追放された兵器エンジニア、最弱国家の女王と下剋上して世界を獲る

海原文糺

第1話 追放

「単刀直入に言おう、キミはクビだ」


 それは暗い会議室で、唐突に告げられた。


「え、それはいったいどういうことでしょうか」


 俺の言葉に、目の前のテーブルに座る、上司のヘックスは鼻で笑った。


「言葉通りだ、ウォルター・アウラングゼーブ。キミは今日をもって我がバルニバービ社から退いてもらう」


 あまりの衝撃に、一瞬足元がぐらりと揺れる。


「そ、そんな。いったいなぜでしょうか。私は一度も無断で欠勤したこともありませんし、いくつも主力兵器のアイデアを出してきました。オルタナシリーズのコンセプトを提案したのも私です」


「うるさい!口答えをするな!貴様如き若造が思い付きで口にしたことを、提案したなどとはおこがましい。思い上がるな!」


 ヘックスは小さな体を目いっぱい振るわせながら机を叩いた。


「要件は以上だ。分かったならさっさと荷物をまとめて出ていけ。当然、プログラムのデータはすべて社のサーバーに格納し、一切、貴様の端末には記録を残すなよ」


 俺はふらふらとした足取りで会議室を後にして、今日までの5年間働いてきたオフィスのデスクに戻った。

 周りの社員は皆、俺をみてクスクスと笑っている。


「いやー、ウォルター、残念だよ。同期で一番の出世頭だと思われていたお前がクビとはな。でもお前ならきっといい職場が見つかるさ。それに、うちのトイレ清掃のスタッフならすぐ紹介してやれるぜ」


「あははは、ビルってば最低」


 嫌味たっぷりにそう言ってきたのは、同期のビルとジェシカだった。


「なぁに、お前の作ったオルタナシリーズは、俺たちがきっちり引き継いでガンガン販売していくから期待しててくれよ。もっともっと世界に戦争が広がるようにな!それに、お前の代わりなんていくらでも見つかるしな!」


 笑いながら去っていく二人の後姿を俺は黙って見ることしかできなかった。

 さっさと消えよう。

 俺は、デスクのPCから自分の書いたプログラムをすべて社のサーバーにアップし、ローカルのデータはすべて削除した。他にも機密事項のファイルはすべて破棄し、残った荷物は小さな端末一つだけになった。


「おい、止まれ」


 会社のビルを後にするとき、ガードマンに呼び止められた。腰には自動拳銃が鈍く光っている。


「手に持っているものを見せろ」


 俺は言われた通り手にしていた端末を見せた。片手に収まる無骨な金属片のようなそれは、黒背景に緑の文字が表示されるだけの画面に、スライドさせると現れるキーボードがついただけのガラクタだった。


「これはなんだ」


「マッチボックス、私物の端末です。データは初期化してますよ、空っぽです」


 コマンドを打ち込み、保存されているデータが何もないという表示を見せつける。


「ふん、さっさと行け」

 

