可愛い女の子に告白してOKをもらった!と思ったら、相手は女装男子でした…ってそんなことある?

四条 葵

第1話 彼女(?)との出会い

 爽やかな朝、何の変哲もない日々。

 いつものように学校への道のりを欠伸をしながら歩いていると、しゃがみ込んで泣いている男の子に遭遇した。

 男の子は小学校低学年くらいだろうか。きっと転んでしまったんだな、膝が少し擦りむけて血が滲んでいた。

「大丈夫か?」

 俺は男の子に目線を合わせながら、鞄に入っていた絆創膏を差し出した。

「これ、良かったら…」

「うっうっ…、ありがとう…」

 そう言って絆創膏を受け取った男の子は、俺の顔を見て一瞬フリーズしすぐに先程とは比にならないほどの大声で泣き始めた。

「うわああああああん!!!」

「ちょ、なんで泣く!?」

 絆創膏を渡しただけだというのに、どうしてこうも泣かれなくてはいけないのか。

 近くを通り掛かった通勤中らしき女性が、俺を睨み付ける。

「ちょっときみ!何したの!」

「え、いや、俺は何も…」

 女性は男の子の手を引くと、「怖かったねぇ、変なお兄ちゃんだったねぇ」と俺にガンを飛ばしまくりながらさっさとどこかに行ってしまった。

 一人ぽつんと取り残された俺は、その場で盛大にため息をついた。

「はぁ……またか…」

 まぁ、俺の日常、こんなんばっかだ。


「あっはっはっは!」

 疲労困憊の中登校した俺は、友人の悠馬に今朝の話を大爆笑されていた。

「笑うな」

「いや、無理だろ!」

「こっちは少年の安否を気に掛けていたというのに、何故怒られなくてはならないんだ…」

「そりゃそうだろ、利緒の見た目じゃ」

 悠馬はまだ笑いを引きずりながら、俺を指差して言った。

 俺は自身の姿を再確認する。

 明るい金髪に、ピアスに指輪にネックレス。

 確かにぱっと見は派手ではあるが、俺、上崎 利緒うえさき りおは不良なんかでは決してない。ごくごく平凡な、比較的大人しい男子高校生である。

 こんなにも心優しい俺が、何故こんな格好をしているのかというと、話は簡単だ。

 幼少の頃から色素の薄い俺は、髪が真っ黒ではなく茶髪気味だった。

 小中で茶髪となると、何故だかやたらと目につくらしく、中学生に上がった途端、その辺の柄の悪い先輩達に目を付けられるようになった。

 曰く、中一のくせに茶髪にしてるとか調子乗ってんじゃねーぞ、だ。

 別に調子に乗ってなんかいない。ただただ遺伝である。

 まったく知らない素行の悪い先輩達から声を掛けられるのが面倒になった俺は、思い切って金髪に染め、アクセサリーをじゃらじゃら付けることにした。

 ついでにあまり目つきもよくなかったので、(もしかしたら先輩達が絡んできたのは目つきのせいだったのかもしれない…)金髪に染めて、THE不良感を出してみたら、いつしか素行の悪い先輩達からのお声掛けはなくなった。

 しかし同時に、今朝のように泣いている子供に声を掛けると、俺がいじめて泣かせたようになるし、おばあさんの重い荷物を運んであげていると、カツアゲだとか詐欺に合っているだとか言われるようになってしまった。

