第三章

3ー1


「あはは、それで結局、断り切れずに婚約することになっちゃったんですの。仕方ないですわねえ、アリアったら」

「もう……笑いごとじゃないよ、セレスってば!」


 目の前でコロコロと笑い転げる大親友に、アリアはぷくっとほおふくらませる。

 セレスティーナ――セレスは、アリアと同い年で同期の見習いだ。ついでに、ロッドガルドだいしん殿でんに入ってから、ずっと仲のいい友人でもある。

 アリアよりもさらにがらながら、出るところの出てへこむところのへっこんだ女性らしい体つきに、常にこうかくの上がった口元と開いたまゆが印象をやわらかくする、親しみやすくかわらしい顔立ち。くるくると金色のうずを巻く長い髪、元から笑っているようなまなじりに、ぱっちり大きなエメラルドのひとみ

 じいっと思わず親友の顔を見つめていると、相手には不思議そうに首をかしげられた。


「あらどうなさって? アリア。わたくしの顔に何かついていて?」

「ううん、セレスは今日も可愛いなって思って」


 れんせいを絵にいたようなセレスは、アリアのまんの友達だ。

 印象が冷たくて人形のようだの、何考えているのかわからないだの、こわいしとっつきにくいだのと評されるアリアに比して、ふんわりとおだやかでやさしいセレスは、巫女見習いたちのはなぞのの中でも、あこがれのまとなのだ。


「あらやだ、アリアったら。めても絵くらいしか出ませんわよ」

「それがしいんだって」

 

 そして、これはおおやけにはせてあることだが、セレスはアリアがしっぴつする『うす聖典ほん』のそう担当でもある。

 おまけに彼女は、愛らしい容姿と裏腹に、読む前に背後を気にしてしまう過激な官能ものも、表向きにはしん殿でんないご禁制とされる同性愛ものも、悲劇や悲恋、血や内臓が派手に飛び散るさんきわめるようなせいさんびょうしゃともなきょう作品も、「おいしーい」と一口にたしなむ、きっすいかつごうもうそう女子であった。

 実はゆいしょ正しいはくしゃくのごれいじょうでもあるセレスは、「お母様はともかく、お父様がだんわたくしが描いている絵を見たら、きっとそっとうされますわね」とよくニコニコしていたものである。アリアとしては「お母様はともかくなのか」と気になって仕方ないのはないしょだ。

 ――さて。


 今アリアたちがどこにいるかといえば、移動中の馬車の中だった。

 同じ王都内とはいえ、ぞくかくするように小高い丘の上にいとなまれたロッドガルド大神殿は、王宮のある中心部からはいささか遠い。ただし、これから王宮に直行するわけではなく。諸事情あって一度、王宮にほど近い、別の場所にたいざいする予定だ。

 カラコロといしだたみかれた道を行く馬車は、いずれ王太子妃となるべき聖女候補を運ぶにしては、はなやかなそうしょくや形式的なじょうへいの行列などはいっさいなく。代わりに、何者かのしゅうげきに備えるかのごとく、ものものしい武装をした警護のへいたちが付き従っている。


(ジークさまは、で外にいらっしゃるのよね。目的地で待っていただいていてもよかったのに)


