ダンジョンと魔法で狂った世界
シュミ
第1話 ダンジョンに飛ばされた
それは突然の出来事だった。
俺こと
「旬、数学の課題した?」
「あっ、忘れてた⋯⋯⋯⋯」
「やっぱり。今回は見せてあげないよ」
今日の1限目は数学だ。
それ故にもう自分でやっているような時間は無い。それでも俺は毎回家でやる事を忘れてしまう。なぜならいつも陽葵が写させてくれるからだ。
なのに今日は写させないなんて事を言われてしまった。
「ま、待ってくれ陽葵。嘘だよな⋯⋯⋯⋯」
「嘘じゃないよ。そうやって毎回見せてもらえるなんて思ったら大間違いだからね」
そう言って陽葵はプイッと俺から視線を逸らした。
「た、頼む。ジュース奢るから―――」
両手を合わし、そう言いいながらお願いをする俺。
だが陽葵は俺の話を聞かないどころか、視線すら合わせてくれなかった。
それは拗ねているからとかでは無いように思えた。
空を見上げ何かを不思議そうに見ていた。
俺はその視線を辿るようにして空を見上げる。
「えっ⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
そこには空いっぱいに広がる赤い円形が見えた。
円形の中には知らない文字の羅列と星型やら三角やらが重なっており、まるで漫画で見るような魔法陣のように思えた。
すると空を埋め尽くす魔法陣は赤く光だし、中心に白い光のようなものが集まりだした。
「しゅ、旬。何あれ」
陽葵は怯えて、俺の腕にしがみついてくる。
「分から―――」
バヒューーーーン!!
集まった光が放出され、空を白で埋め尽くす。
一秒も立たない内に俺達の視界も真っ白に染まった。
何も見えない。
自分の体すら。
何も聞こえない。
声を出しているはずなのに。
頭がおかしくなりそうだ。
眩しすぎる光を浴びて視界が真っ白になったのではない。
全てが白で塗り潰されたのだ。
地球の終焉かと思ったが、感覚は残っているし、視界も晴れてきていたのですぐに違うとわかった。
完全に視界が元に戻った俺は辺りを確認した。
代わり映えのない住宅街。隣には陽葵がいた。
一先ず俺は自分と陽葵が生きていること、地球が無事であることに安堵し、深呼吸をした。
その時だ―――
「ゲホッゲホッゲホッゲホッゲホッゲホッ」
「コホコホコホコホコホコホコホコホコホ」
突然、肺が痛くなり、咳が止まらなくなった。
まるで水が気管の方に入ってむせた時のような感覚だった。何かを出そうとしている、反射的な咳だ。
陽葵も同じで苦しそうな咳をしていた。
苦しさでカバンを持つのもしんどい。
俺と陽葵はカバンを地面に下ろした
俺は彼女の背中に手を伸ばし、摩った。
少ししてお互いに肺の痛みは無くなり、話す事も出来ない程に出ていた咳もマシになっていた。
「大丈夫か⋯⋯⋯⋯? 」
「うん。大丈夫、ありがと…………」
今の現象は一体何だったのだろうか。
だが一つだけ確信できることがある。
俺達の体に何かが入った。
それは空気に乗って、呼吸と同時に入ってきた。
だから体が反応し、反射的に咳が出たのだ。
だがその何かは体の外に出たとは思えない。
体がそれを受け入れたという方が正解だろう。
「今の何⋯⋯⋯⋯?」
「分からない。⋯⋯⋯⋯でもあの魔法陣みたいなのが原因だと思う」
なぜならさっきまで空を覆っていた魔法陣が跡形もなく消えているのだから。
