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解O

第一星・少年と旅芸人

___太陽が顔を出したばかりの、始まりの朝。


個室付きのゲストハウスに、ドンドンとノックの音が響き渡る。



「少年!起きろ!旅芸人の朝は早いよ?」



 19歳の旅人・木弟きのと葉斗はとの1日は、大抵聞き慣れた女性の声から始まる。


 けして朝に強い訳ではない為、備え付けのベッドからよろよろと起き上がり、なんとかドアノブを回す。


目の前に現れたのは、金星の様な瞳をしたショートカットの女性。



「…うう…おはようございます。織金おりがねさん。」


「おはよう!今日は大仕事だよ!」



___織金おりがね一琴ひこと。今日日珍しい、流浪の女旅芸人。

世界中旅をしながら、ジャグリングからマジックまで、様々なエンターテイメントを届けている、界隈で有名な美人である。


…木弟は、そんな彼女の弟子であった。



「今日は養護施設でのボランティアでしたっけ?それって仕事って言えるんですか?」


「ふふ、笑顔は金じゃないんだよ。」



 織金は金星の瞳を緩め、穏やかに笑う。

ボーイッシュな見た目も相まって、普段は子どものように無邪気な人だが、ふとした時に魅せる表情で、自分より"歳上の女性"なのだということを実感させられる。



「よし少年。まずは朝食だ!ココア淹れといたから、飲みたかったら飲め!」


「…ありがとうございます。」



俺は別にコーヒーでもいいです。なんてことを言おうとしたが、何だか背伸びしたガキのように思えて言わなかった。




「少年も明日で20歳か。私が少年を拾った時と同じ歳になるんだね。」



 昨日買った割引のパンを食べながら、織金は壁にかけられたカレンダーの『みどりの日』と書かれた日付に目をやる。

5月4日は、木弟の誕生日であった。



「はい。…なので、その呼び、そろそろ辞めてくれませんか?あんたと俺、4つしか離れてないでしょ?」



 木弟と織金が初めて出会ったのは、4年前、木弟が16歳の頃である。

その頃は確かにであったが、もうそろそろ、少年という歳でもなくなってきた。



「人生の4年は長いよ?…それに、歳下男子への少年呼びは女のロマンなんだよ!」


「ロマンってなんですか…」



 木弟は、みどりの日生まれに相応しい新緑の瞳をじとっとさせて、明らかに不満げな顔をする。

そんな木弟を見て、織金はまたあの表情で微笑んだ。



「ふふ、まあ、20歳だもんね!明日になったら名前で呼んであげるよ。」


「…絶対ですよ。」



 子をあやすような声でそう答えられ、何だか恥ずかしくなり、甘いココアを飲み干した。



(…これじゃほんとに少年じゃないか。)



歳を重ねようが、背丈が伸びようが、4年前からずっと、彼女には敵わない。

…しかし、いつからだろうか。


___木弟は、織金に恋をしていた。




午前10時頃、養護施設。

色褪せた看板のついた建物から、元気良く子どもたちが出できた。



「こんにちわ!」

「おねーちゃん、たびびとなの?」



 『旅芸人は旅芸人らしく!』と何かと奇抜な格好をしがちな織金の今日のテーマは、『旅人のロマン溢れるエスニックコーデ』らしい。

…もっとも、彼女の言う"ロマン"を木弟はよく理解していない。


カラフルな民族風の服を着た彼女は、瞬く間に子どもたちの注目の的となっていた。



「こらこら…すみません。みんなはしゃいでて…今日はよろしくお願いします。」


「いえいえ!こちらこそ、お世話になります!」



 今朝の穏やかな微笑みとは違う、太陽のように眩しい無邪気な笑顔。

そんな織金につられて、子どもたちや養護施設の先生たちも笑顔になる。


…どうやら、一目見ただけで不思議とこちらまで笑顔になってしまうのは、惚れた欲目ではないらしい。



「おねーちゃん、おてだまじょーず!」


「けん玉なのに糸がないんですか?!」



 お手玉やけん玉といった、子どもたちが真似をしても安全な芸を選びながらも、流石は旅芸人。次々と曲芸を繰り広げる。

子どもは勿論先生たちまで巻き込んで、養護施設にわっと歓声が上がる。



「おにーちゃんは、なにもの?」



 小さな男の子が、木弟の元へ駆け寄ってくる。

因みに、木弟は織金の様な"ロマンコーデ"ではなく、動きやすいパーカースタイルである。



「俺も、旅芸人だよ。」


「なんかやって!」



 小さな男の子に、期待の目を向けられる。



(うーん…織金さんみたいな大技はまだできないけど…そうだ!)



