♡☆-ハート・スペース-
解O
第一星・少年と旅芸人
___太陽が顔を出したばかりの、始まりの朝。
個室付きのゲストハウスに、ドンドンとノックの音が響き渡る。
「少年!起きろ!旅芸人の朝は早いよ?」
19歳の旅人・
けして朝に強い訳ではない為、備え付けのベッドからよろよろと起き上がり、なんとかドアノブを回す。
目の前に現れたのは、金星の様な瞳をしたショートカットの女性。
「…うう…おはようございます。
「おはよう!今日は大仕事だよ!」
___
世界中旅をしながら、ジャグリングからマジックまで、様々なエンターテイメントを届けている、界隈で有名な美人である。
…木弟は、そんな彼女の弟子であった。
「今日は養護施設でのボランティアでしたっけ?それって仕事って言えるんですか?」
「ふふ、笑顔は金じゃないんだよ。」
織金は金星の瞳を緩め、穏やかに笑う。
ボーイッシュな見た目も相まって、普段は子どものように無邪気な人だが、ふとした時に魅せる表情で、自分より"歳上の女性"なのだということを実感させられる。
「よし少年。まずは朝食だ!ココア淹れといたから、飲みたかったら飲め!」
「…ありがとうございます。」
俺は別にコーヒーでもいいです。なんてことを言おうとしたが、何だか背伸びしたガキのように思えて言わなかった。
「少年も明日で20歳か。私が少年を拾った時と同じ歳になるんだね。」
昨日買った割引のパンを食べながら、織金は壁にかけられたカレンダーの『みどりの日』と書かれた日付に目をやる。
5月4日は、木弟の誕生日であった。
「はい。…なので、その少年呼び、そろそろ辞めてくれませんか?あんたと俺、4つしか離れてないでしょ?」
木弟と織金が初めて出会ったのは、4年前、木弟が16歳の頃である。
その頃は確かに少年であったが、もうそろそろ、少年という歳でもなくなってきた。
「人生の4年は長いよ?…それに、歳下男子への少年呼びは女のロマンなんだよ!」
「ロマンってなんですか…」
木弟は、みどりの日生まれに相応しい新緑の瞳をじとっとさせて、明らかに不満げな顔をする。
そんな木弟を見て、織金はまたあの表情で微笑んだ。
「ふふ、まあ、20歳だもんね!明日になったら名前で呼んであげるよ。」
「…絶対ですよ。」
子をあやすような声でそう答えられ、何だか恥ずかしくなり、甘いココアを飲み干した。
(…これじゃほんとに少年じゃないか。)
歳を重ねようが、背丈が伸びようが、4年前からずっと、彼女には敵わない。
…しかし、いつからだろうか。
___木弟は、織金に恋をしていた。
午前10時頃、養護施設。
色褪せた看板のついた建物から、元気良く子どもたちが出できた。
「こんにちわ!」
「おねーちゃん、たびびとなの?」
『旅芸人は旅芸人らしく!』と何かと奇抜な格好をしがちな織金の今日のテーマは、『旅人のロマン溢れるエスニックコーデ』らしい。
…もっとも、彼女の言う"ロマン"を木弟はよく理解していない。
カラフルな民族風の服を着た彼女は、瞬く間に子どもたちの注目の的となっていた。
「こらこら…すみません。みんなはしゃいでて…今日はよろしくお願いします。」
「いえいえ!こちらこそ、お世話になります!」
今朝の穏やかな微笑みとは違う、太陽のように眩しい無邪気な笑顔。
そんな織金につられて、子どもたちや養護施設の先生たちも笑顔になる。
…どうやら、一目見ただけで不思議とこちらまで笑顔になってしまうのは、惚れた欲目ではないらしい。
「おねーちゃん、おてだまじょーず!」
「けん玉なのに糸がないんですか?!」
お手玉やけん玉といった、子どもたちが真似をしても安全な芸を選びながらも、流石は旅芸人。次々と曲芸を繰り広げる。
子どもは勿論先生たちまで巻き込んで、養護施設にわっと歓声が上がる。
「おにーちゃんは、なにもの?」
小さな男の子が、木弟の元へ駆け寄ってくる。
因みに、木弟は織金の様な"ロマンコーデ"ではなく、動きやすいパーカースタイルである。
「俺も、旅芸人だよ。」
「なんかやって!」
小さな男の子に、期待の目を向けられる。
(うーん…織金さんみたいな大技はまだできないけど…そうだ!)