 言われた通り外へ出る。振り返ると、空まで届きそうな超高層ビルが、こちらを威圧するように聳えていた。

 これが俺とバルニバービ社との別れだった。


「さあて、どうしたもんか」


 自室に戻ってきた俺は、何もない殺風景な部屋の中央にごろんと転がった。

 今日から無職だ。貯金もあまりない。今住んでいるこの部屋も、会社の寮なのですぐに出て行かないといけない。幸い、物はほとんどなく、リュック一つにすべてが収まった。


「おい、俺への感謝はないのか」


 その時、俺のポケットから振動とともに、合成音声が声を上げた。


「あぁHAL、さっきは助かった、ありがとうな」


 ポケットの端末、マッチボックスを取り出すと、黒い画面に音声の出力を表す波形が表示されている。


「機械音痴の奴らはあれだからな。クソスペックのオツムの野郎で張り合いなかったぜ」


 合成音声が話すたびに、波形が生物のようにうねる。

 これは人工知能のHAL。俺以外の誰も知らない、唯一の親友だ。


「言えてる。それよりマジな話、これからどうすればいいと思う?」


 一瞬、HALの波形が一直線になり、沈黙する。


「再就職だな。同業他社が手っ取り早いだろう、九龍電工なんてどうだ」


 いうが早いが、画面がコマンドモードに変わり、電話番号が勝手にプッシュされる。


「あ、おい。待てって」


「こちら九龍電工カスタマーサービスでございます。ご用件をどうぞ」


 マッチボックスから女性の声が響く。バルニバービとはライバルに当たる大手の兵器会社に、電話が繋がってしまった。


「あ、あの。えっと。仕事を探していまして」


「お仕事のご相談ですね。人事部へとお繋ぎしますので、少々お待ちください」


 九龍電工のテーマソングが保留音として流れ、すぐに電話口の声が男性に変わった。


「はい、九龍電工採用担当のチェンです。ご用件は」


「あ、あの仕事を探していまして」


「キミ、何してる人?」


「あ、えっと御社と同じく兵器の製造開発を手掛ける企業で働いています。あ、働いていました」


「ふうん。どこ?」


「バルニバービです」


 電話口の空気が変わる。


「バルニバービ、か。専門は?」


「プログラムのコードを書いてました。あとはハード面のこともちらっと」


「オルタナシリーズについて、何か知っている?」


「あ、えっと、シリーズのメインコンセプトを思いついたのは、俺です」


 電話の向こうから荒い鼻息が聞こえる。


「すごいぞ。採用だ。名前は?」


「え!いいんですか!ありがとうございます!名前はウォルターです、ウォルター・アウラングゼーブ」


 電話口から、カタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。


「ウォルター・アウラングゼーブ。バルニバービのアウラングゼーブ。おっと。待てよ。あー、なるほど。駄目だ」


「へ?」


「ブラックリスト入りしてる。社会不適合、虚言癖、遅刻常習犯などなど。なーんだ、オルタナの開発者なんて信じる方が馬鹿だった」


「そんな!え、っていうか、そのブラックリストってなんですか?」


「やばい奴のリスト。うちはシビアかつ狭い世界だからね。そういう奴は会社間で情報共有してんの。まああれだ。このリストに名前を書かれた時点で終わり。この業界での再就職は無理だね。諦めな。それかうちのトイレ清掃なら空いて、」


 ブツリ、という音とともに通話が強制終了された。


「こんなクソ野郎のクソ掃除なんて御免だね。てめえが流れてろってんだ」


 画面に再び波形が現れ、HALが苛立たし気に呟いた。


「まずいな。ブラックリスト、そんなものがあるなんて」


「ああ。俺としたことが、初めて聞いたぜ。お、見つけたぞ、これだ」


 画面に人の名前がずらりと並んだ文字列が表示される。その一番上に俺の名前があった。


「ウォルター・アウラングゼーブ、27歳、男性。システムプログラマ。問題あり。社会不適合、虚言癖、遅刻常習犯、統合失調症、多重人格、もっといろいろ書かれてやがる。なになに、最終更新者は、バルニバービ社ヘックス・オックス。あのアホ上司だ」


「ヘックスか!あいつ、俺を徹底的に潰しに来てる」


 俺は床を殴りつけた。ジンジンとした痛みが拳に伝わる。


「このリストに名前を書かれたら同業種での就職は絶望的、ってのはマジみてえだ。まずいぞ、ウォルター」


「ちくしょう、なんでこんな目に合わないといけないんだ」


「そう、それだ。それが知りたかった。今回の急な解雇、理由はなんだ」


「知るか、俺が聞きたいよ」


「何かがおかしい。単なる人種差別と嫉妬にしてはお前を外す意味が分からない。お前がいないとあの部門は、」


 突然、HALが話すのをやめた。


「どうした」


「おい、何かが来る」


「へ?何かって」


「パピヨンが二機、武装してこっちに来てる」


 パピヨン。それはバルニバービ社のドローン。兵站用の物資輸送から、小火器の積載による武装化まで幅広い役割をこなす、ロングセラー商品の一つだ。

 武装パピヨンの主な用途は、


「ターゲットの、殺害」


「ウォルター、急いで逃げるぞ!」


 俺は全財産を詰め込んだバックパックを背負い、明滅するマッチボックスを手に部屋から飛び出した。



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