ELLY IN THE HELL ─地獄のエリー─

小桜 八重

地獄を拾った少女

「どうして!? なんで!? お父さん!! お母さん!! カヲル……? カヲルは何処!? カヲル!!」


 巨大な鉄骨は十代の少女ひとりの力では微動だにしない。


 辺りに煙が充満し、燃え広がって行く炎が親子を囲い始める。


「エリ……あなただけでも逃げなさい……早く」 


 消え入りそうな声で母が囁く。


「父さんと母さんの事は心配するな! カヲルの事もお父さんが必ず何とかする!」


 父も鉄骨から這い出ようと、必死に足掻きながらエリに指示を出す。


「アレがまだ近くにいるかもしれない!」


 突如、地上へ降下中の渚家が乗った小型船を撃ち落とした巨大な黒影。


「私達が抜け出すにはまだ時間が掛かる。動けるお前は先に逃げろ!」


 恐らく両親はもう助からない。


 自分ひとりでは助けられない。


 弟もきっと……。


 みんな、本当はもう全部わかっている。


 でも、目の前でまだ生きている家族を見捨てる事なんて出来ない。

 

 出来る訳ない。

 

「エリッ……! 逃げて……!」

「エリーッ!! 逃げろー!!」


 両親の前で両膝を折って座り込み、下を向き目を擦りながら涙を流すエリに、二人は最期の力を振り絞って呼び掛けた。


 エリが涙を堪え目を開いた時、南の空を向く両親の顔は恐怖に染まっていた。


 炎の壁と立ち昇る白煙のカーテンに、地球を経つ前、最期に見た映画の怪獣のような、黒く大きなシルエットが浮かび、徐々に等間隔のリズムで大地が震えだす。


「近づいてくるぞっ!! 走れっ!! 走ってくれっ!! エリッ!! 走れっ!! 走れーーーーっ!! エリーーーーーーッ!!」


 父の叫びに呼応するように、エリは走り出していた。


 両親へ最期の別れも無く。

 

 それが両親の望みだったとしても──

 エリはふたりを見捨てて逃げ出したのだ。

 

 数百メートルほど走った時、父の断末魔が聞こえ、それを自覚したエリの心の中で何かが壊れる音がした。

 

「いっ、嫌ぁー! 助けて! 誰かー! 嫌あぁー! 嫌だよ! 誰かぁー! 死にたくない! 嫌あぁぁぁぁぁーー!!」


 家族を失い、右も左も分からぬ場所で、背後に巨大な殺人鬼が迫る。


 十六歳の少女は死の恐怖に駆られ、死にたくないという一心で無我夢中で走った。


 故に、道の先が崖になっている事に気付かない。


!!!!?

「きゃーーーーっ!! あっ! うっ! がっ! ぐっ! べっ! ぶっ!」 


 エリは鉄屑の眠る谷へと転がり落ちた──





「うぅっ……ここは? 天……国?」


 真っ暗闇の中でエリは目覚める。


 どれくらいの時間かは分からない、どうやら気絶をしてしまっていたようだ。


「うぅ、痛ぃ……。ワタシ、まだ生きてる……」

 

 咄嗟にほっぺをツネってみると、ちゃんと痛い。

 

「痛っ! 狭っ! 何!? もう! どこ!? 部屋!?」


 態勢を整えようとしたが、暗くて、狭くて動き辛い。

 

 どうやら周りを囲まれているようだが、不思議と息は苦しく無い。


「ンッ!? 赤い……光? 何? これ」


 暗闇の中で微かに光る、小さな赤い枠の点滅に触れると、そこに文字が浮かび上がった。


「これ、タッチで操作するパネルだったんだ……」


『Justice Is Gigantic Outlaw’s Knives Union』


「J・I・G・O・K・U……地獄?」


 画面の文字をなぞろうとして、もう一度パネルに触れると、巨大なモニターが現れて、外部の映像が映る。


「もしかして、これって乗り物か何か?」


 そうこうしている内、エリは自分の精神状態が先ほどよりも、少し落ち着いている事に気が付く。


「そうよ! そんな事よりここから早く出て、もっと! もっと! 遠くへ逃げないと!」


 エリは冷静さを取り戻し、何とかこの空間から抜け出そうとするが、相変わらず暗く、内部の作りも良くわからない。


「ンッ! ン〜ッ! 開けっ! 開けっ! クソッ! 駄目だ、開かない、ねぇ、どこかにボタンでもあるの? またタッチするの?」


 頭上に扉の取っ手らしき物を見つけ、押し引きしてみるがピクリともしない。


 どうやら手動ではなく、自動で開くタイプの扉の様だった。


「ねぇっ! 出してよ! 開け! オープン! 開けゴマッ! もう! 開けろよっ! 馬鹿ヤロー!」


 もしかしたら、音声で開くタイプかもしれない。 


 そう思い、色々と言ってみる。

 