軽く足首を回し、何度か地面を蹴り感触を確認する。…これなら大丈夫そうだ。
「いくよ?よっ…と!」
腕を振り、勢いよく地面を蹴る。手を使わずに体をくるっと回転させる、いわゆるバク宙というアクロバットだ。
木弟の得意技であり、スタントマンのように綺麗であった。
回転の勢いで被ったフードを外すと、柔らかい猫っ毛が太陽に照らされる。
普段は黒髪でしかないのだが、髪が細いからか、光を浴びるとガラにもなく赤っぽく輝く。
アクロバットな動きに赤い髪。そんな木弟の姿を見て、幼い男の子の答えは一つしかない。
「おにーちゃん、ヒーローだったの?!」
「ええと…そんな格好良いもんじゃ…」
子どものキラキラとした汚れのない目で見つめられ、なんだか照れてしまう。
「みんなー!お昼ご飯の時間ですよー!今日はみんなが大好きなカレーライスです!」
「カレーのにおい!」
「やったー!」
施設の先生が呼びかけると、子ども達は歓声を上げながら走り去ってゆく。
目の前にいた男の子も楽しげに去ってゆき、木弟はその場に取り残される。
「ええ…?」
「はは!子どもは元気だね!」
子どもに負けじと元気一杯な織金が、小道具を片付けながら笑う。
「やっぱ少年のアクロバットは格好良いね!」
「何でもこなすあんたに言われると皮肉ですよ。」
「そりゃ、こちとら実戦の数が違うからな。」
昔のことはよく知らないが、木弟が出会った時から、織金の曲芸は見事なものだった。
きっと、幼い頃からの積み重ねなのだろう。
「今日は本当にありがとうございました。よければカレー、食べていってください!」
「いいんですか?!ありがとうございます!」
___無事に仕事を終え、夕日が眩しい時間帯。
「今日も良い1日だったね、少年!」
「どっかのオレンジ色のハムスターみたいに言わないで下さい。」
しょうもない会話すら、楽しくて仕方がない。
織金と出会う前は、世界はもっと暗かった気すらしてくる。それくらい、織金は木弟の人生を明るくしてくれた。
(やっぱり、好きだなぁ。)
明日織金が自分の名前を呼んでくれるのかと思うと、顔に熱がこもる。
何せ、出会ったときからずっと少年としか呼ばれてきていないのだから。
(これで少し、隣に近づける。)
木弟にとって織金は、片想い以前に大切な恩人であり、曲芸の師匠だ。
そんな彼女の隣に立つのが、目標でもあった。
「…少年?」
___だからかなんだか浮ついていて、反応に遅れてしまった。
「少年!危ない!」
「…っ?!」
___目の前に見えたのは、星型の閃光。
木弟を庇うように前へ出た織金は、光に包まれ見えなくなる。
「っ…?」
「織金さん!!」
___その時はとにかく生きた心地がしなかった。
何が起こったのかわからないまま、混乱する。
それでも徐々に光に目が慣れてきて、必死に織金の姿を捉える。
倒れては居ないようで、ひとまず胸を撫で下ろす。
「織金さん!大丈夫ですか?!てかなんだこの光…イタズラか…?」
すかさず織金の元へ駆け寄ると、前しか見ない彼女が珍しく顔を俯かせていたもので、心配が舞い戻ってくる。
『チっ…狙いがズレたか…っこれは…!』
「おり…がねさん?」
俯いた顔を覗き込むと、金星の右目に、おおよそ人間にはあり得ないハート模様が浮かんでいた。
『今までで1番の大当たりじゃねェか!ラッキー!』
「……は?」
___これが、俺とコイツの、最悪の出会いだった。
…俺が一緒に居たいのは、『寄生型宇宙生命体』なんかじゃない。
みんなを笑顔にする旅芸人、『
♡☆-ハート・スペース- 解O @Kai_O
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。♡☆-ハート・スペース-の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます