第12話 久しぶりのお使い
朝食からしばらくし――
昼下り、俺とリリーは城下街に来ていた。
目の前には市が開かれていて、活気に溢れている。
多くの平民や商人が多く行き交い、伴って物流も盛んだ。
雑貨から日用品、特産品や珍品まで様々なものが並んでいる。
簡単に言えば、俺たちの目的はお使いだ。
おばさんから頼まれたリストを頼りに市を回る。
そんな建前の元、俺とリリーを連れ出す口実を作ってくれたのだろう。
二人きりでこうして出掛けるのは久しぶりだ。
貧民は城下町への出入りを禁止されている。
だが、方法はある。
要するに賄賂だ。
衛兵が驚くほどに渡しておいたから、口止めとしてはかなりの効果を発揮するだろう。
そうしてしばらく歩いていると、どこからか甘い匂いが鼻をつく。
見ると、焼き菓子の類の店のようだ。
市場でも特に人気があるようで、行列が歪むようにして伸びていた。
――とそこで、行列に見知った顔を見つける。
リリーじゃねえか。
青髪の少女は、いつの間にか行列の中にいた。
目が合うと、小さく手招きしてくる。
はあ、しょうがねえな全く。
ため息を一つ付き、俺はリリーと共に並んだ。
◆◆◆
「ほれ」
「ありがと、あると」
ほんのりとした暖かみが伝わる紙袋をリリーに手渡すと、口いっぱいにそれを突っ込む。
「はむっ!」
かぶりつくやいなや、目を輝かせ何も言わずにもぐもぐと食べ進んでいく。
俺はリリーより一回り小さいのを買ったので、口に放る。
甘すぎる。
でも、たまに食うとこういう菓子もうまいんだよなあ。
昔は頑張ったご褒美に、たまに甘いものが出てきて、俺はリリーより少し多く取ってそれを頬張っていた。
冒険者として活躍していく内に、それがご褒美でもなんでもなくなり、美味いものも美味い酒も当たり前になった。
だから俺は、甘いものが嫌いになったのかもしれない。
リリーの年齢くらいのときに、勇者を目指すと家を出た。
リリーを見て俺を重ねるわけじゃないが、笑みがこぼれる。
「うまいか?」
「うん、うまいうまい」
「そうか、そりゃ良かったよ」
口いっぱいにクリームをつけながらも、そんなこと意に介さずに食い進めていく。
そんなリリーを見て微笑ましさを感じながら、舌に残る甘味を呑み込んだ。
その後も一つ一つ項目を虱潰しにしていく。
リリーがいちいち目についたものに飛びつき、俺もつきあわされた。
そんな寄り道の果て、無事お使いに必要なものは達成したわけだが。
「お前、お使い向いてなさすぎるぞ」
「ちゃんとできた」
「俺のおかげでな」
「きょうどう作業。分担は大事」
「お前の分が少なすぎるな」
そんな風に言い合っているのが、俺にとっての幸せだ。
だが何かが、胸にずっと刺さっている。
取り除けない、呪いの針がなんなのか。
俺は分かっているはずなのに――
「帰るまでがお使いだ」
「うん、そろそろかえろ」
気づけば日が暮れかけていた。
そんな中、リリーがまた消える。
「おい、もう――」
言いかけて辞める。
リリーが立ち止まったのは、武器を専門とした出店だった。
玉石混交だが、案外こういう店で名品が埋まっている場合がある。
「杖か?」
「ん」
リリーには飛び抜けた魔法の才能がある。
俺のような歪な魔術ではなく、純粋で逸脱した魔術。
広く世界を見てきた俺からしても、トップクラスの才だと断定できる。
ログレスヘルクを出る前は、俺が基礎を教えていた。
「あれからもちゃんと修行したか?」
「うん、毎日練習してた」
「強くなったか?」
「うん。
「それは頼もしいな」
「あるとの出番はない」
「それは手厳しいな」
強い言葉を使う。
だが、口先だけではないのだろう。
今日、リリーは魔力の総量を極力抑えている。
制御して、その状態にしているのだ。
見る者が見れば、トラブルになるかもしれない。
それを考えてのことだろう。
相当、魔力の扱いが成長したのが分かる。
