灯火の彼方へ:クローン兵たちの新天地

星灯ゆらり

絶体絶命の艦隊戦

宇宙は、静寂の中に荒廃を孕んでいた。

ボロボロの宇宙船が漂う星系の宙域。窓越しに見えるのは、巨大な帝国艦隊の艦影。高出力エンジンの光がまるで包囲するようにこちらを取り囲んでいる。


「これ、どう考えても無理だよね……」

隣の座席で、仲間のクローン兵が小さく呟く。黒髪茶色目の彼女も、私と同じ幼女型クローン兵だ。震える手で宇宙服を直しながら、もう目に見える絶望に飲み込まれている。


艦内は不安と混乱が支配していた。狭い通路では仲間たちが互いにぶつかり合い、レーザー銃を持つ手が頼りなく震えている。中には、膝を抱えて座り込む子もいた。


私は、手に持ったスクリーンに映る敵艦隊の陣形を見つめていた。

その数、二十隻以上。圧倒的な物量。廃品をつぎはぎしてなんとか動いている私たちの船では、正面からの戦闘に勝ち目はない。


「もうだめだ……文化的な生活なんて、夢のまた夢だ……」

後ろから誰かが嘆く声が聞こえる。そう、その通りだ。夢のまた夢。けれど、それを諦めたら、私たちは本当にここで終わる。


この数か月、私は「健康で文化的な最低限度の生活」という言葉を胸に抱き続けてきた。それは漠然とした概念で、実現の手段もまだよく分からない。それでも、この言葉がなかったら、私は戦場で使い捨てられるだけの「兵士」だった。


こんなところで、終わるわけにはいかない。


「みんな!」

私はできるだけ明るい声を作って叫んだ。狭い艦内に、私の声が響く。震えながらも顔を上げる仲間たち。

「まだ可能性はゼロじゃない!ここを乗り越えなきゃ、文化的な生活なんて永遠に手に入らないよ!」


もちろん、私自身だって怖い。だけど、誰かが前を向かないと、この船の誰も生き残れない。それだけは分かっている。


「方法があるの?」

仲間の1人が恐る恐る聞いてくる。


「考え中!」

私は力強く答えた。その言葉に仲間たちは呆れるようにため息をつく。でも、諦めた空気は少しだけ薄まった気がする。


私はスクリーンに映る敵艦隊を見つめ直す。そして、その後ろに漂うスペースデブリに目を留めた。

「……やれることはあるはず」

そう呟いて、私は作戦を練り始めた。



「よし、作戦を説明するよ!」

私の声が艦内に響く。混乱した顔をしていた仲間たちが、次第に私の言葉に耳を傾けるようになる。


「まず、船の推進エンジンを最大出力にして、できるだけ素早く敵の包囲網を抜ける。それだけじゃ無理だから、周囲のスペースデブリを利用するの!」


「デブリを……どうやって?」

仲間の1人が訝しげに眉をひそめる。


「トラクタービームを使って集める。そして、それを敵艦にぶつけるんだ。武器としては弱いけど、敵の陣形を崩すには十分なはず!」


正直、完璧な作戦とは言えない。私たちが持っているトラクタービームは旧式で、まともに使えるかも怪しい。でも、これしか方法がない。


「うまくいくのかな……」

仲間の1人が不安げに呟く。それに対して、私は胸を張って答える。


「うまくいかせるの!私たちにはこれしかないんだから!」


その言葉に、仲間たちの中にわずかながら希望の光が宿る。幼女型クローン兵である私たちは、命令を受けることには慣れていても、こうして自分たちの意志で何かをするのは初めてかもしれない。


