3-2



*****



(はあ)


 ジークとした会話を回想し終え、アリアはため息をついた。

 馬車で対面に座るセレスには、「幸せが逃げますわよ」とのほほんと笑われてしまった。


(改めて、なんか王宮ドロドロしてるなあ……予想はしていたけど。でも、それはそれで別の妄想が捗ってしまう……ごうが深い……)


 なんにせよ、ジークの育て親がひとじちに取られているとは、思わず姿勢を正すアリアだ。


(今まで日々心のうるおいを供給してくださっていた、憧れのお方の危機は自分の危機! つつしんですけします! でも全部終わったら神殿に戻りたいし、ついでに創作活動は……改名して文体もちょっと変えるからのがしてもらえたら嬉しいです!)


 かくと決意とを新たに固めたアリアだったが、そこでふと「そういえば……」と気づく。


「ねえ、やっぱり気になるんだけど、セレスはいいの? 私についてきちゃって。王宮、危険が結構ありそうなんだけど」


 ジークのりょうしょうを得た上で、セレスには、先の情報をすでに共有してある。彼女の反応はアリアほどではなく、さもありなんというふうだった。さすがは大貴族のお嬢様である。


「もう。さっきも似たようなことを聞いてきたところじゃない。第一、ずいぶんと今更ですのね。何度も、耳にタコができちゃうくらい確かめたんじゃありませんこと。わたくしそのたび申し上げてよ? 望むところですわ、って」


「まあ、そうなんだけど……」

(私は私で、親友には無事でいてほしいっていうか)


 もじ、と両手を組み合わせるアリアに、ふふっと軽く噴き。セレスは手のこうで、がねいろの髪をさらりと背に流す。


「安全がいいのは、それはそうよ? でもねわたくし、あなたがわたくしの知らないところで危ない目にう方がもっと嫌なんですもの。だって、わたくしあなたの親友で、かつ『名もなきいっかいの書き手』作品の第一のしんぽうしゃを自負しておりますのよ」

「セレス……!」


 思わず目をうるませるアリアの手を、セレスが微笑ほほえんで包む。


「というわけで、王宮でも執筆は続けましょうね、アリア」

「……えっ。まさか、王太子殿下ご本人様のおひざもとで、ジークフリードものの妄想をばくはつさせて書けと」

「ネタの宝庫じゃありませんの。解像度の上がる今書かずにいつ書くと」

「ネタの……それは確かに私も思ったけどね!?」

「わたくしの絵も、今ならジークフリード殿下の毛穴やひげあとまでみつに描写できそうですもの!」

「毛穴と髭の剃り跡って、あの方どっちもパッと見当たらないじゃない」

「そうでしたわね」


 そんなふうに、二人してとりとめもない会話を続けていた時だ。


「魔物の襲撃だ!」


 外から、緊張した護衛の声がした。

 ――とつじょ

 どんっ、と大きく馬車が横ざまに揺れ、アリアとセレスは同時に座席にすがる。


(な、なに!?)


 手すりのおかげで、かろうじて身体からだ全体がドアにたたきつけられるのはまぬがれたものの、少しぶつけた肩がじんじんと痛む。馬車が横転しなくてよかった、と息をついた。


「小型のよくりゅうが五頭だ。散開して応戦準備! ――馬車を守れ!」


 すかさずジークの指示がするどく飛ぶ。

 にわかに慌ただしくなった周囲に、アリアは慌ててカーテンをざっと横に寄せる。あらわになったガラス窓の向こうに、明らかに異様なふうていかげがいくつも窺えた。

 ぬめりを帯びたうろこおおわれたうしほどの大きさの胴部に、たがちがいに動くきょだいまくつばさが四枚。ちょうけんほどの長さもありそうなつめ。羊に似たうずまき状の角、びっしりきばの並ぶあぎと

 どうやら馬車の激しい揺れは、あの翼の起こしたとっぷうに巻き上げられたものらしい。


(あれは――)


