第9話 声
生駒山を超えたあたりだった。一面に赤い台地が広がる。奥の大阪湾の方向では東京でみたあの化け物が見えた。古田には戦慄が走った。大阪の人、インフラ、システムすべてを食らいつくした古代の破壊神が石の如く静止している。
「ありがとうございました」ヘリは大阪北部空港に到着した。古田が機内から地面についた。あの巨人と同じ地を踏んでいるという事実。恨みに恐怖が近づいていく。
ヘリで同席した自衛隊の高橋さんは近くの小学校に物資を運ぶというので古田はトラックの助手席に座らせてもらった。高橋さんは見たところ三十代だろう。彼の肉体は日々訓練を行っていることを証明する。しばらく無言のまま車内はゆれてゆれる。
「怖くないんですか?」聞くべきではないと分かっていたが古田の口は動いていた。
「そりゃ怖いですよ。大都市をめちゃくちゃにする怪物の隣にいるんですから。けど私は自衛隊員です」しばらく高橋さんは間を置く。
「自衛隊は決して褒められた組織ではありません。憲法九条に反しているかもしれないし、時の首相が言ったように私たちが日陰者であるときの方が国民は幸せなはずです。ですが…」
車内は揺れる。
「日陰がなくなった瞬間、光も消えます」。
高橋さんの目はずっと遠くの方をみている。
「私たちは確かに危険な場所に行きます。ですがそれは死に逝くのではない。生きにいくのです」。
その場で古田は深々と高橋に向けて頭を下げた。
避難所となった体育館は人でごった返していた。赤ん坊、若者、老人、社会は幾千幾万の人間で構成されていたことがよくわかる。古田は片手にペンとノートを持ち、体育館の端のほうで穏やかそうな見た目のおばあさんをはじめに取材することにした。現地の声を伝えたい一心だった。
「すいません。ジャーナリストの古田と申しますが取材よろしいでしょうか?」
「アアンッ?」穏便な表情はどこへやら。おばあさんのその迫力におののく古田。
「なんや、あんた。私らのこと世間に知らしめていい気になって」。
「いえ、そんなつもりは…」
「けど、少なくともそれで食っていっとんのやろ?自分の家で。周り見てみいや。ここにおるもんは家に帰れんもんの集まりや。憐れむやろ?かわいそうと思うやろ?多くの人はただそう思っておしまいや。どこまでいっても私らは貧乏くじ引いた赤の他人や」。
古田は何も言えない。
「孫も子も帰省してきてた。けど、見たんや。はっきりと。踏まれて死んだわ。…結果、老人の私だけが生き延びた。あの子らがなんか悪いことしたんやろうか…。ううう…あああ…」
おばあさんはその場で泣き崩れてしまった。
「頼むからこんな無様な姿、世間にださんといてください」。
古田は深呼吸をした後ゆっくりと口を開いた。
「申し訳ありませんでした。いやな思いをさせてしまいました。私には帰る家もありますし、おっしゃる通りあなたとは赤の他人です。そして私は非力で自衛隊のようにあなたに分ける水も食料も持っているわけではない、ですが一つ武器があります」。
「武器?」
「ペンです…!!」
古田はペンを強く握りしめた。
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