「もう嫌! ワタシ、これからどうすれば良いの?」

 

 やはり何をやっても、ウンともスンとも扉は開かず、エリは疲れて不貞腐れてしまった。


「キャッ!! 何っ!!」 


 突然! 乗り物が揺れる。


「ヤバイ!! 近くにアイツが来た!! 私達を撃ってきた奴!! みんなを殺した奴!!」


 次の瞬間、目前の巨大モニターに、エリの正面、道の少し向こうに、ボンヤリと見える巨大な動く影の正体が、自動オートで拡大されてハッキリと映された。


「何!? コイツ! 機械? ロボット!?」


 それは二足で歩く人の形を模した巨大な機械で、右肩に大きく武骨な大砲を担いで、両手で支えていた。


 それは数百メートル向こうにいて、そのまま正面の道を横切って行くかと思われた矢先に立ち止まり、こちらを振り返る。


 顔にあたる部分に、まるで一眼レフカメラの望遠レンズのような物がついており、それが伸縮した後にこちらへ焦点を定めて歩き出す。


「エッ!? ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ! 気づかれた!? こっちに近寄って来る!」


 エリはこの密室空間から抜け出そうと、扉を押したり、引いたり、蹴ったり、周囲の突起を押してみたりして必至に足掻く。


「ねぇ! 開かないならせめて動いて! アイツがこっちに来てるって! 逃げなきゃ死んじゃう! 動いてっ! ねぇっ! 動いてよっ! 動けっ! 動けっ! 動けっ! 動けっ! 動けってばーーーーーーっ!!」


 エリの叫びが届いたのか、PCに似た起動音と同時に、室内に明かりが灯る。


Emergency緊急時 voice音声 activation起動 systemシステム startスタート


「おや!? アナタは初搭乗のマスターですね。パイロットデータベースに照会。アナタのデータは有りません。未登録の新人パイロット、もしくは何らかの事情により非戦闘民が乗り込んだ状況と推測」


 明かりが付いて、エリは自分が椅子の上に逆さまになっている事に気が付く。


「しゃ……喋った」


 エリはすぐさま、椅子の上に正しく座り直す。


「始めましてマスター。ワタシはパイロットの性格、能力等の特性を学習し、各々の操縦に合わせ進化し、戦闘のサポートをする学習型AIです」 


 椅子に腰掛けると手前に二本のレバーの様な物が伸びており、その奥に先程のタッチパネル、正面が巨大なモニターになっていて、足元にはいくつか車のペダルの様な物があり、空間のそこかしこにボタンやメーターが付いていた。


「アナタ、言葉を喋れるの? 始めまして、よろしく」

 

 そうこうしている間にも巨大ロボットは近付いて来る。 


「先ずはチュートリアルを……と言いたい所ですが、現在、当機の前方百メートルに迄、敵性兵器が近づいて来ています。操縦レバーを握りKNIVESナイヴズを展開後、速やかに戦闘モードへ以降、直ちに敵機を撃退して下さい」


 エリは急に指示を出されて、どうすれば良いのか分かる訳もなくあたふたする。


「操縦レバー!? KNIVESナイヴズ!? 分かんないわよそんなの! いきなり何!? 意味わかんない! 無理だから! 私、パイロットじゃないし! ってゆーか何なのコレッ!? アンタもロボット!? アイツも!? 何なのよ!?」


 約50メートル手前で敵性巨大ロボットは立ち止まる。


「……現在、パイロットの精神状態は極度の興奮、混乱状態にあり、戦闘の継続は困難と判断……。サポートAIの判断により、オートパイロットによる緊急離脱戦闘モードに切り替えます……」


