Ep.3 壊された日常

 勇翔たちがそれぞれ別の方向にバラける作戦をとり、赤城が勇翔を追い始めて数分が経った。


 しかし、周囲はいつの間にか静まり返っていた。


 ほんの数分前まで、ただならぬ殺気を孕んだ赤城の怒号が、後方から絶えず響き渡っていたというのに。


 今となっては、それはまるで幻だったかのように、一切聞こえなくなっていた。


「はぁ……っ、はぁ…………!」


 空はいつしか薄暗くなっていた。


 日が暮れたことで茜色の空は深い藍色と混ざり、今や街灯が放つ光をあてにしなければならないほどに暗くなっていた。


 もう四月にもなったおかげで、日が出ている間こそ温もりを感じられるようになったが、しかし夜ともなれば、地面に染みついた冬の名残が蘇るように、木枯らしが吹きすさぶ。


 冬の空気は未だこの地に根強く残り、まだ完全に春風にさらわれてはいないようだった。


「……撒けた、のか?」


 異様に静まり返った住宅街の様子に違和感を覚えた勇翔は、警戒しながら後ろを振り返った。

 しかし、そこには誰もいなかった。


「…………ッ!?」


 何故か、赤城の姿がポツンと消えていたのだ。


「そんな雰囲気じゃねえ、よな……」


 冷たい夜風が、汗ばんだ頬を撫でる。


 ――ふと。

 勇翔は、何かがおかしいと思った。


 あれだけ自分に執着し、いつもダル絡みばかりしてきた赤城が、あれほどの殺気を放って追いかけてきたのだ。


 なのに。

 こんな簡単に、奴は引き下がるものなのだろうか?


 と、勇翔の脳裏にはそんな思慮がぎっていた。


 一度でも考えてしまうと、それはもう止まらなかった。


「……っ。でも、駅はすぐそこだ。帰ったら二人に――」


 そんな違和感を覚えたことを皮切りに、恐怖がどんどん湧き出てくる。


 しかし勇翔は、その不安を誤魔化すために「駅はすぐそこだ」と口に出して、さっさと目的地へ向かおうとした。


 ドクン、ドクンと、身体中に響く鼓動がいやに大きく聞こえてくる。

 恐怖を自覚したことで、勇翔の鼓動はさらに早くなっていた。


 全身に鳥肌が立つ。


 不安の正体は掴めないままだが、しかし不気味な違和感が心の中に残っているという感覚だけが、勇翔の胸の奥底に大きなわだかまりとして突き刺さっていた。


「―――っ!」


 勇翔は湧き立つ恐怖に駆られて再び走り出した。


 このまま全力で逃げ切って人混みに紛れれば、この恐怖だって払拭できるだろう。

 そう思い、勇翔はひたすら駅に向かって走っていた。


 だが。

 しばらく走って、息を切らし始めた頃だろうか。


 いつしか、場の空気が変わっていた。


 それは一瞬の出来事だったが、しかし勇翔は自身の周りを漂う空気が明らかに“変わった”ことに気づいていた。


 まるで肌を刺してくるような、冷たい空気が全身を包み込む。


 勇翔はふと足を止めた。

 何故か、先に進む気になれなかったからだ。


 後はもう駅に逃げ込んで、電車に乗って帰宅すればいいだけなのに。

 全身に嫌な汗がじわりと滲む。


 そんな勇翔の視界には、“異変”が起きていた。


「…………! なんだよ、これ……」


 彼の視界には、奇妙な現象が映り込んでいたのだ。


 その奇妙な現象とは、勇翔の眼前にある……まるで空間がヒビ割れるようにして生まれた、“亀裂”のことであった。


 目の前に広がる異常な光景に、勇翔は思わず息を呑んだ。

 それは決して、勇翔の見間違いなどではなかった。


 その亀裂は徐々に広がり、まるで空間を裂くようにして、一気に膨張していく。


 キィ……ン……カァン……。


 さらには、亀裂が膨張するにつれ、妙な金属音まで聞こえてくる。


「はっ……!? な、なんだよ…………この音…………っ!」


 勇翔は周囲から聞こえる、その“音”に恐怖していた。


 そして。


「……ッ!?」


 その“亀裂”は、いつしか空間の裂け目として生まれ変わっていた。


 完全に膨張しきったその“亀裂”は、まるで何者かが左右へ力を加えたように強引に割り裂かれ、亀裂の発生源である空間をも巻き込んで、それこそ空間を“断裂”するかの如く、真っ二つに引き裂かれていた。


