カッパ
七月七日-フヅキナノカ
第1話
コルベットC5の低いエンジン音が、
道路の右側にある切り立った岩壁ギリギリに路上駐車した車から、一人の男が降りて来た。
駐車禁止の標識は見当たらない。
男は、道の反対側のガードレールから、下を流れる川を覗き込んだ。生え放題で放置されている雑草が邪魔していて見えにくい。
「水量減ったな‥‥‥、これじゃ河童も棲めないか」
男は車の助手席に手を伸ばし、置いてあったボストンバッグを取り出して、駐車した場所からすぐの狭い道に分け入った。
さっきガードレールの下に見た川に繋がる小川が、その狭い道に沿って流れている。
その小川に掛かる小さな橋は、昔誰かが丸太を三本並べ針金で縛って作ったものだ。
男は足で二、三回踏みつけて丸太橋の強度を確かめてから渡った。
橋の向こうには、かつて畑だった土地が荒れたまま広がっている。ここも雑草が我が物顔で繁茂している。その先の石段を上ると古い民家に着いた。
男の名前は嶋田崇、職業は小説家だ。
ここは嶋田の祖父母が建てた家だ。三十年以上前に祖父母が亡くなった後、親戚が住んでいた。その親戚もこの家を放棄して、周り回って彼が受け継いだ。一年以上ほったらかしにしていたのだが、妻の死を機に単身、田舎暮らしを決意して戻ってきた。
彼は高校卒業後東京の大学へ進み、そのまま東京で民間企業に就職したが、戯れに書いて出版社に持ち込んだ小説が当たり、小説家に転身した。何とか家族を養える程度には売れた。
小説家という職業は、今やパソコンとネットがあれば何処でもできる。長年連れ添い、苦労をかけた妻に先立たれ、二人の子どもも独立していたので、カバン一つでやって来たのだ。
「よっこいしょういちっと。何だそれ」
家に上がり、長い間閉じられていた滑りの悪い雨戸を開けながら、昔流行ったダジャレを思わず口にしてしまったことに自分で突っ込んだ。
庭に面した縁側の雨戸を開け放つと、美しい光景が眼前に広がった。
「やっぱここからの眺めは最高だなぁ!」
目の前に広がる光景は、国立公園に指定されている、奇岩と秀峰が展開する名勝だ。県が作成したパンフレットに載っている写真は、ここから写したものではないかと思うくらい、画角がそっくりだ。
六郷満山の僧侶達の修行場、かつては魔物が棲む魔の山と云われて来た場所だ。ここに帰って来たのには、この土地に伝わる魔物伝説を調べて、小説のネタにしようという目的もあった。
特に、幼い頃祖父から聞かされた河童の話に関心があった。祖父と一緒に下の川に魚釣りに行くと必ず聞かされていた。ここは河童が出るから一人では来るなと。祖父も河童に遭遇したことがあるとも。
半年後、嶋田は川で変死体となって発見された。遺体はうつ伏せの状態で、着衣は上半身のみ。司法解剖の結果、内臓の一部が欠落していた。
県警の捜査員が、家の中で日記を発見した。その日記の内容から、死ぬまでの嶋田の行動が明らかになった。
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