2-3
*****
「とりあえず借りても構わないか?」
修練場の近くで待機していたところを呼び寄せられた護衛騎士たちは、やたら重たい
「大切なものだろうから、
「はい……」
自分の書いた『薄い聖典』の存在を、まさかの登場人物ご本人にバラした上、それを持ち帰って読まれるという苦行に、アリアはめまいがした。
割と品行方正に暮らしてきたと思っていたが、かように
かくして。
――場所は同じ修練場である。
本日は前回のような晴天ではなく、灰色の雲が空に厚く垂れ込め、泣き出しそうな
「読んだ」
「……はい」
護衛を下がらせたジークフリードから、開口一番報告を受けたアリアは、ギクシャクした動作で
そして、――ふっと
この先、何を言われるかは予想がついている。
(こんなものを平気で書いてあまつさえ人に配るだなんて、心底
常の脳内早口で、さっさと結論を出したあと。
胸の前で手を組み、そっと長いまつ毛を伏せ。アリアは
「遺書でしたら巫女長に預けて参りました。どのような
「待て待て待て」
「なんでそうなる!」
「? こんなものを無断で量産して頒布していたのですから、不敬罪で処刑
「そうはならんだろう」
「え」
予想は外れたらしい。
相手の雰囲気を不思議に思って顔を上げたことで、アリアはやっと、ジークフリードが
(もしかして、読んだものが不気味すぎて、
さらに悪い想像ばかり巡らせるアリアの様子など素知らぬふうに、ジークフリードは切り出してくる。
「読んだ上で。結論の前に、先に条件を確認しておきたいんだが」
「……は、はい」
「今回アリアが俺の求婚を断ろうとしていたのは、ええと、この、……なんだったか」
「薄い聖典」
「そう、その薄い聖典の執筆をしているから、ネタにしていた俺に対して後ろめたさがあるためだ、という
「え? あ、はい。その通りでございます」
もうちょっと突っ込んで言うと、「だって気持ち悪いでしょうこんな女! というかむしろ私が私を殿下に近づけたくないんですよ!」である。
(私はただ殿下を支持する一臣民であれば満足です。あなた様は
――なんてことをまさか口に出すわけにもいかないアリアが、
「では、俺がルクレツィア妃殿下と反目し合っていることで、例えば婚約者になったら
数日前にも問われたことだ。ただし、「ルクレツィアの方に
そのことにやや
「もちろんです」
こちらとしては、お力になれることならなんだってやります、とまで思っている。
もちろん、これでもかと言うほどネタにして妄想を書き散らさせてもらったという後ろめたさやら罪悪感やらは、相当ある。
が、それ以前に、やはりジークフリードの力になりたいのは
「
「その点に関しては特に何も。自分の身に降りかかる火の粉程度、どうにでもなります」
何せこちらは貧民窟の
アリアの様子を見て、ジークフリードは満足そうに
「では決まりだ」
「はい?」
「やはり、君に俺の聖女候補になってもらいたい」
手を取って、改めて二度目の求婚をされ、アリアは目を白黒させた。
「えええ!? ほ……本気ですか? 本当にちゃんとお読みになられました!?」
「ああ。全部読んだが、そんなに
王都ではルクレツィア妃を
「筆名の代わりに『名もなき
「いやーっ! お助けを! どうか命だけは!」
「誤解を招く発言だが!?」
「も、申し訳ございません……あの、詳しい感想をお伝えくださるのは、……せめてこの話が終わるまでいったんは、お気持ちだけで、ご勘弁いただけませんか……
「そ、そうか。配慮が足りず、すまない」
ジークフリードには、神妙な顔をさせてしまった。悪いのは一方的にこちらですのに。
そこで彼は、
「ところでアリア。君の書いた本を読んでいて思ったんだが、君は昔……」
「なななっ、なんでしょう?」
いったい何を問われるのだろうかと、アリアがあまりにも派手にビクついたからだろうか。ジークフリードは迷うように視線を横に
「二百冊読んだが、気持ちは変わらなかった。ロッドガルド大神殿の巫女見習いアリアセラ。契約上のもので構わない。君に、俺の聖女候補になってほしい」
そういう約束だったな? ――と。
直接言葉にはされていないが、にっこりと優雅に微笑むジークフリードの赤い瞳から、ひしひしと圧を感じる。アリアはもう、何も言えなかった。
「……つ、
「建前とはいえ、いずれ
「そういうわけには」
「ジーク、で、いいから」
「…………はい。あの、……えーと……ジーク、……さま」
「うん」
そんなところも
ジークフリード――改めジークの顔を眺めつつ、アリアはくらりと立ちくらみに
彼はそんなアリアの様子にしばらく目を細めていたが、不意に、ふと何かに気づいたように「ああ、そうだ」と手を打つ。
「ま、まだ何か」
「いや。話がまとまったところで、君の本の感想の続きを話したくて。この『私は壁になりたい』って連作。ひょっとして語り手の、ある朝目が覚めたら俺の部屋の壁になっていた、女性と思
おぼしき『私』とは、君自身の
が背中をつけて壁にもたれかかった時のセリフなんか」
「ヒッご慈悲を! せめてこの世に別れを告げる祈りの
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます