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*****


「とりあえず借りても構わないか?」


 ていねいにもアリアに許可を得た上で、ジークフリードはアリアの所蔵本を全て持ち帰った。ぬかずいてうたものの、なんやかやと丸め込まれて、蒐集物まで全てし上げられた。「せめて他作家さま方の身元だけはさぐらないでくださいませ」とは意地で約束してもらったものの、全方位への申し訳なさでけつって物理的にまりたくなる。

 修練場の近くで待機していたところを呼び寄せられた護衛騎士たちは、やたら重たいなぞの木箱をうんぱんするよう命じられて、しきりに首を傾げていた。彼らのやりとりを聞いている間中、アリアとしては生きた心地がしなかった。


「大切なものだろうから、へんきゃくまでの期限を決めよう。一週間で返しにくる」

「はい……」


 自分の書いた『薄い聖典』の存在を、まさかの登場人物ご本人にバラした上、それを持ち帰って読まれるという苦行に、アリアはめまいがした。

 割と品行方正に暮らしてきたと思っていたが、かようにざんこくしんばつが下るような何かをしでかしてしまったでしょうか……とうつろな目にもなる。

 かくして。

 さっそうとその場を去ったジークフリードは、本当に一週間で本を返却しにきた。

 ――場所は同じ修練場である。

 本日は前回のような晴天ではなく、灰色の雲が空に厚く垂れ込め、泣き出しそうなうすぐらさを演出していた。風はやや強く、はいきょとなった柱の群れや壁のざんがいの間を寒々しく吹きける音が、やたらと耳につく。

 やなぎやオリーブの緑も、こうもあわい陽光の下では、活気がせたように重く色をしずませている。「今日という日が、できるだけおそく来ますように」ともんもんと願いながら待っていたアリアとしては、これ以上ないほど心象を写し取ってくれた風景である。


「読んだ」

「……はい」


 護衛を下がらせたジークフリードから、開口一番報告を受けたアリアは、ギクシャクした動作であごを引いた。

 そして、――ふっとさとり切った表情で微笑ほほえむ。

 この先、何を言われるかは予想がついている。


(こんなものを平気で書いてあまつさえ人に配るだなんて、心底けいべつするとか気持ち悪いとか、コイツよくもまあ俺の目の前で平気で息ができるな? 死んでないのはおかしくないか? とか思われますよね。わかります。むしろ、殿下はおやさしいから、心の中ではものすごく反応に困っているのに『苦しゅうない』的ななぐさめをおっしゃってくださるかも……いや多分そう……なんにしても死ねる……)


 常の脳内早口で、さっさと結論を出したあと。

 胸の前で手を組み、そっと長いまつ毛を伏せ。アリアはしとやかな所作で、しゅくぜんと先に告げておくことにした。


「遺書でしたら巫女長に預けて参りました。どのようなしょばつでも受けます……」

「待て待て待て」


 たん、慌てたような調子でジークフリードに止められた。


「なんでそうなる!」

「? こんなものを無断で量産して頒布していたのですから、不敬罪で処刑いったくでは」

「そうはならんだろう」

「え」


 予想は外れたらしい。

 相手の雰囲気を不思議に思って顔を上げたことで、アリアはやっと、ジークフリードがおこっても軽蔑していそうでも、なんならまどっているわけでもないことに気づいた。

 いたっていつも通り、冷静なのだ。


(もしかして、読んだものが不気味すぎて、の境地に達してしまったとか……?)

 さらに悪い想像ばかり巡らせるアリアの様子など素知らぬふうに、ジークフリードは切り出してくる。


「読んだ上で。結論の前に、先に条件を確認しておきたいんだが」

「……は、はい」

「今回アリアが俺の求婚を断ろうとしていたのは、ええと、この、……なんだったか」

「薄い聖典」

「そう、その薄い聖典の執筆をしているから、ネタにしていた俺に対して後ろめたさがあるためだ、というにんしきで合っていたか?」

「え? あ、はい。その通りでございます」


 もうちょっと突っ込んで言うと、「だって気持ち悪いでしょうこんな女! というかむしろ私が私を殿下に近づけたくないんですよ!」である。


(私はただ殿下を支持する一臣民であれば満足です。あなた様はしんの聖域なので)

 ――なんてことをまさか口に出すわけにもいかないアリアが、しんみょうな顔で黙り込んでいると。ジークフリードはいいように解釈したのか、言葉をいだ。


「では、俺がルクレツィア妃殿下と反目し合っていることで、例えば婚約者になったらにらまれるかもしれないとか、そういう意図ではない、と認識して大丈夫か」

 数日前にも問われたことだ。ただし、「ルクレツィアの方にびたいからか」とは聞かれなかった。本の内容で、害意がないことだけは伝わったらしい。要らない熱意もいっしょに伝わってしまったかもしれないが。