 敵性巨大ロボットが片膝を付き、砲撃の構えに入る。 


「久しぶり? に、自由に動けますね。そもそも、最後に起動したのは? 随分、前? でした? ところでアナタ、その様な巨大な大砲を背負っては、ワタシの機体の起動力には付いては来れませんよ」


 エリの乗ったロボットのAIが、そう話し終えた時には既に決着はついていた。


「ハァッ……ハァッ……アナタって、凄いのね……」


 その背後には、頭、胴体、下半身、の各部位ごとに真横に切り分けられた、敵性巨大ロボットが転がっていた。


「えぇ、まぁ、ざっとこんなものでしょう」


 緊張の糸が切れて安心したエリは、AIの機械とは思えない不遜な態度に、ついおかしくなって笑いだした。


「ねぇ、アナタってとっても面白い子ね。ねぇ、アナタの名前、何ていうの?」


 AIはその言葉を聞いた直後、少し記憶領域に欠落部分がある事を発見し、人間には気付けない程の一瞬、確認の為フリーズしたが、何も問題はないと判断した。


「ワタシはAIです……。名前はありません……」

 

 エリは少し考えるフリをした後、笑顔で答える。

 

「じゃあ、アナタの名前は今日から……」






「ねぇ、今、アナタと始めて出会った時の事、夢の中で思い出してた」


 アナタの機体の中だと、ワタシはいつも安心して、深く眠る事が出来る。


「それは懐かしいですね。エリー、アナタも随分と腕を上げました。ひよっ子パイロットの頃は、教育にサポート、メンタルケアと本当に大変でした」


 あの日、家族を亡くしたワタシにとって、ずっと一緒にいて、守ってくれてきたアナタは両親みたいな存在。


「あーっ! もう! またすぐそうやって上から目線で子供扱いするっ! アナタには本当に感謝してるわよっ!」


 こうして時々、お互いに思ってる事を言い合ってる時は、寂しさを紛らわせてくれる、友達みたいな存在。


「隊長ー! まーたAIと喧嘩ですかー? AIに名前まで付けてやるなんて、本当に仲がよろしい事で。えーっと、名前なんでしたっけー? そのAIちゃん」


 今、正面のモニターに割り込んで来たのは、ワタシの隊の仲間たち。


 マイクはお調子者で隊のムードメーカー、いつもワタシをからかって来る。


「ちょっと! マーク! アナタ分かって聞いてるんでしょっ! いつもいつもエリー隊長をからかわないでよ!」 


「はいはい……。ミーナちゃんはエリーお姉たんがだーいちゅきでちゅもんねー!」


 ミナは管制担当でワタシの妹分。


 いつも甘えてくる可愛いヤツ!


 マイクとは、いつも何故か喧嘩になる。


「ヤレヤーレ、ユー達こそ、いつもラブラーブの夫婦喧嘩デース……」


 ボブはいつも冷静で時々ツッコミ役、隊の精神安定剤、ちょっと言葉があれだけど。

 

「ちげーよ!!」

「違います!! 絶対無理です!!」


「ぜっ! 絶対かよっ!!」


 あの日、AIロボットを拾ったワタシは、運よくこの星の人類側のテリトリーまで、逃げ延びることが出来た。


「ミーナ、マーク、ボビー、そこまでよ!」


 今も奴らと人類はこの壁を挟んで争っている。


「あっ! はいっ! すいません! エリさん! 出撃OK出ました! お願いします! あのっ! 今日も戦果を期待していますねっ!」


 あちら側では、今も捕らえられた多くの人達が、奴隷として扱われている。


「えぇ! 期待して待ってて!」


 もしかしたら……まだカヲルも……。


「それじゃーボチボチ行きますかいっ! ヘル隊! マイク・ザックバッカー! 行くぜぇー!!」


「ボブ・オロンゴ、ヘル隊デ! マース!!」


「ヘル隊、隊長、渚エリ! 出撃する!!」


 そして、ワタシはいつものように相棒の名を呼ぶ。


「さぁ行くわよ! 今日も頼むわね! 地獄ジゴク!!」 


「任せて下さい! 行きましょう! エリー!!」

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ELLY IN THE HELL ─地獄のエリー─ 小桜 八重 @kozakura-yae

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