 狙いを定めるようにていくうし輪を作る翼竜たちの首に、ふとみょうな印を見つけ、アリアは窓にますます顔を近づけた。

 翼竜はカラスに似たかんだかい声で鳴きさわいでいたが、やがてこちらに向け降下してくる。

 たいする護衛の騎士たちもせいえいではあるだろうが、いくら聖典の護符を使ったいしゆみけんもってしても、あれを相手にするのはいささかが悪い。


「セレスはここで待ってて」

「はぁい。気をつけてね」


 親友はこちらの意図をすぐさまんでくれたらしい。そくに判断をつけ、アリアは使い慣れた写本を手に馬車のとびらを引き開けると、外にまろび出た。

 たんに全身に打ちつけるよこなぐりの風に、思わず腕で顔をかばう。


「ジークさま」

「アリア!? なぜ出てきた! 馬車の方が安全だ、早く戻ってくれ」


 プラチナの髪とトゥニカをひるがえしてってきたアリアに、馬上のジークは目をみはっている。


「殿下の騎士たちのお力を疑うわけではなく。聖術をへいようした方が勝負が早いです」

「あのじゅうたち、首にしょうかんもんがあります。聖術であやつられているようですから」


 報告しながら、ちらと頭のはしで考える。


(聖術、って思わず言っちゃったけど。あんなの、本当は正式な『聖術』じゃなく――)


 細かいことは後回しだ。

 修練場で見せた治癒とともに、浄化の術はアリアの得意分野である。


「このまま戦うと、術の支配のせいで私たちを殺すまでおそってくるでしょう。無効化できれば、ただの翼竜になります」

「野良……わかった、たのむ!」


 ジークの同意を受け、やや表情を引きしめたアリアは、すぐさまあめいろかわびょうを開いた。

 使い古した紙面のうち、望む聖句の書かれた箇所に、さっと指をすべらせる。

 吹きれる風に負けないよう、手にした本をしっかりとにぎった。途端、不思議とおのれの周囲だけいだように、望むページが静止する。


「――〝第三章五十二節三、我が幸運の日が過ぎ去り、我が運命の星がかたむこうとも、なんじそのしんもって我があやまちを救いたまう〞……」


 それは聖典の中でも、特に強力な『浄化』をつかさどる文言。

 唱えたしゅんかん、アリアの手の中で、頁があわかがやき始める。指でなぞられた一文字一文字がじゅんりに光を放ち、ほんりゅうとなって翼竜たちへと吸い込まれていった。

 ――その後の勝負は一気についた。

 支配の術から解放された翼竜たちは、騎士たちの剣に翼を少し傷つけられただけでおじづき、あっという間にさんしていったのだ。



*****



「助かった、アリア。話には聞いていたが、君の聖術はたいしたものだな」

「いいえ。お役に立てて光栄です」


 両手を胸の前に当てて礼をとるアリアを、馬から下りたジークが感心したようにねぎらう。

 他の騎士たちも、誰も大きな傷を負わずにすんだようだ。


「君がいなければ、もう少しがいが出るのを覚悟しなければならなかった」

「そんなことは。ただ……」


 騎士たちの技量は相当なものだろう、とかぶりをりつつ。

 アリアは先ほど、一つ気になったことがあった。


「あの翼竜たちは、ルクレツィア妃殿下が差し向けたものでしょうか」

「おそらくは。似たようなことが何度かあったから。魔物を召喚して使えきするのは、妃殿下の得意なわざだ」


 なるほど、とアリアは眉をひそめる。


「では、かく……なのですよね」

「それが、何か?」

「翼竜たちにかけられた術から、あまり害意を感じませんでした」

(殺すつもりなら、もっと強力な使役の術をかけて、多少なりともねばらせるかと思ったんだけど。それよりはなんだか、こっちの出方を窺っているというか、様子見をしているみたいな……)


 こんきょといえば「なんとなく」以外の何物でもなく、気のせいかもしれない。

 とはいえアリアは、これでもひんみんくつ上がりだ。単なる「なんとなく」でも、野生のかんの精度には、それなりに自負がある。


「……なるほどな」

 アリアの感じたそこ悪さを、同じく察してくれたらしい。

 ジークは赤いを細め、翼竜たちの飛び去った方角をにらみつつ、眉間に皺を寄せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る