 当然のことだが、悪いことは一度もしていない。神に誓って。

 悠馬に向かって、俺は手を広げて全身を見せながら「いい子だろ?」と言うと、「どこがだよ」とまた笑ってくれた。

 こんな見た目ではあるが、悠馬のように優しい友人もいるし、俺の高校生活はまぁそれなりに穏やかで楽しいものだ。

「そうそう利緒聞いたか?内山のやつ、彼女できたんだってよ」

「は?マジ?」

 「ほら」と言って悠馬が顎で教室の前扉を指し示す。

 そこにはうちのクラスの男子である内山と、他クラスの女子の姿。

「彼女って…、あれ?」

「そう、あれ」

 内山とは比較的よく話す仲ではあったのだが、どうりで最近付き合いが悪いと思っていたら、なるほどそういうわけか。

「はー、俺も彼女ほしいわ!」

 悠馬が頭の後ろで手を組みながら、椅子に体重を預けた。

 彼女など人生で一度もいたことがない俺は、その存在が自分にどれほどの影響力を及ぼすものなのかいまいち想像できなかった。

 悠馬のように明るくて面白い話ができるわけでもなし、こんな俺に彼女ができるとはまったく思えなかった。


「ねーえ、今日どこに寄っていくぅ?」

「そうだなぁ、駅前のカラオケとか?」

「いーね!行こ行こ!」

 放課後、一人のんびりと帰路についていると、何故だかやたらと男女のカップルが目に付いた。

 べたべたと身を寄せ合いながら、俺の横を通り過ぎていく。

「彼女…か…」

 高校生男子ともなれば、彼氏彼女に憧れがないわけでもないが、例え彼女が出来たとしても、女子に免疫がなさ過ぎて辟易されるかもしれないな。

 まぁ、到底できる予定もないので、この件について考えるのはよそう。

 そう半ば諦めながら、公園内に入る。この公園内を通り抜ければ、うちはもうすぐだ。

 渡り鳥であったはずのカモ達が穏やかに永住しているな、としょうもないことを考えながら歩いていると、ふとベンチに座る人影が目に入った。

 そのあまりの美しさに、俺の視線は釘付けになった。

 綺麗な長い黒髪に赤いカチューシャを付けた、可憐な美少女。

 その子はベンチに座って、ただただ暮れていく夕陽を眺めていた。

 その横顔があまりに綺麗で、俺はつい見惚れてしまった。

 見慣れたブレザーにプリーツスカート、俺と同じ高校の生徒のようだ。

 こんな綺麗な子がうちの高校にいたのか。

 彼女にもう一度視線を向けるていると、一筋の涙が頬を伝ったような気がした。

「え…?」

 俺はあまりに驚いてしまって、気が付けば彼女に声を掛けていた。

「だ、大丈夫か!?」

 彼女は目を丸くして、俺を見上げた。

 うわ、マジで綺麗な顔だ……。

 間近で見る彼女の顔はそれはもう綺麗で、泣いている姿すら美しいと思ってしまった。

 目をぱちぱちとさせながら彼女が俺を見ている。

「だ、大丈夫か?泣いていたように見えたから…」

 普通に言葉を掛けてみたはいいものの、もしかして彼女は不良に絡まれたと恐怖しているのではないかという考えに至る。

 内心大慌てでいると、彼女はやんわりと微笑んだ。

「気に掛けてくれてありがとう…。大丈夫だから」

 どう聞いても大丈夫ではなさそうな弱々しい声に、俺の中のお節介野郎とちょっとの下心が行動を支配する。

 彼女の隣に腰掛けると、彼女はまた目を丸くして俺を見た。

「何かあったんじゃないのか?見ず知らずの人間だけど、見ず知らずの方が話しやすいってこともあるし。話くらい聞くけど…」

 やたらとかっこつけて話してはいるが、どう聞いても、「どしたん?話聞こか?」おじさんのそれ過ぎて、心の中で血反吐を吐いた。自分で言っておいて気持ち悪くて死にそうだった。

 訂正しようとすると、彼女が口を開いた。

「フラれたの」

「え?」

「好きな人に好き、って伝えたんだ。でも、だめだった」

 こんな美人に告白されて、断る男がいることに俺は驚愕した。

「私、気持ち悪いんだって」

 彼女は自嘲の笑いを浮かべ、また泣きそうに顔を歪める。

 その言葉と表情を見た俺は、気付けば衝動的に彼女を抱きしめていた。

「え……?」

「気持ち悪くなんてない。すげー綺麗だと思う。こんな子を振るなんて相手が馬鹿なんだ。そんな奴、あんたには似合わない。忘れた方がいい」

 彼女はそっと俺の背中に手を回すと、小さく「うん…」と言った。

 好きな人に気持ち悪いなんて言葉を投げられて、どれだけ苦しかっただろうか。どれだけ傷付いただろうか。この小さな身体で、どれだけの悲しみを味わったのだろうか。

「…えっと、そろそろ苦しいんだけど…」

 彼女にそう言われて、俺は慌てて身体を離した。

「わっ悪い!」

 何やってんだ俺!?初対面でこれはない!

