決められない未来

区隅 憲(クズミケン)

決められない未来

 とある所に金に恵まれない男がいた。男は自堕落な生活を送っており、いつも自分の生活について文句ばかり言っていた。今日も男は、当て所なく外にブラブラと出歩きながら、空を見上げる。


「ああクソ、どっかに金儲けの話でも転がってねぇのか? 何とかして俺の人生を一発逆転してみてぇなぁ」


 そうぼやくと、突然空がパアッと光りだす。

あまりに不可解な光景に男は目を丸くする。

しばらく凝視していると、空から白い大きな翼を携えた人物が舞い降りてきた。


「あなたは自分の人生を変えたいのですね?」


「な、なんだお前?」


 男は狼狽しながら尋ねる。

目の前の人物は、穏やかな表情で話を切り出した。


「私は天界より遣わされた天使です。もしお望みであれば、未来予知の能力をあなたに授けましょう」


「未来予知?」


 男はその言葉にオウム返しに反応する。


「ええ、そうです。あなたが頭の中で念じれば、自分に巻き起こる未来を予め知ることができます。この力があれば、きっとあなたの人生にも役立てることができるでしょう」


 その言を聞き、男は瞬時に考えを巡らせた。

もしこの異形の存在の言うことが本当なら、金を儲ける手段がある。

その能力を駆使すれば、大金持ちにだってなれるかもしれない。

男はそこで、にやりとほくそ笑む。


「わかった。ならその力を俺にくれ」


「わかりました。では未来予知の力をあなたに授けましょう」


 そう言うと、天使の全身が光りだし、男はその光に包まれる。

男の頭の中には、自分が宝くじ売り場に赴く光景が浮かび上がった。

それはさきほど思いついた、男の金儲けのアイデアと合致していた。


 やがて光が収まると、天使は空へと再び舞いあがり姿を消す。

男はしばらく呆然と立っていると、未来予知の力を本当に手に入れたのか気になり始める。


(よし、この力が本当か試してみよう!)


 男は早速、未来予知した通りに宝くじ売り場に赴いた。

売り場の前に着くと、男はすぐに頭の中で念じる。


(もし宝くじを買ったらどうなる? 1等出ろ! 1等出ろ! 1等出ろ!)


 すると男の頭の中には、数字が書かれた紙が浮かび上がる。


〝12945〟


 それは1等賞である5桁の数字とはほど遠いものだった。

男はそこでがっかりする。


(クソッ! 外れだ! これじゃ買う意味がないじゃないか!)


 男は衝動的にその場から立ち去ろうとする。

だがふと先ほどの疑念が引っかかり、すぐさま踵を返す。

本当に未来予知した通りの数字が出るのか確かめたくなったのだ。

男はけっきょく未来予知した通り、くじを買う。


〝12945〟


 宝くじの紙には、確かにその数字が書かれていた。

だが当然ながら、それはハズレのくじだった。

男は未来予知の力が本物だと確信しながらも、けっきょくハズレのくじをまんまと買ってしまった自分のうかつさに腹立たしさを覚えた。


(ああクソッ、ハズレだとわかってたのに買っちまったよ! ただでさえ金がねぇってのに!)


 頭の中でもう一度未来予知をする。

すると今度は、〝22465〟という数字が浮かび上がった。

その数字もハズレの番号だった。


(クソッ! ハズレか! いや、もう一度やれば結果が変わるかもしれない)


 だが何度頭の中で念じても、〝22465〟という番号しか浮かび上がらない。男が宝くじを買わないと決意してから未来予知しても、〝22465〟のハズレくじを買う光景が浮かび上がる。


(まさか……この未来予知ってやつは絶対に結果を変えることができないのか?)


 男は嘘だと思いながらも、もう一度くじを買う。

紙に記された数字は〝22465〟。やはりハズレのくじだった。


(ああクソッ、けっきょく予想した通りハズレだったよ! 未来が変えられねぇなら、いくら宝くじを買ったって意味がねぇ! この力があれば、大金持ちになれると思ってたのに!)


 男が失望と怒りを覚えながら、宝くじ売り場からズカズカと立ち去ろうとする。

だがその時だった。


〝お困りのようですね〟


 耳元で誰かが囁く声が響いた。

男がハッとなって振りかえると、そこにはあの天使がいた。

男は八つ当たりのように天使に怒鳴る。


「おい、お前! 未来予知ってやつは何度やっても結果が変わらねぇじゃねぇか! 俺の未来ってのは変えることができねぇのか?」


「はい、その通りです。運命の輪というものがありまして、人間は基本的に一度決められた未来を変えることができません。未来予知は飽くまで未来を予測するものであって、己の未来を変える能力ではありません」


「だったら未来予知なんてできたって意味がねぇじゃねぇか! それってつまり俺が死ぬって予知したら絶対に死ぬってことだろ? 未来を予知できたって変えることができねぇなら、こんな力に何の意味もねぇ!」


 男は嘆きながら憤慨する。


「ええ、確かにそうですね。人間の力では未来を変えることは絶対にできません。ですが私たち天使には、人間の因果を歪める力があります。もしあなたが望むのならば、その力を授けましょう」


「なに? それってつまり未来を変えることができるってことか?」


 男は手のひらを返すように反応を示す。


「はい、その通りです。この力を使えば、これから起こる未来のパターンを増やすことができます。頭の中で念じてみてください。それで未来予知の結果も変わるでしょう」


 その説明を聞くと、男は早速天使にその力をくれと頼んだ。

天使は頷き、男を温かい光で包みこむ。


(頭の中がやけに熱い。何だか新しい力に目覚めそうだ)


 男は新たな力を得た感覚を覚えると、すぐに宝くじ売り場に戻って未来予知をした。


(1等だ! 1等来い!)