「敵艦の動きが変わった!攻撃態勢に入ってる!」

前方のモニターに映る敵艦隊が、私たちの船に向けて砲門を展開する。時間がない。


「トラクタービーム、準備完了!」

操縦席から仲間の声が響く。私はすぐに指示を出す。

「目標は前方のデブリ!サイズが大きくて、敵艦の視界を遮れるやつを優先して!」


トラクタービームが作動し、船体の周囲に浮かぶ金属片や岩石が次々と引き寄せられる。その様子を見ていた仲間たちが、少しずつ動き始める。


「カタパルトの準備は?」

「こっちも完了!だけど、タイミングを間違えると船が壊れるかも!」

「その時は全力で逃げるしかない!」


船内に緊張が走る。敵艦の砲撃がこちらをかすめ、船体が大きく揺れる。酸素供給装置の警告音が耳障りなほど鳴り響く。


「発射準備!デブリをカタパルトにセット!」

「発射まで……10秒!」


「発射!」

私の合図でデブリが勢いよく射出される。巨大な金属片が敵艦に向かって飛び、轟音と共に命中する。


「命中確認!敵艦の動きが鈍くなってる!」

操縦席から歓声が上がる。


さらに別のデブリをカタパルトで放ち、敵艦隊の陣形が徐々に崩れていくのが見える。大きな隙間ができた。


「今だ!エンジン全開で脱出する!」

私は力強く指示を出す。船内が振動し、エンジンの唸り声が響く。仲間たちは一丸となって逃げるための操作に集中する。


「追撃は?!」

「後方艦が追ってくるけど、数は少ない!距離が開いてる!」


一瞬の静寂。私は緊張して固まる体を無理やり動かし、艦内を見渡した。仲間たちは全員無事だ。


「やった……やったよ!」

私が小さく呟くと、仲間たちから安堵の声が漏れ、やがて歓声に変わる。それでも私は、モニターに映るまだ遠くに見える帝国艦隊を見つめ続けていた。



「敵艦隊の追撃が完全に止まった!」

操縦席の仲間が叫ぶ。私は緊張で強張っていた肩の力をようやく抜くことができた。狭い艦内に、安堵の空気が広がる。


私たちのボロ船は、なんとか帝国艦隊の包囲網を突破した。それは奇跡と言ってもいい勝利だった。でも、胸の奥には奇妙な違和感が残っていた。


「これで大丈夫……なんだよね?」

私の隣で、レーザー銃を抱えた仲間が恐る恐る呟く。その声には、希望と不安が入り混じっている。


「ああ、今はね……」

私は力なく微笑みながら答えた。


「船の損傷状況は?」

「エンジンの出力が低下してる。他のシステムも危険域だらけだよ。」

「酸素供給は?」

「残り30時間分くらい……」


仲間の報告は、どれもこれも厳しいものばかりだった。確かに、追撃は振り切った。でも、この船の状態で安全な場所にたどり着ける保証なんてどこにもない。


「でも、生きてるよね……」

通路の端でしゃがみ込んでいたクローン兵の1人が呟いた。


そう、生きている。あの絶望的な包囲網の中で、私たちは生き残った。それだけで十分だと言い聞かせるべきなのかもしれない。


「これでやっと、一歩前進だ。」

私は独り言のように呟いた。それを聞いた仲間たちが、ぽつぽつと小さな声で応じる。


「文化的な生活、だっけ?」

「うん、それが私たちの目標。」

「……本当にそんなもの、手に入るのかな?」


その問いに、私は何も答えられなかった。


艦内の片隅で、一人きりになった私は壁にもたれ、空を見上げるような気持ちでモニターを眺めていた。そこに映るのは、星の海といくつかのデブリ。そして、追撃を諦めたのか、徐々に遠ざかる帝国艦隊の影。


私たちには、まだ課題が山積みだ。壊れかけの船、限られた物資、不確かな未来。

でも、それでも、私は諦めたくない。


「健康で文化的な最低限度の生活。」

小さくその言葉を呟く。それは、私たち全員の命を懸ける価値がある目標だ。


目を閉じて深呼吸する。新たな作戦を考えるために、頭を整理しなくちゃいけない。それがリーダーとしての責任だ。


「これで終わりじゃないよ。」

私は自分にそう言い聞かせ、立ち上がった。まだ戦いは続く。そして、その先には、私たちの目指す生活があるはずだ。

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