスキュー犬だったらしいのだ。ロンの言ったことだから、どこまで真実かは分からない。しかし、今世でもテレビでレスキュー隊の番組を観ていると、なぜか武者震いする時があるので、まんざらウソではないのかもしれない。ただ、カッコイイと言われても、人間ではないので複雑な胸中ではあった。
それに、犬から人間に生まれ変わるというのは、本来はないらしいけど……。まっ、前世はひとつだけでもないし、今の自分を味わうしかない。
四苦八苦しながら、最後のメッセージを入力して完成のところまできた。ロンのたっての希望により、『可愛いワンちゃんを飼っている人、大歓迎!』と打ち込んだ。さすがに、「べっぴんさん」とか「メス犬限定」とは書けない。僕が変人に思われてしまうではないか。
「メス犬限定と書けへんのは、我慢するとして。せめてイラストは男前にしといてや」
仰せの通り、かなりひいき目のイラストを入れて、なんとか完成した。
ロンは、満足げに自分のブログを眺め、「そや、パソコンの扱い方の練習や。ネットサーフィンしてみよか」と犬らしく、「ワン」と吠えた。
「ネットサーフィン? なんだよ、それ?」
僕が、あたふたしていると、「ほんま、時代遅れなやっちゃな」とロンが笑った。いや、笑ったような気がした。犬って、どうやって笑うのか? 僕は知らないからね。
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