 車窓のカーテンをそっとつまみ、アリアは外をうかがい見る。少し離れた場所で、黒い愛馬にまたがり、周りを囲む兵に何か指示を出すジークの姿が見えた。

 考えごとを読んだかのように、セレスが「ジークフリード殿でんりちなおかたよね」とつぶやくので、思わずアリアはかたらした。


「律儀といえばセレスもだよ。よく私の話を聞いて、ついてこようと思ったよね……」

「あらいやだ。わたくしこれでも、あなたと並んで聖女候補に挙げられるくらい、|腕

《うで》ききの聖術使いですのに。めてもらっては困りますわ」

「あ、ごめん舐めてるわけじゃなくて……巻き込んじゃったなって」


 あまりに普段通りからっとした友人の様子に、アリアは思わずしょうした。



*****



 ――義母のルクレツィア・イーライから、命をねらわれている。

 ジークフリードが聖女候補を早々に求める事情を教えてくれたのは、数日前。修練場で改めて婚約をしょうだく――といってもきわめてしぶしぶだが―― した時のことだ。


『さようでしたか。それは……ご心労いかばかりかと』

『あまりおどろかないんだな。……と、ある程度は察していて不思議じゃないか。君なら』

『ええ、まあ……』


 ジークが義母と折り合いが悪い話は、アリアとてかねてよりあくしていたので、そういうことも王族ならあるんだな……と納得感はある。

 納得感といっても、感情で許せるかというとまた全く別な話で、心は「ハァ? ふざけんな我らが国宝ジークフリード殿下になんてことを」とこぶしを固めてき上がるだいだが。


『……どうしてそこまで目のかたきにするんでしょうね』

 これはじゅんすいな疑問だった。

 たとえば正妃であるルクレツィアに実子がいて、義理のむすで立太子してしまったジークがじゃになった、などの理由があるならまだわかる。だが、彼女に子はいない。しょうしんしょうめい、王家の正統をぐのはジークだけなのだ。


『妃殿下が異様なほどジークさまを敵視する理由が、いまいち私には見当がつきません』


 むしろ自分が彼の義理の母なんて地位におさまったあかつきには、あまりの息子の可愛さに、デロデロに甘やかしてしまう自信しかない。実際、神殿内であまた多の書き手がいる薄い聖典で、アリアもいずれちょうせんしてみようと思いつつまだ保留しているジークフリードものの題の一つに、『ルクレツィアに成り代わって彼をできあいする』という内容の作品群も一定数存在する。みなさん考えることが同じである。


『……その件については、おそらくは大聖者げいけいを知っているはずなんだが』


 いぶかしげるアリアに対し、ジークは返答までやや間を置いた。言葉に迷っているようだった。


『教えていただいたことはない……ではなく、たずねるたびにはぐらかされてきた、というのが正しいかもしれない』

『はぐらかされてきた?』

『君に事情を話すのを躊躇ためらっていた俺と同じだ。〝知ればもどれなくなる〞からと』


 知れば、戻れないとは。

 ――なんだかやみが深そうだ。思わず、アリアはごくりとつばみ込む。いきなり王宮の暗部をかいここがして、まさに。


(ネタの宝庫……!)


 いっしゅん横切っていく、非常に不敬にしてきんしんな感想を、アリアはあわてて頭から追い出した。いけない、つい「筆がはかどるぅ!」などとたぎってしまった。

 そんなアリアの内心などつゆ知らず、――無表情のはんないながらちょっと頰を染めてうれしそうな様子をやや不思議そうにしてはみせたが││ ジークは話を続ける。


『とはいえ、今となっては猊下にそれを問うことも難しい。……ここからが本題だ。妃殿下が父上をなんらかの方法でほねきにし、国政を乗っ取った……というのは、君の執筆した薄い聖典を見る限り、察しがついていることと思う』

『薄い聖典の話はいったん置いておきましょう』


 すかさず制して顔を青ざめさせたアリアだが。しかし、そこから先の話は、アリアにとってまさに予想外のひと言にきた。


『君に協力してほしいきっきんの課題は――大聖者猊下を救い出すことだ。彼は今、王宮のどこかで妃殿下にらえられ、ゆうへいされてしまっている』


 苦しそうな顔の告白に、アリアは今度こそ飛び上がった。

 王佐の大聖者といえば、三百年前からながらえ続けた、ロッドガルドの生ける伝説。そして、実質的にジークの育ての親なのだ。


『猊下が……!? そんな、……一体いつから……』


 息を吞むアリアの前で、ジークはけんに深くしわを寄せる。


『半月前だ。いい加減、行いが目に余る妃殿下をいさめに行くと言い置いて、そのまま姿を消してしまった。命をうばわれてはいないはずなんだ。彼が命を落とせば、王国を守るためにかけられていた、いくもの聖術結界が解けてしまうから』


