第3話 初デート
デート当日、俺は待ち合わせの駅に向かいながらふと思った。
今日の椎名は、どっちの姿で来るのだろうか、と。
普通に男同士で出掛けるのだから男子の姿?それとも可愛い恰好をした女子の姿か?
改札を出て周りを見回していると、三人組が目に入った。
可愛らしいワンピースを着た女の子に、二人の男性が汚い笑みを浮かべて話し掛けている…ってあれ、もしかしてナンパか?
俺はやれやれと思いながら、三人に近付いた。
「あの、」
そう優しく声を掛けただけなのに、二人の男性は俺を見て固まった。
「何か困ってます?」
やんわりと声を掛けただけなのに、そそくさと退散する男達。
「え?なんで?」と思ったが、まぁ俺の恰好のせいだろう。いつも通り不良に見える恰好だからだ。あと視力があまり良くないので、目を細める癖がある。いやすまん、睨んでいるわけではないんだ。
呆然としていた女の子が振り返って思い切り笑った。
「あはは!利緒くんすごっ!」
「し、椎名!?」
男性に絡まれていたのは、女子の恰好をした椎名だった。
「大丈夫だったか?何かされてないか?」
笑っていた椎名は、首を横に振った。
「大丈夫。お茶しませんか~って声掛けられただけだから」
「それ、ナンパって言うんだぞ」
「知ってるさ!僕、男の子です、って言っても信じてもらえなかったんだよ」
そりゃそうだろうな。
今の椎名の姿は、どう見ても可憐で深窓の令嬢的な雰囲気がある。
「さ!そんなことより、行こ!」
椎名に手を惹かれ、俺達は街へと繰り出した。
椎名とやって来たのは若者で溢れる街、梅下通りだった。
俺達は通りの入口付近にあるパンケーキの店へと足を踏み入れた。
「わーっ!可愛い!」
運ばれてきたパンケーキをぱしゃぱしゃとスマホで取りながら、目をきらきらとさせる椎名。
「超可愛くない?」
そう笑ってパンケーキを見せるお前が可愛い。
などと思いながら、自分のパンケーキにナイフとフォークを入れる。ちょっと甘すぎるが、うん、うまい。
「一緒に写真撮ろ!」
「え?」
戸惑っている間に、椎名がこちらに顔を寄せて来てぱしゃりと写真を撮った。
「利緒くんも可愛く撮れてる!」と見せてもらった写真は、いつも通りの目つきの悪い不良みたいな俺が映っているだけで、どう見ても可愛さの欠片もなかった。椎名はもちろん可愛いが。
「僕、こうやって可愛い物を食べたり見たりするデート、ずっとやってみたかったんだ!」
「友人と来たりはしないのか?」
「うん…学校ではみんな気にせず接してくれてるけど、外で遊んだことはないかな」
「そうか」
はしゃぎながらパンケーキをつつく椎名を見ながら、一人称は結構適当な使い分けなんだなぁ、などとぼんやり思った。
パンケーキを食べた後は、ぶらりとその辺の店に立ち寄ったりした。
一緒にアクセサリーを見たり、カラフルすぎる綿あめを食べたり、ふくろうカフェに入ったり。
可愛い服がある!と服屋に入っては、色んな服を試着していた。
カーテンを開ける度に、女子だったり男子だったりするものだから、脳の処理が忙しかった。
ほんと、どんな服でも似合うな。
女子の恰好である時はもちろんなのだが、男子としてもかなりイケメンな方なので、何を着てもそれはそれはとても似合っていた。
「あー、楽しかった!こんなに遊んだの久しぶりだ」
地元の公園へと帰ってくると、椎名は嬉しそうに笑った。
俺は頷いて、椎名と出逢ったベンチへと腰を降ろす。
「利緒くん、今日はありがとう」
「あ、いや…別に大したことしてないし」
彼氏として恋人への誕生日のお祝いがこんなものでよかったのだろうか。
ん?というか待てよ、俺が彼氏で、椎名が彼女でいいのか?それともどっちも彼氏、という括りになるのだろうか??