 軽く足首を回し、何度か地面を蹴り感触を確認する。…これなら大丈夫そうだ。



「いくよ?よっ…と!」



 腕を振り、勢いよく地面を蹴る。手を使わずに体をくるっと回転させる、いわゆるバク宙というアクロバットだ。

木弟の得意技であり、スタントマンのように綺麗であった。


 回転の勢いで被ったフードを外すと、柔らかい猫っ毛が太陽に照らされる。

普段は黒髪でしかないのだが、髪が細いからか、光を浴びるとガラにもなく赤っぽく輝く。


アクロバットな動きに赤い髪。そんな木弟の姿を見て、幼い男の子の答えは一つしかない。



「おにーちゃん、ヒーローだったの?!」


「ええと…そんな格好良いもんじゃ…」



 子どものキラキラとした汚れのない目で見つめられ、なんだか照れてしまう。




「みんなー!お昼ご飯の時間ですよー!今日はみんなが大好きなカレーライスです!」


「カレーのにおい!」


「やったー!」



 施設の先生が呼びかけると、子ども達は歓声を上げながら走り去ってゆく。


目の前にいた男の子も楽しげに去ってゆき、木弟はその場に取り残される。



「ええ…?」


「はは!子どもは元気だね!」



 子どもに負けじと元気一杯な織金が、小道具を片付けながら笑う。



「やっぱ少年のアクロバットは格好良いね!」


「何でもこなすあんたに言われると皮肉ですよ。」


「そりゃ、こちとら実戦の数が違うからな。」



 昔のことはよく知らないが、木弟が出会った時から、織金の曲芸は見事なものだった。

きっと、幼い頃からの積み重ねなのだろう。



「今日は本当にありがとうございました。よければカレー、食べていってください!」


「いいんですか?!ありがとうございます!」




___無事に仕事を終え、夕日が眩しい時間帯。



「今日も良い1日だったね、少年!」


「どっかのオレンジ色のハムスターみたいに言わないで下さい。」



 しょうもない会話すら、楽しくて仕方がない。

織金と出会う前は、世界はもっと暗かった気すらしてくる。それくらい、織金は木弟の人生を明るくしてくれた。



(やっぱり、好きだなぁ。)



 明日織金が自分の名前を呼んでくれるのかと思うと、顔に熱がこもる。

何せ、出会ったときからずっと少年としか呼ばれてきていないのだから。



(これで少し、隣に近づける。)



 木弟にとって織金は、片想い以前に大切な恩人であり、曲芸の師匠だ。

そんな彼女の隣に立つのが、目標でもあった。



「…少年?」



___だからかなんだか浮ついていて、反応に遅れてしまった。



「少年!危ない!」


「…っ?!」



___目の前に見えたのは、星型の閃光。


木弟を庇うように前へ出た織金は、光に包まれ見えなくなる。



「っ…?」


「織金さん!!」



___その時はとにかく生きた心地がしなかった。


 何が起こったのかわからないまま、混乱する。

それでも徐々に光に目が慣れてきて、必死に織金の姿を捉える。

倒れては居ないようで、ひとまず胸を撫で下ろす。



「織金さん!大丈夫ですか?!てかなんだこの光…イタズラか…?」



 すかさず織金の元へ駆け寄ると、前しか見ない彼女が珍しく顔を俯かせていたもので、心配が舞い戻ってくる。



『チっ…狙いがズレたか…っこれは…!』


「おり…がねさん?」



 俯いた顔を覗き込むと、金星の右目に、おおよそ人間にはあり得ないハート模様が浮かんでいた。



『今までで1番の大当たりじゃねェか!ラッキー!』


「……は?」



___これが、俺との、最悪の出会いだった。



…俺が一緒に居たいのは、『寄生型宇宙生命体』なんかじゃない。


みんなを笑顔にする旅芸人、『織金おりがね一琴ひこと』だ。

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