 今のところ、それらがえいきょうを受けたけいせきはない。だが、揺らいではいるらしい。

 ともあれ、猊下はくなってはおらずとも、ルクレツィアの手に落ちたことで、その身に何かが起きているのは確かであり。このままではあやういじょうきょうと見ていいだろう。


(あっ、そうか。だからだったんだ)


 に落ちることがあり、アリアはハッとした。

 確かにジークは、アリアの得意な聖術が、じょうや聖気をたどるたんさくといった地味なものばかりだと知っても、きゅうこんを取り下げないどころか、「むしろ好都合」と言っていたではないか。


(あれは、大聖者猊下をさがすためだったんだわ。見つけた猊下がおをしていたりしょうさいなまれていることがあっても、私の能力ならお役に立てるかもしれないから)


 それにしたって、もっとも大きな疑問が残っている。


『でも、大聖者猊下がとらわれるなんて……そんなことが可能な人が、果たしてこの世にいるんでしょうか? 他国版の第一写本にれられるような聖術使いならいざ知らず……』


 まずはそこなのだ。アリアは狼狽うろたえる。


(だって、大聖者猊下といえば、聖術におけるロッドガルド写本の最強の使い手のはず。たとえ妃殿下の私兵が束になってかかったとしても、そうそうふうじられると思えないわ)


 聖術は、高位の使い手ともなれば、わずか数行読み上げるだけで山をくずし、ほのおの雨を降らせる力を発揮する、という。

 なんなら、聖句を刻んだつえを身につけるだけで、数々の術を使してみせる術士もいるらしい。そこまでたくえつした存在など、うわさに聞いたことがあるだけで、アリアには想像もつかないりょういきだ。が、国全体を守護する広大な聖術結界を、絶えず張り続ける実力を持つ大聖者ともなれば、言うにおよばずだろう。

 彼の前では、他の聖術使いも、それどころかどんな武器や軍隊も、ドラゴンを前にしたうさぎの群れと大差ないはず。


『まさか、大聖者猊下にひってきするほどの聖術使いなど国内にいないでしょう?』

『……いる』

『えっ』

『他でもない、妃殿下がすごうでの聖術使いなんだ』


 魔物のしょうかんや毒物せいせいの術がことさら得意なはずだと、ジークは苦い顔をした。

 そもそも、王国を守護し続けるために、大聖者の神力には常に一定のがかかっているのだという。同等のれとぶつかれば、無事ではすまないのだと。


『それでも、猊下も彼女を封じ込めるべく、長年いくつかの術式を編んでいたんだが、先手を打たれてり負けてしまったようなんだ。俺では聖術にうとくて、彼を助けられない』

うそでしょう……』

(いったい何者なの、ルクレツィア妃殿下って。そんなのもう、ドラゴンをたおせるうさぎじゃない。よっぽど何かうまくわなめたってこと……?)


 しかし、これでやっと、ジークが聖女候補をきゅうしていた理由が判明したわけだ。


(猊下がいらっしゃらないからこそ、聖術使いの協力者が必要だったんだわ)


 おかざり婚約者としてもなんとか取りつくろえて、かつ裏切らないと確約された者が。


『それで私に聖女候補になるようにとおおせだったのですね』


 やっと得心がいき、アリアはうなずく。


『そうだ。へいが操られている件もふくめ、この話は公に伏せられている。らない混乱を招きかねないからな』

『では私の役目は、ただの聖女候補として王宮に出向き、ルクレツィア妃殿下のしゅをかわしながら、聖術で猊下を助け出すお手伝いをする……ということでおちがいない?』

『理解が早くて助かる』


 なるほど。

 ――なかなかの大役である。


(今更ながら、本当に私でよかったのか疑問すぎるわ……。受けてしまったからには腹をくくるけど!)


 ただ、ジークが直接連れてきた聖術使いであるからには、ルクレツィアもおそらく最大限けいかいしてくるだろうと彼は続けた。


『警戒というより、はいじょだな。ざわりでしかないから、だれが来ようと関係ない。先に命をってしまえと、そういう発想になるもある』

『それは……なかなか力ずくの極みですね?』


 きんちょうに、アリアはゴクリと唾を吞んだ。

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