ルームメイトは卒業できない

まさつき

遠い世界の卒業シーズン

 爽やかな暑さを孕む初夏の空を、みおは独り眺めていた。

 この女子高に、転入した日を思い出す。

 鉛色だった空には、今では穏やかな青色が広がっている。

 鏡の前に歩み出て、夏服のシャツに袖を通し、膝丈のスカートを穿いた。

「この制服も、これで終わりか」

 6月のカレンダーに目を移す。

 3日経てば卒業式。

 けれど澪の卒業は、今日だった。

「澪、行ってしまうのね」

 いつのまにか戸口に立った、ルームメイトの彩夏あやかが呟いた。

「6月の卒業式って、慣れないね」

 カレンダーの日付をなぞりながら、澪は震え声の少女に笑いかけた。

「おまけに高校4年生だなんてさ。君に招喚されたときは、ずいぶん勝手の違う日本だなって戸惑ったよ」

 軽やかにする澪を、彩夏は遠いものを見る目で見つめた。

 澪の佇まいが、すっと静かなものになる。

 別れの時を、知らせていた。

「プロムの相手をできないのが、心残りだね」

「なら今、踊ってくださる?」

 二人の心の間にだけ、ワルツが流れる。

「救ってほしかったのは、私だったのに」

「知ってた……至らなくて、ごめん」

「そんなことない。あなたは私たちを救ってくれた。ただ……」

「なんだい?」

「私に少し、欲が出ただけ……」

 澪の唇が、彩夏に寄せられ重なった。

「僕にも少し、欲が出たみたいだ……別れはいつだって、辛いね」

「酷い人……あなたのこと、忘れられなくなってしまう」

「そんなことないさ、きっと君は忘れてしまう。小さな思い出の宝石にして、心の小箱にしまいこんで……」



 初夏の爽やかな風が吹き抜けた。

 誰かを抱きしめていたように、彩夏の腕が輪を作っていた。

 空になった腕の中に人のぬくもりを感じて、戸惑いを覚えた。

 とても大切なものが、あった気がして……。



 業火に燃える校舎を背にした女学校の少女が、澪の前に佇んでいた。

「澪だ。君が僕の新しいルームメイトかい?」

 今まで出会った誰とも同じく、澪は軽やかに声をかけた。

 燃える瞳に悲壮な思いを宿し、黒髪の少女が応える。

「私は燈子とうこ。私たちを救って」

「もちろんさ。君が僕に望むなら、必ず願いを叶えてあげる」

 燈子の瞳に、儚い宝石がひと粒光る。

「卒業までに、必ず救うよ」

 澪は再び、世界救済という日常を歩み始めた。


 ――澪は転校生として世界を渡る。

 救済を遂げたら次の世界へと転入する。

 少女の願いにばれ、世界と世界の終わらない輪舞ロンドを舞い続ける。

 永遠に卒業はできないけれど、永遠に世界を卒業していく。

 ただそれだけが、澪の日常――。

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ルームメイトは卒業できない まさつき @masatsuki

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