第2話 岳


元妻の雫はスーパーのパートをしている。

養育費は貰っていても、出来るだけ頼らずに生きる為に昼から夕方までパート。

大した給料ではないけど、子供はお金がかかって仕方がなかった。


パートが終わると自転車を立ち漕ぎして急いで帰宅。

絶対に寂しい思いをさせないようにしていた。


「 ただいまぁ、ママ! 」


「 お帰りなさい岳。

今日はどうだったのかな? 」


優しくも心が強い女性だった。

駿には勿体ない女性。

ご飯を食べながら1日の話をするのが日課。


「 ママぁ、パパえもんと次はいつ会えるの? 」


「 そうだなぁ…… 来週の日曜日かな。 」


岳はパパが大好き。

毎日話をしていても、直ぐにパパの話に変わってしまう。


「 パパはね、パパはね!

この前クレープ食べてたら、飛んできた鳩に食べられて怒ってたんだぁ。 」


パパの話をする時は本当に楽しそうだ。


「 そうなのぉ…… おどじさんは相変わらずね。 」


「 今度はママも行こうよ?

そうすればママも仲直り出来るかもしれないし。 」


子供には離婚はただのケンカだと思っている。

出来た溝は塞がらず、2度と復縁出来ないのが当たり前。

岳にはお父さんが必要だった。


「 そうねぇ…… 考えて置こうかな。 」


いつも話をはぐらかしては誤魔化してしまう。

大人の悪い癖である。


「 はぁい…… 部屋に行くね。 」


寂しそうに1人部屋に行ってしまう。

雫にも分かっていた。

お父さんの存在がどれだけ重要なのかを。

お母さんの悩みは尽きなかった。


部屋に行くと絵本を取る。

そしてICレコーダーを再生して絵本を開く。


「 さぁ! 今日かぐや姫のお話だよ。

良い子は知っているかい?

ああ、俺も知っているとも。 」


ICレコーダーからは駿の声が聞こえる。

寂しくないように沢山の絵本の読み聞かせを録り、絵本を読みながら流せば、まるでパパが隣で読んでいるような気分になる。

駿の奇抜なアイディアの1つ。


「 えへへへ、早くかぐや姫読んでよ。 」


何度も聞いているのに笑いながらツッコミを入れてしまう。

岳はパパが大好きだった。


そんな姿をドアを少し開き、こっそりと覗く雫。


「 ハァ…… 父親としては最高なのよね。

最低だったらどれだけ楽だったか。 」


父親の存在は大きく、岳には絶対必要な存在。

だからこそ寂しそうな姿を見ると心が痛かった。


駿は家族の写真を見ながら今日も執筆をしていた。


「 岳ぅーー の為に!

ママぁーー の為にぃ! 」


謎な歌を唄いながら書いている。

駿は2人が大好きだった。


そんなある日の事…… 。

駿は仕事を終わらせて、大好きな岳の為におもちゃを買おうと街に繰り出していた。


「 何にしようかなぁ??

仮面レンジャーかな? いやいや、マッスルマンのゲームにしようか?

いやぁーー 迷うなぁ。 」


迷いも楽しんでいると、目の良い駿に衝撃の光景が映る。


「 わぁ…… わーーっ!!? 」


それは離れた交差点を歩く雫の姿だった。

綺麗な服で隣には知らない男の姿が。


「 誰だ…… あの男は!?

人の女房に手を出しやがって…… 。

ぶん殴ってやる!! 」


ちゃんと離婚は成立していて、誰と会っていても普通な事。

駿にはまだその分別が出来ていなかった。


「 待てーーっ!! 待てよ! 」


遠くに居る雫の所に行くために、人にぶつかってもお構い無しで走っていく。


ドンッ!! 勢い良くぶつかる。


「 痛いなぁ…… 兄ちゃん? 」


「 急いでんだよ! ちょっと悪いな。 」


駿には遠く離れた雫しか映っていない。

立ち去ろうとすると首根っこを引っ張られて、止められてしまった。


「 謝っただろ? 急いでんだって! 」


相手の顔を見ると怖い人相…… 。

服装も…… ちょっと。

ほぼ100%ヤクザさんでした。


「 兄ちゃん急いでんのかぁ。

それは大変だねい…… ちょっと裏行こうか? 」


「 俺の妻が…… ! 男に!! 」


必死な抵抗も虚しく、路地裏でボコボコにされてしまった。

静かになり倒れていた。


「 俺は…… 行かなくちゃ…… 。

妻を…… 雫を…… あの男から…… 助ける。 」


「 何言ってんだコイツ?