陽葵は空を見上げ言った。
「何だったんだろうね、あれ」
「さあな。⋯⋯⋯とにかく生きてて良かったよ」
「そうだね⋯⋯⋯⋯⋯」
陽葵は力なく息を吐いた。
心底安心したような息だ。
そしてその場にへたり込んだ。
どうも今の現象が相当応えたらしい。
「陽葵、大丈夫か?」
「うん。ちょっとびっくりしちゃった⋯⋯⋯⋯⋯」
陽葵の前なので平気そうに振る舞ってはいるが、俺も心臓がドクンドクンと爆音で鼓動を打っている。
さすがに今のは驚いた。いや、驚きを通り越して絶望さえ感じた。
だからこそ無事であることに安堵しているのだ。
「一瞬、地球が終わったと思った」
「私も…………」
そんな感じでお互いに落ち着きを取り戻し、これからどうするかを話し合う。
俺には小6の妹がいる。
親は共働きなのでもう仕事に行っているため、今は1人で家にいるだろう。
「妹が心配だから俺は帰るよ。陽葵はどうする?」
「⋯⋯⋯⋯ちょっと怖いから私も旬の家行ってもいいかな?」
陽葵は少し恥ずかしそうに言った。
陽葵は一人っ子で親は共働き。
家にはもう誰も居ない。
いくら思春期後半の高二とはいえ、今のはさすがに恐怖を感じる。一人でいるのは心細いだろう。
だがこんな歳でという恥じらいは捨てきれず、陽葵は照れながらも頼んできたのだ。
なら男である俺は、それに答えようじゃないか。
「良いよ。俺も陽葵を一人にするのは心配だったから同じこと言おうとしてたし」
「そ、そっか。ありがと」
俺たちは元来た道を戻るため、地面に置いていた制カバンに手を伸ばした。
―――その時だ。
突然、地面が水色に光出した。
知らない文字の羅列と、綺麗な円形。
さっき空に浮かんでいた魔法陣のようなものが現れたのだ。
「ま、また、な、何⋯⋯⋯⋯!!」
陽葵が慌てて俺にしがみついてくる。
何なんだこれは。
陽葵は顔を真っ青にするほどに怖がっている。
体も震えているのが見て取れた。
ああ、俺も怖い。
こんな感覚、初めてだ。
―――絶対に当たる嫌な予感というものは。
「陽葵、逃げ―――」
俺が言い切るよりも先に魔法陣が強い光を放ち始めた。視界のほとんどが光に飲み込まれる。
どうやらもう時間が無いらしい。
俺の手にしがみつく陽葵はブルブルと震えている。
とてもじゃないが逃げられそうにない。
陽葵だけは助けないと。
咄嗟にそう思った俺は陽葵のしがみつく手を離した。
そして―――
「ごめん、陽葵!」
俺は思い切り陽葵を押した。
「キャッ!」
陽葵のそんな声が聞こえた。
「ま、待っ―――」
「いいから逃げろ!」
その瞬間――俺の視界は完全に光に飲まれた。
※
っ!?
「どこだ⋯⋯⋯⋯ここ⋯⋯⋯⋯?」
視界が開けた時、そこは洞窟だった。
後ろは行き止まり。
外から光が差し込んでいる様子もない。
真っ暗な空間。
どうやらここに出口は無いらしい。
「あっ、陽葵は⋯⋯⋯⋯!」
俺はポケットからスマホを取り出す。
圏外⋯⋯⋯⋯⋯。
その文字に絶望しながらも俺はスマホのライトを付けて当たりを照らす。
周りを見渡し、彼女の姿がないかと確認する。
「⋯⋯⋯⋯いないか。良かった⋯⋯⋯⋯」
彼女の姿がなかった事に少しの安心感を覚える。
だがまだ油断はできない。
あの魔法陣の先がここだけであるという確証はどこにもないのだから。
⋯⋯⋯⋯ん?