 ……その“裂け目”からは、どす黒い闇が覗いていた。


 しかし、奇妙な現象はこれだけでは終わらなかった。


 なんと、闇の中から、ゲル状の巨大な何かが飛び出してきたのだ。


 それは形を成さないまま、しかし確かに存在し、静かに動き出した。


 言うなれば、怪物。


 その怪物は、顔なき頭を左右に振り、辺りを見回した直後に凄まじい咆哮を上げた。


 ――ゴァァァルオオオオオオオオオッ!!


「う……うわああああああああああ!? 何なんだよコイツ……っ!」


 まるで腹の底を抉ってくるかのような鈍い咆哮を轟かせ、闇の裂け目から飛び出してきた異形の怪物。


 その姿は、まさに常軌を逸していた。


 体内に埋まった無数の目がぎょろぎょろと不規則に動き、それらは地面を舐め回すように蠢いている。


 そして、奴の身から放たれる圧倒的な威圧感に、あたりの空気は張り詰め、その気迫はただ立っているだけで命を刈り取られてしまうのではないか、と感じられるほどの恐怖感を醸していた。


 怪物は、一歩、また一歩と、足なき身体で、地を踏みしめながら進む。

 その度に、地面がドスンと揺れる。


 いつしか街灯の光が、バチッと音を立てて消えた。


「ガァ……ルルル……」


「っ……! く、来んな! 早く……逃げねえと……っ!」


 そんな怪物の登場に震え、困惑しながらも、勇翔は目の前に迫り来る圧倒的な脅威から逃げようと、震えて動かない体に鞭打って、必死に恐怖へ抗っていた。


 しかし、勇翔がどれだけ自身の膝を叩いても、彼の足は一向に動かなかった。


「おい……! おいっ! 冗談じゃねえぞ!? 動け! 動けって、俺の足!!」


「ゴルルォォ……!」


 一方で、怪物はどんどん勇翔の方へ迫ってくる。


 ――くそっ……! こんなところで、俺は死んじまうのかよ…………!?


 そんな無力感が、焦燥感が。

 恐怖が、彼の身を焼くように、足元から一気に這い上がってくる。


 四面楚歌。万事休す。絶体絶命。

 ……詰み。


 そんな言葉の数々が彼の脳裏に過ぎり始めたその時。


「――ようやく見つけた! 待てーッ!!」


「っ!?」


 突然、どこかで聞いたことのある少女の声が、まるで彼の思考を全て遮るかのように、遠方から響いていた。


 勇翔はついその声に気を取られて、声がした方を振り向いた。


「…………! お前っ……!」


 勇翔が振り向いた先、彼の目に飛び込んできたのは……


 上空から勢いよく降ってくるように滑空し、特徴的な黒い燕尾服をはためかせながら、自身の背丈の倍ほどはある大鎌を軽々と振り回しながらこちらへ飛んでくる、白い少女の姿であった。


 その光景を見た勇翔は、改めて確信した。

 異常なほどに青白い少女の肌に、軽い身のこなし。


 そして、どこからどう考えても人間ができる芸当ではない、飛行能力。


 これだけ目立つ特徴をした少女の姿など見間違うはずもないが、しかし勇翔は今更ながらに確信していた。


 彼女は、今朝自分が助けた謎の少女だと。


「やああああっ!」


 そして少女は、呆気に取られている勇翔の頭上スレスレから急下降し、甲高い摩擦音を立てながら地面を滑るように着地し、履いているブーツの底をガリガリと削り、その勢いを利用しながら化け物へ強力な斬撃を喰らわせていた。


