第6話 謎を追う者たち

13時30分、ワンビル カフェフロア


「ここでちょっと頭を整理しましょう。」


藤川はカフェのテラス席に腰を下ろし、テーブルに資料とスマホを広げた。目の前には天神の街並みが広がり、春の日差しが柔らかく差し込んでいる。だが、二人の頭の中は明らかにその穏やかな光景とは正反対だった。


沙羅も藤川の向かいに座り、ノートを取り出してさっきの出来事をまとめ始めた。だが、書きながらも頭の中はぐるぐると混乱していた。


「“クロノコード”、地下通路、管理室の“ルール”……」


沙羅は口に出して整理しようとするが、どれも曖昧で繋がりが見えない。


「……考えれば考えるほど分からないです。」


ため息をつく沙羅に、藤川は苦笑しながらコーヒーを一口飲んだ。


「まあ、すぐに全部分かるなんて思っちゃダメよ。謎解きは一歩ずつ進むものだから。」


「でも、藤川さんはどう思いますか? 羽柴さんも管理室の人も、何かを隠してるのは間違いないですよね?」


「そうね。でも、隠してるだけじゃない。“ルール”とか言ってたでしょ? つまり、ビルの運営そのものが何か特殊な仕掛けになってる可能性が高いわ。」


「特殊な仕掛け……」


沙羅はその言葉を噛みしめながら、ワンビルの外壁を見つめた。ガラス張りの壁が青空を反射し、どこまでも美しく輝いている。だが、その美しさの裏に何か巨大な秘密が隠されているような気がしてならなかった。


「じゃあ、その仕掛けを見つけ出すためには、どうすればいいんでしょう?」


沙羅が真剣な目で尋ねると、藤川は少し考え込み、笑った。


「簡単な話よ。今度は“裏側”に行く。」


「裏側……ですか?」


「そう。このビルの表向きの部分じゃなくて、設計や運営に関わった人たちの情報を探るの。そうすれば、何か手掛かりが出てくるはず。」


藤川はスマホを操作し始めた。その表情は既に次の一手を考えている顔だ。


「ちょっと待って。ここにいる羽柴光成以外で、このビルに深く関わった人物を調べてみる。」


13時45分、カフェフロア


「見つけた!」


藤川が画面を指差して声を上げた。沙羅は慌てて身を乗り出す。


「誰ですか?」


「ワンビルの設計を担当した建築士、“朝霧京介(あさぎり きょうすけ)”。この人が設計図を引いただけじゃなく、内部のテクノロジーにも深く関わってるみたい。」


藤川がスクロールして見せるスマホ画面には、朝霧京介の顔写真が載った記事が映し出されていた。精悍な顔立ちに鋭い目つきの男性で、その肩書きには「都市設計エンジニア」と書かれている。


「すごい人ですね……。それで、この人がどうしたんですか?」


「最近、突然表舞台から姿を消したらしいわ。」


「姿を消した?」


「記事によると、ワンビル完成直後、全ての仕事から手を引いて突然引退したそうよ。それに、今はどこにいるのかも分からないらしい。」


「それって怪しいですね……」


沙羅は記事を読みながら呟いた。設計者が突然引退するなんて普通じゃない。それに、この“クロノコード”が仕掛けられた背景と何か関係があるように思える。


「じゃあ、この朝霧さんを探すんですか?」


「当然よ。」


藤川は満足そうに頷き、スマホを閉じた。


「この朝霧京介が、きっと“クロノコード”の真相を知っているはず。それに、彼を探す途中で、ワンビルの隠された部分がもっと見えてくるかもしれない。」


「分かりました……! でも、どうやって探すんですか? 表舞台から姿を消したんですよね?」


沙羅の質問に、藤川は自信満々に笑った。


「簡単な話よ。“消えた人”には、“痕跡”があるの。」


14時00分、天神地下街


藤川の提案で、二人はワンビルから少し離れた天神地下街へと向かった。福岡の街の象徴でもあるこの地下街は、ショッピングや観光客で賑わう場所だが、彼女たちが向かうのは少し目立たない小さなカフェだった。


「ここで何をするんですか?」


沙羅が尋ねると、藤川は笑みを浮かべながらカフェの扉を押した。


「このカフェには、福岡で一番“裏事情”に詳しい人がいるのよ。」


店内は薄暗く、レトロな雰囲気が漂っている。奥のカウンターには、年配の男性が立っていた。その姿を見た藤川は親しげに手を振る。


「お久しぶりです、城島さん。」


「……藤川か。ずいぶん久しぶりだな。」


城島と呼ばれた男性は、無愛想ながらもどこか懐かしげな笑みを浮かべた。


「今日は何の用だ? また厄介ごとでも持ち込むつもりか?」


「厄介かどうかは、城島さん次第よ。」


藤川はカウンターに座りながら、笑顔で言い放つ。その態度に沙羅は少し驚いた。どうやらこの城島という人物は、藤川にとってかなり頼りになる存在らしい。


「で、何だ?」


「“朝霧京介”って名前に聞き覚えはある?」


その名前を聞いた瞬間、城島の目が細くなった。


「……ずいぶんと面倒な名前を持ち出してきたな。」


「やっぱり知ってるのね。」


「知ってるどころか、そいつが何をしていたかも知ってるさ。ただ、あんたたちが関わるには少し……リスクが大きすぎる。」


「リスク?」


沙羅が食い下がると、城島は軽くため息をつき、グラスを磨きながら答えた。


「朝霧京介は、このワンビルの“裏側”を設計した男だ。正確には、このビルを支える“もう一つのシステム”だな。」


「もう一つのシステム……?」


沙羅と藤川は顔を見合わせた。


「具体的なことは言えない。ただ、彼が何を仕掛けたのかを探るのは、簡単じゃないぞ。」


「それでもいいわ。私たちは知るべきことを知りたいの。」


藤川の真剣な言葉に、城島はしばらく黙り込んだ。そして、ようやく重い口を開く。


「……朝霧を探すなら、“彼の残した地図”を辿れ。それが唯一の道だ。」


「地図?」


「そうだ。このビルの内部には、奴が残した“導線”がある。それが見つかれば、おそらく“クロノコード”の意味も分かるだろう。」


「導線……!」


沙羅はその言葉に興奮を覚えた。どうやら、謎を解くための本格的な鍵が見つかったようだ。

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