ふと地面に光を向けると、そこには制カバンが二つあった。
俺と陽葵のだ。
物もここに運ばれてる。
俺と同じ場所に。
物だから? それともたまたま同じところに来ただけ? いや、他にも行き先があるのならそんな偶然そうそう有り得ないはずだ。
完全な証明とはいかないが、あの魔法陣はここにしか繋がっていない可能性が高い。
陽葵は多分魔法陣には巻き込まれていないだろう。
「良かった⋯⋯⋯俺だけで⋯⋯⋯」
俺は安堵の息を吐いた。
だが俺も死にたい訳では無い。
スマホが圏外で助けを呼べない以上、出口を探すか、救助が来るまで生きなくてはならない。
どうしてこんなところに飛ばされたのか、出口はあるのかといった疑問はさておき、何もなかった場合のことを考え、生き残るためカバンに食料や水、使えそうな物がどれだけあるかを確認する事にした。
俺と陽葵のカバンの中身は以下の通りだ。
『俺のカバン』
500mlの水筒。
二段弁当。
筆記用具。
教科書。
ノート。
数学の問題集
プリントが入ったファイル。
『陽葵のカバン』
500mlの水筒。
一段弁当。
筆記用具。
教科書。
ノート。
数学の問題集。
プリントの入ったファイル。
鍵。
絆創膏。
予備のヘアゴム。
くし。
スマホ。
とりあえず使えそうなものだけ陽葵のも貰っておこう。
そうして取捨選択をした結果は以下の通りだ。
水筒×2。
弁当×2。
ノート×2。
筆記用具。
ハサミ。
絆創膏。
鍵×2。
スマホ×2。
陽葵の筆箱にはハサミがあったので、念の為貰っておいた。
ノートがあるのは、メモで使うためだ。
陽葵のスマホも取っておいたのは、懐中電灯の代わりで使うためだ。
鍵も何かに使えるかもしれない。
絆創膏は怪我した時ようだ。
「よし⋯⋯⋯⋯」
ここに居ても仕方ないので、俺は覚悟を決めて洞窟を探索する事にした。
※
さ迷うこと約30分
迷った。
サバイバル経験なんてものは無いので、考え無しに分かれ道を進んで行った結果だ。
きっと最初の位置に戻れと言われても無理だろう。
ずっと同じ風景ってのも方向感覚をおかしくしているんだろうな。
収穫があったとすれば、変わった鉱石があることくらいだ。
クリスタルのように見えるが、自ら水色の光を発している。おかげで洞窟の壁までの距離くらいは分かる。
だが水色なので洞窟の雰囲気がお化け屋敷のようになっているため少し怖い。
一応記録のために写真を撮っておいた。
中は湿気ており、温度は低めだ。
外の季節がちょうど冬だったため、俺は暖かい格好をしている。
この点は運が良かったと思う。
※
さ迷うこと約1時間。
少ししんどくなってきていた。
体力的には余裕だ。疲れる気配すら見せない。
問題は精神面だ。
変わらない風景、どれだけ進んでいるか分からない不安。どことなく感じる不気味な雰囲気。出口も見つかりそうにない。
一体ここはどこなんだ?
何となくだがここは地球に存在する洞窟ではないような気がする。ほとんど直感だが明らかにおかしい部分もある。
知識がないだけかもしれないが、自ら光を放つ鉱石なんて聞いた事がない。
思えば魔法陣なんて異世界系のド定番だもんな。
俺は召喚された勇者か何かなのか? ならもっといい扱いをして欲しいものだ。
俺は深くため息をつき、水筒のお茶を飲んだ。
それから少し歩いていると、足で何かを蹴った。
俺は俯き、何を蹴ったのかを確認する。
⋯⋯⋯⋯⋯本?
暗いのでしっかりとは分からないが、形的に本にしか見えないのだ。
不思議に思い、俺はスマホのライトを付けてしゃがんで確認した。
そこには国語辞典より二回りほど大きく、太い、そして少し古びている本があった。
なんでこんなところに? と疑問が浮かんでくる。
表紙には題名が書かれているみたいだが、読めない。
どこの言語だ?
日本語でも英語でもない。
韓国語や中国語とも違う。
どこ国の言語にも当てはまらないし、似ていない。
それに⋯⋯⋯⋯何だこの赤いの。
俺は気になり、その本に触れた。
「うわっ!」
指にヌメっとした感覚が伝わってきた。
俺は触れた指を確認する。
「嘘だろ⋯⋯⋯⋯」
指は赤く染っていた。
ペンキやインクの赤では無い、明らかに何者かの血だ。
嫌な予感がし、前方にライトを向けてみると、ライトの光が届かない暗闇の方までポツポツと地面に血がついていた。
何かいる⋯⋯⋯⋯⋯?
「ガルルルルルルルル⋯⋯⋯⋯」
そう思った瞬間、俺の背後から獣の、それも肉食系の、鳴き声が聞こえた。
後ろを振り向くと―――
青く光らせた鋭い双眼がこちらを睨みつけてきていた。
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