紙飛行機に想いを乗せて、
まさつき
遥けき空に向け、
動かない空の下。
僕は紙飛行機を飛ばしている。
鉛色の空は、動かない。
高層マンションの最上階。
彼方に水平線の見えるベランダから、海辺に建つ観覧車を眺めていた。
手元の分厚い札束から、一万円札を摘まみ上げる。
気持ちを込めて、丁寧に紙飛行機を折り始めた。
お金は沢山持っている。
有り余るほどに。
価値を感じられないほどに。
遠い観覧車のてっぺんに向けて、誰かに届けと思いながら、僕はいくつも紙飛行機を飛ばす。
1万円なんだから、せめて1万ミリぐらいは飛んでほしい。
けれど渋沢栄一を折りこんだ紙飛行機は、10メートルも飛びはしない。
300メートル下のアスファルトへと、ふわふわ螺旋を描きながら流れてゆく。
辿り着いた地表では、カード会社の広告看板が錆びた鉄塔に寄りかかっていた。
看板には「プライスレス」と大仰に書かれたコピーの横に、にっこり笑う青年の姿がある。昔もてはやされた、気象学者の実業家だ。
始めるのは容易いけど、継続するのは難しい。
成功するのはもっと難しいって、津田梅子は言った。
熱くなり過ぎた地球を想って、学者で実業家の青年が巨大な飛行機を飛ばした。
世界中を飛び回りながら、鉛色の雲の種を蒔くために。
世界は冷えて、心の芯まで冷えてしまって。
鉛色に固まった。
継続して成功して、そのあと何が起きると、青年は願ったのだろう。
「世の中で一番美しいことは、すべての物に愛情をもつこと」と言った福沢諭吉。
灰色に染まった世界の、いったい何を愛せばよいというのかな――。
厳粛な表情をした福沢先生の銅板画を折り畳んだ。
野営の焚きつけに使う紙屑をポケットにしまって、僕はベランダを後にした。
かつて人が住んでいた部屋を眺める。
どんな暮らしだったのか、想像もつかない。
瀟洒なマンションの壁は剥げ、カーペットには埃が詰まり、窓ガラスは割れ落ちていた。十数年人の手入れがないだけで、これほどに荒れ果てるものなのか。
奇跡的に動いている高速エレベーターに乗って、300メートル下の地表に降り立った。高効率の太陽電池が、機械の命を永らえていたらしい。たしかこの電池の発明も、あの青年実業家の業績だったはずだ。
廃墟となったビルの隙間から、遠くの観覧車を眺めた。
化石のように動かない荒廃した遊園地。
誰もいない世界。
僕のほかに、まだ生き残っている人はいるのだろうか?
固く冷たい灰色の荒野を踏みしめて、僕は再び旅に出る。
お金にかえられない、価値を求めて。
紙飛行機に想いを乗せて、 まさつき @masatsuki
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