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「あの! 神官長様、巫女長様!? 待って待って待って、ではなくお待ちください。全然頭が整理できません。一体何がどうなって!? 今、どういうけいで王太子殿下がここにいらして、その上で私なんかにきゅうこんなさっているんですか!?」


 四半刻ののち。

 とりあえず修練場に王太子殿下をいつまでもざらしで立たせておくわけにはいかない。めっに立ち入ったことのないひんしつに場所を変え、出されたお茶に手をつけもせず、中央のテーブルでただじっと座って待っているジークフリード――を名乗る人物、じょうきょうとくちょうからしてたぶんおそらくきっとつうに確実に本物――から隠れたついたての陰で。しんみょうな顔で視線をうろつかせる神官長と巫女長に、アリアはっていた。

 本来ならば、神官長も巫女長も、おいそれと話しかけられる相手ではないはずなのだが。今はきんきゅう事態だ。もっとも、だんほとんど使わない表情筋が全然仕事をしてくれないおかげで、やはり顔だけは鉄の無表情という異様さであったが。

 アリアは深呼吸した。そして改めて「こちらでお待ちください」の言葉に素直に従って待つ王太子殿下を、衝立の陰からそっとうかがい見る。


(うわあ……ジークフリード殿下、ちょっと遠目でも、本当に絵になる。ただ本当に座っているだけなのに。姿勢が美しいから? 足が長いから? わからない……)


 それにしても、顔がいい、ああ顔がいい、顔がいい。東方の短文詩がめてしまう。……ではなく!


「いや、実はな……わしも巫女長も、いまいちわかっておらんのだ。どうして王太子殿下が、急にさきれもなく、このような場にお運びいただいたものか……」

「えええ……?」

「先ほど、ごくわずかな護衛のみお連れになって、とうとつにご来訪されたのです。聖女候補として、今もっとも見込みがある者に会わせるようにとおっしゃって。護衛の方は途中で席を外されてしまうし、もう何がなんだか」

「はい…… !? 」


 何がなんだかはこちらのセリフである。

 話を継いだ巫女長も、状況をいまだにうまくしゃくできていないのか、神官長ともどもにがむしをまとめてつぶしたような顔をしている。

 三人して額を合わせ、代わる代わる、テーブルにつくうんじょうびとの姿をおずおずと何度も確認する。相変わらず幻のような美しさだが、幻とは違うしょうに、まばたきしても特に消えたりはしなかった。

 そこで。


「とりあえずアリアセラ、お前が行って話をしてきなさい」

「ええっ、そんなぁ!?」


 無体にすぎる命を神官長から受け、アリアは素で悲鳴をあげた。


「ご一緒に来てくださらないのですか!?」

「いや、そうしたいのは山々だが……殿下は、『聖女候補と内密な話がしたいから、席を外してほしい』と強くごしょもうでな。ああそう、内容については、ひとばらいを命じているほどだ、わしらに共有せずともよい」

(神官長!? 余計なことに首を突っ込んでめんどうに巻き込まれたくないって、思いっ切り顔に書いてありますけども……!?)


 最近就任したばかりで、王権とのせっしょうなどのややこしいあれこれに不慣れな神官長は、なんとも保身的で無情だった。

 一方、長く勤めている巫女長の方はまだ落ち着きがあり、「どうしても判断に困ることがあれば、無理にでもお呼びなさい。私が責任を持ちます」と申し出てくれた。優しい。でも、どのみちアリア一人で相手をしなければならないのは同じらしい。


「では、あとはお若い人同士で……」


 神官長に「それ今言うのは違いますよね?」というセリフと共に送り出され、頼みのつなは二人とも消えてしまった。アリアは仕方なく、かくを決めて衝立から一歩をす。

 さて。結構な時間、ほったらかしにしてしまったにもかかわらず。ジークフリード王太子は、無礼を𠮟しかることもなければ、待ちくたびれて姿勢を崩すこともなく、同じようにごく自然にそこに座っていた。


「……大変お待たせをいたしました」


 一般に貴婦人のあいさつとは、ドレスのスカートをつまみこしを折って片足を後ろに引くカーテシーだが、神殿に勤める聖職者だけは、男女共通で両手を胸元に当ててこうべを垂れるのが正式な作法となる。これは、己が聖典の写本を持たず、聖術によって相手を傷つける意図がないことを示すためだと習った。


「そうかしこまらなくていい。そもそも、こちらがしているのは個人的な頼みごとだ。話が長くなる可能性がある。けてくれ」


 ジークフリードは、相手が年若い一介の巫女見習いだけになっても、やはりしんてきな態度を崩さなかった。「なんて妄そ……想像通りの方!」という場違いなはしゃいだ気持ち

と、「こんな訳のわからない状況でなければ! というか私が殿下の視界に入る日なんて来てほしくなかった」と頭を掻きむしりたくなるはんもんと、「そもそもどうして殿下が私に求婚!? そういうのは……なんかこう……違うんですが!」という半ばいかりに似たいきどお

と、とにかくばんかん入り乱れて脳内がせわしない。

 どんな調子で接したものか。動揺を悟られないよう必死なアリアである。

 彼には対面の椅子をすすめられたが、「そういうわけには」とていちょうにお断りした。正面になんて座れるわけがない。王太子殿下、大変きょうしゅくですがその顔をしまってくださいませんか、私にはまぶしすぎる……。


「では、俺も立とう」

「え」

「女性を立たせたまま話をするのは落ち着かない」

(うわぁんもうそういうところー!)


