森の中で

遠藤みりん

第1話 森の中で

 僕は1人森の中を歩いていた。どこまでも深い森の中、ただ死場所だけを求めて歩いていた。

 月明かりだけが妙に眩しく、辺りを優しく照らしている。

 どこで終わりにしようか?誰にも迷惑をかけずにひっそりと終わりにしよう。

 誰にも見つからない、死場所にふさわしい場所を探していた。


 僕はもう疲れ果ててしまった。ただ仕事をこなし、家に帰り泥のように眠る。何も希望も持てない、無意味に繰り返す退屈な毎日。

 唯一の生き甲斐は飼い猫だった。よく足元に絡みつく人懐っこい雄猫。

 猫用のネズミのおもちゃで遊んであげるととても喜んだ。

 足元に絡みつく感覚がまだ微かに残っている気がする。


 先日、その飼い猫が亡くなった。


 その出来事はギリギリのバランスを保って生きていた僕をあっという間に崩れ落とすには充分な出来事だった。もう生きてる理由なんて何一つ無くなった。

 僕は飼い猫の写真だけを持って、鍵もかけずに家を出てきた。


 季節は真夏だ。夜とはいえ、昼の暑さがまだ残っている。

 額から汗が次から次へと流れてくる。もちろん死場所を探しに来たのだ、水なんて持ってきてない。

 身体中の汗は冷たく衣服にへばり付き、不快でたまらない。

 しかし、もう後戻りは出来ない。このままでは脱水症状で倒れてしまいそうだ。

 それも良いかもしれない、そのまま倒れ死んでしまおう。そんな事を考えた時だ。


「おぉーい!」


「そんな所で寝てて何しているの?」


 幻聴だろうか?何処からか声が聞こえてくる。死神が迎えに来たのかもしれない。

 僕は気力を振り絞り起き上がり、辺りを見渡した。

 すると遠くから少年が大きく手を振っている。どうして子供がこんな所に?少年は僕に近づいてきた。


「お兄さん、こんな所で何をしているの?」


 少年は僕に質問をしてくる。もちろん死場所を探しにきたなんて言えるはずはない。


「少し道を迷ってしまってね。道路を探して歩いていた所なんだ。それより君の方こそ何故こんな所に?」

 

 僕は咄嗟に適当な事を言った後、少年に聞いてみた。


「そうなんだ、じゃあ僕も道路を一緒に探してあげるよ」


 少年は僕の問いには答えずに颯爽と前を歩き出した。

 月明かりが照らしてくれてるとは言え、少年は不安定な足場を器用に軽々と歩いている。歩く度に、木が折れる音が小さく鳴る。


「なぁ、君は一体誰なんだ?」


「どうして、君はこんな所にいるんだ?」


 僕は少年の後ろから質問を投げかける、しかし少年は振り返ることもなく。淡々と前へと進んでいく。

 少年は質問に笑って誤魔化している。

 もしかしたら、俺は幻覚を見ているのかもしれない。こんな夜中の森の中に子供が居るなんておかしいだろう。

 そんな事を考えている時に少年は振り返った。


「ねぇ、お兄さん、死のうとなんて考えてないよね?」


 少年は。唐突に僕に聞いてくる。急な質問に驚き、答えられずに顔を伏せてしまう。


「やっぱりね」


 月明かりの中、少年は少し呆れた顔で僕を見ると、前を向きまた歩き出す。


「お兄さん、優しそうだからね」


「大人は色々あるんだ、僕はもう疲れてしまった」


「そうなのか、人間も大変なんだな」


 人間も?少年の言葉に少し違和感を感じた。本当に死神なのだろうか、冗談のような疑問が浮かんでくる。

 少年は急に立ち止まり夜空を見上げた。


「お兄さん、空を見てみなよ」


 少年に言われて僕も夜空を見上げた。深い森の中、木々の隙間から雲から顔を出した月は見事な満月であった。


「綺麗だな」  


 僕は思わず呟いた。月を見上げるなんてどれくらいぶりだろうか?あまりに綺麗な月に僕はしばらく夢中に眺めた。

 

「月が綺麗だね……お兄さん、いい事はまだまだあるよ」


 少年は月を見上げながら僕に言う。もしかして慰めてくれているのだろうか?

 またすぐに前を向き、歩き出した。どれくらい歩いただろうか?徐々に森を抜け、遠くから車の走る音が聞こえてくる。


「あっ、お兄さん見て、道路が見えてきた」


 少し遠くに道路が見えてきた。これでは死ぬどころではない。少年も居る、また出直そう。


「良かった。ありがとう、これで帰れそうだ」


「ゆっくり休んでさ、元気になったらまた僕と遊んでよ」


 少年の言葉にまた違和感を感じた。遊んでよ?一体どういう事なのだろう。

 僕は少年に言葉の意味を聞こうと前を向く瞬間に足元に懐かしい感触があった。

 飼い猫が足元に絡んでくるあの感触だ。僕は驚き足元に目をやる。もちろん飼い猫はいない。


「あれ?」


 僕は思わず声を上げた。また前を向くと少年はすで消えていた。


「おい!どこにいる!?」


 辺りを声を出して探して見ても少年は見つからない。

 ふと背後から飼い猫の鳴き声が聞こえた。

 もちろん、どこにもいない。しかし、あの鳴き声は間違いない。

 僕は唯一、持ってきた写真を眺めた。


「あの少年はおまえだったのか、ごめんな、ありがとう」


 僕は涙が止まらなかった。夜は明け、顔を出した太陽、とても綺麗な朝日だった。


「綺麗だな」


 僕は呟き、写真を胸にしまい歩きだした。

 



 

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