第2話


「――」


 男が目を覚ます。

 吹き付ける冷たい風に、目の前に広がるのは日本的ではないどこかの街並み。

 足場は石造りで、周囲を見渡す事でここが街を囲う塀の上だという事が分かった。


「なんで……」


 自然に漏れ出た声にハッとし、胸や背中に手を当てるがそこには何もない。

 突き出た矢も、今まで味わった事のない苦痛も、綺麗さっぱり消えている。

 男はこの光景に覚えがあった。



 そうとしか言えない状況に男は陥っていた。

 男は動く骸骨に殺され、気付けば最初にいた場所に戻っていたというのだ。

 

「――あんなのさっきあったか?」


 戻った、と男は思ったが、目の前の光景に先ほどとは違う点があった。

 塀のふちの近く、ぽつんと置かれた石。

 その石は淡く光を放っており、戻る前に動揺していたとはいえ見落とすものではない。


 つまり男が死んだ事で、現れたのだ。


 男は石に近づく。

 男の膝程の長さの、丸い石。

 男の手が導かれるように石に触れる。


「うわっ!」


 とたん、男の目に


『回帰石』


 石の上に、その存在の名前を知らせるが如く文字が浮かび上がっている。

 言葉通りに受け取るのならば、この石の名前こそが『回帰石』なのだろう。

 男は石の周りを回ってみたり、文字に触れようとしてみる。

 伸ばした手は文字をすり抜け、浮かび上がった文字が消える事はなかった。

 幻覚か、別の何かか。

 男にはその判断はつかなかった。


「どうなってるんだ」


 その疑問を答えてくれるものがおるはずもなく、男の視線が先へと向かう。

 先ほどの出来事が夢でなければ、この先に動く骸骨がいる。

 しかもそいつは躊躇なく男を殺そうとする相手だ。


 脳裏に浮かび上がる、矢に背中を射抜かれる痛み。

 喉をこみ上げる熱い血液。

 背中を斬りつける鈍器を叩きつけるかのような脳の奥に響く激痛。

 自然と、男の手は震えていた。

 それは紛れもなく、恐怖からくるものであった。


 それでも、男は立ち止まる事は出来ない。

 ここには食料も、雨風を遮るものも、寝床もないのだ。

 いつまでもここにいても、吹き付ける寒風にいずれは体力を取られてしまう。

 現状を打破するには前に進むしかないことを、男は理解していた。









「行くか」


 それでも、恐怖に揺れる男が動き出したのは随分と後の事だった。

 今に至っても覚悟が出来たとは言い難いが、流石に寒さに耐えきれなくなっていたのだ。


 所々が崩れた石造りの塀の上は、注意してみれば何者かの襲撃を受けた事が分かった。

 投石か、あるいは未知の何か。

 石畳に転がる矢もそれなりに見つける事が出来る。

 ここは何かに襲撃を受けた後なのだと予想を付ける。


「骸骨が動くのは意味わからんけどな……」


 男はと同じく、うつ伏せ状態の骸骨に辿り着く。

 やはり、一度目と同じく骸骨は動いていなかった。

 恐らく、距離を離すと動き出すのだろう。

 どういう理屈だ、と突っ込みたくなったが、男はそれを後回しにして思いついた事をする事にする。


 まず骸骨から剣を抜き取る。

 不思議な事に、肉の一つもないというのに、骸骨から剣を取り出す事が出来なかった。

 どう力を込めても剣から手が離れない。

 だがその途中に気づいたのだが、骸骨の手首を取り外す事が出来たのだ。


 その結果、握り心地は悪いが骸骨の手がついた剣を手に入れる事が出来た。


「これならいけるな」


 この骸骨が元は生きていた誰かなのかもしれないが、男は一度手を合わせてから骸骨の骨をばらばらに取り外し、頭部の骨は塀の外に投げ捨てる。

 どういう理屈で動いているかは分からないが、簡単にくっつかないように骨同士を離しておく。


 それから距離を取ると、想像の通りに骨が揺れ動きだした。

 だが一頻り、剣にくっついた骸骨の手も含めて動いた後に、力を失ったように地面に落ちる。

 それから戻ってみても、骸骨が動くことはなかった。


「一定の距離内にないと動けないんだな」


 男は手に持った剣を見る。

 刃毀れや錆びついてまともな切れ味を望む事は出来そうにない。

 身をもって味わった通りに、鈍器としての活用方法しかないだろう。


「意外と軽いな」


 軽く振ってみるが、それほど重さを感じる事もなかった。

 骨も筋もない骸骨が動かせるぐらいだから軽いのだろうと男は納得する。


 だが一体の骸骨を対処できたとしても、次はそう上手くいかない。

 一度目の時は男は後ろを向いていたのでどこにいるのかは知らないが、矢を放ってくる骸骨がどこかにいるのだ。

 注意しながら、男は前へ進む。

 すると、その先にクロスボウのようなものを持っている骸骨が倒れこんでいる事に気づいた。

 男が近づいた瞬間、その骸骨が起き上がる。

 最初の骸骨とは違い、近づくだけで起き上がるようだ。


 クロスボウを持った骸骨が、すぐに男に矢を構える。

 そして一切の躊躇なく、引き金を引いた。


 空気を切り裂き矢が迫る。

 だがその瞬間を見ていた男はそれよりも早く行動を開始しており、放たれた矢は男に当たる事無く地面に落ちる。


「あぶっねぇ!」


 心臓の鼓動が早くなり、自然と呼吸が荒くなる。

 だが男に落ち着く時間はなく、視線をクロスボウを持った骸骨に向ければ二射目の準備を行っていた。


「させるかっ!」


 男は駆け出し、距離を詰めるなり剣を振り下ろす。

 骸骨は咄嗟にクロスボウを持ち上げて剣を防ごうとするが、男の剣はクロスボウごと骸骨の頭部を破壊した。


「お、おぉ」


 掌に伝わる鈍い衝撃に一歩下がりながら、男は再度倒れこんだ骸骨を見る。

 頭部を砕いた一撃により、骸骨は完全に沈黙していた。


「俺の敵討ち、ってとこか?」


 その時、男の目の前に文字が浮かび上がる。


 ――レベルアップしました。

 ――ステータスポイントを5獲得。

 ――ステータスを割り振ってください。



 名前:

 Lv:1    

 力:3  速さ:2  持久力:2  魔力:1  神力:1  

 振り分けポイント:5

 保持技能:

 称号:『はじまり』 


 「っ、なんだこれ」


 目の前に浮かび上がっている文字。

 それはまるで、のようだった。

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