浮気されてんのかよ? あははは!

それは傑作だな、ははははっ!! 」


ヤクザにも笑われてしまう。

駿はボロボロになりながらも這い上がろうとする。


「 ゴミ共は黙って……ろ。

俺は…… 家族を…… 守るんだ…… 。

妻も…… 息子も…… 誰にも渡さない…… 。 」


「 兄ちゃん、世の中は強いもんの味方だよ?

弱者は強者の前にひれ伏すしかないんだ。

今頃はかみさんも不倫男と宜しくやってるさ。 」


ヤクザ達も満足して鞄から財布を抜き取る。

そしてタブレットにも手を伸ばす。

その手を強く掴んだ。


「 触るな…… それは俺の…… 。 」


「 はっ? コイツ財布よりタブレット気にしてますぜ?

これは愉快だな。

中身は消して海外に売り飛ばしましょうぜ! 」


その手を払い避けて路地裏から出ていこうとする。

駿は薄れ行く意識の中、後ろ姿に手を伸ばす事しか出来ない。


「 返…… せ。 」


「 あははは、まだ言ってますぜ。

本当しょうもない男でしたね。 」


笑いながらその場から離れようとする。


「 その男を笑うのは許さない。 」


目の前に立ち塞がっていたのは、社長の瀧一徹だった。


「 なんだお前は? 」


「 何か無礼をしてしまったのは謝る。

だからそれだけは返してくれないか?

それはその男の宝で魂だ。

何十万…… 何億にだって化ける。 」


瀧は深く頭を下げた。

ヤクザはまた笑っていた。


「 こんな男のタブレットにどんな意味があるんだよ。

返す訳ないだろ? これは慰謝料だ。 」


当然一歩も引かなかった。

すると瀧も意味がないと分かると、頭を上げてスーツを整える。


「 そうか…… なら仕方がない。 」


瀧の後ろから綺麗なスーツを着た女性が現れる。


「 おっさん、なんだその女は? 」


笑っていると凄い勢いで綺麗な女性に蹴りを入れられる。

周りの仲間も全く反応出来なかった。


「 さぁ、次は誰がやられたいですか? 」


ヤクザ達はカシラを連れて逃げていく。

その飛び蹴りを見ただけで、その力量が良く分かったからだ。

タブレットと財布を置いて逃げて行ってしまった。


一條いちじょう君ありがとう。 」


「 問題ありません。

ただ業務命令とは言え、これは手当を付けて頂きますので。 」


その綺麗な女性は一條と言って瀧の秘書。

髪は綺麗に後ろに束ね、鋭い目付きを眼鏡で隠している。


「 大丈夫か?? 駿…… 。 」


「 瀧…… さん。 」


駿は意識を失ってしまう。


目を覚ますと社長室。

ふかふかのソファで寝ていた。


「 いてててて。 」


「 社長からの伝言です。

あまり無茶はするな! タブレットを大事にしろ。

そして私はキャバクラに行く、との事です。 」


秘書の一條さんが介抱してくれて、目が覚めるまで待っていてくれた。


「 なんで…… 俺の居場所が? 」


「 社長が渡したタブレットですよ?

当然位置くらい簡単に把握出来ます。 」


今回は本当に助けられてしまった。

監視されてるおかげでもある。


「 あの変態オヤジが…… 。

最後まで面倒見ろっての。 」


「 私がお送り致します。 」


一條さんに肩を借りて車に。

高級な外車でてかてかして光っている。


「 さぁお乗りください。 」


専属の運転手が家まで運んでくれる。

後ろの席に座りぐったりしてしまう。


「 一條さん…… ありがとう。 」


「 業務命令なので。 」


一條さんは命令に忠実、何でも出来る秀才なのだ。


「 あっ…… 帰る前に寄りたい所が。 」


そこは当然雫と岳の家だった。

夜になり明かりがついている。


「 ありがとう…… 出してくれ。 」


「 寄らなくて宜しいのですか? 」


ゆっくりと車が動き出す。


「 ああ…… これでいい。 」


悲しそうに窓から家を眺めているのだった。

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