〝30983〟


 それもやはりハズレの番号だった。

だが男はすぐさま、頭の中で念じ始める。


(未来よ変われ! 1等賞来い! 1等賞来い! 1等賞来い!)


〝64129〟


 頭の中で新たな数字が浮かび上がる。

確かに未来予知の結果が変わった。

だがそれもハズレの番号だった。


(クソッ! またハズレだ! ならもう一度未来を変えるまでだ!)


 男はまた頭の中で念じる。


(未来よ変われ! 今度こそ1等! 今度こそ1等! 今度こそ1等!)


〝99073〟


 それもやはりハズレの番号。

男は立て続けに頭の中で念じる。


(未来よ変われ! 1等賞! 1等賞! 1等賞!)


〝71545〟

〝04584〟

〝28456〟

〝10348〟


 ハズレ。ハズレ。ハズレ。ハズレ。

それでも男は諦めきれず、頭の中で念じ続ける。


(未来よ変われ! 未来よ変われ! 未来よ変われ!)


 次々とハズレの数字ばかりが予知される。

それでも男は意固地になって念を唱え続ける。


(未来よ変われ! 未来よ変われ! 未来よ変われぇ!)


 何度も何度も、男は頭の中で念じ続けた。

そして幾百とそれを繰りかえすうちに、とうとう変化が訪れる。


〝00997〟


 それは1等賞のくじの番号だった。

男はその未来予知をした瞬間、手を叩いて大喜びする。


(やった! これで俺は大金持ちだぁ!)


 男は早速宝くじ売り場の前まで歩き、1つ宝くじを買う。

男はわくわくしながら宝くじの紙を開いた。


 だが――


(あれ?)


〝30983〟


 その紙にはその番号が印字されていた。

さきほど男が未来予知した〝00997〟とは違う。

それは男が2度目に宝売り場に来た時、最初に予知したものと同じ数字だった。


(どういうことだ? 未来が全然変わってねぇじゃねぇか!)


 男は憤慨しながら紙を破り捨て、宝くじ売り場を後にする。


「おい天使! おい天使! 出てきやがれ!」


 男は空に向かって叫んだ。

するとそれに呼応するように、空から天使が舞い降りてくる。


「おい! お前が言った通り未来を変える力を使ってみたが、最初の結果から全然変わってねぇじゃねぇか! 俺は宝くじが当たる未来をやっと予知したってのに、どうして当たらねぇんだよ!」


 男が怒りながら問い詰めるのに対して、天使は穏やかな表情を崩さず答えた。


「あなたは勘違いしてらっしゃいませんか? 私は未来を変える力があるとは言いましたが、必ずその未来が起こるとは言っていません」


「は?」


 男はポカンと口を開ける。


「未来を変える力とは、これから起こり得る未来のパターンを増やすことができる能力であり、自分が望む未来を確定できる能力ではありません。あなたは宝くじを当てる未来を予知しましたが、それは飽くまで起こり得る未来の一つにすぎないのです」


 天使の言葉に男は釈然としない思いで突っかかる。


「おいおい待てよ! 未来予知ってヤツは必ず予知した通りの未来になるんじゃなかったのか? 未来を変える力を使って未来予知すれば、俺の未来も上書きされるんじゃなかったのか?」


「いいえ、それは違います。あなたは天使の力を使って己の未来をいくつも捻じ曲げましたが、そこに未来を確定する力はありません。本来未来とは一律に定められたものですが、天使の力を使ったことであなたの因果は不安定なものになってしまったのです。つまりあなたは未来を変える力を使いすぎたことで、自分に起こり得る未来のパターンを作りすぎてしまった」


「…………」


 話を聞き、男は絶句する。

天使の話を換言すると、男は自分に巻き起こる未来を変えすぎたせいで、宝くじに当たる未来に行きつける可能性も極めて低いものになってしまったということだ。

これでは普通に未来予知などせず宝くじを買った時と、くじが当たる可能性がほとんど変わらない。


「残念ですが、一度捻じ曲げてしまった因果の歪みは元には戻せません。あなたがこれから未来予知しても、それが実現する可能性は極めて低いものとなりました。では、私はこれで……」


「あっ! おい!」


 男が手を伸ばして呼び止める前に、天使は消えた。

男は慌てて未来予知をする。


〝57451〟


 またハズレのくじを引く光景が頭の中に浮かび上がった。

だが、天使の言っていた話が本当なら、もはやこの未来予知の能力は何の当てにもならないことになる。


(でも……俺が1等賞になれる未来もあるんだよな?)


 男はそう考え直すと、ふいに調子づき、いてもたってもいられなくなる。

そしてまた宝くじ売り場に引き返した。



 

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