 刹那、弧を描くように湾曲した大鎌の刃が、化け物の持つゲル状の身体を容赦なく斬り裂いていく。


 直後、怪物の身体からは飛沫が上がっていた。


 だが、当の怪物が自分が斬られた事に気付いたのは、少女の鎌が奴の身体を撫でるように横断し、その刃が怪物から離れて数秒もしない頃だった。


 化け物の身体は、少女の手によってバターのようにいとも容易く、それでいて深い傷跡を残すように斬り裂かれていたのだ。


「――ゴガォォォォォォォォ!?」


 瞬間、怪物は先ほどとはあからさまに違う、悲鳴とも取れる咆哮を上げていた。


 奴は周囲を見渡したり、攻撃を受けたことによって咆哮の声音を変えるなどの行動をとるため、明確に自我や痛覚を持っていることは確かだった。


 それが判明しただけで、戦況は一気に少女の方へ傾いた。


「ねえキミ! 朝に助けてくれた子だよね!?」


 だから彼女は、自身が作った一瞬の隙を逃すことなく、勇翔へ語りかけていた。


 そして――。


「逃げて! あれはキミたち人間の手に追える代物じゃない! あいつは多分、今の人間の文明の兵器じゃ絶対に倒せないようにできてるの! ああいう怪物は、たぶん私たち死神じゃないと倒せない!」


「…………はぁ!? なんだよそれ、お前――」


「お願い、今話してる余裕はないの! 早く逃げて!!」


 少女はその隙をついて怪物へ攻撃することはせず、勇翔へ身の安全を確保する方向へ舵を切ったのだ。


 少女が勇翔に伝えた情報は、全て彼にとって衝撃の事実であった。


 文明の利器じゃ倒せない化け物。


 今の人間の文明じゃあの怪物は倒せないのなら、到底信じられないが、つまりあの怪物には現代兵器を撃ち込んでもなお倒せないということ。


 しかし、そう言い出した少女が、実はそんな怪物をも倒せる“死神”であること。


 全くもって意味が分からないのは確かだった。


 だが、勇翔はそれだけの情報を一気に伝えられて混乱することもなく、冷静に今の状況と照らし合わせて対処していた。


「……分かった!」


 ――そんなやべえ奴らが目の前にいるんなら、今俺がやるべきことは、逃げることしかねえだろうよ!


 と。


 その一心で、勇翔は少女と化け物が対峙するこの場から真っ先に逃げ出していたのだ。

 勇翔は再び四神代駅へ向かっていた。


 勇翔がこのことをすぐ理解するかは賭けだったが、しかし流れが少女の思惑通りに傾いたことは、少女にとって大きな幸運だった。


 いくら勇翔が少女のことを視認でき、会話を交わすことができる特殊な体質であれ、彼自身がすぐに行動できなければ意味がない。


 が、勇翔の存在は少女にとってイレギュラーであった。


 少女がゴミ箱にダイブして出られなくなった時、彼は本来視認すらできないはずの少女の足を掴み、引っ張り上げた。


 それが、少女にとって彼は未知数の存在たりうる要素だったのだ。


 だからか。

 少女には、『彼なら、この状況もすぐ飲み込める』という謎の確信があって。


 しかし。

 それなのに、少女にとって勇翔は何者なのか全く分からなくて。


 ――彼は、一体何者なんだろう。


 それが。

 その疑問が、戦闘においての雑念となることを懸念して、少女は声を荒らげたのだ。


 一方で勇翔は、突然現れた少女が、鬼気迫る表情で戦闘を繰り広げていることに困惑していたが、しかし少女に避難するよう呼びかけられたことで、ようやく足が動くようになっていた。


「……よしっ! これならあの子を気にすることなく戦える……!」


 勇翔がこの場を走り去った直後、少女は安堵しながら呟いた。


 そして。


 ――ふざけんなよ! お前のせいで今朝撮られた動画が拡散されまくってんだ! どうしてくれんだよオイ!


 ――ねえキミ、どうして私のことが見えるの!? 死神を視認できる人間なんて、契約者でもない限り現状この世に存在しないはずなんだよ!? 一体なんで!?