 反省していると、彼女がくすりと笑った。

「ありがとう。ちょっと元気出た」

「そ、そうか…」

 彼女は照れくさそうに俯くと、上目遣いで俺を見た。

「その制服、同じ高校だよね?」

「ああ、うん、多分」

「何年何組?」

「え、っと、二年D組」

「あ、同じ学年だ。私、二年B組。名前、もしかしたら知ってるかもしれないけど。私、椎名 まさ、…椎名 真貴しいな まき。あなたは?」

「上崎 利緒」

「利緒くんかぁ…。利緒くんは不良さんなの?」

 俺の姿をまじまじと見た椎名さんは、可愛らしく小首を傾げる。

「あ、いや、そういうわけでは…」

 弁明しようと焦っている俺に、椎名さんはふふっと笑った。

「分かるよ。利緒くんの態度見れば」

「そ、そうか…」

 椎名さんは、からかうように俺を見たかと思うと、視線を夕陽へと移した。

「利緒くんみたいな人と、付き合えたら良かったのにな…」

「え……」

 自分でも驚くくらいに胸がどきんと跳ねるのを感じた。

 え、この展開はなんだ?椎名さんは俺に何を期待している?なんと返答するのが正解なんだ?

「えっと…、俺と、付き合う?」

「え?」

 飛び出してしまった言葉に椎名さんは目を瞬かせる。

「俺、誰かと付き合ったこととかないから、椎名さんの理想とは程遠いかもしれないけど…それでも、傷付けるようなことは絶対にしないって誓う。大切にする」

 椎名さんは綺麗な顔に、満面の笑みを浮かべた。

「私、利緒くんとならきっと仲良くできると思う!だってこんなに男の子に優しくされたことってないもん」

「いや、これくらい普通だと思うけど…。嫌になったらすぐやめてもいいし、とりあえずお試し的な形で…」

「うん!よろしくね、利緒くん!」

「よろしく、…椎名さん」

 ふわっと温かい風が俺達の間を通り抜けて、甘いシャンプーの香りがした気がした。


 十七年間生きてきて、初めて恋人ができた。


 翌日、俺は頗る機嫌よくお昼休みを待った。

 今日のお昼休みは、椎名さんと約束している。

 恋人との、初めてのお昼だ。


 四限目の授業終了のチャイムが鳴って、みんなが購買に駆け込んだりお弁当を広げ始める。

「利緒、今日は購買?」

「あ、いや今日は…」

 悠馬に俺が声を掛けようとしていると、教室がざわっとどよめいた。

 そのどよめきの方へと顔を向けると、見たことのない美男子がD組を覗いていて、ぱちっとその男子と目が合った。

「利緒くん!」

 俺の前までぱたぱたとやって来る男子。

 だ、誰だ!?!?

 どこのクラスの奴かも分からない男子が、俺の名前を嬉しそうに呼んでいる。

「今日、お昼ご飯一緒に食べる約束してたでしょ?天気もいいし、屋上とかどうかなって」

「え?……え???」

 目の前の美男子をまじまじと見つめる俺。

 お昼ご飯を一緒に食べる約束をしていた?俺が?

 そんな話、全く記憶にない。誰かと間違えているのではなかろうか。

 俺が困惑していると、悠馬がゆるりと口を開く。

「なんだよ、利緒。椎名と約束があったのか」

「え?」

「え?」

 ばっと勢いよく振り返った俺に、悠馬がきょとんとする。

「今なんて言った?」

「え?だから、椎名と約束あったのか、って」

「椎名?」

 俺はぐるりと美少年の顔を見た。

「椎名 真貴まさたかだろ?B組の」

「椎名、まさ、たか……???」

 目の前の美男子椎名は、その綺麗な顔ににこりと笑顔を浮かべる。

「利緒くん、昨日のこともう忘れちゃった?」

 その笑顔が、昨日公園のベンチで話した椎名さんと重なった。

「え、え、ええええええ!?!?!」

 椎名はにこっと俺に笑いかけた。

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