謎の思考に飲み込まれそうになっている俺に、椎名は笑いかけた。
「すごく楽しかった、十分だよ」
あまりにイケメンすぎる笑顔が眩しくて、俺は目を細めた。
「あ、そうだ。渡しそびれるところだった」
俺は鞄から、先程椎名が試着しているときにこっそりと買ったプレゼントを差し出した。
椎名は目を丸くして俺の手の中の包みを見つめる。
「え、これって…」
「誕生日プレゼント。遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとう」
「ありがとう!嬉しいな。開けてもいい?」
「ああ」
椎名は小さな子供のように目を輝かせながらリボンを解いた。
「これは、ヘアアクセ?」
ヘアゴムになんの花だか分からんモチーフが付いているものだ。
「椎名に、女子の姿の時に似合うと思って」
「嬉しい!ヘアアレンジにも挑戦したいと思ってたから助かるよ」
「それはよかった」
「あれ?まだ何かある?」
椎名はもう一つのプレゼントを取り出した。
「パスケース?」
皮のシックなパスケースだ。
「男の恰好の時にでも使ってくれ。まぁよく見るとうさぎのロゴとか入ってた気がするから、
やけに静かな椎名の顔を見ると、その綺麗な顔には涙が伝っていた。
「だ、大丈夫か!?お腹痛いか!?それともプレゼントが嫌だったか!?」
急に泣き出した椎名に、動揺と冷や汗が止まらない。
しかし心配する俺をよそに、椎名は笑って見せた。
「違うよ。嬉しかったんだ、こんなに僕のことを考えてくれるなんて…」
椎名は眉を下げて笑う。
「まさか本気にしてくれるとは思わなかったから…」
「え…?」
「利緒くん、本当は僕のこと女の子だと思ってたでしょ?」
「うっ、気付いてたのか」
椎名を女子だと思って告白してしまったこと。
撤回するタイミングを逃してしまったこと。
「どうして椎名は俺と付き合おうと?」
「んー、簡単に言えば、僕が利緒くんをいいな、って思っちゃったんだ」
「え?」
「初めてここで話した時から、きみは見ず知らずの僕のことなんかに、すごく親身になってくれた。もしかしたら僕が女の子の恰好だったからなのかもしれないけど、やっぱりきみは違ったよ。こうしてどっちの僕も受け入れてくれて、大切にしようとしてくれた」
椎名はそう言って俺からのプレゼントを愛しそうに見つめる。
「僕、利緒くんのことが好きみたいだ」
その真っ直ぐな言葉は、俺の中に綺麗に響き渡った。
「ねえ、このまま僕と付き合ってくれる?今度は僕が利緒くんを喜ばせる、最高の彼氏になってみせるから」
「椎名…」
椎名といると楽しい。女子の姿だろうが、男子の姿だろうが、椎名は明るくて自分の好きを貫いていて、かっこいい。俺もまだ椎名と一緒にいたいと思う。
「椎名、俺も……」
ん?待てよ?
「今、彼氏って言ったか?」
「うん」
「椎名が彼氏で、俺が彼女ってこと?」
「そうだと思ってたけど、違うの?」
「いやいや違うだろ。彼氏彼女で括るとするならば、どう考えても椎名が彼女だろ」
男の姿でも可憐だというのに、どの口が彼氏などと言っているのだろうか。
「あれ?利緒くん知らないの?リードする方が彼氏なんだよ?」
「は?どういう意味だ?」
くすくすと笑う椎名に、俺はまた目を奪われる。
「そのうち分かるかもね」
俺にとって初めての恋人は、女子だったり男子だったりする不思議な子だ。
椎名のことはまだまだ知らないことだらけだが、知っていった先に、この名前の付け難い俺の気持ちもはっきり言葉に出来るようになるのかもしれない。
夕焼けを背に受けながら、俺達は初めて手を繋いで帰った。
終わり
可愛い女の子に告白してOKをもらった!と思ったら、相手は女装男子でした…ってそんなことある? 四条 葵 @aoi-shijou0505
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