「どうだ、俺は杖に関してはよくわからん。いいのあるか?」
「これ」
「……ん、これボロックの木じゃねえか!!」
俺が言うと、黙っていた店主が反応する。
「分かるかい。おまえさん、修羅場をくぐってきたんじゃな」
やせ細った老人は、俺をじっくりと観察する。
「たしかに、相当なもんだ」
「……あまりそういうことは」
「すまんすまん。これ以上は詮索しんよ。しがない店主としてふるまうからのう」
こちらも詮索はしないが、その老人がかなりの実力者だとは分かる。
いや、今はしがない店主だったか。
「で、ボロックと知っていてなんでこんな安くで売ってるんだ? ちゃんとしたとこ
に出せば、かなりの額になるだろうに」
「おまえさんや嬢ちゃんが、誰かが見つけてくれるのを待っていたんじゃよ」
意味は分からない。
けれど実際、こうして餌にリリーが食いついたわけだ。
知らず知らずに、一杯食わされたのかもしれない。
代わりと言ってはなんだが――
「早い者勝ちだ。俺が買おう」
「あると、杖使うの?」
「お前のだよ。頑張ってきた礼だ。買ってやる」
「……いいの?」
迷うにしては安すぎる。
今の俺は、そう思ってしまい逆にやりづらい。
「ああ、特別だぞ」
「……あると、だいすき!!」
抱きつかれるリリーの頭を撫でる。
ちょうどいい位置にあるから、ついな。
「大事に使うんだぞ、リリー」
「うん!!」
素朴な杖だが、大樹でできたそれは頑丈で魔力効率も良い。
正規な店で買おうものなら俺の財産でもほとんど持っていかれるレベルだ。
良い買い物をしたな、と俺の方も嬉しくなる。
「ちょっとだけ」
「おい、もう……しょうがねえなあ」
俺が止める前に、リリーはもう動いていた。
杖に魔力を流していく。
その流れやすさとでもいうか、魔力効率が良い杖が適しているのだ。
杖は魔力を効率よく流し、魔法を形作る。
魔力の放出を得意とする魔法使いにとっては生命線だろう。
かつての同士――エレインもまた、魔法使いであった。
弓が杖と同じく、媒体として魔力を矢に変換して打ち出す。
威力、精度。どこを取っても、疑う余地のない実力者だった。
それは彼女の性格にも現れていた。
清く正しく、間違いを許さない性分だった。
だからこそ、信じていたのに。
正しい審美の心を持っていると。
「……あると?」
「ああ、すまん。で、どうだそれは」
「最高。今の杖より数倍はちがう」
「マジか」
いい買い物どころか、一生物の買い物の可能性すらある。
「その杖で、おばさんと俺を守ってくれよ」
「あるとは守る必要ない」
「あるだろ。俺だってなんでもできるわけじゃないぞ。トーストすら上手く焼けないのに」
「……わかった。あるとがトーストを焼いてる間は、リリーが守る」
「それは随分と局所的だな」
日が暮れ始め、街の活気も落ち着きを帯びつつある。
リリーは夕暮れに仄かに頬を染めながら、こちらへ手を差し伸べる。
「もう子供じゃないだろ……」
「いいの」
少しこっ恥ずかしいが、差し伸べられた手を取る。
子供の頃はこうやって手を繋いで帰っていた。
忘れてしまった童心を思い出しつつ、帰路を辿る。
これでいいんだ、こんな幸せが、俺が望んだものなんだから。
◆◆◆
「ただいまー」
帰ると、そこには大雑把に荷物をまとめる家出娘がいた。
「帰るのか」
「ええ……でもその前に、貴方と話しておきたいことがあってね」
俺の代わりにリリーが答える。
「愛の告白はだめ」
「そんなんじゃないわよ。そんなんじゃないけど……」
いつもとは打って変わって、ぎこちなく顔を背けるラルカ。
漠然とだが、ラルカが話したい内容が察せられた。
俺も、ラルカに尋ねたいことがある。
だから最後に、話しておきたい。
「わかった。少し歩こうか」
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