 勇翔も、少女も、互いに言いたいことは積もりに積もっていたのだが、しかし勇翔が少女の元から離れたことで、彼らはそれぞれのやるべきことを明確に理解し、状況は次第に好転していく兆しが見えてきた。


 しかし、少女にとってこの怪物は、油断できる相手でもない。


「…………ふーっ。……さぁ、頑張らないと」


 少女はそう意気込んで、再び鎌を構えた。

 その一方で、今までずっと無視されていた怪物は、相対する彼女の眼前で蠢き、先ほどつけられた深い傷跡を埋め、裂けた身体を再生させていた。


 ゴルルオォォォ――ッ。


 力なき咆哮を上げる怪物を目の当たりにして、少女は一切の油断もすることなく、どうあの怪物を処理しようか思考していた。


 ……だが。


 そんな勇翔の逃走を。

 怪物と相対する少女の逡巡をも、全て嘲笑うかのように。


「――ギャハハハハハハ!! 逃げられると思ってんのか、組木勇翔ォ!」


「…………はぁっ!? お前……、なんで……!」


「――っ、契約者!? 一体なんで……っ!」


 組木勇翔の眼前に。

 まるで彼の退路を塞ぐかのように、何もなかった所から、いつの間にか赤城が現れていた。


 奴は、先ほど怪物が出現した時に出たものと同じような、黒い裂け目を背にして現れていたのだ。


 言うなれば、何もない空間から、あの黒い裂け目が再び現れ、その闇の中から赤城が現れたと言うべきか。


「クソっ……! なんだよ、それ…………! お前……一体何なんだよ!」


「ギャハハハハハハッ! 誰が教えてやるかよ、バァーカ!!」


「んだとっ!?」


「――! 挑発に乗っちゃダメ! 早く逃げてっ!!」


 グルルオオオオオオォォォォォッ!!


 そして。


 勇翔が、赤城が、白い少女が、それぞれ声を上げる中。

 そんな彼らの声を全て打ち消すようにして。


 怪物が、一際大きな咆哮を上げた。


「「っ!?」」


 勇翔と少女は、同時にその咆哮へ反応した。


「ギャハハハハッ! ……そうかそうかァ、てめェも腹が減っちまってしゃァねェみてえだなッ!!」


 一方で、怪物はそんな赤城の言葉に呼応するようにして。


 奴は、その巨体を乗り出すようにして――即座に、動き出した。


 それは、黒い裂け目の中から現れ、はじめに勇翔を見つけて動き出した時よりも、あまりに疾く。


 もはや、その時とは比較にすらならないほどの速度で。


 グオオオオオオォォォォォッ――!!


 奴は巨大なゲル状の身体を引き摺り、突進するように、勇翔の元へ進み出したのだ。


「なっ――、なに!? どうして急に、こんな速く――!?」


 かたや少女は怪物の急成長に困惑しながらも、大鎌を構え、そして再び怪物に斬りかかるが、当の化け物はまるで少女のことなど眼中にない様子で……ゲル状の身体を伸ばし、触手のようにして、無駄のない動きで少女を振り払った。


「きゃああああっ!!?」


 少女は怪物に吹き飛ばされ、住宅街の壁に激突していた。


「うっ…………く……!」


「ロリっ!!」


 眼前を阻む者がいなくなったことで、怪物はさらにスピードを上げ、勇翔の元へ向かってくる。


「そいつの心配してる場合かァ!? ほらほら、まずァ自分の心配しろよ、組木勇翔!」


「くっ……!」


 勇翔は絶体絶命の危機に追い込まれていた。


 後方からは、ありとあらゆる生物が溶け混じって形成されたような、不気味な化け物が迫ってきて。


 眼前には、赤城の姿があった。

 