 やっぱりね、そういう人だと思ってた! 本当にそういう人だった!


(ありがとうございます最高です! でも本当に困るんです! あと、さっきも思ったけどいちにんしょう俺なんですね! 幼少期にこくかんきょうで過ごされていたお話が身にせまって感じられて、申し訳ないけどとても美味し……申し訳なさすぎますね!)


 内心でのみぜっきょうしつつ、アリアはこうべを垂れると、「……ご起立にはおよびません。では、お言葉に甘えさせていただきます」と静かに従うことにした。

 椅子を引いて腰掛けたあと、全力でテーブルの天板をぎょうする。傍目には、ただ貴人を前にきんちょうしているように見えるだろう。もちろんそれもあるが、ごそんがんを直視して潰れないよう、眼球保護のためである。

 心中のありとあらゆるあれやこれを、表情筋をぴくりとも動かさず、うすかわ一枚の下に押し隠し。見た目には氷の無表情でる舞い続けるアリアが、チラリと一瞬だけ視線を上向

けると、その途端、ジークフリードは少ししょうしてみせた。うわあ笑った、ありがとうございます寿じゅみょうが延びます、いやむしろ血ヘドきそう、生まれてきてすみません今死にますね。本当に感情がいそがしい。


「急な話で驚かせてすまない」

「いいえ」

(本当ですよ!)


 首を縦に振りたくりたい本音は綺麗に押し殺し、ますます恐縮して目を伏せるアリアに、ジークフリードはややしゅんじゅんするような様子を見せた。


「アリアセラどの」

「アリアセラと呼び捨てで構いません」

「周りはなんと?」

「……アリアと」

「ではアリア」


 ひいっとアリアは声にならない悲鳴をあげかけた。普通に、極めて雑に呼び捨てにしてくれたらいいのに。恐れ多くも|愛(あい》しょうで呼べなんて言ってませんが! かいりょく! もちろん表には出さない。今も王太子から見たアリアは、ただの表情にとぼしい、なんならやや対応もしょっぱい巫女見習いのはずである。


「先ほどの求婚を断った理由を聞きたいんだが」

「それは……あまりに急なことなので、……お答えしようにも、いたしかねます」

「説明が足りていなかったかもしれないが、婚約もこんいん関係も、契約上のもので構わない。無理して俺のことを愛する必要はないし、ごく事務的に接してくれればいい。それでも難しいか?」

「だとしても、その大役に私はやはりふさわしくありません。この神殿内で、まだ次の聖女候補は選定されておりませんし、私の名が具体的に挙がっているわけでもございません。何より私は、現在単なる巫女見習いの身に過ぎず、……出自も貧しい平民です」


 スラスラと答えつつ、ごこが悪くなって、アリアはわずかに視線を左右に動かした。


「ロッドガルドの神殿内で聖務に従事する限りは、元の身分のせんは関係ないはずだ。それにあなたは、神官長と巫女長が口を揃えて、礼儀作法も人格も、何より聖術の技量も、見習いだけでなく巫女たちをかんじょうに入れても群をくと聞いているが」

「……それこそ過分な話でございます」

(そして願ってもない話です。いえ、文字通り願ったことも願うこともないって意味で)


 顔さえ見なければ、どうにかジークフリードを相手に話しているのだという事実を思考の端っこに追いやれそうだ。やっとこ調子をわずかに取り戻したアリアは、思い切って、一番気になることを尋ねてみた。


「次代の国王へいにお仕えすべき聖女候補を選ぶ時期は、通例に従えば、まだ数年は先のはずです。このように急いで王太子妃をむかえたいとお考えになる、その理由をお聞きして

も構いませんか。しかも、見たところ、ごく内密に」

「もっともな疑問だな。……が、答える前に、あなたに確かめねばならないことが一つ」


 わずかに身じろぐ気配で、アリアは、彼が姿勢を正したのだと察した。


「もちろん理由はある。が、それを聞いたあとは、どうしてもあなたに聖女候補になってもらわなくてはいけない。必ず巻き込むことになるからな」

「えっじゃあ聞かなくていいです」

「判断が早いな?」

(それはもう)


 当たり前です。

 全力できょぜつするアリアに、ジークフリードはため息をついた。


「……まあ、当たり前といえばそうかもしれないな。俺とルクレツィアとのかくしつは、きっとこの大神殿にもよく聞こえているだろうし」


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