配信動画:近所の祠、壊したったwww②

『通りすがり:そう言えばここって何処なん?』

『ワン子:言われてみれば』

『オカルト博士:そう言うのは伏せといた方がええやろ』


「ああ、ここが何処かって事ですか? それはオカルト博士の言う通り、伏せさせていただきま~す! まぁ地元民に迷惑が掛かりますからね。というか私が住んでいる所からさほど離れてないんですけれど」


 そこまで言うと、狐面の青年がふと足を止めた。懐中電灯の青白い光が、地面ではなく別の物を照らしている。


「はい、こちらが今回のターゲットである祠……です」


 狐面の青年が朗々と語る。祠、と言いかけた所で僅かに首を傾げたようだったが。

 現在祠は懐中電灯に照らされており、白い狐面と同じく闇に浮き上がるような形で映っていた。木製で、小さな観音開きの扉の前には紙垂の取り付けられたしめ縄が括りつけられてある。

 ごくごくありふれた祠であるはずだった。強いて言うならば、異様なほどに新しく見えるという所であろうか。もちろん、それが異様な事なのかどうかなどと言う事は、視聴者には解らない。

 しかしながら、狐面の青年の、祠を眺める眼差しに不審の色が滲んでいるであろう事は、その立ち振る舞いから明らかだった。


『城マダラ:どしたん?』

『通りすがり:まさか、早速ヤバい事に気付いたとか?』


 不思議がるコメントに気付いた青年は、弾かれたように顔を上げた。コメントが来た事にもすぐには気付かず、それ故に驚いたと言わんばかりの風情だった。


「あ、いえ……もしかして私、少し取り乱していましたかね。大丈夫です、大丈夫です。ご安心ください。ただ、前に見た時よりも、祠が新しくって綺麗になってるなぁって思っただけなので」


 大丈夫だとか安心しろだのと青年は言っていたが、それを額面通り受け取る者はいないだろう。何しろ彼はしどろもどろに語っていたのだから。


『ユッキー☆:祠が新しくなるってどゆこと?』

『物書きアトラ:そりゃあまぁ作り直したとかでしょ』

『通りすがり:そういう事もあるんじゃね』

『オカルト博士:あやしいと思うのなら辞めた方が良い』


「辞めるって、今回の企画は祠を、壊すって事で……」


 祠を壊すのは辞めた方が良い。直截的なコメントに対し、狐面の青年は反駁しようとしてはいた。しかしやはり真新しい祠の姿にあてられたのか、ただでさえ頼りなかったその声はしりすぼみになっていた。


「あ、でも、本当にどうしましょうか。皆さん、ご意見とかありますか?」


 しまいには自分でどうするかという事を投げ出し、画面の向こうにいる視聴者に意見を求めだしたのだ。


『通りすがり:やっちゃいなよ』

『ユッキー☆:罰当たりだからやめといた方が良いって』

『ワン子:やっちゃいましょうよ』

『きつね四郎:バレたら逮捕されちゃうかもしれませんよ』

『トリニキ:配信見てみたら最初からクライマックスで草』

『城マダラ:既に配信始まって五分ほど経ってるんですがね』


 狐面の青年に祠壊しを唆す者と、祠壊しはやめておけと諭す者とは丁度半々ほどであるらしかった。

 そんな中で、多少間を置いてから新たにコメントが投げられる。


『オカルト博士:他人の意見に惑わされず、自分の思いに正直になりたまえ』


 青年はハッと息を呑んだ。このオカルト博士なる人物は、ずっと祠壊しに懐疑的なコメントばかり寄越していた。それが今になって説教するでもなく、自分に正直になれというコメントを投げたのだ。

 青年は、このコメントに、背中を押されたような気分になっていた。


「皆さん、ありがとうございました。そして申し訳ありません」


 やはり祠を壊すのはやめておこう。この後の配信はどうなるかは解らない。だが祠壊しは辞めておくと言うのは、まず報告するのが筋だろう。


「やはり考えた結果、祠壊しは――」


 やめておこうと思います。青年はそう言うつもりだったのだろう。しかし彼は最期まで言い切る事は無かった。

 その代わりとばかりに、何がが落ちた軽い音と、青年の叫び声が迸る。


「え、ちょ、何で、何でヘビなんかが落ちてくるんだよ。くそ、足に絡みつきやがった。離れろ、離れろ――」


 半ば恐慌状態に陥りつつ、青年は足を振る。その振りかぶった爪先が――祠にめり込んだ。


『通りすがり:おおっ、祠壊したんやな』

『城マダラ:やっぱり壊したんか』


 祠を蹴った事に、果たして青年は気付いたのだろうか。もしかしたら気付いていないのかもしれない。何せ彼は、都合三回ほど祠に蹴りを入れる形となったのだから。そして三度目の蹴りで、祠の正面は穴が開き、壁の部分が傾いでしまったのだった。


 異変が起きたのはその直後だった。青年も我に返り「しまった……マジで壊してしまった……」などと言っていたが、彼に呆然とする暇などは与えられなかった。

 壊れた祠の扉から、何やら青白いもやが湧き上がってきたのだ。そのもやは青年を包み込んだ。もやの向こう側で青年が暴れ、自撮り棒ごとスマホが地面に落ちた。地面に落下しバウンドする間に、スマホは最期の映像を視聴者に提供していた――すなわち、青年がもやと共に壊れた祠の入り口に吸い込まれる姿である。

 それから画面は暗転した。


『ワン子:ええっ。これってヤバくね』

『通りすがり:もしかして俺らのせいかな?』

『キメラフレイム:誰か特定班はいませんか? 場所が判ればもしかしたら……』

『城マダラ:いや真っ暗だから難しいだろ』

『通りすがり:それにしても、蛇がどうとかって言ってたけれど、蛇なんて映ってたっけ? 蛇なんて俺にはぞ?』

『きつね四郎:僕には見えましたけれど』

『ユッキー☆:同じく』

『物書きアトラ:ワイには見えなかったなぁ』

『オカルト博士:ノーコメントで』

『通りすがり:やっぱり、これってヤバい動画なんじゃない』

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