 そのことにややあんしつつ、アリアはそくとうした。


「もちろんです」


 こちらとしては、お力になれることならなんだってやります、とまで思っている。

 もちろん、これでもかと言うほどネタにして妄想を書き散らさせてもらったという後ろめたさやら罪悪感やらは、相当ある。

 が、それ以前に、やはりジークフリードの力になりたいのはまぎれもない事実なのだった。憧れの人よ、幸せかつすこやかであれ。美味しいご飯を食べて、ふかふかのベッドでぐっすりて、しんらいできるお友達と楽しく笑っていてください。


いくかの質問になってしまうが……こちらの事情を聞いて、俺と王宮に同行すれば相応に危険がともなう。それでも不安はないと?」

「その点に関しては特に何も。自分の身に降りかかる火の粉程度、どうにでもなります」


 そくにアリアは力強く頷いた。


 何せこちらは貧民窟の上がりで、巫女見習いとしても周囲にいちもく置かれるまでのぼり詰めた身である。身のこなしやすばしっこい逃げ足ならおとろえていない自信はあるし、地味なものばかりとはいえ、聖術もじっせんこみでそこそこあつかえるはずだ。

 アリアの様子を見て、ジークフリードは満足そうにくちびるはしを持ち上げた。


「では決まりだ」

「はい?」

「やはり、君に俺の聖女候補になってもらいたい」


 手を取って、改めて二度目の求婚をされ、アリアは目を白黒させた。


「えええ!? ほ……本気ですか? 本当にちゃんとお読みになられました!?」

「ああ。全部読んだが、そんなにおどろかれるようなことだろうか? 俺も一応、巷で上演されている劇やしばに名を使われることもあるようだから。よく考えれば、別に題にとられること自体は、そこそこ慣れてはいる」


 王都ではルクレツィア妃をふうするものが禁じられているから、そう演目は多くないがと付け足された言葉に、「それも……そうですが……」とアリアはを飲んだような顔になる。それはそう、そうだけれども、やっぱり何か違う気がする。


「筆名の代わりに『名もなきいっかいの書き手』とさいがあるのが君の著作で合っているよな? やはり一番情報の精度が高かったのは君の書いたものだな。まず、『我、王子として生を享け』で、実母をのろい殺された俺が王宮からだっしゅつする時の心理びょうしゃも見事なものだったし、そこからあちこち逃げ延びて、ついには貧民窟の孤児にまで落ちぶれるくだりはまさか当時のことを見てきたのかと思っ」

「いやーっ! お助けを! どうか命だけは!」

「誤解を招く発言だが!?」

「も、申し訳ございません……あの、詳しい感想をお伝えくださるのは、……せめてこの話が終わるまでいったんは、お気持ちだけで、ご勘弁いただけませんか……はじと申し訳なさで絶命しそうになりますので……」

「そ、そうか。配慮が足りず、すまない」


 ジークフリードには、神妙な顔をさせてしまった。悪いのは一方的にこちらですのに。

 そこで彼は、いっしゅんだけ、何か探るような色を目にかべた。


「ところでアリア。君の書いた本を読んでいて思ったんだが、君は昔……」

「なななっ、なんでしょう?」


 いったい何を問われるのだろうかと、アリアがあまりにも派手にビクついたからだろうか。ジークフリードは迷うように視線を横にすべらせたのち、「……いや、なんでもない」と手を振った。


「二百冊読んだが、気持ちは変わらなかった。ロッドガルド大神殿の巫女見習いアリアセラ。契約上のもので構わない。君に、俺の聖女候補になってほしい」

 そういう約束だったな? ――と。

 直接言葉にはされていないが、にっこりと優雅に微笑むジークフリードの赤い瞳から、ひしひしと圧を感じる。アリアはもう、何も言えなかった。


「……つ、つつしんで拝命いたします、殿下……」

「建前とはいえ、いずれふうになる同士なんだから、殿下はにんぎょうすぎると思う。ジークでいい」

「そういうわけには」

「ジーク、で、いいから」

「…………はい。あの、……えーと……ジーク、……さま」

「うん」


 かいこうによって初めてわかったことだが、憧れの人は、案外押しが強い。

 そんなところもだんならいい題材になるのだが、とても今後はそんなことできないだろう。「さま、も取りはらってくれて構わないんだが」という残念そうな言葉は、聞こえなかったふりをして流させていただいた。

 ジークフリード――改めジークの顔を眺めつつ、アリアはくらりと立ちくらみにおそわれそうになった。

 彼はそんなアリアの様子にしばらく目を細めていたが、不意に、ふと何かに気づいたように「ああ、そうだ」と手を打つ。


「ま、まだ何か」

「いや。話がまとまったところで、君の本の感想の続きを話したくて。この『私は壁になりたい』って連作。ひょっとして語り手の、ある朝目が覚めたら俺の部屋の壁になっていた、女性と思

おぼしき『私』とは、君自身のとうえいか? ということは、自分を主人公に見立てて俺と交流するような仕掛けになっているのが、なかなか興味深いな。特に三巻目で、俺

が背中をつけて壁にもたれかかった時のセリフなんか」

「ヒッご慈悲を! せめてこの世に別れを告げる祈りのいとまをおあたえください……!」

たのむから、誤解を招く発言はつつしんでくれないか」

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