 勇翔は何故、赤城があれだけ巨大で不気味な怪物を目の当たりにして、平気でいられるのか分からなかった。


「……なァ組木勇翔。どんだけイキってても、結局お前は人間だ。生きるために他人を殺したこともねえクセして、一丁前に偉そうなクチ叩いてんじゃねェよ」


「なっ……、何言ってんだよ、お前……!」


「遊びは終わりだって言ってんだ。……つっても、ただ殺すだけじゃつまらねぇ。もっと絶望させてから、じっくりいたぶって…………そっから八つ裂きにしてやる」


「お前……本気か……!?」


「ああ。……ほら、殺っちまえよ」


 赤城は勇翔の詰問きつもんに答えることもなく、しかし最後の「本気か」という問いだけには答えて、奴は楽しげに怪物へそう命じた。


 勇翔は状況が飲み込めないまま、迫り来る怪物の姿を、ただ見上げることしかできなかった。

 本当に、どういうことなんだよ。


「くそッ、なんだよ! どうしていたいけな高校生である俺がこんな目に! なあ神様、頼むよ! こんなとこで俺を見捨てるなよ! 今朝このロリを助けたばっかりなんだぜ!? それでも善行が足りなかったってのかよ!?」


 まるで命乞いにも等しい勇翔の神頼みが、虚しく夜空へ響く。


「――バカなこと言ってないで逃げて! 君はここで死なせちゃいけない!」


 しかし、そんな勇翔の言葉を否定するように、いつの間にか戦線に復帰した少女が、怪物の背後から攻撃を仕掛けようと飛んでくる。


「させッかよ!」


「きゃあっ!!」


 だが、赤城の指示で怪物は再び触手を形成し、一瞬で少女を弾き飛ばしていた。


「ロリーーーーーっ!」


「はッ、バカが。何がロリだ。さっきから訳分かんねえことばっか抜かしやがって」


 対する赤城は、そんな勇翔の言葉を嗤うばかり。


「……まあいい。殺れ」


 だったが、いつしか赤城は勇翔への興味を失い、怪物に勇翔を殺害するよう指示していた。


 グルルルオオゥ…………ッ!!


「あ…………ああ……!」


 奴の命令を聞いた怪物は、即座にその身体を振りかざしていた。


 刹那、怪物はゲル状の身体を触手のように伸ばし、絶望している勇翔の四肢を貫き――

 続けて、腹部を貫いた。


「うぐあ…………ッ!!」


 ――次の瞬間、勇翔の身体に激痛が走った。

 同時に、苦痛に満ちた勇翔の力なき悲鳴が夜空に響いた。


 勇翔はあまりの激痛に耐えられず、苦悶の表情を浮かべていた。


 だが、怪物が触手を引き抜くと、やがて勇翔は地面に崩れ落ちた。


「そんな――っ!」


 かたや少女は、護衛対象くみきゆうとが悪意に満ちた攻撃を受けてたおれる様子を、ただ眺めていることしかできなかった。


「ギャハハハハハハハハッ! そうだ! その顔が見たかったんだよ組木勇翔ォ!!」


 赤城の狂気じみた笑い声だけが、勇翔の耳に、そして少女の耳に強く響く。

 赤城栄治あかぎえいじは狂ったように笑っていた。


 奴の狂気じみた笑い声は、勇翔の意識を塗り潰すように、そして四神代しかじろ市の住宅街の夜空に木霊するように、しばらくの間響き渡っていた。


 ――くそっ……歩、夏芽……頼むから逃げてくれよ……!


 朦朧とする意識の中、勇翔はそう切実に願っていたが、いつしか彼の視界は闇に染まっていき――

 そして彼が瞼を閉じた直後、怪物は地に伏した勇翔の背を貫き、容赦なくその心臓を止めた。


「がはっ…………!!」


「あああ――ッ!!」


 その光景を見て、少女は絶望した。


「ハハハハハッ! いいぜェ、お前は俺たちが作る楽園の礎になるんだよ、組木勇翔ォ!」


 赤城栄治の持つ悪意は、確実に組木勇翔の運命を打ち砕いていた。


 ただ純粋に、野望を達成せんとする、強い野心に内包された赤城の悪意に、組木勇翔は屠られたのだ。


  ――Ep.3 【壊された日常】



――――――――――――――――――――――


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